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75 川がたどり着く先は

「異世界釣り暮らし」の書籍版、大きめの2店舗を見に行って一般書店にはなく(笑)、さすがのアニメイトには平積みで置いてありました。さすアニ!

 おれは、マスの生態について海竜たちに話した。マスの荒食いのあとにすぐに体調が悪くなったというのならそのマスが集中的に、重金属を食べた可能性があることも。


「……ウシオくん、ちょっと聞きたいのですが」


 イケメンことクロェイラの叔父がにこやかに聞いてきた。


「人間は確か、魚を人工的に殖やすということをやっていますね? たしか養殖と言うのでしたか」


 この海竜、痛いところ突きすぎィ!


「そ、そうですね……」

「マスも殖やしているのでは?」

「……あの、食べたマスの種類を聞きたいのですが」

「マスも殖やしているのでは?」

「…………」

「マスも殖やしているのでは?」

「…………はい」

「なるほど」


 イケメンはもう一度口の中で「なるほど」と言ってから、


「ウシオくんは、どこの人間がマスを殖やしているか知っていますか?」


 獰猛に笑いかけてきた。

 うわあ! 絶対復讐する気だ! 殺る気満々って顔に書いてある!


「お、おれの質問にも答えてくださいよ! 食べたマスの種類を教えてください!」

「どうですか」


 イケメンが周囲の海竜たちに目を向ける。「——なんだっけ?」「マスはマスだろ?」「マスに種類なんてあんのか」とまあ、なんとも大雑把な答えだった。


「聞いてのとおり、どうもはっきりしないようですね。こうなれば直接聞いてみるしかありませんねえ」

「い、いやっ、ちょっと待ってください! 確証もなしに海竜が行動したとなれば……」


 おれの脳裏にはイオの集落が火に包まれてる姿がちらつく。いや、海竜が火を放つわけはないと思うんだけど。

 すると世話役がおれの言葉に賛成してくれた。


「そのとおりですぞ、長。『竜人文書(りゅうにんもんじょ)』にもあるではありませんか。『暮らしに立ち入ることはならない』と」


 あ、「竜人文書」——人間のほうは「人竜文書(にんりゅうもんじょ)」と言われてるんだっけ。

 はるかなる昔にかわされた、人と竜との契約。

 痛いところを突かれたのか、イケメンはムスッとする。


「『合意』があれば可能です」

「どのように合意を取るというのです」

「クロェイラはウシオくんと合意があります」

「このふたりは例外でしょう」


 え? 合意なんてないんだけど?

 クロェイラが「魚くれ」っていうから上げてるだけ……まさかそれが「合意」なのか!?

 おれの横でクロェイラが腕組みしてムフーと鼻息を荒くしている。


「特別ですの」


 とか偉そうに言ってる。いや食い意地張ってるだけだよね?

 合意がどうのと長と世話役がやり合っているところへおれも参戦する。


「あのー、ちょっといいですか? マスを食べたことをもうちょっと詳しく聞かせて欲しいんですけど」

「聞いてどうするのです? 人間が海竜に被害を与えたことは事実ですよ?」


 すると海竜のひとりが「ヴオオオオオオ!!」と吠えた。びびった。

 静かにしろ、とか、落ち着け、とか言われてる。どうやらその海竜が——死産となってしまった海竜の旦那らしい。

 ヤバイ。もう「人間=悪」という構図ができあがっている。

 まだ決まったわけじゃないのに。


「ウシオくん。私たちはね……そう我慢強いほうじゃあないんですよ」


 淡々と言う長の言葉に凄みが宿る。おれは背筋が涼しくなった。


「わ、わかってますよ。だからこそ、でしょ? だからこそ冷静にならなきゃ。なんたら文書がどんなものかおれは知らないけど、それに違反したらタダじゃ済まないんでしょ? だからみんなそれに従ってるんだ」


 図星なのか、またもムスッとした顔をする長。ムスッとしてもイケメンはイケメンだ。EX○LEだ。チューチュートレインだ。


「おれもできるだけ協力したいんです。こうしてクロェイラとも仲良くなったし……人間と海竜が多少手を取り合ってもいいじゃないですか」


 ぱちぱちと目を瞬いてクロェイラがおれを見る。え? なに驚いてるの? 仲良くなった……って思ってたのっておれだけ?


