60 きんきらきんたち
ビグサーク王国の国王からの手紙も、ノアイラン帝国の皇帝からの手紙も、言っていることは同じだ。
「アガー君主国の動きが怪しい。なんとしてでも釣り大会で負けるわけにはいかない。だからビグサーク(ノアイラン)の名前で釣り大会に出てくれないか」ということだ。
ノアイランの皇帝は、ノアイランの名前で出てくれたら金を出すとまで言ってきていた。
「ていうか国王と皇帝から手紙って、そんなに珍しくないのかな? おれ感覚だとびっくりなんだけど」
「ハヤト……」
「ハヤトさん……」
「あうぅ」
「ハヤトはそういう男」
なんだか女性陣にあきれられる。
「え? なんか変なこと言った?」
「異常事態に決まってるだろ。お前はもうちょっと自分の価値を自覚したほうがいい」
「おれの価値……」
そこそこの大学を出て、なんとか新卒採用で拾ってもらって、いろいろやらかしたくらいなんだが。
「まあいいか。で……最後の1通か」
そんななか、もらう相手に心当たりがない最後の1通。
おれは手紙の封を切って中を読んだ。
「ん? あー、オッサンからだったか」
「オッサンとは誰だ?」
「コルト=パーイナス。キャス天狗を経営してる人」
「ああ、あの——」
と言いかけたランディーだったが、
「待て待て! キャス天狗は釣り業界に多大な影響力を持っている商会だぞ!? その会長から手紙が来ているのか?」
「ん。ああ、ランディーはコルトのオッサンとはほとんど接点ないんだっけか」
ノアイランで知り合ったコルトには、新たな釣り糸「フワフラ糸」の開発とかで世話になったんだよな。で、ランディーはそのころアオリイカ釣り大会に出てたんだ。
「前に話したろ。ノアイランで世話になったって」
「それは……魚を卸した対価で糸を製造する工房を紹介してもらったということだと理解していたが」
「あー、うん、大体合ってる。でもオッサンは結構変わってる人でさ。……ま、オッサンのことはいいよ。内容なんだけど」
「そ、そうだ。キャス天狗の会長はなんと言ってる?」
——ビグサークとノアイランの間で綱引きに遭ってないか?
と、オッサンはずばり冒頭からそう書いていた。
むしろおれの置かれている状況をおれよりちゃんと把握している気さえする。
——アガー君主国のことはこっちにも情報が入っている。お前さんのこともアガー君主国は把握しているようだぞ。
それな。
そういうことは早めに聞きたかったぜ……。マナー最悪の釣り人と遭遇するにしても心の準備ってものがあるでしょ。
——そんでまあ、お前さんはどうせ悩んでるんだろ。ビグサークもノアイランも変に敵に回したくないとかなんとか考えて。
おお!
いや、正直そこまで思い至ってなかったけど、言われてみるとそうだよな!
ここでどっちを取ってもどっちを断っても感情的なしこりが残るよな。
ビグサークとノアイランは敵国同士だったわけだし。
——それで、俺っちに提案がある——。
提案?
おれは手紙を読み進めた。
おれはコルトのオッサンに指示された場所まで出向くことにした。
それは美しい入り江を見下ろす、高台に建てられたホテルだった。
「ホテル」と言っても10階建てのデカイ建物なんてわけではなくて、洋館である。
パッと見で「城だよ」と言われても「へー」と信じてしまいそうなレベルで、どっしりとした風格ある建物だ。
「おー、ハヤト! 久しぶりだな!」
エントランスホールでコルトのオッサンがおれを出迎えてくれた。
ちなみに、ここに来たのはおれとリィンだけ。
面倒ごとのニオイがしたのでカルアやスノゥは巻き込みたくなかったのと、ランディーが「昨日の鬱憤は釣りで晴らす!」と釣りに出かけていったからだ。
「オッサンも久しぶり」
おれがコルトのオッサンを「オッサン呼ばわり」したせいか、ホテルの管理人らしきどこからどう見ても「執事」という姿の老人がぎょっとした顔をする。だがおれからしたらオッサンはオッサンだ。
それで、そのオッサンはめっちゃ着飾っていた。
きんきらきんのアクセサリーをじゃらじゃらぶら下げていて、新装開店のパチンコ店の宣伝でもしてるのかっていうくらい。
成金趣味というのとまたちょっと違うんだよな……なんか、こう、「わざと見せつけるようにつけている」感じ?
