順位発表は波乱含みで
ランディーも無事、チ○チンをゲットできた。おれたちは翌日の早朝から馬車に乗って首都を目指した。今日の夕方、明日の大会2日目の「釣り場発表」がある。
釣った魚の集計のために、昨晩のうちに闇夜を駈って係員たちは首都に舞い戻っていくらしい。釣り大会の運営も大変だ。まあ、行ったり来たりしなきゃいけないおれたちも大変ではあるんだけどな。
「すごいのだ、チ○チンがあんなにすごいとは思わなかった! ぐいぐいリードしてくるし、私も精一杯ついていこうとするのだが、自分の釣り竿に不安があってな……あんなのは初めてだ。チ○チンはすごい」
ランディーさん、お願いです、そろそろチ○チントークは止めてください……。スノゥが頬を赤くして顔を背け、カルアは真っ赤になって顔を覆っているじゃありませんか……。
「ほう、そんなにすごいのか」
おれ以外の相手には偉そうにするクロェイラだけは平常運転だ。リィン? 危険を察知して馬車には乗らず、馬でついてきてますよ?
帰り道はクロェイラ便を使うのは止めて馬車にしたんだ。公爵がわざわざ用意してくれていたのと、海竜に乗ってるのところを誰かに見られても面倒だしな。
公爵の馬車は大変乗り心地がよかったです。
釣り大会の1週間は「熱狂の1週間」と言われている——と聞いていたけど、ほんとにそうだ。
昼をすっかり過ぎた3時頃、おれたちは首都へと戻ることができた。
首都はごった返していた。釣り大会の開会式があった一昨日よりもはるかに、今日のほうが混んでいる。
「釣りたてピチピチの魚はどうだい!」
「素揚げ〜素揚げだよ〜ネンブツダイの素揚げ〜」
「今日の定食はあら汁がサービスでついてくるよ!」
早速、昨日の釣果が街に卸されているらしい。
庶民が口にできるのはせいぜい小魚だけだが、それだって高級品だ。その魚が、このときばかりは肉と同じくらい安いとあって、住民だけでなく近隣から買い付けに来ている人々もいる。
「……ネンブツダイの素揚げって美味いのか……?」
疑問に思ったが、手を出すのは止めておこう。うん。
10センチに満たないような小さな魚で、頭がでっかいんだ。どんな餌にも食ってくるから、クサフグ、キタマクラに並ぶ、釣り人の天敵「エサ取り」である。
一度食ったことがあるんだけど、小さすぎるくせに鱗もしっかりあって処理が面倒で、全然食べる場所もなかったな……。味は全然覚えてない。
「ネンブツダイか」
おれのつぶやきを聞きつけたランディーが言う。
「私は食べたことがあるが、なかなかいけるぞ。弱火でじっくりまるごと揚げて、骨まで食べる」
「ああ……なるほど。カサゴとかメバルの小さいのはそうやって食べるよな」
「カサゴもメバルも高級品だぞ!? もったいない!」
「えぇ……サイズがそんなくらいならネンブツダイも変わらんだろ……」
ネンブツダイと同じサイズのカサゴやメバルはそもそもリリース対象だけどな。たまに、針を飲んじゃったりしてどうしようもないときに食べて供養したっけ。
あ、そう言えばネンブツダイを泳がせエサにして利用し、アオリイカを釣るっていうテクニックがあるんだよな。一度試してみたい。
「そろそろ発表ですから、会場に急いだほうがよいのでは?」
リィンに促され、おれたちは開会式の行われた広場へと向かう。
開会式ほどの賑わいがないのは、まったく釣れずにボウズだった人たちが来ていないからだろうか?
