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76 竜人文書を読んでみた

 あー、おれ、わかっちゃいましたわ。この奇病の大本の原因、わかっちゃいましたわ。

 いや、まあ、ただの先入観に過ぎませんよ? それでもここでアガー君主国が出てくるのはヤバイでしょ。この中にひとり、犯人がいる(容疑者1名)でしょ。


「……ウシオくん、なにか気づいたことが?」


 ハッ、クロェイラの叔父さんがめっちゃ見てる! 正直に言うべきか? でもなぁ……人間不信になられるといろいろよくない気がするんだよな。かと言ってウソをついたら後がなんか怖い。


「あくまでも可能性の話として聞いてください」

「ほう、この事件の黒幕がわかりましたか」

「あくまでも、可能性の話、です、からっ! えぇっと……マスだけが重金属を吸い込むことはあまり考えられません。ほかの魚介類に行き渡っているはずです。もちろん、地域は限られますが」

「それはそうでしょう。マスを食べていない海竜も発症していますから」


 よかった意外と冷静だ。


「他の集落にいる海竜が同じ病気にかかっていないかとさっき聞いたのは、そこを知りたかったんですよ。海全体に広がってるんじゃなくて、やっぱりこの周辺海域にだけ重金属が出回ってるということになります」

「……濃度が高いのはジフ川のマス、ということですね?」

「おそらく金属の出所はジフ川で間違いないと思います。回復魔法が使えるみたいですから大丈夫だと思いますが、できれば皆さんは近寄らないほうがいいですね」

「何者かがジフ川に重金属を垂れ流しているのですか?」

「そこまではわかりませんよ。調べてみないと……」

「誰が調べるのです?」

「それは」


 おれ、とは言えない。だっておれなんてただの釣り人だもんよ。この話をジャークラ公国に持っていけば調査してくれるんだろうか? 人間の健康にも影響があることだから調べてくれるかもしれない。ていうかジフ川流域の人たちも川魚を食べないように告知しなきゃ。

 では、アガー君主国は?

 調査しないよなぁ……。

 だって「海なし国」だもんよ。川魚にも影響があるとしても上流に行けば行くほど影響は薄い。だったらシカトしそうなものだ。アガーが重金属を垂れ流している原因だったら、この問題は永久に解決しないことになって、海がどんどん汚染されてしまう。


「……わかりました、いいでしょう。ウシオくん、あなたの協力に感謝します。ここから先は我らで話したいと思いますので、どうぞ今日は泊まっていってください」

「あ、え、はい……」


 あれ、あっさり終わったな。

 クロェイラの叔父さんはおれたちに背を向けて去っていく——途中で竜へと姿を戻す。

 それは目の覚めるようなブルーの海竜だった。身体に青白い光を纏っている。海竜になってもイケメンかよ。イケドラゴンか。

 奥にあった潮だまりのような場所に身体を突っ込むと、そのままドプンと潜っていった。潮だまりっていうか、どこかの海につながっているのだろう。他の竜たちも次々に入っていき——最後に残ったのはクロェイラと世話役の老人だけだった。

 あと、「竜人文書」が1冊。


「ふぅ……とりあえずは向こうの話し合い待ち……」


 って、おい! なんで重要書類置きっぱなしなんだよ!


「ハヤト殿」

「あっ、は、はい! ていうかこれ持っていってください! 竜と人間のヤバイヤツでしょ?」

「はいそれなのですが。どうぞお読みください」


 世話役がなんでもないことのように言った。


「……はい?」


 おれの後ろでリィンとカルアが固まってる。


「ハヤト殿が読めば、人間がまた面白いことを考えるかもしれない、と長が先ほど言いましてな。ほっほ。珍しいのですよ、長がそのようなことを言うのは」

「ええ、ほんとうに。叔父様はハヤト様のことを気に入ったようですわ」


 気に入った、って……マジかよ。終始脅されてる感じがしたんだが?

