64 それがゆくべき道なんだよな
さて、食堂にやってきたぞ。
目の前にはウツボの蒲焼きがある。
うぅむ、肉厚で脂も結構のっている。これが秋になったらもっとすごくなるんだもんなぁ。
「た、食べよう! ハヤト、早く!」
「釣ったのはランディーなんだから、まずはランディーから食べなよ」
「い、いいのか!? では遠慮なく——」
3枚の切り身を、2本の串で通している。ランディーは串を両手で持って、ふぅーと一度吹いてから、パクリと噛みついた。むにゅう、と皮が伸びかけたがすぐに切れる。
「んんぅ〜〜〜〜〜!」
もっぐもっぐと食べているランディーの顔が幸福に崩れる。
「よし、じゃあおれたちも食べようか」
全員分の蒲焼きがあるからな。おれが手を伸ばすとリィンもカルアもスノゥもそれぞれ蒲焼きを手に取った。
鼻にのぼってくるタレの焦げたニオイ。がぶりと噛みつくと——おっと、皮がちょっと固いが思ったほどじゃないな。
「!」
口の中にあふれる脂……なのか? 皮と身の間にコラーゲン層がはっきりわかるほど分厚く存在していて、そこからあふれる肉汁が口の中で踊る。
「これは……少々骨はありますが、身はアナゴよりもずっとジューシィですね」
まさにリィンが適確な感想を口にした。
「ご主人様、美味しいですぅ! お肉みたいで」
だから肉と比較すんの止めろカルア。
「ん。カニ子もこれなら浮かばれる」
捕まえたカニに名前つけてたのかよスノゥ……。
「専門でウツボばっかり狙う人もいるってのがわかる味だよなあ」
おれは食べ応えのあるウツボを見ながらそう言った。
ああ、宿の主人がどうしても食べたそうにしていたので、余った身を一切れ差し上げてきた。これでこの街じゃウツボ釣りが流行ったりしてな。
「ふー……食べた食べた」
ウツボを食べ終わり、おれたちはお茶をいただいた。
脂とタレのがつんとした味わいを渋めのお茶で流していく。これも至福だよな。
「しかしハヤトはすごいな。よくもまあ、あんなモンスターのさばきかたを知っていたものだ」
モンスター言うな。魚だって言い張ってたのお前だろ。
「見た目がグロテスクでも美味い魚はいっぱいいるよ」
だがウミヘビ、てめーはダメだ。
「あれより大きくなるのだろう、ウツボは? そんなものを釣り上げて、美味く調理して振る舞えば多くの人が驚き、感動するだろうな」
「はっははは、それはそれで面白そう——」
言いかけておれは、ハッとした。
そうか……ウツボだって魚(?)なんだよな。
釣り大会でウツボを釣ってインパクトを与えるという手もある。
おれは疑問に思ってランディーに聞いてみたのだが、今までの大会でウツボを釣ったという話は、聞いたことがないらしい。
糸を切られるからだろうな。歯も鋭いし、重い。
「ふむ……」
サイズだけで行けば1メートルを超える個体もある。
ウツボでもいいのなら、それこそアオリイカだっていい。まあ、初秋に狙うにはまぐれ当たりを期待することになるだろうけど、これから晩秋にかけてはデカイものが出てくる。1メートルはさすがに無理か。
タコはどうだ?
エイは?
そう、選択肢は多いんだ。
おれは、バカだ。
狙いを定めて釣れるほどの腕があったか? この世界の知識があったか?
ないだろ。
たとえメーターオーバーのヒラマサを釣れるタックルがあったとしても、それを狙って釣れるのかと。
できない。
おれには、無理。
だから最初から、悩むだけ意味がなかったんだ。
「どうした、ハヤト?」
ランディーが、急に黙り込んだおれにたずねる。
「あ、あー、いや……その、悩んでたことが解決できそうというか」
「よかったですね、ハヤトさん」
にこりと笑顔でリィンが言う。
ああ……まぶしい、天使の笑顔がまぶしすぎて直視できない。うう、なんか勝手に天狗になってた自分が恥ずかしくなってとかそういうんじゃないんだからねっ。
「そう言えばキャス天狗のコルト会長に呼ばれていたな? なんの話だった?」
「ああ、それなんだけど——」
おれはランディー、カルア、スノゥの3人に、話の内容を伝えた。
「大賢者様の再来を目指す」というところはさすがに驚いたらしい。
「いやはや、話が壮大だな」
ランディーが言うと、
「で、でも、ご主人様ならできますっ! 絶対できますっ!」
相変わらずカルアの無限の信頼が恐ろしい。
「そう言えばランディーは、ビグサーク王国の所属で出ると言ってた」
「え、そうなのランディー?」
ていうか、なんでスノゥが知ってておれが知らないの?
