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62 迷うおれとリィンの心配

 ごとごとごと、と馬車が揺れている。相変わらず馬車の乗り心地には慣れなくて、長時間乗ってると腰が痛くなってくる。

 馬車の揺れとともにおれの心、っていうか考えがゆらゆら揺れる。


「はあ……」


 アガー君主国の暴走を止めるために、自国の名前で参加してくれ——と頼んできたビグサーク王国とノアイラン帝国。


 フリーで参加して「大賢者の再来」になるべきだ——と提案してきたコルトのオッサンとアオサのジイさん。


 どうしたらいいんだろうか?

 ビグサーク王国もノアイラン帝国も、それぞれ釣り人をそろえて大賢者の釣り大会にチャレンジしている。そこにおれも入り込めば、「組織」で勝てるって作戦も理解できる。勝ち目がある戦い、とも言えるよな。

 ただまあ気になるのは、ビグサーク王国とノアイラン帝国は戦時中にかなり派手にやり合っていたらしいから、この2国が協力態勢を築けないってことだ。それはたぶん、他の国も同じ。だからみんな「自分の国を強化する」という立場になってる。


 一方で、釣り具屋連合の提案はちょっとハードルが高い。

 詳しく聞いてみたんだけどさ、大賢者は第1回の釣り大会で100センチオーバーのヒラマサを釣ったらしいんだわ……。

 ヒラマサってのはブリの形を想像してもらえれば大体合ってる。というかほとんど違いはなくて、魚に詳しい人でも間違えることがあるほどだ。

 じゃあ違いはなにか、って? 身体の横を走る黄色のラインが真っ直ぐで、ブリよりも平べったくて長い。


 おれが今まで釣った最大でも100センチは行かない。

 つーかヒラマサって船に乗って釣るもんなんじゃないですかね……まあ陸からでも釣れてるケースはあるけども。稀に。めっちゃ稀に。

 そんな大賢者を超えるなんて無理だ。まずヒラマサ狙いならもっとデカイ釣り竿が必要なんだよな。巨大なヒラマサに見合う、重いルアーを投げなくちゃいけないから。

 い、一応持ってるんだけどね? 重いルアーね?「おれのロッドには合わないんだけどな〜。でもな〜。もしかしたら使うかもしれないけどな〜」と思いながら買ったヤツ。中学生がコ●ドーム買うんじゃないんだから……とか後になって悔やんだけども、まさか使う可能性が出てくるとは。


「はあ……」


 無理だろ。ヒラマサは無理。冷静になってみるとやっぱ無理だわ。何者だよ大賢者。釣り魔法のエキスパートなんじゃね?

 そう、釣り魔法。

 おれもちょっとだけ興味があって釣り魔法を習おうとしたんだけど、ランディーに、


「ハヤトには魔法の適性がないぞ?」


 とハッキリ言われたんだった。

 魔法のかかってるアイテムの起動くらいはできるから日常生活では困らないのだが、釣り魔法だったり攻撃性の魔法だったりは無理というレベルらしい。


「はあ……」


 やっぱヒラマサは無理だ。

 ヒラマサよりビッグな魚で可能性があるっつったら……。

 イシダイとかハマフエフキ? メーターオーバーはいかないけど、味わいとかの金銭的な価値では上だよな。この世界ではどうかわからないけど。

 ちなみにヤツらのエサは、ウニやらサザエやらアワビやら赤貝やら伊勢エビを使う。くっ、魚のくせに! おれよりいいもん食いやがって!

 1回の釣行で2万円3万円は余裕で飛ぶというブルジョワ釣りのターゲットである。

 あとはー。

 クエ?

 いや、ありゃ無理だ。デカく育ったクエは釣り人を海に引きずり込んで丸呑みしたとかそんな伝説があるくらいパワーがある。怖すぎんよ……。

 長さでいったらタチウオとか? あれは「ドラゴン」とか呼ばれるサイズになるとメーターオーバーになるが、うーむ、インパクトに欠けるよなあ。きれいだし美味しいんだけどね。

 あとはロウニンアジ? まあデカイ。だが美味くない。それにロウニンアジが釣れるならヒラマサ行けるよなあ。

 あとは……マグロ? この辺の海域は相模湾とか遠州灘に似ているんだよな。で、キハダマグロなら相模湾にもいるし……いや無理だ。陸からは100パー無理。船じゃないと無理。というかキハダマグロ釣れるならヒラマサ行けるっつうの。


「はあ……」


 八方塞がりじゃん、これ。

 アガー君主国の人たちはどうやって上位を独占しようとしてるんだろうね?


