まさかの妨害、いやそれ妨害ってレベルじゃねーぞ!?
翌朝、夜明け前。おれとリィンの間にはいつもより半歩ぶん距離が空いていた。
とりあえず暗い食堂で朝飯を食いながら、ランディーたちに昨日あったことを教える。ネンブツダイの泳がせでアオリイカが釣れたこと、その後に襲われたがノアイランとビグサークの騎士たちに助けてもらったこと。
……リィンに告白まがいのことを言ったことは伏せておいたけども。
「災難だったな……いや、護衛がついたと思えば幸運だとも言えるか」
「ご主人様に大会で負けそうだからって暴力に訴えるなんて、最低ですっ!」
「ふん。あたしがいたら全員まとめて食ってやったのに」
尖った歯を見せて獰猛に笑うクロェイラさん、正直、今めっちゃ心強いって思いました。
「……ハヤトとリィンの距離が空いてる気がするけど、それも昨日のことと関係があるの?」
スノゥがぶっ込んできた。
「しーっ、わざと私が指摘しなかったことを言ったらダメだよ」
ランディーさんの心遣い、ありがたいけど、聞こえてるからね!
あとリィンさん、顔を真っ赤にしてそっぽを向かないで……それだと怒ってるのか照れてるのかなんなのか、もうほんとわかんないっていうかどうしたらいいんだよもう!
「い、い、今は、大会に集中したい! 夜明けまで時間ないから、もう行く!」
残りのパンを口に突っ込んで、スープを飲んでおれは立ち上がる。
や、ほんと、今は大会に集中しなきゃなんだよな……。
外に出ると肌寒い。東の空がうっすら明るんでいて、あと15分くらいで夜明けだろうか。
「お……おおお! ハヤトがいたニコフ! やっぱり1日目は通過してるニコフよ!」
この特徴的な言葉遣いは——やっぱり! ザンゲフさんだ。ゴーダ港の入口でこちらに手を振っている。
「兄貴ィィィィ!」
その横にいたのはゼッポだ。それに、釣り人ギルドでちょっと見かけた人たちもいる。
「おおっ! みんな! ゴーダ港が次の会場だって聞いたとき、ここに来れば会えるんじゃないかって思ってたんだよ!」
「兄貴も元気そうでなによりっす! くぅー! その腕章、まぶしいなあ! 初日通過者だけが持てる名誉の腕章!」
……ん?
「……ゼッポさん?」
「な、なんすか急に改まって」
「……もしかして初日通過してない?」
「…………」
ゼッポ始め、ザンゲフさんや他の釣り人たちも顔を見合わせる。
「……ゴーダ港組は、全滅っす」
「うおおい! なにやってんのよ!」
「すすすみません! めちゃくちゃ混雑してて釣り場に移動するのも時間掛かって、しかも大会会場の港も大変なことになってて! 俺なんて押し出されて海に落ちましたから!」
う、うわぁ……ナマハ湖は全然人いなかったけど、やっぱり大混雑だったんだなぁ。
「初日通過者でいちばん人数が多かったのはマエオ岬で、次がナマハ湖だったニコフ。ナマハ湖が会場になるとは誰も思わなかったビッチ」
「あー、そうなんだ……釣り人がいないところがよかったってことね……」
エサもばらまかれて魚もスレまくって全然釣れなかったんだろうなあ。
「兄貴、今日はがんばってください!」
「がんばるビッチ!」
他の釣り人たちからも声援を浴びる。いやー、なんかいいものだね。こんなふうに応援されて釣りをするなんてしたことなかったけども。
「ハヤト、和んでいるところ悪いが、そろそろ夜明けだ」
「あっ!」
おれに忠告してくれたランディーは、すでに堤防内に釣り座を押さえて準備も終わっているようだった。
ず、ずるいぞ!
今回、2日目参加者以外は港に入れないらしい。だからまぁ、ズルして1日目を通過した貴族は2日目以降は記録を伸ばせずに敗退していくことが多いみたいだ。
おれはゼッポたちに手を振って港へと入っていった。
ゴーダ港は港の入口がぎゅっと狭くなっているが、内側は広い。
初日通過者の1,207人のうち……そうだなあ、500人くらいは来てるかな? 結構多いな。
港が広いとは言っても、500人も来ると2〜3メートルおきに並ぶことになっている。まあ、投げるわけでもない足下の釣りだから問題ないんだろう。
……ゼッポが言ってたみたいに、このサイズの港に1,000人以上が殺到してたら大変なことになってただろうなあ。
とりあえず、おれはどこで釣ろうかな、と——。
ジャァァアアン。
銅鑼の鳴る音が聞こえてきた。2日目開始の合図だ。ぼちゃぼちゃぼちゃんと音がして、みんな一斉に足下に仕掛けを落とす。
「よし、おれも釣り座を選んでさっさとやらんとな」
「…………」
「…………」
おれは周囲を見回す。
「どうすっかなぁ、空いてるのは外側のテトラか……」
「…………」
「…………」
実際にはテトラではない岩石なのだが、そちらも釣り座として使っていいようだ。足下が滑って危ないけれども、カサゴやアイナメといった根魚を狙った「穴釣り」ができるので、ちらほらと釣り人がいる。
「…………」
「…………」
「…………」
……つーか。
「あ、あのー……なんかおれに用ですか?」
おれの左右にふたりの男がいるんだわ。
ふたりとも袖のない上着を着ていて、腕毛がすごい。端的に言えばゴリラ兄弟。釣り竿持ってるけど斧とか持たせたほうが絶対似合うって感じの。
「用? 用なんて特にねっけどよお。なあ?」
「んだな。おらっちたちは釣り座をどこにすっか考えてるだけだっぺ」
とぼけた顔してるけど、明らかにおれのことマークしてるよな!?
