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釣り人大移動

遅くなってすみません。今後の展開を練ったりばたばたしてたりしました。

 名代が「開始」の合図を告げると、釣り人たちは一斉に移動を開始した。おれたちも参加者であることを証明する「腕章」をもらって腕につける。

 でも……どうするかな。

 釣りに重要なのは1に場所、2にエサ、3に腕。

 いちばん重要な「場所選び」が難しい。

 整理すると、


・ナマハ湖……遠すぎて今日中に着かない。釣り場としては1級。

・マエオ岬……遠すぎて今日中に着くか怪しい。釣り場としては2級。

・ヅマン海岸……そこそこ近いが実績なし。

・ホウミ三角海岸……近くて広くて実績あり。

・ツィーヤ港……めっちゃ近いが狭い。今ごろ阿鼻叫喚の釣り座争いを繰り広げていることであろう……。


 釣り人たちのうち、ダッシュしているのはツィーヤ港に行っているのだろう。そこそこ急いでいるのはホウミ三角海岸狙いで、だらだら向かっているのはヅマン海岸だろうか。実績がないと言われても「どうせ地元民が隠してるだけ」「腕がないだけ」と考えてワンチャン狙うことは釣り人あるあるである。そして釣れない。

 貴族ではないが金持ちらしき釣り人は馬車に乗り込んでいる。マエオ岬に向かうのだろう。今から飛ばせば夜には着きそうだし。

 で、みんな徹夜で場所取りをするわけだ。


「うーん……どこに行くべきかなあ」


 おれが唸っていたときだ。


「失礼ですが、ランディー殿でいらっしゃいますか?」


 話しかけてきた身なりのいい中年男性。


「ん? ランディーは私だけど?」

「ああ、よかった。これだけの人数ですからな、見つけられなかったらどうしようかと思っておりました。我が主人、ディルアナ様より言づてがございます」


 ディルアナ——ランディーのライバル。

 彼女はきっと貴族枠でさっさと移動しているころだろうか。


「『足が必要ならば馬車を使って欲しい』と」

「!」

「ディルアナ様は、ランディー殿に、最終日まで残っていただきたいとお考えです」


 おお、これはラッキーだな! 馬車があればマエオ岬までは行けるだろうし。


「あちらの馬車です」


 だけど彼が指した馬車を見て、おれはまたも唸る。

 狭いのだ。

 たぶん、ランディー1人と道具を載せたらいっぱいいっぱいである。


「ああ、気持ちはうれしいけど断るよ」


 するとランディーはサクッと断ってしまった。驚いたのは申し出たディルアナの使用人である。や、おれもびっくりしたけど。


「な、なぜでしょうか? 今回の釣り場は明らかに難しい場所ばかり。ランディー殿にはなにか勝利の秘策が?」

「はははは」


 ランディーは笑う。


「釣りに秘策も、近道もない。ただ私はハヤトたちといっしょに釣りがしたいんだ。だからといってディルアナに負けるつもりもない」

「……左様ですか。後悔なさらないように」

「無論のこと」


 使用人はすごすごと去っていった。

 うおー、ランディーかっけー!

 おれがひとりで感動していると、当のランディーは、


「とは言ったものの困ったな」


 苦笑しておれに言う。


「ホウミ三角海岸に行くか?」

「いや……あそこは実績あるけど、いい釣り座は限られてる。今から行ったら遅いよ。——おれとしてはマエオ岬まで足を伸ばした方がいいかなって」

「だが足はどうする? 馬車の手配は今からでは難しいぞ?」

「明日の午前中も移動時間に充てれば、なんとか……」

「釣りの時間が減るのは痛いな」

「でも狭いところで釣るのもしんどいかなあ。エサ釣りで大量にエサがまかれると、ルアー投げても反応悪くなるんだよね」

「なら我々もエサ釣りにするか?」

「あー、うん、それならアリ、かな……」


 みんなが足下で釣ってるところ、ぶん投げて釣る。

 目立つよなー。

 感じ悪いよなー。

 でもなぁ……それ以外に方法がないかなぁ。

 恥も外聞もなく勝ちを優先するべきだろうか? 今回は事態が事態だもんなぁ。

 いや、それを言ったらディルアナの申し出をありがたく受けるべきだったってことになるよね。


「ハヤト。お腹空いた」


 そんなおれとランディーの悩みなんてお構いなしにクロェイラが言う。

 年相応っぽく見える女の子口調である。

 ちなみにクロェイラは、この「女の子モード」と、人間を相手にする「居丈高(いたけだか)モード」と、海竜の里での「お嬢様モード」の3種類を使い分けている。たまにこんがらがる。


「あー、ちょっと待ってくれないか。食事は移動しながらになると思うけど、移動先がまだ決まらないんだ」

「どこに行くの?」

「それを決めてるんだよな。釣り場ではあるんだけど」

「じゃあ、あたしが運んであげる」

「うん、だからちょっと待っ——」


 え?