「…………」


 イケメンはそんなおれとクロェイラの様子を見てから——ふっ、と眉間に寄っていたシワを解除した。


「……誰か、地図を持ってきてください。もう少々、情報を整理してみましょう」




 地図がやってくる前に、おれは排出されたという重金属を見せてもらった。

 なんか……紫色に光ってた。見た目は水銀っぽいんだけど、発光してるんだ。

 海竜によってはかなり大量に摂取していたみたいで、樽になみなみと集められてた。グロい。


「どうも魔力的な反応があるようですな」


 世話役の老人が教えてくれた。魔力ねぇ……まぁさっぱりわからんわ。

 おれが腕組みして首をかしげると、おれの横ではカルアもまた腕組みして首をかしげていた。


「ハヤト殿、そろそろ夕刻ではありますが、食事はどうなされますかな?」

「あ……そう言えばそうですね。海竜ってどうやって食事するんです?」

「それはもう一泳ぎしてパクッと」


 ですよねー。

 でもそれをおれたちにやれって言われても無理だよ、無理。


「ハヤトは料理もすばらしいのですわ」


 耳慣れないお嬢様言葉でクロェイラが言うと、世話役は「ふーん」という顔だった。あー、これはアレですな。料理とかほとんど興味ない感じですな。

 とりあえず、あとで魚を分けましょうと世話役は請け負ってくれたが、おれとしては人里に帰して欲しいです……。とはいえこの問題が整理されないと帰れないかなぁ……最悪ここに泊まることになりそうだ。


「…………」


 リィンが難しい顔をしている。そう言えばさっきからリィンとは全然話してない。


「あのさ、リィン——」

「ウシオくん。地図ですよ」


 そこへイケメンに呼ばれてしまった。


「あ、はい……」


 ちょっと心残りはあるけれども、リィンと話すのは後にして長のところへと向かった。

 先ほどと違って海竜の数が減っている。いなくなったのは夕飯を探しに行ったらしい。

 テーブルには地図が広げられていた。半畳くらいのサイズだ。でけぇ。


「おー! かなり細かいところまで書いてありますね。ふむふむ……ここがビグサークで、ここがノアイラン、それにジャークラ……どこで手に入れたんです?」


 ここまでしっかりした地図はめずらしいのか、リィンも熱心に見ている。カルアだけは「へー」って感じだけど。

 ん? そう言えばなんかこの地形見覚えがあるような……ああ、おれがたどってきたからか?


「この地図は古いものですが、地形は変わらないでしょう? ずいぶん昔に先代の長が手に入れたものです」

「へえ……」


 人間と海竜の間に接点がなかったわけじゃないんだ。まあ、そもそも「人竜文書」とかで契約してるんだから、接点があったってことだよな。

 イケメンは横に数十ページの冊子を置いた。


「これは?」

「『竜人文書』ですね」

「へえ……はい!?」


 それめっちゃ大事なヤツじゃん! なにさらっと持ってきてんの!?

 おれがすごい勢いでイケメンを見たものだから、彼は満足げに笑った。あ、おれをからかうために持ってきたヤツだこれ。


「ウシオくんも興味がありそうでしたから、後で見てみてください」

「……え? い、いいんですか? からかうために持ってきただけなんじゃ?」

「当初の目的は果たしました」


 やっぱからかいたかったのかよ!

 興味は、まぁ、ほんのちょっと、ほんのちょっとね? あるけどね? 海のことだからね?


「ま、まぁ、いいのなら読んでみたいですけど」

「構いませんよ。——それで、マスを食べた場所ですね? どうもここのようです」


 イケメンが指差したのは、ひとつの川の河口だった。若い海竜たちがうんうんとうなずいている。

 おれもあわててそこに目を当てた。

 その川は——。


「ジフ川……ですね」


 イオ川じゃなかった…………よかったぁぁぁぁぁ!

 あの集落が火に包まれることもなくなったぜ!

 ほっとするのもつかの間、おれはあることに気がつく。


「……あれ? ジフ川ってマスの養殖なんてやってなかったよな……」

「どういうことですか、ウシオくん」

「あ、えーっと、おれたちジフ川も見てきたんですよ。そこじゃマスの養殖なんてしてませんでした。つまり人間が意図的に放流したものじゃないんですよ!」


 汽水域でハゼ釣りしてるオッサンがいたんだよな。で、おれは「弓角」ワンチャンあるなこれ、とか考えたんだった。


「河口はでしょう?」

「それはまあ、そうですけど……」

「上流でやっているということは?」

「……まあ、可能性はゼロではないですけど……」

「上流はどこですかね」


 この海竜、人間を疑うこと限りなし!

 仕方ないけどさあ……相当ムカついてるんだろうしさあ……でもさあ、もうちょっとさあ……。

 心の中でぶちぶち言いながらも、おれはジフ川をたどっていく。

 河口から西へと傾き、そのまま北へと伸びていく——。

 川をたどる視線が、ある場所で止まった。


「マジかよ……」


 おれはうめいた。

 そこにあった地名——いや、国名。

 アガー君主国だった。

これは犯人わかってしまいましたわ……(直球)

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