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73 蔓延する奇病の謎

短くてすみませぬ。

「この病気は今年の頭から現れました」


 老人は語り出した。

 最初にかかったのは若者だったが、その後は老若男女問わず発症しているらしい。

 症状は、発熱、嘔吐、下痢といったものばかりだったから「たいしたことあるまい」と甘く見ていたのだという。


「問題は……妊娠した海竜が、死産したことです。海竜は数十年に一度、子を授かります。妊娠がわかった海竜は里から出ずに過ごします。いい魚を、つがいとなった海竜が運んできてそれを食べる……。発熱があったときには、これくらいならば大丈夫だろうとみな思っておりました。いざとなれば回復魔法を使える者もあります。ですが、生まれてきた子は死んでおりました」


 おれは唸った。

 数十年に一度の妊娠がフイになったとしたら……そのショックはどれほどだろう。

 ずっと里にいたということは、外で接触感染したとかそういうんじゃない。

 じゃあ、なんなんだ?


「えっと……その、つがいの海竜は大丈夫だったんですか? 同じ病気にかかっていない?」

「え? ええ。死産のショックでだいぶ痩せましたが、病気にはかかっておりません」

「他の方で、完治した海竜は……」

「おりません。みな、じりじりと弱っております」

「あなたは大丈夫なんですか?」

「不思議とかかりませんな。里にはそういう者が他にもおりまして、交代で重篤な者の看病をしております」

「なるほど……」

「なにかわかりましたか?」

「これだけではなんとも」


 と言いながら、実はおれはあるひとつの可能性に思い当たっていた。

 かかる海竜とかからない海竜がいる病気。接触感染ではない。


「あなたが——クロェイラの連れてきたという人間ですか」


 そのとき、おれたちへと近づいてくる男がいた。年は30代に見えるけど海竜の年齢を推測するのに見た目はアテにならない。

 めちゃくちゃイケメンだった。日本人ふうなテイストも入っていて、若いころは童顔、成人するとイケメン、30代で深みが増す——そんな感じの人生勝ち組イケメンである。EX○LEの新メンバーかな?

 精悍な身体のラインがわかる、シャツとジャケットを着て、下には滑らかな布地のパンツを穿いている。


「あ、えーと。はい」


 おれは内心「チクショウ!」と血の涙を流していたけれども、一応返事した。すると、


「——へえ」

「!?」


 おれを一瞥したその視線に——ぞくりと身体中に鳥肌が立った。鳥肌とかそういうレベルじゃない。身体がギザギザになったみたいだ。

 絶対的な捕食者。

 おれなんて、「気まぐれで生かしてやってる」という程度の生き物で、彼は自分が圧倒的に食物連鎖の上位にいることを毛ほども疑っていない。


「で? なにかわかったのですか?」

「ああ……いや、まだ質問の途中だったけど……だ、誰ですか?」

「こちらは里の長、クロェイラ様の叔父様でもいらっしゃいます」


 世話役が代わりに教えてくれた。こいつが……。


「同席しましょう」

「しかし、長……」

「クロェイラに取り入って、海竜の里のなにを調べに来たのか、気になるではありませんか」


 なんか勘違いされてるくさい。おれ、海竜の里とかそこまで興味ないんだが……。


「あのー、あくまでおれに協力できる範囲でする、ってことでクロェイラには話したんですからね? わからないものはわからないし、考えが外れても怒ったりしないでくださいよ?」


 おれが念を押したが、イケメンは涼しい顔をしていた。イヤな感じだなあ……言質は取らせないぞみたいな感じがする。


「えーっと……じゃあ、質問してもいいですかね? ちょっと気になることがいくつかあって」

「ほう。なにか思いついたようですよ」

「長。茶々を入れないでください」


 老人、よく言った。


「海竜にも医者はいるんでしょう?」

「一応……海竜は生命力が高いので、他者の助けを必要とすることがほぼないのですよ」

「一応でもいるのなら、どういう診断でした?」

「栄養のつくものを食べて安静にするしかないと。体力を減らすことがなにより危険だという診断でした」

「食中毒や寄生虫の疑いはどうですか?」

「体内の生き物を探知する魔法を使いましたがそういった反応はありませんでした」


 そんな魔法もあるのかよ。医療が発達しなさそうだぜ。


「わかりました。……発症するのは全年齢的に、なんですよね? でも、老人が少なくて若者が多いとか、そういう傾向はありませんか?」

「驚きましたな。確かにその通りです。発症している老人は、食い意地の張った者だけでしたので、それで寄生虫を真っ先に疑ったのですが……」


 寄生虫ではなかった、ということだ。


「海竜の集落って、ここだけなんですか?」

「他にもあるはありますが、ここがいちばん大きいですな」

「他の集落では発症しています?」

「いないわけではないですが、ほとんどないということです」

「なるほど……じゃあ、やっぱりアレかな……」


 おれがぽつりと言った言葉に、老人が食いついた。


「わ、わかったのですか!?」


 イケメンもまた、先ほどの涼しい顔が崩れて驚きに目を瞠っている。


「あ……いや、でも外れてるかもしれませんよ?」


 と言いながらもおれは、答えはこれしかないだろうという気がしていた。

 まず、感染するようなウイルス性の病気ではない。

 食事好きがかかっているが、食中毒や寄生虫ではない。

 となると——。


「あとひとつだけ教えてください」


 と言って、おれは老人に魔法のことを聞いた。おれがやりたいようなことができる、魔法があるのかと。

 答えは、イエス。

 おれはホッとした。

 もしも、おれの仮説が合っていた場合——おれの医療知識じゃ絶対に治すことができない。でも、魔法ならば治せそうだ。


「ではおれの推測を話します。この奇病の正体は——」


 老人が、イケメンが、リィンが、カルアがおれを注目する。


「……重金属の摂取による、中毒症状ではないかと思います」


 おれの発言を、理解できた者はこの場にまったくいなかった。


次回、治療編です。大体書き上がっているので早めに更新したいと思います。

そして明日は「異世界釣り暮らし」出版記念釣行——と称して釣りに行ってきます! 久しぶりの船釣りです! 相模湾はいまイナダが熱いらしいで……。

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