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波乱含みの最終日通過者発表会(on Stage!!)

 ジャークラ公国首都への帰り道、ランディーはご機嫌だった。なんと、飛ばしウキを使って30センチ超えのシロギスを釣ったのだ。

 え? ウキフカセでなんで海底にいるシロギスが釣れるのかって?

 おれにもわからん。だが釣れたのだから仕方ない。「釣れたヤツが偉い」こんな世の中だ。

 あとアオギスじゃなくてシロギスなのかよ、とも思ったが、シロギスだった。めっちゃ美味そうだった……係員が回収してったけど。

 日が変わる前に首都に到着して、宿に泊まることができた。というか公爵が用意してくれていた。あのオネエはなかなか気が利く。うん。……この部屋に誰にもバレずにこっそり入ってこられる隠し通路とかないですよね? あのオネエ公爵は油断できない。


 翌日、おれたちは公爵の部下という人に連れられて大会本会場に向かった。残っている釣り人は1,000人強だから、一箇所に集められるみたいだ。

 平民のおれたちは同伴者を連れてきてはいけないらしいけれども、公爵が「ハヤトきゅんはいいのよぉ!」と言ったからオーケーらしい。大丈夫かよ、この国のルールとかおれの貞操とかいろいろ。

 この釣り大会のために作られた広大なお屋敷の中庭は、1,000人どころか3,000人くらい入っても大丈夫なほど広い。ていうかすでに3,000いるわ。上位に入ってきている貴族がお連れをぞろぞろ引き連れてくるからな。


 ジャァァアアン、ジャァァアアンと銅鑼の音が響く。設営されているステージに、小太りの男が現れる。


『……ただいまより、明日に控えた釣り大会最終日の通過者発表会を行う』


 声を大きくする魔法のアイテムとやらを通して聞こえてくる。つまるところ拡声器である。

 頭は禿げ散らかしているがなかなかの美声だ。「ありゃあ貴族か?」「お貴族様だぁ」という、のどかな釣り人の声が聞こえてくる。

 ステージの前にはテーブルが置かれ、そこには参加者の貴族が座っていた。貴族はどこまでいっても特別扱いである。おれたちはもちろん、めっちゃ後ろのほうで見てる。カルアがぴょんぴょんジャンプしながらステージを見ているのが可愛い。


『通過者についての発表は、この方——』

『ハァ〜イ! みんな、元気ぃ〜?』


 小太りが言い切らないうちに出てきた。いつものハイテンションの公爵閣下である。「おお、公爵様だ!」「相変わらずだなあ」とこの国の住民たちは動じていない。いやいや、なになじんでんだよ。あのキャラ浸透してんのかよ。


『それでは早速いっちゃうわぁ! 今回の最終日進出者の数は——ぴったり、100名よ!』


 ざわつきが走る。100人より多いとみんな思っていたはずだ。2日目が1,207名なのだから、その10%となれば120名前後と考えるのが当然だろう。


『あらぁ、不満そうな顔の人も多いわねえ。でもほんとうにたまたま、100位と101位の間が1センチ以上離れていたのよねぇ。だから101位の人はざ〜んねん! たまたま運が悪かっただけ、タマタマ』


 なんだろう、あの公爵がタマタマを連呼するとなんだか股間に怖気が走る。


『それで100位通過者の記録だけど——26.7センチね!』


 おれの横でランディーが胸をなで下ろし、周囲では悲鳴が起こる。

 どうやらこれで、101位以下の人たちは退席らしい。だけど貴族はテーブルに残っていていいようだ。うーん、相変わらずの特権階級だな……。

 だいぶ閑散とした中庭だったけれども、ステージ正面の貴族席は人口密度が変わっていないのでおれたちは特に移動することもなくステージを見つめている。

 釣り人退席中は袖に引っ込んでいた公爵がまた出てくる。フットワーク軽いなぁ、この人。


『さぁて、上位20名には登壇してもらおうかしらねえ』


 おっ、これって確か……公爵がスノゥに声を掛けていたヤツだったっけ。おれが釣ったボラのサイズなら確実に20位に入るからスノゥもいっしょに登壇したら、とかそんな感じだったはずだ。

 最終日にやるのかと思ったけど、最終日の真っ最中にやってたら釣りもできないし集中できないから今日やるってことかな。

 あー、でも、ボラの記録がノーカン扱いだったら呼ばれないよな。


『20位から順に呼ぶわよぉ! 20位、ザナーク帝国所属トゥインクル子爵、記録34.8センチのエソよぉ』


 まばらな拍手が起きるが、おれはずっこけそうになった。エソかよ! よりによって。ルアー釣りの外道オブ外道と言ってもいいだろう、ヤツである。ちなみに邪道オブ邪道がダツな。

 それはともかく30オーバーのエソとかすごいな。軽い恐怖すら覚える。見た目はウーパールーパーみたいなんだが……ってこの世界にもウーパールーパーはいるんだろうか……。

 そんなことを考えていると、


『18位、無所属、ハヤト=ウシオ、35.6センチのソウダガツオよぉ』


 おっ、呼ばれた。どうやらステージに行けばいいみたいだな。

 おれはスノゥにうなずきかけると、彼女も心得ていると言わんばかりの様子でついてきた。他のメンバーはその場に残る。まぁ、ぞろぞろ出て行ってもしょうがないしランディーにいたっては同じ参加者だもんな。

