前へ次へ
94/113

釣り大会2日目

 おれは左右の足下にいる2頭のゴリラを見やる。「うほほ?」「うほっ」とか言いながらふたりで意思疎通を図っている。

 どうせおれのことをバカにしているのだろう。

 よしんばおれがうまいこと魚をかけたところで、手に持った鎖分銅(ギャング針つき)で横からかっさらうつもりなのだ。

 そうだな。確かに、釣り上げる途中で横から取られたらおれだって手の打ちようがない。


「……こいつだ」


 おれがルアーケースから選んだのはメタルジグ——15グラム。

 サイズ的にはおれの親指くらい。色はピンクゴールド。

 これまで使ってきた28グラムとか40グラムに比べればはるかに小さい。

 おれのロッドが扱える、ルアー重量の下限ギリギリだ。


「せいっ」


 おれが軽く竿を振るとゴリラたちがぎょっとしたような顔をする。ルアーは軽く70メートルは飛んで着水する。こんなにルアーが飛ぶことを知らないのだろう。


「なしてごげな飛ぶだあ? 釣り魔法じゃないのけ」

「だどもてぇしたことねぇ。おらたちだって石だけ投げりゃあれくらいは飛ぶ。それに」

「んだな」

「んだんだ」


 ゴリラがうほうほ笑っている。

 どうやって釣ろうと横取りしてやろうとそういうことなのだろう。


「……ふっ」


 ふっふっふっふ。

 そいつはどうかな?


「んだぁごいつ。なんか笑ってっぞ」

「ついにおがしくなっただか」

「もともとおがしな男だったど」

「んだなぁ」


 うるせー、全部聞こえてんだよ!

 おれは釣りに集中する。

 南向きの岩場だ。左手から上がってくる太陽が海面を照らす。もう、十分に明るい。

 海面に細かな泡が浮いて、それが線のように現れる「潮目」が浮かんでいる。これは潮流同士がぶつかって発生するもので、ここには気泡が多く混じり、プランクトンが大量にあり、それを求める小魚がきて——小魚を食うフィッシュイーターもやってくる。

 というのが定説だ。

 おれの狙いはこの潮目だ。そこにルアーを通していく。


「…………」


 1投目、なんの反応もなし。


「…………」


 2投目、アクションをつけるがなんの反応もなし。


「……おっ」


 3投目、海面からのフォールで、コツン、という魚信(アタリ)

 手首を返して即アワセ。


「!」


 ぐんっ、ぐぐぐ……と引き込まれる。

 食った!

 ぶるぶると手応え。お、お、おおっ、走る走る走る。


「兄者! 魚かけとるど!」

「わかっとる! おめも準備せえ!」

「おお!」


 おれの左右でゴリラが鎖を持ってぶんぶん振り回す。

 当てる気満々である。


「来たど!」

「魚影だど!」

「投げろぉ!」

「おおっ!」


 最悪、ギャング針で引っかけて奪えなくても、おれが魚をバラしさえすればいいのだ。

 もうね。

 そういうね。


「——魚に対する敬意がねえのかよ!!」


 びゅんびゅんと飛んでくる分銅付き鎖。

 だが、その速度はさほど早くない。威力を意識したせいだろう。

 距離は30メートルほど。

 海面に魚が出てきた瞬間、おれは一気に竿を煽る。


「!!」

「んなっ!?」


 どっぱーん、と分銅が着水して派手な飛沫を上げるが、そのときにはすでに魚は宙を浮いている。

 魚は海面に着水する。この衝撃で針が外れることを恐れていたんだけど、幸い、外れなかった。おれは力任せにリールを巻いて引き寄せる。ゴリラの前でゴリ巻きである。ゴリラが鎖を回収するよりも、おれがリールを巻くほうが全然早い。

 ヤツらの作戦は、一撃必殺。その一撃が外れたときのためにふたりがかりで来ているのだ。だからこそ、その両方をかわしてしまえばおれの勝ちだ。

 それともうひとつ。


「——ソウダガツオか」


 おれがタモ網も使わずぶっこ抜いたのは、秋の回遊魚ソウダガツオだった。サイズは30センチ強。これならおれのシーバスロッドで一気に仕留められる。

 小さいルアーを使ったのは、釣り上げる魚を小さくしたかった(・・・・・・・・)というのも大きい。小さい魚ならば一息に抜けるし、釣るまでのやりとりで時間がかからない。

 釣り大会1日目の上位100位が、ランディーの釣った21.8センチだから、30センチあれば2日目を通過できるだろう。3日目の進出者は100人強だろうし。

 おれの初日の記録は「幻」扱いだから、今日、釣果なし(ボウズ)だったとして3日目に無事出してくれるかはわからないもんな。


「おっとっと」


 ソウダガツオは釣り上がるとシビビビビと身体を震わせて逃げようとする。見た目はカツオを想像してもらえば大体合ってる。ソウダガツオにはマルソウダとヒラソウダの2種類がいて、よく似ているのにスマがいる。