でも参加者を示す腕章を——袖がないので足に巻いている。係員も特に注意してない。
「じゃ、じゃあ、おれはあっちで釣ろうかなー……っと」
「…………」
「…………」
おれが歩き出す。左右をぴったり詰めてくっついてくる。
おれが足を止める。左右のふたりとも停まる。
「邪魔だからね!?」
「いんやー、邪魔とが言われでもなぁ?」
「んだなぁ、おらっちたちも釣り座を探してるだけだす」
これ、アレだ。妨害だ。おれの釣りを妨害する気満々だ。しかもまったく隠すつもりもないと来ている。
「……アンタたち、アガーの人間だろ」
「だったらなんだぁ?」
「いや、別にいい。そっちがその気なら、こっちだってやり方がある」
「うほほ」
「やりがただってよ、うほほ」
笑い方までゴリラじゃねーか。
「アンタたちがぐうの音も出ないほど、デカイ魚を釣る。優勝するのはおれだ」
そう、おれは決意したんだ。絶対に勝つ、って。
ちらりと振り返ると港の入口でリィンがこっちを見ている——悔しそうに。おれの様子がおかしいことに気づいているんだろう。でも、リィンにできることはない。釣り人しか港には入れないからな。
おれはずっとリィンに守られ続けてきた。リィンが騎士でめっちゃ強いし、彼女もその仕事を望んでいるからそれでいいんだと思ってた。
だけどさ、たまにはおれひとりでもできるってところを見せないと、カッコつかないよな。
「うしっ!」
おれは走り出す。あわててふたりがついてくるが、もう気にしない。
狙いはテトラ帯だ。
石を積んだ壁を乗り越えて、大岩が置かれてあるエリアへと入っていく——ここの大岩も、どっかの魔法使いが運んできたんだろうな。
濡れていない場所は大丈夫。おれの、現代日本の靴はだいぶ磨り減ってきてしまっているけれども、濡れていなければすいすい進める。
「ぬぐっ、きづいど!」
「でぇーじょぶだ、こんなん、川の岩場を渡るようなもんだで」
ゴリラ2頭もついてくる。
だけどこの先はどうかな——。
「! あぶねっ」
おれのほうが滑りそうになった。
岩場が濡れている。濡れている場所には海藻がこびりつく。めっちゃ滑るんだよな。
本来、磯やテトラで釣るときはこういった滑る場所があるから、靴裏にスパイクのついている専用の靴を履く。スパイクがあれば滑らないからな。
でも今のおれの靴は、いかに滑り止めがあるといってもゴム底だ。気をつけないとコケる。磯でコケると死ぬほど痛い目に遭うし、テトラ帯だと最悪テトラに挟まって手足を折ったりする。
この辺まで来ると、他の釣り人もいるにはいるが相当少ない。
おれは海側に突き出た大岩に立った。
この岩を選んだのは、一段高いので視界が広いこと。あと、足場がひとりぶんしかないのでゴリラがついてこられないからだ。
おれはふたりを見下ろす。
「……ふん、あげなとこ行っても、結果は変わらね」
「んだな」
おれの足下でゴリラ2頭が遠吠えをしている。はっはっは。悔しかったら登ってきてみろ。大変気分がよろしい。
よーし、それじゃあここからルアーを投げ……え?
「うほほ。腕が鳴るぞ」
「うほっ」
ゴリラが取り出したのは……え、なに、鎖? その先端には分銅があり、付近にはフックがいっぱいくっついている。
「ほれ、さっさと釣るがいいど」
「んだんだ」
おいおいおいぃぃ! アイツら、横から奪う気満々じゃねーか!
ビュンビュン振り回して海に放り込んで試し打ちしてるぞ!「ここからなら引っかけやすいど」とか言ってるし!
係員さん! 不正、不正ですよ!
「…………」
石壁の上を歩いていた係員がこちらを見た。が、無関心そうにそっぽを向いた。
「コラァ係員! 不正があるのになに見過ごしてんだよ!」
「うほほ、不正だど?」
「海の中でなにしても不正にはならねぇ」
ぷちっ、ときたわ。あーこれは頭にきたわ。
そーですか。海の中なら横取りしてもいいと。そーいやゴーダ港では前にもおれのシーバスを横取りしたアガーのヤツがいたもんな。
ルール内ならどんな汚いことしてもいいと。
「うほほ、どうしだ。釣らねぇのが?」
「おめぇの『やりがた』とがいうの見せてみろ」
鎖を振り回してるゴリラがほざいている。
はっはっは。
よかろう。
……目にもの見せてやる。
なんちゃって方言です。特定のモデルはありません。
身の危険はないものの、めっちゃ妨害されてるハヤトが次回取った行動とは。