 ん……なんか他の参加者がみんな、おれを見てざわついてるな。なんだろ。


『み、な、さぁん! 無所属ってことでハヤトきゅんのことが気になってるみたいだけどぉ、ハヤトきゅんに最初につばつけるのは他ならぬこのあたしだからねぇ!』


 途端に、おれを見る目が憐憫の目に変わった。

 おい、公爵! なに爆弾落としてんだよ! いや面と向かっては言えませんけども。

 そうか。無所属だから自分のところに勧誘できるかもって思ってる人がいるってことか。


『ちなみにハヤトきゅんは初日の記録が51.2センチのボラを釣り上げてるのよぉ』


 要らん情報を公爵が付け加え、またも大きなざわめきが発生する。ステージにたどり着いたのに、なんだか恥ずかしくて上がれない。


『——ま、どこかの誰かのミスで記録と魚が奪われてしまったのだけれどねぇ……この公爵領内で起こしてくれた問題、必ずけじめはつけてやるわぁ』


 その瞬間、空気が凍りついたかのように感じられた。

 こえぇ……公爵やっぱ公爵。威圧感半端ない。おれはスノゥとともにすごすごと登壇する。


『次は17位よぉ!』


 公爵は再度ハイテンションに戻ってアナウンスしていく。

 釣れている魚は結構多様だったが、10位前後から一気に変わった。

 ゴマサバ一色である。

 どうやらゴマサバの群れが初日に当たった釣り場があったようで、ゴマサバパワーを押さえ込める装備(タックル)を持っている釣り人だけが残っているらしい。

 ちなみに、おれ以外の登壇者は全員貴族だ。釣り名人として爵位を与えられた貴族ばかりだ。


『7位はぁ、ノアイラン帝国所属、20位内の紅一点、ディルアナ子爵よぉ』


 おっ、ランディーのライバルにしてネコミミ美人が上がってきた。一段と拍手が大きい。

 魚種はゴマサバで、44.7センチ。いいサイズだ。

 ステージに上がってきたディルアナはおれに視線を寄越すと、小さく笑って見せた。その笑顔は「相変わらず問題を起こしているの?」とも見えるし「私のゴマサバの勝ちよ」とも見える。いずれにせよ上から目線であり、美人の上から目線はご褒美である。


「……ハヤト? なんでうれしそう?」


 スノゥに変な顔をされた。

 6位以降の紹介が始まるが——そちらもまた、驚きだった。

 3位をのぞき、全員、アガー君主国所属なのだ。3位は厳ついオッサンだった。

 そして1位は、


『1位、アガー君主国所属、ライヒ=トング男爵……ゴマサバ、47.5センチ』


 ライヒ……。

 ハッとする。

 おれが釣ったシーバスをギャング針で横取りしたやつか!

 ステージに上がってきたのは、緑がかった前髪をいじいじしているいけ好かない感じのイケメンだった。あ〜〜〜思い出しましたわ。間違いないですわ。こいつですわ。


『一応、恒例として、1位に話を聞かなきゃいけないので聞くわ』


 めっちゃイヤイヤという感じで公爵が言う。どんだけ嫌悪感オープンにしてるんだよ。

 って思ったら、3位の厳ついオッサン——どこの所属かは忘れた——も、めっちゃライヒとかをにらんでるし、ディルアナもそうだった。

 まさか……。

 おれはイヤな予感がした。


『上位はアガー君主国で押さえるつもりです。幸い(・・)、最終日の釣り場は1つですからねえ』


 すると3位のオッサンがいきなり大声を出した。


「他人の釣果を横取りしておいてなにが上位だ! バカバカしい!」


 それを皮切りに、あちこちからブーイングが聞こえる。涼しい顔なのはアガー君主国の所属釣り人たちで、アホ面さらしているのは事情をよくわかってないおれら一般人である。

 ていうか、まあ、想像はつくけどな。

 初日にゴマサバの群れが入ってきたとき、他の釣り人が掛けた(・・・)のをギャング針で横取りしまくった、ということだろう。

 でもって最終日は釣り場が1つ。つまり上位釣り人のそばにくっついて横取りしますよ、と言いたいのだろう。確かにこのリードを守るだけで彼らは上位の多くを押さえられる。


『ルールは、ルールです。そして「釣ったヤツが偉い」とはかの大賢者様も言っていること……違いますかね?』


 一部のアガー君主国の連中が手を叩いて喜んでいる。「さっすがライヒ様」「んだなあ」とひときわデカイ声でヨイショしているゴリラが2頭……って、おい! まだいやがった! なに貴族テーブルに座ってんだよ!

 憤懣やるかたなしという顔ではあったが、ぎりぎり冷静さを保った公爵が後を引き取る。


『そのとおり、ルールはルールよぉ……そのルールも来年から変わるかもしれないけどねぇ? ただねぇ——主催国のトップであるあたしがこんなこと言ったらイケないかもしれないけどぉ、言っちゃうわぁ。あたしはイケない公爵だからね!』


 そしてパチンとウインクしたのである。


『明日の1位は、とんでもない記録を残す……そんな気がするのよぉ。さっきは言わなかったけど、30センチを15尾釣ってる釣り人がこのなかにいるんだからねぇ』


 ウインクした相手は、おれだった。

スノゥがらみの話は次話で。


新年早々2回釣りに行きましたがめっちゃ仕掛けロストしまくって死にたくなりました。腕が未熟。猛省しています。


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今年もがんばります!

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