ともあれ、太陽が傾いて茜色が差し込んでくると——またも白い馬車が現れて喚声が上がった。開会式と同じ、太っちょの男が壇上に上がる。
『釣り大会初日が終了した。今大会は過去最高の参加数であり、15,000人の釣り人が参加した』
おおおお……と、どよめきが走る。例年の1.5倍かよ。昨年が僻地開催で5,000人とかだったから、昨年比300%である。釣りは世界の国民的スポーツだ。間違いない。
『これもすべて公爵様の優れた人徳、見事な治世によるものである! では通過者の発表を行う。釣り場の関係もあり、通過者は1,207人となった』
これにもまたどよめき。
確か上位10%が翌日に進めるんだよな。ちょっと少なめだけど、例年どおりなら1,000人なのだ。それに比べれば多いとも言える。
『1日目を通過する最低サイズを発表する』
どよめきは急速に小さくなった。
あー、ドキドキする。
おれの横ではランディーが両手を組んで神に祈る。ランディーの釣ったクロダイは21.8センチ。毎年の最低ラインは19センチとか18センチらしい。
おそらく大丈夫だが、今年は参加者が多い。
『発表するぞ』
太っちょの男がさんざんもったいつけて言った。
『…………16.7センチだ』
おおおおおお、とか、ああああああ、とか、ひゃっふー、とか、そんな悲喜こもごもの声があちこちで上がる。
「よ、よかったぁ……」
ランディーがその場にへたり込む。
「よかったな、ランディー!」
「あ、ああ……肝が冷えるよ。もうしばらく汽水域では釣りをしたくない」
おれが手を貸すとランディーが立ち上がった。
しかし、釣り人は増えているのに最低ラインは下がったのか。小さい港に人が殺到して、釣果が伸びなかったとかそういうことだろうか。
『この記録を上回っている者は、後ほど係員に申告するように。名前の確認を行う。そして2日目に参加できる専用の腕章をもらうこと。——次の発表は、明日の釣り場についてだ』
発表された釣り場は3箇所。すべて港だった。
イーユー港、ミズシ港、ゴーダ港。
3つとも、この首都から近い。この後に馬車に乗って移動しても十分今日中に着く。
ちなみにゴーダ港は、3つの中でいちばん小さい港だが、おれはよく知っている場所だ。そう、釣り人ギルドのザンゲフさんがいて、後輩キャラのゼッポくんがいたあの港である。アガー君主国にちょっかいをかけられた場所でもある。
ゼッポたちも釣り大会に参加してるはずだけど、これだけ人がいるとなかなか会わないなあ……。あー、そう言えば「ここに来たらいい釣り座は俺たちが押さえますよ!」とか言ってたっけ。
彼らが1日目を通過していたら、間違いなく、大喜びでゴーダ港を選ぶよな。
『ああ、それと他にも発表があった。上位100位のサイズは21.8センチ』
うおっ、ランディーじゃないか。
「…………」
それを聞いたランディーは、喜ぶでもなく眉をひそめてただじっとなにかを考えている。
「ランディー? どうした?」
「あ、ああ……ちょっと、今年のレベルは低いと思ってね」
なるほど……15,000人が集まって100位が21センチじゃ、確かにレベルが低いな。
『上位10位は32.5センチ』
おお、という声が上がった。尺超えだ。
とはいえこれだけいて尺超えも10人とか20人とかその程度かー。
そして最後の発表が行われる。
『1位は——47センチのゴマサバだ』
うおおお! という声が上がる中で、おれは冷静だった。
そっか、おれのボラは1位を取れなかったか。まあ、いきなり1位ってのもそううまくはいかないよな。明日からまた頑張ればいい。
なんてったっておれのボラは51.2センチだと係員が言ってたもんな——。
って、あれ? おれのほうが大きいじゃん!?
なんでだ!?
はっ。
ま、まさか……。
……ボラは魚じゃないと言いたいのかぁ!
確かにふつうならリリースしちゃうけれども!
「ま、待て、どういうことだハヤト!?」
「ハヤトさん、50センチを超えていましたよね」
「ご主人様のが大きいはずですぅ!」
「記録ミス?」
「おなかすいた」
みんなが口々に言う。クロェイラさん、さっきおやつ食べてませんでしたっけ?
それはともかく、確かにおかしい。あそこで公爵が出てきてわざわざ貴族をつるし上げたのに、記録が残っていないなんてあり得るか?
「とりあえず確認に行ってみようか」
おれたちは、太っちょの男が壇から下りたので係員のいるほうへと歩いていった。
そこには人だかりができている。みんな通過したことを喜んでおり、その仲間も祝福していた。おれたちは手の空いた係員に声を掛け、自分の腕章を見せる——と。
「ああ! あなたがハヤト=ウシオ様ですか。わかります、ハヤト様の記録の件ですよね?」
「そうです。確かにおれのボラは——」
「しっ!」
そこで係員は人差し指を立てた。
「……今はその件については少々黙っていただいてよろしいですか? こちらにいらしてください」
「なっ、なんですか? どこに行くんです」
「悪いようにはしません。——公爵様直々にお話があるそうです」
おれの脳裏に、くねくねした公爵の姿が浮かんだ。
トラブルのニオイがする。
「あらぁあん、わざわざ来てくれてありがとうねぇ!」
公爵の住んでいるお城に連れてこられた。みんなで来るのはダメと言われ、おれとリィン、それに大会参加者のランディーだけで来た。
通されたのは、私室のような場所だ。小さいながらもめっちゃ金ぴかな装飾品に包まれた部屋である。
「ハヤトちゃんはここのインテリアが気になるのぉ?」
「え!? い、いえ、えーとその、大変よいご趣味のようで」
「わかってくれるぅ? この部屋を見たヤツのほとんどは大抵顔に『この成金趣味が』って書いてあるんだけどぉ……ハヤトちゃんは違うのねぇ」
この公爵、ぐいぐい距離を縮めてくる。「ハヤトちゃん」て。しかも流し目までくれてくる。怖い。この世界にやってきていちばん身の危険を感じているかもしれない。
「公爵閣下、あの、なにかお話があると聞いていたのですが……ボラのことですよね」
「そうそうそうなのよぉ! ハヤトちゃんには謝らなくちゃいけないことができたのよぉ……」
公爵が簡単に「謝る」と言ったので、部屋にいる警護の騎士3人が驚いた顔をしている。
「えーっと、閣下、公国の長が簡単に謝っちゃいけないんじゃないでしょうかと愚考しますが?」
おれの適当な警護にリィンの頬がひくついている。すまん。こればっかりはどうしようもない。
「ハヤトちゃんは優しいのねぇ……ぶっちぎり初日1位のはずが、こちらの手落ちで参考記録になっちゃったっていうのに……」
「参考記録? どういうことですか? 全然説明をしてもらっていないんでよくわからないんですよ」
公爵はおれに、なにが起きたのかを教えてくれた。
昨日の日没後、ナマハ湖での釣果をまとめた係員が夜道を首都へと急いでいた。
そこを——襲撃されたらしい。
「盗賊ふうの男どもに囲まれてぇ、荷物を奪われたのよぉ。持ってた路銀を奪われたんだけど、釣りの記録は返されたのよねぇ。あ、釣れた魚は別ルートで運ばれてるから無事よぉ」
「はぁ……」
「あとお尻も無事よぉ」
「そこは聞いてないです」
それならおれのボラの記録はどうなったんだ?
