65 釣り人の意地
大賢者様の釣り大会——正式名称は「国家連合主催 海釣り大会」という。
この大会を「やろう」と言い出したのが大賢者で、初回優勝も大賢者、と聞くと「それなんてマッチポンプ?」と言いたくなるのだけれども「やっぱ大賢者様すげーわ」ということでみんな納得しているらしい。違う意味で大賢者すごい。
「それで基本的なルールは毎回変わらないんだよな?」
おれの疑問にランディーが答える。
「うむ。大会の日程は3日間。その3日でいちばん大きな魚を釣った者の勝利だ」
「『大きさ』の基準は長さ? 重さ?」
「長さが優先され、次に重さだ」
重さで勝負した場合は不正ができるから当然か。魚の身体にオモリを突っ込んだりできるし。
「釣り場はジャークラ公国の海岸線すべてが対象となるが、そこからいくつか場所がピックアップされるのだ。その場所は大会当日に公開される」
「ほう」
「あともうひとつルールがあって、毎日魚は計測され、上位10%の釣り人だけが翌日の日程に進出できる」
「あ〜、なるほどねぇ。釣り場がめちゃくちゃになっちゃうもんな、人いっぱいいたら」
「もちろん、初日に釣った魚がいちばん大きければ、それが最終結果となるのだがな。過去にも初日に釣った魚で優勝したケースが1度だけあるぞ」
これだけビッグな大会だから、参加者もすごいんだろうな。
3日間、大量の人間が釣りをしていたら、魚もスレきってもはや「運ゲー」になってしまう。
まあ、初日が結局「運ゲー」であることは変わりないんだけど。
「何人くらい参加するの?」
「昨年の参加人数は、僻地であったにも関わらず5,000人だったな」
「ふぅん、ごせ……」
ゴセンニン!?
「多過ぎね!?」
「まあ、多いな。だが3日目の決勝に参加できるのは50人だ」
「それはそうだけど……」
日本の釣り大会でも予選の人数を全部集めればそれくらい行くか。各地100人ずつ募集して、全国の海で予選会をやる、みたいな感じで、半年がかりで大会を開いたりしていたはずだ。
とはいえいきなり一箇所に5,000人集めて、数日で大会終了、なんてのはあまりにダイナミックな気がするけど。
「大会本部がここだ。開催は……ちょうど10日後だな」
おれたちの前にはジャークラ公国の地図が広げられている。
ジャークラ公国の首都に本部が設置される。
日程はこんな感じだ。
(1)開会式・大会1日目の釣り場発表
(2)大会1日目
(3)集計日・大会2日目の釣り場発表
(4)大会2日目
(5)集計日・大会3日目の釣り場発表
(6)大会3日目
(7)集計日・授賞式・閉会式
「ちょうど1週間なんだ」
「はい。1週間で終わりますよ。今では『熱狂の1週間』とも言われていますね」
リィンが教えてくれる。
毎日の集計結果は早馬で各国に伝わるらしい。
テレビやインターネットがないんだもん、そうなるよな。
「……ジャークラ公国の海岸線を回って戻れば、ちょうど10日後の開会式に間に合うか」
おれは地図を見ながら、そう言った。
「うむ。ハヤトのやりたいことにはぴったりのスケジュールだな」
「ランディーはどうする?」
「ついていく、と言いたいところだが、私にもやるべきことがあるから10日後の開会式で会おう」
「おお、了解」
「ハヤト。あたしも先に首都に行く」
そう言ったのはスノゥだ。
実は彼女には、今回の大会にあたって『鍛冶』をお願いしているのだ。
だから首都の鍛冶工房を借りて、いくつか製作してもらうつもり。
「ああ。悪いけどお願いする」
「任せて」
拳を、薄い胸にどんと当ててスノゥが請け合った。
「かっ、カルアはハヤト様といっしょにいますからねっ!」
「わたくしも護衛としてハヤトさんから離れるわけにはいきません」
「じゃあ、カルアとリィンはおれと『釣り場巡り』だな」
そう——おれがやろうとしているのは、大会開催まで、なるべく多くの釣り場を回るということだった。
ほんとうなら実際に釣りをしたいんだけど、釣ってる時間はないだろうなあ。
「かなりの強行軍になると思うが、それでもやるのだな? 大会にまで疲労を残さないようにな?」
「ああ。ランディーにも教えてやるぜ。釣りには『情報』がどれだけ大事なのかをな」
釣りをするのに必要な3つの要素。
第3位が「腕」。
第2位が「エサ」。
そして第1位が——「場所」。これは何度もおれがランディーたちにも言っていたことだ。
おれは今回、めぼしい釣り場を見て、できれば地元の釣り師にも話を聞いておこうと思っていた。そうしたらきっと「場所」選びで役に立つし、なにより——思いつくかもしれない。
おれにしか釣れない、ビッグな魚がなんなのか。
「え、えぇっ!? 兄貴たち、もう行っちまうのか!?」
翌日、釣り人ギルドに顔を出すとゼッポがいた。
「ああ。もうランディーとスノゥは街を出てったよ。先に首都に行くから」
「首都に……やっぱり兄貴たちも大賢者様の釣り大会に?」
「まあね」
「そ、それじゃあ! ジャークラ公国の所属で出てもらえませんか!?」
「へ?」
いきなりのお願いにおれが面食らうと、
「だって、兄貴ほどの腕前なら優勝だって狙えるかもしれないじゃないっすか! アガー君主国の連中が優勝したらマジどうなるかわかんねえっすよ! 兄貴に勝って欲しいっす!」
するとゼッポの周囲にいた釣り人たちも言う。
「確かになあ……アガーの連中にだきゃぁ勝たしたくねーな」
「アイツら優勝したらなに言い出すんだ? あんなにマナー悪いヤツらが優勝したらろくなこと言わねーぞ?」
「というかマナー違反で失格にならんのか」
「腕だけはすごいらしいぞ……」
みんな、アガー君主国のことを心配しているのだ。
そうか……考えてることはどこの人たちも大体いっしょなんだな。
「おれは無所属で出るよ」
「えっ……無所属!? ど、どうしてっすか! 所属したほうがいろいろ美味しいのに! 順位に応じて公国から金がもらえたりするんすよ!」
あー、やっぱりそういうのもあるんだな……。
うーん。
ていうか「アガー君主国が金に糸目をつけず腕利きの釣り人を集めている」ってのはどうかと思ったけど、「順位に応じて金がもらえる」ってのも似たようなもんじゃね……?