「——ふん、その男が例の釣り人か?」
おれが、オッサンのあまりに変わり果てた趣味にどう突っ込むべきか悩んでいると、奥からこれまた同じくきんきらきんのアクセサリーをじゃらじゃらぶら下げた老人が出てきた。
頭頂部は禿げていて、横から後ろにかけて白髪が残っている。
あごひげが長くて仙人みたいだ。
きんきらきんが重そうで服に「着られてる」感じさえある。
「そうだ。いい面構えだろう? ハヤト、こっちのジジイが——」
「誰がジジイじゃ! ワシはまだ83じゃ!」
紛う方なきお爺さまでいらっしゃった。
「——ジョウシウヤの会長、アオサだ」
なんと、きんきらきんのお爺さまは、釣り具チェーン「あなたのフィッシング&アウトドアライフをサポート」の上州……じゃなかった。ジョウシウヤのトップらしい。
おれたちは入り江がよく見えるテラスへとやってきた。
ちゃんと日陰になっており、吹き抜ける風が涼しい。
入り江の砂浜では足をつけてばしゃばしゃ遊んでいる子どもたちがいる。いいなあ。おれも泳ぎたいなあ。
……とか思ったけど、そういやここの海は海竜とか海魔とかなんか怖いヤツらがいるんだった。泳げないじゃん。
丸テーブルに座ったおれ。リィンは護衛のようにおれの後ろに立っている。「座れば?」と一応勧めたのだけど、「なにかあったとき座っていると動けないので」と断られた。
なにかあったとき、ってなに!?
確かにおれの目の前にはきんきらきんのオッサンとジイさんがいていつ追い剥ぎに遭ってもおかしくない感じさえあるけど!
「マテバのババアは来ないのか」
「おいおい、ジジイ。マテバをババア呼ばわりするならアンタもやっぱりジジイだろうが」
「ワシはジジイじゃない!」
「マテバはアンタより年下だろ」
「——マテバって誰?」
おれが問いかけると、コルトはこともなげに、
「ああ、ポインヨの会長」
と答えた。うん、半ば予想してた。
「なんで来てないの? ていうか女性なんだ」
「俺っちより何歳か上の……まあ女性だな。実年齢は本人に聞くなよ? もし聞いたらリアルにミンチにされてコマセに混ぜられるともっぱらのウワサだから。ハヤト、まかり間違っても聞くなよ?」
なにそれ怖い。しかも「聞け」と言わんばかりの振りとか止めてよ。
でもおれが死んでも、魚の餌になるのならそれはそれでいいかな……。おれ、海とともに生きてきたから……。
「……コルト。ほんとにこやつは大丈夫なのか? 目がイッてるぞ」
失礼な。ちょっとばかり死んだ後のことを考えただけじゃないか。「釣りしながらだったら死んでもやむなし」とか「死んでも海に還れるならそれもまたよし」とか思っちゃうのはちょっとイッてる釣り人あるあるなんだぞ。あっ、「イッてる」言われてもしょうがないヤツだこれ。
「で、ハヤト。お前さんはビグサークの名誉国民なんだろう?」
「あー、うん」
おれは名誉国民として認められたときに発行された、文書を取り出す。アオサのジイさんはそれを手に取ると「うむむむ!」と唸っている。
「そんなにすごいの、それ?」
「俺っちが聞いてる範囲だと、王国内で年に1人、いるかいないかというものだからそれなりにすごい」
「おお……」
確かに、こんなもの乱発してたらただ飯ぐらいが増える一方だよな。
王国にいるだけでお給金もらえちゃうし。
「ノアイランではあの女皇帝にも気に入られたっていうタマだ。見かけよりずっと立派なタマだぜ」
なんかちょっといやらしい言い方で言わないでくれる、オッサン?
「うむむむ……よほどいい竿を持っているということか……」
だからいやらしい言い方止めてよね!? おれの現物はノーマルサイズですよ!?
18禁回(大嘘)
次回もオッサンとジイさんとの会話です。ああっ、止めて! ブックマークを外さないで!