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79 開会式と釣り場の発表

「おれがリィンを信用しないわけないじゃないか。おれは……おれが。おれがリィンの前に立ったのは——」


 そこまで言いかけて、気がつく。

 ……どうしておれはリィンの前に立ったのか。

 あのときはとっさに身体が動いた。でも、これはきっともっと重要な問題なんだ。


 リィンを守りたいと思った。守られるだけじゃなくて守れる男になりたい——いや、そんなカッコイイ理由じゃなくて。

 リィンが大事なんだ。

 おれは、リィンが好きなんだ。


「…………」


 リィンは、おれの言葉を受け止めるべくこちらを見ている。

 ここでおれが今、想いを伝えたらどうなるだろうか。きっとリィンは混乱する。おれたちの仲はぎくしゃくする。

 それはきっとよくない。

 おれたちは、明日から釣り大会に参加するのだ。そこに、この問題を持ち込んじゃダメだろう。


「……ごめん。今は言えない」


 へ、ヘタレなわけじゃないぞ。


「そう、ですか……」

「でも釣り大会が終わったらきっと言う」

「……釣り大会が、終わったら、ですか……?」

「ああ。だから明日からまた護衛をしてくれないか。もう、リィンの邪魔は絶対にしないから」


 少し考えてから、リィンは「わかりました」と言った。

 こんなふうにしておれたちは——翌日の釣り大会を迎えることになる。




 ……正直に言おう。眠れなかった。

 今日が、開会式だけで、釣りをやるのは明日からでほんとよかったよ。

 朝早く宿を出たおれたちは、開会式の会場へと向かった。首都にある公爵の名を冠した巨大な広場がそれだ。


「ふわぁ〜……大きいですぅ」


 カルアがおれの横でため息を漏らす。だだっ広い公園はなにもない。マジで、なんもない。

 学校のグラウンドみたいなものだ。平坦な土地がこれだけ広がっているのはすごいな。まあ、芝生で埋めるにしたら手間も金もかかるだろうからな。

 見渡す限りなにもない土地だけど、公園の中央には大きな式典場が木材で組まれている。式典場を中心に十字でクロスするように、太い道が走っていて、ここには一般参加者は入れない。

 一般参加者。つまるところおれたちである。

 おれたちはその太い道に区切られた4つのブロックの1つにいるわけだが、そこにはぎっちりと釣り人が集まっている。

 去年が僻地開催で5千人だっけ……。

 今回は何人だ? 1万人? 野外フェスじゃないんだぞ。

 今日は釣りをやらなくていいわけだから手ぶらが多いんだけど、今日ようやく首都に到着したのか、旅装の者、釣り具を持っている者——あっ、魚籠に魚が入ってる。朝から釣ってきたのか? うらやましい……。

 老若男女いろいろいる。カルアくらいの見た目の子もいっぱいいる。釣り大会は参加自由なので家族で参加したりというのもあるんだろう。

 その釣り人を相手にした飲み物や食べ物の売り子もいて、騒がしい。


「カルア、迷子にならないようにな」

「は、はいぃっ」

「そうよ。カルアはすぐにどっか行っちゃいそうなんだから」

「……いや、クロェイラ。お前も心配だから」

「なんでよ!」


 右手でカルアと、左手でクロェイラと手をつないでおく。一人前と認められたとでも思ったのか、スノゥは薄い胸を張って「むふー」と鼻息が荒い。

 いや、スノゥ。お前はランディーが目を光らせているから手をつないでないだけだぞ……お前も心配なんだぞ……。

 そのランディーは、朝からおれともあまり話をしていない。おれが目の下にくまを作っていること、昨晩リィンが部屋に戻ったときになにか話したのかもしれないけど彼女の様子もちょっと違うことから、ランディーなりに考えているのかも。まぁ、うん……今リィンの話題振られたらおれもなんて言っていいかわからないもんよ。そっとしておいて……。

 リィンは、いつもと同じように——表面上はいつもと同じように見える——おれたちの護衛をしてくれている。周囲にトラブルがないか気を配り、おれたちを守るように立っていた。