 これは……ヒラソウダだな。マルソウダは血合いが多すぎて、そこに含まれるヒスタミンから「食べない方が無難」な魚なんだよな。ヒスタミンは中毒症状を引き起こす。刺身はもちろん、加熱しても無効化されないので食べるには覚悟が要る。

 鰹節の種類で「ソウダ節」というのがあるが、それがマルソウダやヒラソウダを使ったものだ。ソウダ節にする過程でヒスタミンは無害なものに分解されるらしい。

 ヒラソウダは血合いをきれいに取れば刺身でいける。っつーかヒラソウダを「漬け」にして、丼にぶっかけると滅茶苦茶美味いんだよなあ……。

 ジュル。

 ヨダレが出そうになるが、こいつは大会運営に持って行かれる。また釣ろう。


「ぐぬぬぬ」

「ぐぬぬぬ」


 おれの足下で歯噛みしているゴリラ2頭におれはにっこりする。


「魚、釣れなくて(・・・・・)残念でしたねえ?」


 顔真っ赤である——が、


「兄者」

「……あ、ああ、そだな」


 ん? なんか冷静さを取り戻したぞ。


「釣りましたか」


 係員が岩場をえっちらおっちらやってくる。そうだ。計測してもらって記録をもらわなきゃ。


「うほほ」

「うほほほ」


 するとゴリラたちがニタニタする。

 ……ふむ。


「なるほど、ソウダガツオですか。サイズは——30.2センチ」


 計測が終わる。係員がちらりとゴリラを見る。

 あー……なるほど。

 そうかそうか。そういうことか。


「係員さん。今度はちゃんと(・・・・・・・)首都まで運んでくださいよ」

「!? な、なんのことだ」


 またやろうとしてるんだ。

 一昨日おれが釣ったボラを途中で奪われたと言い張ったように、今回もなくしたり取られたりする予定なのだろう。

 係員はソウダガツオを抱えてそそくさと去っていく。


「ちゃあんと記録が残るといいがなあ?」

「んだなあ、兄者」


 こいつら、とことん腐ってやがるな。


「まったくだ」


 おれも同意してやると、驚いたようにこっちを見上げるゴリラたち。

 それもそうだろう。おれ、めっちゃ落ち着き払ってるからな。


「さて、と——なくされるかもしれないから、文句が出ないくらい釣るか」

「うほっ」

「強がってるど! うほほほ」


 おれ、ゴリラを無視して次の1投を放り込む。


「よし、かかった」

「!?」

「んだどぉ!?」


 回遊魚の特徴としてな、「同じ水深(タナ)」に「群れる」ってのがある。

 つまり、同じ場所に同じルアーを投げれば、何匹でも釣れるのだ——群れが去るまでは。


「よっし! ……サイズちょっと下がったな。30弱か」


 ほら。


「次はちょっと大きいな。34ってところか?」


 ほらね。


「よしよし。何匹でも釣れるな」


 立て続けに釣りまくると、足下にはソウダガツオが8尾ほど転がることになった。足場が狭いので、即ナイフでしめて転がしておくだけだ。おれの立っている岩場は血まみれになっていく。

 ゴリラたちも最初の5尾くらいまでは妨害していたけれども、そこからは呆然としていくだけだった。


「なっ!? いったい何匹釣ったんですか!?」


 別の係員がやってきて驚きの声を上げる。


「ああ。さっきの係員が怪しかったんで、追加で釣っておいたんですよ。計測お願いします」


 おれの作戦その2は、これだ。

 1尾釣ってなくされるのなら、何匹でも釣ればいい。

 最終的に15尾釣った。おれひとりで食うのならこんなに釣らないけど、王都で大量に出回ることがわかっているから、心置きなく釣れる。

 群れが途切れては次の群れが来てという感じだったが、昼前になるとさすがにもう群れは来なくなっていた。

 いまだに呆然としているゴリラたちに、おれは微笑みかけた。


「お前らに横取りされようと、おれはそれ以上釣るからなんの問題もない」

「!?」

「ひぃっ!!」


 やたらびびって、彼らは逃げていった。

 後になって係員に聞いたところ、血まみれの岩山に陣取って、返り血で顔も血に汚れていたおれはどこぞの殺人鬼のように見えたのだという。


ヒラソウダの漬け丼はマジで美味いです。ごま油とめんつゆだけでもいけるのでお勧めです。

ヒラソウダとマルソウダは区別が難しいですが、エラの鱗がいちばんわかりやすく、最悪わからなければ三枚におろして、血合いがはっきりしてればヒラソウダ、血合いと身の境目が滲んでいてよくわからなければマルソウダという見分け方でいいのかなと私は思います。

いずれにせよ食べるのは自己責任ですが……。

前へ次へ目次