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閑話 統治者たちから見える世界

 ジャークラ公国の首都は、東西に長い国土のちょうど真ん中に位置していた。

 南向きに海がある。そのため海岸線がずっと続いているこの国は、魚が高級品のこの世界において、「漁業が盛ん」という特別なアドバンテージを持っていた。

 首都も海にほど近い場所にある。

 石を積み上げた外壁の、家々が続く。

 強い南風が吹くと風に乗って潮が吹き付けることもある。そのため、首都のあちこちでは外壁を磨く専門業者の姿が見られた。ジャークラでは、外見をぴかぴかに保つことが文化だった。

 首都の中央に位置する城もまたそうだ。

 城の外壁には毎日どこかに業者が貼り付いて、磨いていた。


「ふぅ……ようやく着いたか」


 釣り大会の国賓として招待されたビグサーク王国国王は、ジャークラの城で一息ついていた。

 元々ジャークラ公国との仲は悪くなく、この首都に着いてしまえば安心感がある。


「これはこれは、ビグサーク王」

「おお、ルガーシア皇帝ではありませんか」


 わざわざ国王が出張らなければならないのには、大きく2つ理由がある。

 1つはこうして、各国の王に会う機会として機能しているのだ。この釣り大会以外で、複数の王が集まるような機会は4年に1度の世界会議くらいしかない。

 そしてもう1つは、


「無事にお越しになったようでなによりですな、ビグサーク王。今年の大会がここで開催されると聞いたときには真っ先に心配しましたぞ」

「これはご心配痛み入りますな」

「ビグサークからジャークラまでは、ノアイランを通らねばなりますまい。貴国とノアイランは積年の恨みがありますからな」

「この10年でだいぶマシにはなりましたぞ」

「それは重畳。平和な世が続いている証拠ですな」

「まったく」


 かつて敵国であった王たちが集まることで「平和」を演出しているのだ。

 王たちが並んで釣り大会を観覧する。

 これ以上に効果的に「平和」を国民に伝える手段はなかなかない。

 もちろん主催のジャークラ公国を始め、各国の統治者たちは大量の護衛を連れてきているのだが。


「あら? 我が国は平和そのもの……旅路に不安をお感じになることなどなかったはずですが、ビグサーク王」


 そこへ現れたのは、ノアイラン帝国の女帝だ。

 ルガーシア皇国の皇帝はぎくりとした顔をする。まさか、ノアイランがビグサークに話しかけるなどということがあるとは思いもしなかったのだ。

 隣国で戦い続けたこれまでの歴史を思えば、その反応は当然だ。


「……1年ぶりですな」

「ええ……。去年よりもご健康のようですわね」

「そちらも。少々若返ったのではありませんか?」

「まあ、お上手」


 ルガーシア皇帝はますます目を剥いた。目の前で起きていることが信じられなかった。

 あのビグサーク王とノアイラン帝が談笑している?

 この部屋には最低限の護衛しか連れてくることはできないが、他の王、それに護衛たちも信じられないという顔でこのやりとりを見ている。


「先日までアオリイカの釣り大会を開催していましてね、新鮮なイカを食べられたのがよかったのかもしれませんわ」

「ほう? こちらは、魔サバを食する機会に恵まれましてな……いやはや、寿命が5年は延びましたな」

「ほほほほほ」

「ははははは」


 ルガーシア皇帝はますますわからなくなった。

 笑っているように見えるが、ようはお互いが自慢し合っているのだ。

 魔サバがビグサークで上がったという情報は得ていたがまさか国王が食べていたとは知らなかった。人知れずルガーシア皇帝は歯噛みする。


「それで、ビグサーク王」

「……なにか?」

「…………彼はそちらで(・・・・・・)?」


 ん? とルガーシア皇帝は首をひねる。

 なにか——ビグサーク王とノアイラン帝の間で符牒のような会話が始まった。


「…………」


 渋い顔をしたビグサーク王は、


「……違います」

「え?」

「てっきりノアイラン帝国所属かと思っていましたが……違いましたか」

「では彼は今どこに?」

「わかりませんな」

「……彼に騎士をつけておられたでしょう?」

「いやはや。難しいものでして……なかなかコントロールできるものではなくてですな……」

「そうおっしゃるのなら、我が国からもひとり出してもよいのですが」

「あ、あいや待たれい。それには及ばぬ。そうでもなったら目立って仕方ないでしょう?」

「それはそうですが……」


 なんだなんだ。ますますルガーシア皇帝は混乱する。

 このふたりがそこまで続けられる話題があったのか?


「お二方。その『彼』とはいったい……?」


 思わずたずねてしまったルガーシア皇帝。

 部屋中の統治者たちがこちらに耳を澄ませているのに、ビグサーク王とノアイラン帝のふたりは気がつく。


「む!? そ、それは……」

「たいしたことではありませんのよ! ねえ、ビグサーク王?」

「そのとおり! うむ、たいした話ではない」


 怪しい。ますますもって怪しい。

 もうちょっと探りを入れよう——とルガーシア皇帝が口を開きかけたときだった。


「ハッハァ! 相変わらず仲良しごっこの部屋かここは!」


 白いコートを肩掛けした男が護衛を連れて入ってきた。

 金色の短髪をオールバックにしていて、目元は吊り上がっている。

 部屋にいる統治者たちを小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「アガー君主国か」

「あれが君主代理の……」


 ひそひそとした会話が交わされる。

 アガー君主国の現君主は病床に伏せっており、その後継者である彼がこの釣り大会にやってきたのだ。

 君主代理は、この「平和」を壊したがっていることを隠そうともしない。


「……アガーにだけは勝たせるわけにいかん」


 ビグサーク王のつぶやきは、他の統治者たちの心そのものだった。


「はいはいはぁ〜い! 皆さん、お・ま・た・せぇ〜!」


 冷たくなっていた部屋の空気をぶち破ったのはそんなオネエっぽい声だった。

 首の周りに極彩色のファーを巻いた、くねりんくねりんした彼こそが、このジャークラ公国を治める公爵だ。

「外見をぴかぴかに保つ」というこの国の文化を、まさに体現している。

 彼の「化粧」は完璧だ。


「んもう、これから年に1度のフェスティバルが始まるっていうのに、暗いぞっ! 張り切っていきましょ〜!」


 公爵がこんな調子なのはみんな知っているのでほとんどの人間が苦笑している。


「これから大賢者様がお越しになりますからねぇ〜! あっちの広間に移動してねっ」


 公爵に率いられて、ぞろぞろと各国の統治者たちが移動していく。

 ビグサーク王もルガーシア皇帝とともに歩いていく。


「——今年で」


 部屋を最後に出たのは、アガーの君主代理だった。


「クソみてぇな茶番は最後にしてやる」


 嫌悪感もあらわに、言った。


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