70 コミュニケーション大事
「異世界釣り暮らし」発売まであと9日。よろしくお願いします!
発売前日に大漁(大ヒット)祈願での釣行にも行く予定です。アマダイ釣れたら重版あるなこれ(フラグ)。
「しかしよく食うな……」
おれは呆れながら見ていた。
じいさんが釣っていたという入り江の釣りスポットは、海竜クロェイラ出現のためにまったく魚影がなくなっていた。だから隣の漁港に移ったところ、バカスカ釣れた。たぶん魚がみんなこっちに逃げ込んだのだろう。
で、食ってる。クロェイラが、おれの釣った魚を。
食堂の台所を借りてそこでさばかせてもらって、「さっさと食いたい」と言われたので半分が刺身で半分が塩焼きで。
呆れてるのはおれだけじゃなくて、食堂を利用している漁師のみなさんもそうだし、リィンやカルアもそうだった。
「……あー、その、美味いか?」
「…………」
うんうんとうなずくクロェイラ。右手に刺身、左手に塩焼き。どちらも手づかみである。
がっついてんなー。
いや、待てよ? こんなにクロェイラってがっついてたっけ……? 食欲は旺盛だったはずだけど。
「ふぅ……食べた。それじゃあ、帰る」
「いやいやいやちょっと待ってちょっと待って」
腹をさすりながら食堂から出て行こうとしているクロェイラを捕まえる。
まぁ、釣りは楽しかったし、おれたちの食事にもなったから恩着せがましくするつもりもないんだけど、急に出てきた理由くらいなんかないのかと。おれはボタンを押せば魚が出てくる自販機かよと。
「どうしたんだよ? 急に出てきて……前とちょっと様子も違うし」
朝が早い漁師のみなさんはすでに引き上げていて、食堂内は閑散としている。
おれたちは食後に熱いお茶を飲んでいた。
「ん……最近、うまく魚が獲れない」
「食事できてないってこと?」
「ん」
「今まではどうやって獲ってたんだ?」
「追っかけてかぶりつく」
それはまぁ、なんというか、豪快だな。
わかりやすくて大変結構。
「でも最近は……うまく泳げない」
「魚が賢くなったんじゃなくて、クロェイラがうまく泳げないのか?」
「そう」
「クロェイラだけ?」
「他の海竜たちも、そうみたいよ……」
なんだろう……インフルエンザにでもかかってるのか? そう言えば魚って病気にかかるのかな。寄生虫はよく聞くけど。サッパとか、身体は小さいのにそこそこデカイ、フナムシみたいな寄生虫くっつけて泳いでるよな。泳ぎにくくないのかなとか思うが、まあ、それはいいや。
「症状は? うまく泳げないだけ?」
「あたしは、そう。他の海竜には腹痛だったり嘔吐をしたりするのもあるけど」
ますますインフルエンザな気がするが。
「どうしてそんな症状が? きっかけとかあったのか?」
「わかんないわ。ただ、まったく調子が悪くなってない海竜もいる」
「ふぅん? その違いってなんだろ」
「…………」
「どうした、クロェイラ?」
「ハヤト。頼みがあるの」
じっ、とクロェイラはおれを見つめた。
「ほんとうは、魚だけ食べさせてもらえればそれでいいと思ってた」
いやいや、よくねーよ。もうちょっとお礼するとかおしゃべりするとかいろいろあるだろ。コミュニケーション大事。
「でも、考えが変わったの。ハヤトに海竜の里に来てみてほしい。それで、他の海竜の意見を聞いて欲しい」
「……は?」
「海竜たちは気が立つと冷静な判断ができなくなるの。だから、あなたに冷静に判断して欲しい。だって少なくともあたしたちより魚に詳しそうなんだもの」
お、おう……魚には詳しいけど、海竜には詳しくないんだが? むしろ海竜とか初見にもほどがあるんだが……?
リィンとカルアと話し合う時間が欲しいと告げ、おれはクロェイラからちょっと離れたテーブルに移った。
「問題は残りの釣り場視察ができなくなることと、あと……5日後? の開会式に間に合わなくなると困るってことなんだよな」
おれがそうして口火を切ると、リィンは額を押さえてため息をついた。えっ、なに?
「ハヤトさん……海竜の里なる場所に向かうことの危険も、きちんと考慮してください」
「あっ、はい」
「懸案事項だけ片付けば行くつもり、ってことじゃないですか?」
「あ……うん。あのクロェイラの様子を見ちゃうと気になって」
クロェイラはぼーっと座っている。傍若無人の海竜さん、って印象だったのに今はそんなふうには全然見えない。
「釣り大会の後ではダメなんですか?」
「早いほうがいいと思う。釣り大会終わるまで待ってたら、あと10日とかになるよ。食事ができないまま10日待てっていうのはかなり酷だよ」
「それはそうですが……わたくし、海竜に囲まれた場合、どのように護衛していいのかわからないです」
「そ、それは申し訳ないなと思うけど、クロェイラの言っている感じだと大丈夫なんじゃないかな?」
「あのぅ、ハヤト様。海竜の里って海の底なんですかね? どうやって行くんですか?」
「…………」
確かに。カルアの疑問はもっともだ。
おれはクロェイラにそのことを確認してみると、一時的に海竜の加護を与えることで、海竜とともにあれば水中でも大丈夫らしい。
おお、ファンタジーだぜ……。
よくよく聞いてみるとおれとリィンが攻撃魔法で船から落ちたとき救ってくれた方法もそれに近いものだったそうだ。
おれは、海竜の里に行ってみることにした。ちゃんと開会式に間に合うよう、海を通って送り届けてくれるとクロェイラも約束してくれたし。めまいしてるからどうかなぁとは思うけど。
釣り場の視察に行けないぶんについては仕方ない。元々、残りの視察場所は首都から結構な距離にある。釣り場所の発表があったとしてもそこまで釣りに行くことができなさそうだとは思ってた。移動だけで疲れちゃうし、釣りの時間まで削られたらたまったもんじゃないし。
とはいえ知っておきたい気持ちもあったんだけどね。
「その釣り場については海竜さんに入ってもらえれば、お魚はみんないなくなりますし、ライバルは脱落するんじゃないでしょうかぁ?」
カルアがのんびりした口調でどす黒いことを言ってくれた。それはまあ確かにそうなんだけど、さすがにそれをやっちゃうとおれの良心がヤバイというか。
いやぁ、でもなぁ……世界がどうこうしちゃうとかなってくると、そういう裏技も検討しなければいけないんだろうか? アガー君主国の連中がおれの立場だったら間違いなく使ってくる手段ではあるよな。
それはともかく、
「クロェイラ。それじゃあ海竜の里に連れてってくれ。あらかじめ言っておくけど、おれ、海竜に詳しいわけじゃないからね? なにも手がかりがつかめなかったら、ごめんな?」
いざとなったら、全員分とは言えないけど魚は釣ってあげられるとは思うけどさ。
でも海竜ってみんないっぱい魚食うんだろうなぁ。
「それでもいい。ありがとう、ハヤト」
おれに礼を言うクロェイラはやっぱりボーッとしていた。