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イケてない貴族さんとイケてるクジャク……じゃなかった

「このボラのこと?」


 おれが、今釣り上げたばかりの——うん、そんなに臭くないボラを掲げる。

 釣りの参加者らしいひげオッサンはうなずいた。


「当然であろう。むう!? 見れば見るほど大きいな! 昨年の優勝サイズはいくつであったか?」

「はっ、55センチ3ミリのイナダでございます、ゴールデン様」

「わはははは! あのボラを手に入れれば優勝も視野に入るぞ!」


 筋肉ムキムキの、貴族らしいオッサンの取り巻きが3人、こちらにやってくる。おれをかばうようにリィンが前に出ると、腰に吊った剣に手をかけた。


「ほれ、金だ」


 ムキムキの1人がこっちに革袋を投げて寄越す。そこからチャリンとこぼれる金貨。

 ひぇぇ……ボラに金貨は出しすぎだよぉ……。この世界は魚の価値が高すぎだよぉ……。

 ——や、そんなこと言ってる場合じゃなかった。


「いやいや! いやいやいや! あのー、おれも釣り大会の参加者なんです!」


 おれは腕章を指差しながら声を上げる。


「ね? だから上げられないですよ。それに買い取った魚で優勝狙うとかよくないですよ!」

「なに、手続きは問題ない。お前が竿と釣り針ごとこちらに寄越せばよいのだ。係員に見せればすぐに釣り具は返してやる」

「だから! 係員がこっち監視して——」


 あ、あれぇ?

 係員さん? 砂浜も一応監視していた係員さん? なんで不自然にこっちに背を向けてるんですか?


「ワシはここ一帯を治めておるゴールデン伯爵だ。係員はこの地の者だ」


 癒着ゥ! 癒着ひどすぎ!


「本来はナマハ湖で養殖した魚で挑むつもりだったがな……20センチほどしか大きくならんかった」


 なんかもういろいろ残念すぎない?

 っていうか——なんだよ、これ。釣り大会なんだよな。大賢者様が主催してるんだよな。この大陸でいちばん権威のある大会なんだよな。

 ひどすぎない?

 ルールがルールじゃなくなってるじゃん!


「ほれ、その金貨を受け取れ。魚はワシが持っていくが、十分な対価であろう——」

「——やだ」

「なに?」

「ぜってぇーやだ! このボラはおれが釣ったんだ!」

「……ふむ。おい、もう1袋金貨をやれ」

「そういうことじゃねえよ!」

「ならもう1袋だ」

「違うって!」

「もう1袋」

「だから!」

「追加」

「ちょっ」


 革袋がどんどん積まれる。すごい金額になっている。おれがこの世界に来て稼いだ金額を超えちゃってるんじゃないだろうか。

 これはさすがに、おかしい——いや、このボラにそれだけの価値があるんだ。あのひげオッサンがとんでもない金を払ってでも勝ちたい理由が——優勝すると得られるメリットがあるんだ。


「いくら積まれても渡さねーから!」

「ぬうう……」


 ひげオッサンが顔を赤くしてぷるぷるする。そして、配下に命じた。


「兵士を呼んでこい。あの者は、ワシを侮辱した。十分な罪となる」

「なっ——」


 買収工作の次は暴力かよ!? 清々しいまでにクズだな!

 もうなんなんだよ、こいつ。というか、こいつら。この国の貴族。おかしいよ。釣り大会で貴族をひいきしたり、堂々と買収工作しようとしたり!


「金を手にしておけばよかったものを! せいぜい悔やめ——」


 おれが歯を食いしばってゴールデン伯爵をにらみつけた——ときだった。


「あらあらぁ? どこをどうしたら、伯爵を侮辱したことになるのよぉ」


 通りがかった馬車は、真っ白に塗られていた。彩りはショッキングピンクと蛍光イエロー&グリーンという、正直趣味を疑うようなヤツ。

 そこから出てきたのは——極彩色のファーを首に巻き、ぴっちりした服を着た男。腰つきがくねりんくねりんしている。


「なっ!? な、な、なぜ、あ、あ、あなた様が……」

「視察よぉ。こういうときに、トップがお忍びで視察するのが定番でしょぉ?」


 どこがお忍びだよ!

 っておれは心の中でツッコんだけど、おれだけじゃなくこの場にいた全員がツッコんでいたと思う。


「ご主人様! くねくねしてますよ!」


 わかってる、カルア。おれの理解も追いついてないからちょっと黙ってて。

 っつうか、「トップ」って言ったよな? あのくねりん(・・・・)さん。


「これは見過ごせないわぁ……ゴールデン伯爵。ジャークラの名において、本件は公爵家預かりとし、追って沙汰を下すものとするわぁ!」

「うぐっ! こ、こうなったら——」

「あらぁ? 無駄な抵抗はしないほうがいいわよぉ?」


 いつの間にか、クロスボウを構えた兵士たちがずらりと集まっていた。その数、30は下るまい。

 全員が全員、白銀に極彩色で彩られた鎧を着ている。

「お忍び」ってどういう意味だっけ?


「こ、この程度の不正、どこの貴族もやっている! せっかくの我が国での開催なのですぞ! 上位を独占せねばならぬでしょうが! 公爵閣下! 閣下ァー!!」


 ひげオッサンは連行されていった。取り巻きも、取り調べがあるということで同様に連れて行かれる。残念ながら革袋の金貨も回収された。


「ふう……」


 緊張し通しだったリィンは、肩の力を抜いた。そこへやってくるクジャクみたいな男、おそらくジャークラ公爵。


「あなたぁ、ずいぶんおっきぃの持ってるのねぇ?」


 ねっとりとした視線がおれに注がれる。……ボラのことだよね?


