66 釣り場を巡ろう
「異世界釣り暮らし」の挿絵や中身など、活動報告のほうでも紹介しております。
釣り場巡りの最初にやってきたのは、ジフという地域だった。
川幅100メートルほどのジフ川が海に流れ込む河口域である。
ジフ川はちょっと面白い川で、加工で大きく蛇行する。蛇行した場所は川の流れの遅い場所ができておりいくつも小舟が浮いていた。
「あれは小舟で釣りをしているのかな?」
「網を扱っている者もいるようですが」
「あぅ……お船は怖いですぅ……」
カルアが垂れた耳を触りながらしょぼくれる。
どうやらビグサーク王国での釣り勝負で、帰りの船を魔法攻撃されて以来、船に乗ることに恐怖を覚えてしまったらしい。
小舟に乗ってみたい気持ちはあったんだけど、今回はパスかな。というか河口域——つまり汽水域は釣り大会の対象ではないらしい。
河原で釣りをしているおっさんがいた。編み笠のようなものを頭に載せている。
その下には緑の髪に、彫りの深い西洋風の顔があるんだから違和感ばりばりなんだけどな。
「釣れてるかい?」
「おっ? いやぁ、まったく駄目。これだけ陽射しが強いら? 魚のほうが参っちまってるな」
軽い方言のようだ。
「なにが釣れるんだい?」
「ここだとハゼ、テナガエビ、アナゴ……」
典型的な汽水域だなあ。
「あっちは?」
おれが海を指差すと、オッサンは渋い顔をした。
「あっちは、ダメ。ダメダメ。波が強くて釣りにならん」
オッサンは蛇行するジフ川の河口で釣りをしている。で、おれが指したのは河原と砂浜がちょうど混じり合ってるような場所だ。
川サイドには釣り人がいるのに、海サイドにはまったくいないんだよな。
「なるほど……」
「お前さん、大賢者様の釣り大会狙いだら?」
「え? あー、うん。わかる?」
「そりゃあそうさ。こんなところにふだんヨソ者なんて来ないからなあ。みぃんなあの海を見ると、首を横に振ってどっかに行っちまう」
「はは……」
おれと同じように「場所選び」に来ている釣り人もいるということだ。
「あの小舟は? 網でなにが獲れるんだろ」
「たまーにシラスが獲れる。あとは底を引いて、ハゼ、テナガエビ、アナゴ……」
釣りといっしょか。
でも「シラスが獲れる」という情報はいいな。こんな汽水域でシラスが獲れるなんて聞いたことなかったけど、海から大型魚に追われて入り込んでくるのかもしれない。
「ありがと、参考になったよ」
「おお。がんばれよお」
オッサンの魚籠はカラッポだったが、オッサンは楽しそうに釣りをしていた。おれも楽しい気分になってオッサンに別れを告げる。
砂浜のほうに移る。さらさらで海水浴向きの砂浜——ではまったくない。
波打ち際のすぐ近くまで河原と同じ石ころが転がっているし、砂も粒がそこそこ大きい。
なにより、波が強い。
「うわっ、わわわっ」
時折強い波が押し寄せてきて、カルアが足をさらわれそうになっている。
おれはカルアの腕をつかんで引き寄せつつ、
「ダメだぞ。気をつけないと」
「あ、あうぅ……ありがとうございます。足下がふらふらしてて……」
「じゃ、ほれ」
「あうっ!?」
おれが手を差し出すと、カルアの耳がぴょこんと立ってから、ふらふらふら〜っと落ちてきた。
「に、握っててもいいのですか!?」
「危ないし。リィンでもいいけど、リィンは護衛だから剣をすぐに取れないとマズイんだろ?」
「そのとおりです。——カルアちゃん、ハヤトさんと手をつないだほうがいいですよ。確かにここは足下が不安定です」
そう、石ころがいっぱい転がってるからな。砂地に行くと波をかぶるし。
「は、はいぃ」
カルアがおずおずとおれの手を握った。「よかったですね」とリィンが言ったが、これっておれがロリコンだからカルアと手をつなげてよかったですね、って意味ですか? 違いますよ? ロリコンじゃないですよ?
