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59 ギルドの査定と不穏な手紙(3通)

 朝食を終えてから釣り人ギルドへ向かう。

 昨日、ザンゲフにお願いした魚の買い取りがどうなったか確認するためだ。

 ギルド内は昨日と同じ、どこかどんよりと淀んだ空気が漂っていた。


「おお。こんな感じか」


 スノゥだけは昨日釣り人ギルドに来てなかったから物珍しそうにしている。おれから見るとどこのギルドも大体同じような感じなんだが……。


「お前たち! 来たニコフな? こっちへ来るビッチ」


 ツッコミどころ満載の口調でザンゲフさんが呼ぶ。おれたちはザンゲフさんに連れられて奥の応接室へと通された。


「ちゃんと査定が終わるまでギルド内で待っていないと駄目だビッチ」

「あ、それです。魚どうなりました?」

「魚は鮮度が命ニコフから、こちらで売却処理をしたビッチ。これについては査定が終わるまでに退室した場合の『みなし同意』という規定があるニコフから——」

「大丈夫です。そちらのいいようにやっていただいていいです。むしろすみませんでした」


 おれが謝るとザンゲフさんもそんなに怒っているわけではないようだった。

 ザンゲフさんが持ってきた布袋には、金貨や銀貨がごろごろ入っていた。


「ひぃ……」


 カルアが小さく息を呑んだが、おれとしては「ふーん、まあこんなもんかな」という気分だ。どうやらこの世界に来ておれの金銭感覚は麻痺してきたようだ。

 あとでこのお金はランディーとも分けるとして、


「それじゃあ、ありがとうございまし——」

「ああ、待つニコフ!」

「? なんか他にあるんですか?」

「実は……ここからが本題ニコフ」

「本題?」

「お前たち宛てに手紙が3通来ているニコフ」


 ザンゲフさんはテーブルの上に3通の手紙を置いた。

 ……うん、こっちの世界で手紙をもらうのは初めてだけども、その3通がどれもこれも立派な装丁になっていることはよーくわかった。宝石みたいなのが埋め込んである小箱もあるんだが。

 おれが手を伸ばそうとすると、ザンゲフさんはスッとそれらを引いた。


「ザンゲフさん?」

「……先にお前たちに聞いておきたいビッチ。お前たちもこの街を……このジャークラの海を荒らしに来たニコフか?」


 おれたちは顔を見合わせた。


「どういうことです?」

「アガー君主国の連中が暴れてるんだ。ヤツらはこの待ちの釣り人ギルドの空気をぶち壊し、釣り場を荒らしている。その仲間か、と聞いている」


 ザンゲフさんがふつうにしゃべった!

 凄みが利いてて怖い!


「あ、う、い、いえ、むしろおれたちも被害者っていうか、昨日横から魚を取られたっていうか」

「その言葉に偽りはないな?」

「は、はい」

「…………」


 ザンゲフさんはおれの前へと3通の手紙を出した。

 そしてイスの背もたれに身体を預けて、「ふー」と長く息を吐く。


「んもぅ、ひどいニコフ。うちのギルドマスター、その手紙を見たら肝を冷やして『あとはザンゲフお前がやれ』と言って寝込んでるビッチ」

「えぇ? そんな手紙なんですか、これ……」

「ハヤトという釣り人が来たら渡すようにと言付けられているビッチ」


 おれが手紙へと伸ばしかけた手を引っ込める。

 なに? なんなの? 毒物が塗ってあるとかじゃないよね?


「ハヤトさん。この手紙は我がビグサーク王国のもののようですよ」


 リィンが1通の手紙を指差した。宝石が埋め込まれた小箱のヤツである。

 よく見ると紋章があるな。吠える獅子の背中に翼が生えている……ああ、リィンが前に持ってた紋章と同じだ。

 これってビグサーク王国の紋章なのか。


「あれ? それじゃあこっちは——」

「ノアイラン帝国だな」


 言ったのはランディーだ。


「こういった紋章付きの手紙は王家が発行する正式なものだ」

「うげ……」

「だから困ってたビッチ。明らかにヨソ者のお前たちが王家とつながりがあって、それがしかも犬猿の仲のビグサークとノアイラン。アガーのことだけでも頭痛の種だったのに、ここに2カ国も加わったらさすがのザンゲフもへろへろになってしまうニコフ」