「はは、いやぁ……さすがに故郷をないがしろにできないかなと。あと私の領地の仕事を放り投げてきた負い目もあるというか……」
釣りをしたさに「貴族辞めまーす!」と言って出てきたんだもんな、ランディー。それを許した国王様もすごいけど。
「あと、ディルアナと戦いたいというのもある」
ノアイラン帝国のネコミミ美人のディルアナ子爵か。
あれから皇帝陛下と仲良くやれているんだろうか。
「女性釣り師優遇」と言いながらその女性釣り師を酷使しまくってたもんな。ていうかブラック企業にありがちというか、おれがいた会社がそうだったというか。「ノー残業デー」とか言いながら「仕事終わらないだろうから2時間早く出勤ね」と言ってくるとかちょっと狂気を感じるんだが? 早出も残業つくんですよ本来は?
「ふふふ、ハヤトさん。ビグサークのランディー男爵と、ノアイランのディルアナ子爵との一騎打ちは、大賢者様の釣り大会においてもかなり注目されているんですよ」
「えっ、そうなのリィン? ていうか一騎打ちって? 釣り大会って『いっせーのせ』でみんなスタートして、制限時間内にサイズアップ狙うんじゃないっけ?」
「ルールとしてはそうです。ただ、ファンは好きなところを見に行くんですよ。ディルアナ子爵がランディーさんの横に陣取って釣りをしますからね。熱心な釣り師ファンはそのふたりが競うところを観戦するんです」
うわあ、なんだよそれ。アイドルじゃん。ランディーもうアイドルじゃん。
「リィン、そんなに言わないでくれ。ディルアナが負けず嫌いでぶつかってくるだけだし、ギャラリーがいると言ってもほんのちょっとだ。なにより私は……優勝争いに全然入り込めてない」
「昨年の優勝は?」
「55センチのイナダだったかな」
だよな。さすがにヒラマサは釣れてないよな。
「ランディーはどれくらいの釣れたの?」
「私は35センチの真鯛だった」
「おお、真鯛! 美味いよな」
「たまたまイナダの群れが湾に入り込んできていたようで、投げるのが得意なパワフルな釣り師たちがイナダを釣りまくってなあ……」
あー、なるほど。上位陣全員イナダで、優勝と準優勝の差は数ミリ刻みとかそういうことか。
この世界は投げるにしても力技だ。
ビグサークの沖磯でゲンガーと釣り勝負したときも、ブルードラゴンの骨を使った竿でぶん投げてたもんなあ。女性には厳しいかもしらん。
「それでハヤトはどうすることにしたのだ?」
うん、おれにはおれの釣りがある。
「おれは……フリーで出る」
「おっ。それでは『大賢者様の再来』を狙って——」
「違う違う。そうじゃなくて」
おれはウツボを食べてから考えたことを、話した。
魚の種類はめっちゃ多い。大賢者様が釣ったというヒラマサにこだわる必要はない。
「おれには、おれの釣りしかできない。だから大賢者様を目指すんじゃなくて、おれのベストを尽くして結果を残せればいい。そりゃ戦乱の世の中に戻るのはイヤだけど、それっておれがどうこうしてどうにかなるもんじゃないよ。おれが釣りの天才だったとしても、どこかで殺人は起きるし、悪いヤツはいっぱいいる」
ランディーはうんうんとうなずき、カルアは「ご主人様は天才ですけど?」とこてんと首をかしげ、スノゥはにんまりしながらお茶をすすった。
そしてリィンは、
「わたくしはハヤトさんのお考えを支持します」
と、いちばんうれしいことを言ってくれた。
「それで——ハヤトさんはどうなさいますか? まだ釣り大会までは時間があります。このまま、待っているだけでは当然ないのでしょう?」
さすが天使。なんでもお見通しかな?
「ああ。やりたいことは決まってるんだ」
おれはみんなに、これからやるべきこと——やりたいことを話した。
ようやくスタンスが定まってきました。
次回は王様たち。