 疑惑たっぷりの視線を、お嬢様ぶってるクロェイラに向けると、


「食後に読みますか? それがよろしいですわね? 厨房はあちらですから、どうぞ存分に腕を振るってくださいませ」

「なんでおれに料理させる気満々なんだよ」


 とはいえいきなり「読め」と言われても重要書類を読む気になれない。ノアイラン帝国の皇帝もおれにわざわざ「読んできてね。報酬はずむから」と言ったような代物だ。

 ……料理するか。




 結果から言うと、まともに料理できなかった。

 新鮮な魚があったのはいいのだけど、古びた包丁なんかの調理器具は半分くらい使い物にならなかった。料理をふだんからしている形跡がないのだ。

 海竜たちはアジもサバもカサゴもカワハギも躍り食い専門らしい。豪快過ぎんだろ。

 とはいえ、なんとか生き残っている調味料を駆使して海鮮煮込みを作ったところ、


「むう!? むううう!?」


 世話役の老人が今にもぽっくり逝きそうな声を上げながらおかわりしていた。だいぶ美味しかったらしい。

 イケメン海竜たちはまだ帰ってきていない——会議が長引いているのだろうか。


「さて、じゃあ……『竜人文書』、読むだけ読むか」

「ご主人様ぁ、それ、大丈夫なのですか……?」

「うん。これ読んだらあかんヤツや、と思ったところで止めるから」

「だったら大丈夫ですね」


 カルアが納得する。

 あのな、カルア。「読んだらアカン」と思ったってことはすでにそこは読んだことになっているんだよ。大丈夫じゃないんだ。傷が深くなるのを軽減するだけなんだ。

 や、おれとしても気にはなっていたからさ、読むよ。他ならぬ海に関することだし。

 テーブルに着席しているのはおれとカルア、向かいにクロェイラ。

 世話役とリィンはそれぞれ立っている。

 おれは——文字読めるのかなあ? ——という一抹の疑問を持ちながらも「竜人文書」のページを開いた。

 左ページに、見たことのない言語が書かれてあり、右ページには見慣れた文字があった。どうやら人間用の文字で対応した内容が書かれているらしい。

 最初のページにあったのはいわゆるインデックスだ。



 第1節 総則

 第2節 契約の更新

 第3節 管理義務

 第4節 竜と人の交易について

 第5節 管理領域に関すること

 第6節 拠点と海域地図

 第7節 緊急事態

 第8節 禁則事項

 第9節 補遺



 お、おおう……なんかめっちゃ、ちゃんとしてる。契約書って感じなんだが……最後に「本契約に関する紛争が生じた場合は東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする」とか書いてありそう。

 これ、おれが読んで理解できるのかな? 不安に思って横のカルアを見ると、真剣な顔でうなずき返してきた。いやいや、よくわかってないだろ、カルアさん?

 まあ、読むだけ読んでみるか……。

 おれはページをめくった。




「話し合いがまとまりました」


 夜も更けてから、クロェイラの叔父さんが戻ってきた。カルアとクロェイラは仲良く船を漕いでいたので一室を借りてそのベッドに寝かせてある。

 彼らの帰りを待っていたのはおれとリィン、それに世話役だ。


「——読んだのですか?」


 人化したイケメンがおれにたずねる。「竜人文書」のことだろう。

 おれが真面目な顔でうなずくと、薄く笑った。


「ならば話が早くていいですね。今回の件……人間の出方をうかがうとしましょう。ウシオくん、あなたにメッセンジャーをお願いしたいと思います」

「最初からそのつもりで、これを読ませましたね?」

「最初から、ではありませんよ。あなたがこちらの想定以上に聡明であったのでお願いしようと思ったのです」

「……おべんちゃらは要らないですよ。それで、海竜の決定は?」


 イケメンが口を開いた——その背後にはずらりと並ぶ海竜たち。


「3カ月以内に奇病に関する調査結果を報告すること。報告がなかった場合は、『竜人文書』に基づき、人間による海竜への宣戦布告とみなします」

「異世界釣り暮らし」の書籍版、「買った」というご報告もちらほらいただいており、誠にありがとうございます。

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