 そうかなあ。ザンゲフさんは釣り人ギルドに雷が落ちてもひとりだけ元気っぽいけどなあ。

 とはいえまぁ、理由はわかった。ザンゲフさんがおれたちを奥まで呼んだ理由が。周囲に他の釣り人がいる場でこんな話できないもんな。


「ハヤト。最後の1通は?」


 スノゥに言われてみんなの目がそちらへ向く。

 いちばん……まあ、地味と言えば地味。とはいえ封筒の周囲を金糸で縫ってある時点で「地味」とかめっちゃ遠い言葉ではあるけど。


「差出人は……」


 手に取って裏表を見るが、書いていない。まあ書いてないのがふつうらしい。

 封蝋にある紋章は見たことのないもので、ランディーやリィンも知らないらしい。


「……とりあえず、ビグサークのヤツから読んでみようか」

「ちょ、ちょっと待つビッチ。ザンゲフのいないところでやるニコフよ! 世の中には知らなければよかったってことがたっぷりあるニコフ!」

「いやいや、釣り人ギルドに預けられた手紙ですから。せっかくですからザンゲフさんにも聞いていただこうかと」

「これ以上はザンゲフには無理ビッチ!」

「いやいや、貴重なザンゲフさんのアドバイスをいただけると釣り人ギルドメンバーである自分としては大変ありがたいのです」

「イヤビッチ!」

「いやいや。よろしくお願いします」

「ハヤト……悪い顔をしているぞ」

「ハヤトさん……」

「あぅぅ」

「ハヤト。釣り人ギルドをこれ以上巻き込むのはかわいそう」


 女性陣にもたしなめられ、おれは手紙を3通もらってギルドを出た。

 厄介ごとなら手助けしてもらう気満々だったんだが。

 あ、ちなみにギルドの身分証も1ランクアップして、シルバーになった。




 さて、手紙を見るためにおれたちは一度宿へと戻った。ないとは思うけど機密情報とか書いてあったら外だとマズイし。


「じゃあ、読んでみるか」


 ひとりで一部屋取っているおれの部屋へとみんなが集まっている。

 ひとりとは言ってもベッドは2つあるのでそこそこ広いのだ。


「えーっと、なになに……差出人は王様か」

「ブッ」


 ランディーが噴いた。リィンも予想はしていたのだろうがそれでも実際にそうだと聞くと驚くのか、目を見開いている。カルアとスノゥは「ふーん」って感じ。強いなちびっ子は。


 ——ハヤトのことだから、大賢者様の釣り大会に参加するべく移動しているのだろう。


 そんな感じの書き出しだった。

 おれの行動パターンモロバレ。だから釣り人ギルドに手紙を預けた、というわけだ。


 ——魔イカ、余も食べたかった。


 あー。ノアイランのことも把握してるのか。まあ大きな釣り大会だったしな。


 ——キャロルのほうがもっと食べたそうにしていたがな。ビグサークでも釣ってくれんことには収まらんぞ、これは。


「ヒィ!」


 キャロル王女の食への執念がすごい!

 だがしかし。

 グルメで肉感的な王女様とかおれ得過ぎてヤバイ。秋イカに合わせてビグサークに釣りに戻るまである。いや、つーか落ちハゼ釣る大会に参加するって言っちゃったから、いずれにせよ大賢者の釣り大会が終わったらビグサークに行かないとな。


 ——それで、大賢者様の釣り大会には我々も立ち会う。その場でまた会おうと書いて締めたいところではあるが、その前にひとつ頼みがある。


「頼み……?」


 ビグサーク国王の頼みは、簡単だった。


 ——ビグサークの代表として、釣り大会に出て欲しい。他国の動向が怪しいのだ。どうしても今年は勝つ必要がある。お前の力が必要だ。


「…………」


 おれの視線はノアイランから来た手紙へと向かう。

 予想通り、その内容はビグサーク国王のものとほぼ同じだった。


レビューもいただいていたようです。ありがとうございます。

なるべく更新が途切れないよう頑張っていこうと思います。

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