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69 石っころを使った簡単な釣り方(ただし舟が必要)

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あと「書報」にも掲載していただきました。運営さんありがとうございます。

 ジミーの婆さんの家へと向かった。婆さんはオオグチを釣ってくれたおれたちに感謝しきりという感じで、にこにこ笑顔でお茶を出してくれた。この世界にも緑茶がある。だが縁側はない。ガーデンテラスで緑茶をいただく。

 忘れちゃいけない。おれたちはここに「釣りのヒント」を探しに来たのだ。この婆さんが海釣りに詳しいというのでやってきたのである。


「死んだじいさまが海釣りの名手でのう」

「あ……そうだったんですか。これは失礼しました……」

「いやいや。80を過ぎての大往生じゃ。明るく死んでいった」


 死ぬのに「明るい」とかあるんだろうか。おれにはわからない世界だ。


「それで……このあたりで釣ってたんですか?」

「おお、そうそう。あれを見せてやろ」


 婆さんは家に引っ込むと、紙束を持って出てきた。

 そこには黒い液体で魚の姿が押しつけられており——魚拓である。


「おお。いいサイズ——マダイですね」


 1枚目は40センチにちょっと足りないくらいのマダイだった。

 マダイが多いな。

 ただ、他のサイズは30センチ程度ではあったけど。

 1尾ホウボウがあったりした。


「じいさまはのう、小舟を出して釣っておったんじゃ」


「えっ」

「海竜が出るのに、不思議じゃろ? じゃがなあ、どうもこのあたりの海域は海竜がほとんど出んようでのう。海魔も少ないから舟釣りにはちょうどよかったんじゃ」


 それってすごい情報じゃね?

 陸釣りでは届かないところを釣れるわけだろ?

 釣り大会でめっちゃ有利になるじゃん!


「って待てよ? リィン。もしかして大賢者様の釣り大会は、舟釣り禁止か?」

「はい。これを許可すると命の危険を顧みずに舟を出す釣り人が出てきてしまうので」


 おうふ……それじゃこの情報は意味ないか……。

 いや。

 いやいや。

 意味がないと決まったわけじゃない。情報は仕入れておこう。


「おじいさんはどういう釣りをしていたかご存じですか?」

「おお、おお、知っておるよ。竿を使わんのじゃ」

「え」


 それは珍しいな。

 どうも婆さんが言うところによると、細かい釣り方は知らないらしい。ただ爺さんは「平べったい石っころ」をいくつも拾ってから釣りに出たとか。


「ふうむ」


 おれは唸った。ひとつ、心当たりがあった。

 でもその釣り方は釣り大会にはまったく役に立たないんだよなあ。




 それからおれたちは集落近くの入り江へとやってきた。

 小さな入り江で、小さな浜があった。浜には波によって打ち寄せられた海藻なんかが寝そべっていた。


「ここから舟に乗って出て行った——というお話でしたね。わたくしが察するにおじいさんはかなりの腕前だったのではないでしょうか?」

「うん、そうだなー。あんだけ釣ってればすごい名人と言えるよな」


 この世界ではトップクラスなんじゃないか?

 まあ、爺さんは自分たちで魚は食べていたらしいけど。養殖の集落でもあるし、釣りで稼ぐという発想がなかったみたいだ。


「ていうかあの釣り方を自分で編み出したのならなおさらすごいと思う」

「え? おばあさんは詳しい魚釣りのやり方を教えてはくれませんでしたよね?」

「ご主人様、ひょっとしてご存じなんですか」

「うん」


 おれは浜のそばに落ちていた平たい石ころを拾い上げる。


「釣り糸をこの石ころに巻きつけるんだ。長さは、水深と同じだけ。もちろん糸の先には釣り針とエサをつけておく。それで舟の上から、コイツを転がすだけだよ。すると石に巻かれた糸を吐き出しながら底へと落ちていく——あ、反対側の糸はしっかり持ってないとダメだよ?」

「? それになんの意味が?」

「マダイは海底にいることが多い。そこに、釣り針を送り込むにはふつうならオモリを使うんだ。だけどオモリがなければこういうふうに石を使うしかない。というかリールやロッドが発明される前の釣りの仕方、とでも言うのかなあ」


 おれもたまたま聞き知っていただけの知識だ。

 実践したことはない。いちいち石に巻くのも面倒だし、たぐり寄せるのが素手ってのがいただけない。めっちゃ手が痛くなりそう。


「じゃあ、ご主人様はやらないですか?」

「まあ、やらないかな。でも、この石ころ使う釣り、合理的ではあるんだよな」

「ごうりてき?」

「石といっしょに底まで釣り針が届くだろ? そうなると釣り針はどうなる?」

「その場に……残るんじゃないです?」

「うん。そのときにさ、オモリを使う釣りとは違うメリットがあるんだ。——ものすごく、ふわふわ動く」


 カルアが小首をかしげる。イヌミミがぴくぴくしている。どういう意味なのかわからないのだろう。


「海底でエサをつけた釣り針がものすごく自然に漂うってこと。そうすると魚は警戒心を緩めてパクーですよパクー」

「パクーですか?」

「そらそうよ」


 エサ釣りのキモは、いかにして「自然に」漂わせるか、なんだよな。

「ガン玉」とか「かみつぶし」とかいうオモリもさ、釣り糸に直接くっつける小さなオモリなわけだけど、それを釣り針から何十センチのところにくっつけるかによって、海中でのエサの動きが変わる。

 潮の流れ、速さ、そんなことを考えながらガン玉を打つ。重さにして1グラム前後の世界だよ。

 これが腕の見せ所よ。

 ガン玉の位置が10センチずれるだけで釣果に差がついたりするからエサ釣りは深淵なのだ。深淵をのぞき込むとき、深淵もまたこちらを見ているのだ……。


「じー」

「うおあ!?」


 おれが物思いにふけってたら、海の中から爛々と光る深淵が、こっちを見ていた。ていうか「じー」とか言ってんじゃないよ!


「あ、あれは……」

「海竜です!?」


 リィンとカルアも気がつく。小さい入り江の大半を塞ぐような黒い魚影があるんだもんよ。

 で、ざばぁーと海面を割って、顔だけひょっこり波の上に出てきた。


「く、クロェイラさん……ですか……?」

「うん」


 うん、とか親しげに言ってくれるけど、怖! 海竜の顔、怖! 目ん玉ぎょろってしてるし、口の牙は1本1本がリィンのショートソードくらいあるぞ!? 声もめっちゃ響くんだが!


「ひさしぶり、ハヤト」

「あ、ああ……久しぶり。なにか、用かな? ていうか、こんな浅いところに来て、いいの?」

「用がないと来てはいけないの?」


 クロェイラは相変わらず淡々としているけど、なんていうかおれちびりそう。ちょっとこっち突っ込んできてカプッてやられたら死ぬよおれ。動物の本能的な危険を感じる。


「いや、だって、アレでしょ、浅いところ来ちゃいけないんでしょ。人竜なんとかいう契約書でそうなってるんでしょ」

「あれは『来てもいいけど、人間を食うな』って書いてある」


 つまりおれは食われないらしい。よかったー。


「ま、あんまり腹が減ったら約束破っちゃうかもだけど」


 なに軽いノリで契約違反しようとしてんだよ! 止めろよ!


「——で、ハヤト」

「な、なに」


 しゅるしゅるとクロェイラは小さくなっていく。

 やがて波打ち際にひとりの少女が立っていた。


「お腹空いた」


 まあ、そんなこと言われるような気はしてた。


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