「それでハヤトさん、なにか思いついたようですが」
「あ、わかる?」
「はい。これだけいっしょにいれば顔色の変化くらいわかりますよ」
にこりとしてリィンが言う。も、もう。「これだけいっしょにいれば」ってもう。同棲生活みたいじゃないですかぁ! 今すぐふたりの愛の巣を借りに行きたい。
「さっき、オッサンが言ってたろ? シラスが獲れるって」
「はい。それが?」
「シラスってのは主にカタクチイワシの稚魚のことなんだけど、汽水域に入り込むってことはシラスを捕食している魚がいるってことなんだよ。大型の。そいつを狙うためのシラスに似せられるルアーがあるんだけどなぁ……おれは持ってないんだよ。ただ作ることもできるだろうから、1日早めに切り上げてスノゥに頼もうかな」
ルアー用の釣り竿ではなく、磯竿を使うルアー釣り。
そう、「弓角」である。
相模湾だとよく見るんだけど全国的に使われてるのかな、あれって。
「とりあえず次の場所へ行こう」
やっぱり実際に来てみると、発見があるよな。
その日はもう1箇所、イーユンの港まで見学できた。
翌日はピュアウォルの大型港、ホウミの三角海岸、ツィーヤの港を見ていく。
で、夜。
「釣りたい」
宿からほど近い酒場でおれは言った。
「そろそろそう言うんじゃないかと思っていました」
「ご主人様……見学だけにすると言っていたのはご自分ですのに……」
ハッ、朝令暮改する意志の弱いヤツという目でカルアが見てくる! や、止めてくれ! 確かにおれの意志は弱い!「健康診断の前くらいは禁酒するか」と言いながら前日ぎりぎりまでまったくできずに、20代前半にして「血液」「肝臓」の各項目で「要再検査」が出てしまうほどにおれの意志は弱い!
ノーストレスの今健康診断したら、全部「良好」判定になる自信があるけどな。「要再検査」は酒のせいもあるけどストレスのせいも大きかったんじゃないかと思うでござるよ……。
「海を前にして釣りができないのがこんなにストレスだとは思わなかったんだよぉ!」
おれはエールの入ったジョッキを傾ける。
くぅ〜〜〜美味い! テーブルには鳥の足を甘辛く似たもの、ブタをほろほろになるまで煮込んだドイツ料理のアイスバインみたいなもの、それに山盛りのポテトフライ。
ここは天国かな? 目の前に天使もいるし。
「釣り場の情報だけ仕入れてもさ! わからないこともあるんだよ! 釣ってみないとさ! 百聞は一見にしかずとも言うし! 百見は一釣にしかず!」
「また適当な言葉を作って……」
天使が呆れている。そんな顔もかわいいのでなんの問題もない。
「か、カルアは、ご主人様が釣っても構わないと思います!」
牛尾隼斗全肯定マンのカルアが言った。気持ちはうれしいんだけどこいつの言葉はアテにならんのだよな……なにしろおれを全肯定するだけだから。あと肉食いながら言うなよ。せめて視線は肉じゃなくおれに向けろよ。
「確かにまったく釣らないというのも視察としては意味がないかもしれませんが……」
「だよな! ちゃんと許してくれるリィン最高!」
「カルアは最初から釣ったほうがいいと思ってました!」
わかったわかった。両手に肉を持ちながら言うな。口の周りが脂でべとべとだぞ。
おれがカルアの口を拭いてやっていると——カルアはおれを「ご主人様」と言いながらおれに口を拭かせるんだよな——リィンが言う。
「では時間を分けてはどうですか? 視察と情報収集と釣りと」
「だよな。だよな。釣らなきゃな」
「……ただし、釣りの時間はきっちり計ります」
「わかってる。わかってる」
「わかっていません。ハヤトさんは釣りに夢中になって遅刻したという過去がありますからね」
「…………」
アレですね。ビグサーク国王との謁見ですね。あの節はほんとすみませんでした。
「ちゃんと時間通りに釣りを止めなければ……斬ります」
「ひぃっ! なにを!?」
「さて、なにを斬るでしょう?」
にっこりするリィン。怖い! でもかわいい! 一度斬られてもいいんじゃないかと悪魔がささやく。や、止めろぉ! おれをマゾに目覚めさせる気かぁ!
そんなふうに、釣り場巡りの楽しい夜は更けていく。