「あ、あの、えっと……よくわからないんですが」

「やだ! あたしったらぶしつけにじろじろ見ちゃったわぁ。いいのよぉ、あなたは気にしなくて……いえ、気にするなっていうほうが無理よね。ちゃあんとあなたのお国の上に、調査結果は教えてあげるから——あなたはどこの所属なのぉ?」

「無所属です」

「え?」


 そのとき、公爵の顔がきょとんとした。そのときばかりは素の男の顔が出てきたような気がした。


「ふぅん! おもしろいわねぇ! この大会が終わったらウチに所属しなさいよぉ! 面白そうな釣り具も持ってるしぃ!」

「い、いえ、お誘いはありがたいですが……」

「この国なら海岸線も長くて四季折々の魚が釣れるわよぉ! 川釣りも盛んで鮎だって釣れるし、養殖もがんばっちゃってるんだからねぇ!」


 うお、めっちゃ楽しそう。おれ、鮎釣りやってみたかったんだよなあ……。


「公爵閣下。わたくしに発言をお許しください」


 おれの心がゆらゆらしていると、リィンが片膝をついていた。


「わたくしはリィン=ロールブルク。ビグサーク王国所属の騎士でございます。こちら、ハヤト=ウシオ様は釣り大会の後、キャロル王女と、王国で開催されるハゼ釣り大会に参加されることを約束されていらっしゃいます」

「あらぁ……もうツバつけられちゃってたってことぉ? キャロル王女ったら、意外と手が早いのねぇ……」

「あ、あの、そういう意味では……」


 リィンがしどろもどろになってる。そうだぞ。おれはまだ手つかずの新品だぞ。でも公爵閣下は遠慮します。


「ま、ジョーダンよぉ!」


 目が笑ってないけど、公爵はそう言った。


「ごめんねぇ、ハヤトきゅん」

「!?」


 ハヤトきゅん? こいつ、なんかハイレベルで距離を詰めてくるぞ!


「あなたみたいなヤリチ……ヤリ手の釣り人に、イヤなところ見せちゃったわぁ」


 今なんか変なこと言おうとしたよな? わざとか? 止めてよ?


「できれば、この国を嫌いにならないでねぇ。いつでも釣りに来ていいから」

「あ……はい。正直ちょっと、嫌いになりそうでした」


 なに言ってんの!? という感じでリィンがこっちを見てくる。あれ? まずかった? またおれは余計なことを言った?


「で、でも! 海は好きですよ! 広々してるサーフとか、最高です!」

「あらあらぁ、うれしいこと言ってくれるわぁ。——あたしの目の黒いうちは、ちゃぁんと釣り大会をやるから。最後まで楽しんでいってね! っていうか、そのサイズ釣っちゃったら最終日の決勝進出はほぼ確実ね! 上位入賞したらパーティーがあるんだから、絶対参加しなさいよぉ!」

「マジすか……おれ、パーティーとか全然無理なんですが」

「あたしがエスコートしてあげるわぁ」

「それは畏れ多いです!」


 ガチめに拒否ると、「ジョーダンよぉ!」と言いながらクジャク……じゃなかった、ジャークラ公爵は去っていく。入れ替わりに係員がやってきて——さっきとは違う係員——計測していった。ボラのサイズは51センチ2ミリ。ボラは回収され、代わりに、釣った証明書を渡してくれた。

 その間に公爵は馬車に乗り込もうとしていたが、その直前、こちらにやってくるふたりに気づいて立ち止まっている。あ……スノゥとクロェイラだ。

 ん? クロェイラに話しかけてるな——いや、違うな、スノゥにだな。

 スノゥはびっくりした顔をしている。まぁびっくりするよな、あの人のインパクトじゃ。

 公爵は馬車に乗り込むと去っていった。


「いや……まぁ、結果オーライかな?」

「どうしてハヤトさんといると、トラブルがつきまとうのでしょうか」


 え、おれのせい?


「ハヤト様ですから!」


 カルア、それなんのフォローにもなってないからな?


「ハヤト」


 そこへやってきたスノゥとクロェイラ。クロェイラが腹に手を当てておれを見ている。はい。空腹なんですね。わかります。


「おはよう、スノゥ、クロェイラ。——なんか公爵閣下に話しかけられてなかった?」


 うなずくスノゥは、公爵閣下にこう言われたのだそうだ。

 釣り大会最終日——上位20名は大会本会場に登壇することになる。ハヤトは、このボラだけで上位20名に入る可能性があるから、そのときいっしょに登壇するように、と。


「へぇ……そんなイベントがあるんだ。っていうかどうしてスノゥが?」

「わからない」


 スノゥもわからないようで首をかしげていた。


週末に更新するつもりが、体調崩していました。すみません。

貴族に悪いイメージ持ちまくりのハヤトでしたが、クジャク……じゃなくてジャークラ公爵のおかげで印象が変わってきました。公爵はイケメン。

クジャクからジャークラの名前をつけたわけではないのですが、やたらとはまってしまいました。


今週、カワハギ釣りに行く予定です。今年はカワハギがいいらしいですね! パワーイソメで釣るのをハギングって言うらしいですよ! もうなんでもアリだな!

まだ釣れるのかなぁ……。

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