なんか……純粋に釣りを楽しむ、ってところから離れてってる気がする……。
「あのな」
おれ、ちょっとだけイラついたみたいだ。
気が立った声が出て、ゼッポがびくりとする。
「……今回の大会は、どこでやるんだ?」
落ち着け、おれ。ゼッポに怒ってもしょうがないじゃないか。
「な、なに言ってんすか兄貴。ここジャークラ公国に決まってるじゃないっすか」
「だよな。この国の海が、会場だ」
おれがなにを言いたいのか、まだわからないみたいだ。
「お前はふだんどこで釣ってるんだ?」
「お、俺っすか? そりゃここから下ってった磯とか堤防とか……」
「そうだ。ここはお前の——お前たちの地元だ」
「————」
おれがなにを言いたいのか、少しずつわかってきたみたいだ。
「この地元で開催する釣り大会なんだよ。誰が有利なんだ? 流れ者のおれか? アガー君主国の連中か? 違うだろ。地元の釣り人がいちばん有利なんだよ」
「あっ……」
釣りにいちばん重要な「場所」のアドバンテージ。
これを埋めるためにおれは10日間かけてジャークラ公国を回るつもりだ。
「それがなんだ。自分とこの釣り大会なのに、他人を頼るのか? 誰よりもここの釣り場を知ってるのはお前たちなんじゃないのか」
ゼッポたちはすでにこの辺りの釣り場は知り尽くしているはず。
おれよりずっと、いいスタートラインについている。
「見せてみろよ、お前の意地を。ジャークラ公国の釣り人の底力を」
負け犬のようだったゼッポの目が、闘志に燃え始める。
「兄貴……いや、ハヤトさん。あんたの言うとおりです。——なあ、みんな。今の聞いたか? ここまで言われて、他の国の釣り人に優勝かっさらわれたら情けねえよ!」
釣り人たちの頬が紅潮する。「そうだ!」「くそっ、ヨソ者に言われてちゃしょうがねえな!」
「今から釣り行くぞ!」「おお!」あちこちで声が上がる。
「——ハヤトさん。すんませんでした。俺……俺たち、なんか勘違いしてたみたいっす」
「ゼッポも出るんだろ? 釣り大会。楽しみにしてる」
「ハヤトさんこそ! 一応忠告しときます。大会始まってこの辺りの釣り場に来たら、おれたちが一級の釣り座を確保してますから絶対勝てないっすからね」
「あっはっは。その意気だよ——じゃあな」
「はい!」
90度に腰を曲げて頭を下げるゼッポ。
おれはこのギルドにいた釣り人たちに手を振って、外へと出た。
「——よかったのですか?」
出たところで、リィンが聞いてきた。リィンもカルアもすでに旅支度だ。
「なにが?」
「彼らの火を点けたということは……いちばんのライバルを作ったということにもなるのではないか、と思いまして」
「あー、うん。そうなんだよね。おれが優勝を狙うなら絶対起こしちゃいけない眠れる獅子だったんだよね……まあ、でもアガー君主国が上位独占を阻止するにはいちばんの方法かも? あー、わかんないわ。でも、ひとつだけわかってることがあるんだ」
おれは言った。
「釣り、なんだよ」
「どういうことです?」
「おれの大好きな釣りなんだよ。それを、つまらなそうな暗い顔でやって欲しくなかったんだよ」
「ハヤトさん……」
「——やっぱバカなことしたのかな、おれ!? あー、ミスったかもなあ〜……」
頭を抱えるおれを見て、リィンがくすくす笑い、カルアがあわあわした。
「ご、ご主人様ぁ〜」
「行きましょう、ハヤトさん。時間はありませんよ」
「おっとそうだった」
落ち込んだことも忘れ——喉元をあっという間に過ぎたんだろう——おれは立ち上がる。
さあて、行くぞ! 釣り場巡り!
あちこち回って情報集めて、どこで釣るかを考える。
くぅ〜〜これもまた楽しいんだよなあ! 旅行だって計画してるときがいちばん楽しいって言うだろ? まあ、釣りに関して言えば計画も実行も両方楽しいんだけどな!
釣りを始めてからgoogleストリートビューとgoogleマップの達人になりました。