「運ぶ……? ってなに……?」

「海竜になって運ぶ。釣り場なら海沿いでしょ? 余裕じゃん。だから早くご飯食べに行こうよ」


 いやいやいやいや待て待て待て待て。


「って言ってもおれたち全員だぞ?」

「あたしの海竜の姿見てるでしょ? このくらいの人数ならたいしたことないわよ。だからご飯……」


 ご飯好きすぎるだろ、ちょっと待ってクロェイラ。まだ10時だし。


「ど、どういうことだ、ハヤト、クロェイラ。私たちを運ぶ——海竜になって海路を行くということか?」


 おれとリィン、カルアが海竜の里に行ったことはランディーも知っている。

 ランディーは興奮している。


「すごいではないか! 確かにその移動方法なら、川を渡る必要もなく、山道を迂回する必要もなく、海岸線を通り、湾は横断して行ける! 相当なショートカットができるぞ!」

「いいのか、クロェイラ? 結構大変だぞ」

「んー、まあ、いいわよ。……あたしなりに、叔父さんのやり方見てて思うところがあったし」


 思うところ?


「ハヤトがみんなを治してくれたのに、なんか叔父さん、ハヤトに脅迫みたいなことしてたじゃん。あれってよくないよね」

「おれが治したわけじゃないんだけど……推測を話しただけだし」

「それでも、あの態度は悪いわ」


 そうか、クロェイラなりにおれのことを考えてくれてたのか。ちょっとうれしい。

 と言っても、あのイケメン海竜の気持ちもわかるんだけどね。

 重金属——毒を流した人間が憎いだろうし、おれはその人間だ。おれがいくら治療の役に立ったとしても、海竜からしたら「人間のケツを拭いただけ」——マッチポンプみたいに見えるだろう。

 里のみんなの手前、ああ言うしかなかったんだと思う。

 それに、「竜人文書」も見せてくれたし。

 実は、あれを「見て来て欲しい」と言っていたノアイラン皇帝は、おれに報酬を支払うと言っていた。おれとしては今回の騒動が片付くまでそんなこと考える余裕がないので、とりあえず保留って感じにしておいたけど。


「叔父さんの無礼はなくせないけど、血縁者のあたしがハヤトのためになにかするのはいいことじゃない?」


 かっこいいなあ、クロェイラも。

 これで「うまそうなお店来る途中に見つけたんだ! もちろん魚よ!」とか付け加えなければ最高だったんだが。




 早めの昼食を取ってから——スノゥとカルアは全然お腹が空いてないらしく、お茶しただけだった——おれたちは宿に戻り、荷物を集めた。

 思いがけず遠出をすることになった。どうせ首都近辺の釣り場だろうと楽観していたんだけどなぁ。

 ともかく、荷物を持って人気のない磯へと向かう。ああ、うん、全然人いない。みんな釣り大会の釣り場に向かってるからだろうね。

 ツィーヤ港に通りがかったらすごいことになってたよ。肩が触れ合うどころか満員電車なみの混雑。数人、海に落ちてたわ。

 今回の釣り大会、全部で何人が参加してるんだろうなぁ……。


「ここらでいいかな」


 腹一杯でご機嫌のクロェイラはひとり、ざぶんと海へ飛び込んだ。ランディーとスノゥがぎょっとしていたけど、次の瞬間、言葉を失った。

 いきなり現れた海竜。海水が押し出されておれたちの足下が洗われる。

 相変わらず海竜はデカイ。


『乗って』


 おれたちはクロェイラの背中に乗り込んだ。


 海中の旅はなかなかどうして、快適だ。揺れもしない。そして早い。

 こうして——今日のうちにナマハ湖へ到着したのだった。貴族よりも早く着いた。釣り人なんているわけもなく、宿もガラガラ。明日に備えてゆっくり眠ることにした。


意外と気ぃつかいなクロェイラ。

海竜に乗って子どものように興奮するランディー。

こっそり興奮しているスノゥ。


次話から釣り大会初戦が始まります。

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