『釣り大会参加者に告げる。間もなく公爵殿下の名代が入場される。その場で待つように』


 だいぶ上から目線のアナウンスが流れてきた。

 そう言えば、おれがこの世界に転移したときもフゥム村で釣り大会やってたんだよな。で、こうやって魔法を使って拡声器代わりにしてた。

 公爵本人は来ないらしい。それはそうか、なにかあったら危ないしな。

 各国の国王は別の場所で開会式をやるらしい。貴族の大会参加者はそちらに集まるそうだ。だからランディーのライバルであるディルアナ子爵はそっちにいるはずだ。

 ランディーも去年までは貴族枠だったはずだけど、


「いやあ、一度一般参加の開会式も見てみたかったんだ!」


 と目を輝かせて言ってた。どうも、貴族の開会式は堅苦しいみたいだ。

 そんなことを考えていると遠いところからどよめきが聞こえてきた。見ると、馬車が太い道を走ってくる。あれに名代が乗っている——んだろうけど、めっちゃ派手な馬車だ。

 まず馬が白い。馬車も白い。で、金箔でも貼られているのか、金色で模様がつけられている。

 集まった参加者たちは大喜びだ。手を叩いたり、口笛を吹いたりしている。


「うおっ!?」


 とか思っていると、馬車の左右に火花が上がった。

 走っていくのに合わせて、ドンッ、ドンッと光が放たれる。

 ますます盛り上がる参加者たち。あれは魔法による演出の一環? びっくりしたわ。

 やがて式典場にたどり着くと、太っちょの男がのそのそ出てきた。そしてマイク——みたいなものを手にする。


『えー……ジャークラ公国公爵殿下の名代として告げる。これより大賢者様主催の釣り大会を開催する。上位入賞者には大変な褒賞を与えるので期待するがよい』


 うおおおおおおおッ。

 地鳴りのような声が上がり、おれは耳を塞ごうかと思ったが両手はちびっこの手をつかんでいたのでできなかった。うるせぇ! みんなご褒美欲しすぎだろ!

 名代は壇上で、よし、よし、とでも言いたげに手を広げる。喚声は静まっていったがそれでもまだ興奮冷めやらぬという感じで「褒賞ってなんだろうな」「金貨だろ、金貨。釣った魚と同じ量の金貨」「貴族にしてくれるんじゃないのか」とか話している。


『続いて、1日目の釣り場の発表である』


 おっ、釣り場だ。

 聞き漏らすまいとざわめきは小さくなる。


『ナマハ湖、ヅマン海岸、マエオ岬、ホウミ三角海岸、ツィーヤの港、以上』


 ざわざわとまた騒がしい。


「むう……」


 ランディーも腕を組んでいる。おれも「むう」ですよ。


「厳しいなあ……」

「うむ」


 おれが言うとランディーもうなずいた。


「なにが厳しいのだ」

「あー……クロェイラにはわからないか。今5箇所言っただろ? そのうちナマハ湖は正直遠すぎる。今から移動して今日中に着けるか怪しいんだ」


 汽水域の湖らしいけどね。


「マエオ岬も次に遠くて、このふたつは現実的に選べなさそう。となると残り3箇所しかないんだが……」

「ツィーヤ港は狭いのだ。釣り人が殺到するぞ。それにヅマン海岸は実績がほとんどない。ホウミ三角海岸は実績ある釣り場だが、それとてこの人数が向かったらあふれる……」


 ランディーが説明を補ってくれた。

 そのとおり。


「というか……わざわざナマハ湖とマエオ岬を入れた理由はなんなんだろうな。行けないのなら候補地になる意味がないじゃん」

「それがだなあ……」


 なんだかランディーの歯切れが悪い。


「……こうして一般で参加することになって気づかされたのだが、貴族のためだと思う」

「ん? どういうこと?」

「貴族の参加者は早馬を用意しているのだ。場所の発表直後に移動を開始する。それで明日、ナマハ湖で釣りをすることも可能だろう。恥ずかしながら私は知らなかったよ……。場所が発表されたらそのまま馬車に乗せられて移動するだけだったから、今までは」


 えー、なんだよそれ。ズルイなあ。

 人が殺到した釣り場は、魚の取り合いになる。運良く大きい魚を釣れればいいが、どう考えても過当競争だ。

 貴族は悠々と釣りができるわけだ。そうなればデカイ魚を釣れる可能性も高まる。


「んー……これって大賢者様主催なんだよな?」

「ああ、もちろんだ」

「そうか……」


 この現状を許しているのなら、ちょっと幻滅だよな。

 と言っているうちに、名代の話は終わろうとしていた。


『参加者は腕章をもらって行くように。これがない者は参加できないぞ。健闘を祈る』

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