「——到着いたしました」


 御者の人に声をかけられ、ハッと気づく。

 おれたちの取っている宿の前まで連れてきてもらったんだ。

 すでにリィンは降りていて、おれはあわてて外に出た。


「ハヤトさん」


 馬車が去っていくのをおれが見送っていると、リィンが声をかけてきた。


「ん? なに?」

「その……釣り大会に参加しなくてもいいのですよ」

「——えっ!?」


 きゅ、急になに!? ハッ、も、もしかして、おれが頼りないから「無理すんな」ってことか? くうう、つらい! その優しさがつらい!


「え、えぇっと、リィンさん? あ、あのですね、ワタクシもそこそこ釣りはがんばろうかと思っている次第でありまして……」

「?」


 するとリィンがきょとんとする。

 あれ、なんか違う?


「ハヤトさんが釣りをがんばっているのはよくわかっています。それよりも、魚釣りが嫌いになってしまうのではないかと……それが心配なのです」

「おれが……釣りを嫌いに?」


 三度の飯より釣りが好き、というこのおれが?


「あははは、そんなワケ……」


 ない、と言い切れるだろうか?

 もしおれが日本にあのまま残っていて、ずっと釣りゲームの仕事を残業まみれで続けていたらどうなっていただろう。ほんとうの釣りの面白さも忘れて、嫌いになっていたかもしれない。

 じゃあ、今は?


「……今は、釣りが楽しいよ。嫌いになる要素なんてまったくないから、だから……」

「ハヤトさんが、大賢者様の釣り大会に参加しても——勝っても負けてもイヤな思いをするのではないかと……そんな気がしているのです」

「勝っても負けても?」

「優勝すればハヤトさんは注目されるでしょう。そしてハヤトさんを巡って取り合いが起きます。わたくしは覚悟ができていますが……」


 リィンは言葉を濁した。

 そうか——カルアやスノゥが巻き込まれる可能性もある、と言いたいのか。


「リィンの心配はわかる。でも、負けても、ってのは? 負けたら今のままじゃないか?」

「いえ、ハヤトさんはそうではないでしょう」

「……おれは、どう見える?」

「周囲がこれだけ期待しているのです……ハヤトさんはきっと、責任を感じます。そして釣りが嫌いになるかもしれません。わたくしはそれが心配です」

「リィン……」


 出会ったとき、リィンはおれを「魔アジを釣ったとウソをついている」なんて疑ってた。

 旅の途中には「この釣りバカが手を焼かせやがって」とまでは思ってないにせよ、おれに呆れてるフシはあったよな。

 それが——リィンがおれの心配をしてくれてる。釣りを、嫌いにならないで欲しいと。


「……ありがとう、リィン。おれのことをそこまで考えてくれて」

「え!? あ、い、いや、それは、そのぅ、同行者として当然の心配と言いますか! ハヤトさんが魚釣りを止めてしまえば世界の損失と言いますか!」

「なに、リィン、照れてるの?」

「てて照れてなんていません! ハヤトさんが柄にもなく感謝なんて言うからです……」


 顔を赤くしてごにょごにょ言うリィンも可愛い。


「おれだってリィンに感謝くらいする。ていうかずっと感謝してる。おれの旅についてきてくれてほんとうによかった、って」

「ハヤトさん……」


 ますます顔を赤くしたリィンがおれを見る。

 おれもまた——彼女の目に吸い込まれるような気がした。


「……り、リィン」

「……は、ハヤトさん」


 な、なんだ、この空気! え、ええっと、ど、どうしたら——。



「モンスターじゃないと言ってるだろう!」



 とかいきなり聞こえてきて、おれもリィンもびくりとした。

 今の声——宿の中からだ。

 しかも、


「ランディー!?」

「ランディーさん!」


 おれとリィンは顔を見合わせて、すぐに宿に入った。


がらになく悩んでいるハヤトさん。

それを心配するリィンがマジ天使。

次回はランディーが釣った「魔物(?)」です。

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