「でもねぇ、係員がこっちについてからわかったんだけど……記録紙が1枚だけなくなってたの」
「それがおれの釣ったボラ……?」
「そうなのよぉ。盗賊が荷物を改めたときに紛失したか——」
ランディーが口を挟んだ。
「——驚異的な記録だけを捨てたか、ですか」
「そうよぉ、ランディー男爵」
「閣下。私はすでに爵位を辞しております」
「そうだったわねぇ。あなたほどの釣り人ならいつでも公国にポストを用意するわよぉ?」
「お戯れを。それよりも閣下、輸送された釣果の魚にボラが入っているのなら、消去法でそのボラがハヤトの釣ったものとなりませんか?」
「それはそうなんだけどぉ、サイズがサイズだけに大会運営委員会で『待った』がかかったのよぉ……。新手の不正ではないか、とか言い出してさぁ」
「まさかその『待った』をかけたのは……」
「アガー君主国の代表よぉ」
まーたアガー君主国か……。
なにかしらの妨害や不正を仕掛けてくるとは思ってたけど、まさかこういうやり方で来るとは。
これじゃあジャークラ公国にケンカ売ってるようなもんじゃないか。それくらい屁でもないってことか?
「だからねぇ、ハヤトちゃん。あなたの記録は『参考記録』になってしまったのよぉ……。もちろん1日目と2日目は無条件通過になるわ。だけれど、最終的な記録としてあのボラは残せないの……」
「あー、それはいいですよ」
「え、いいの?」
「はい。むしろ無条件通過とか、アガー君主国の連中を相手に公爵閣下がもぎ取ってくださったって感じなんですよね? ありがとうございます。それに、まぁ、あと2日あるんで」
さすがのおれも、ちょっと頭に来てる。いや。ちょっとじゃないな。
すげームカつくわ。
釣り大会だぞ。
世界レベルの釣り大会だぞ。
こんな、めちゃくちゃ興奮するようなゲームを前にして——なにナメたことやってんの?
「2日あれば、50オーバーを追加しますよ。っつーか、目標はメーターオーバーなんで。ボラだけ釣ってる男と思われなくてよかったとさえ思います」
釣り人が、釣ろうとしている魚の大きさで大口叩くとか——いつものおれなら「あり得ない」ことだ。
釣りはいつだって自然との対話。
釣れることもあれば釣れないこともある。釣れれば初めて「おれの腕」で、釣れなきゃ「潮が悪い」だ。
だけど今回は、言わせてもらった。
いろんなことがあるよ——海竜のこととか、アガー君主国とか、世界平和とか。
でもそれ以上に、おれ、今回ばかりは勝ちたくなったわ。堂々と不正する貴族とか、妨害してくるクソヤローどもとか、ムカつくヤツらをねじ伏せるには釣るしかないんだもの。
「ハヤトちゃん……かっこいいわぁ!」
うるうるした目で公爵閣下がくねくねした。
「抱いて!」
すみませんそれは勘弁してください。
公爵がまたも馬車を出してくれると言うので、お言葉に甘えることにした。この馬車は暗くなっても十分走れるもののようだ。
行く先は、ゴーダ港。
港としては小さいけど、ゼッポたちもいるあそこで2日目を戦おうと思ったんだ。
あ、着いて早々試したいことがあって夜の港で釣り糸を垂れてみた。
「——マジかよ」
釣れたわ。アオリイカ。ネンブツダイの泳がせで。
ハヤト、ついに本気モードになります。
前話で書いたカワハギ釣りですが、パワーイソメを使った「ハギング」で1尾だけ釣れました。すごい。パワーイソメちょっとナメてました。釣れる。
ただ風がすごかった……。冬の海は荒れますね。同行者は軒並みその後風邪ひいてました。