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58 夜風と会話

なぜか日間総合3位にまで上がっていて3度見くらいしました。

連載開始時からこんなに上がったことなかったのに……! やはりタイトルか……!

 腹一杯食って、酒を飲む。だんだん夕暮れとなり夜のとばりが下りてきた。

 するとランディーは不意に立ち上がって「寝るぅ!」と舌っ足らずな声で言った。リィンが肩を貸して宿の部屋へと戻っていく。

 ちなみに部屋はランディーとリィンが同室でカルアとスノゥのちびっ子2名が同室。で、おれはひとり部屋。

 カルアとスノゥのふたりも部屋に戻ることにしたらしい。時間はまだ8時とかなんだけど、この街まで移動が長かったから疲れも溜まっているようだ。


「ふー。軽く酔いでも覚ますか」


 おれはひとり、宿から外へと出た。

 ふらりと夜道を歩いていく。酒場や釣り人ギルドがあった大通りからはちょっと離れているので静かだった。

 そのまま歩いて、港へとやってくる。昼にゼッポとやった釣り勝負の場だ。

 たぷんたぷんと波に揺られて船が音を立てている。

 月が上がっていて、湾内にきらきらと反射していた。


「おっ……夜釣りやってるな」


 おれはランプを足下に置いて釣ってるオッサンたちに話しかける。


「どう? 釣れてる?」


 するとオッサンたちは渋い顔を横に振った。

 全然釣れてないみたいで、


「今日は潮が悪りぃや」


 と日本でもよく聞く「釣れないときの言い訳ナンバーワン」を口にしていた。

 なんだか懐かしい気持ちになった。

 酔いも手伝って、ふわふわした気持ちで港の先端まで歩いていく。

 その先は黒い黒い海が広がっている。

 ずうっと向こうに陸地が見える。陸続きのノアイラン帝国領だろう。ちらちらと小さな明かりが見えた。


「……思えば遠くにきたもんだ、か」


 釣りばかりして暮らしていけたらどんなにいいだろう、と日本にいたときには思っていた。

 プロの釣り師(アングラー)を目指そうかと思ったときもあった。

 足を踏み出さなかったのは結局、自分には覚悟が足りなかったからなんだろう。

 今こうして食っていけてる——もちろん、日本のルアーを持っているという幸運が最も大きいのだが——ということがそれを証明している気がする。


「ハヤトさん」

「!」


 振り返るとリィンが小走りにやってきた。


「夜に外に出られるときはせめて一言声をかけてもらえますか? 一応、これでも護衛なんですよ……」

「あっ、そう言えばそうだったね。ごめんごめん」


 忘れがちではあるんだけどリィンはビグサーク王国の名誉国民であるおれを護衛してくれる騎士でもあるんだよな。


「散歩していたんですか?」

「うん、まあ、そんなとこ」

「……昼の釣りのことが気になっているんですか?」

「…………」


 それは図星だった。

 昼のことがあって、おれはなんだか感傷的な気分になってる。

 おれが海を見つめると、リィンもおれの横に立った。

 夜風が吹いて半袖だと肌寒いくらいだ。

 クーラーも温暖化もないこの世界では、夏の夜はちゃんと涼しい。


「……釣りって楽しいものなんだけどな」


 おれは、独り言みたいに言っていた。


「なのにそれを取引の道具みたいに使う人がいるんだよな。それはさ、まあ、ビグサーク王国にもノアイラン帝国にもそんな人たちはいたよ? でも、あのアガー君主国の人たちは全然違う。釣りを道具にして、それで、釣りをバカにしてる」

「ハヤトさん……」

「悲しいよなあ」


 大賢者だって「釣りが楽しい」からこそ「みんなで釣りやって平和にやろう」って言ってるんじゃないのかな。

 会ったことないけどきっとそんな気がする。


「……アガー君主国に、海はないのです」


 しばらく無言でいてから、不意にリィンが言った。


「えっ?」

「海のない国であるアガー君主国の事情にも配慮して、平和条約は締結されました。ですがその後の世界は、『釣り』がすべての中心。大賢者様の釣り大会が世界の行く末を決めていく今、海のないアガー君主国は『不利』だと考えるのもやむを得ないのではないか……とわたくしは思います」

「そんな事情があったのか」

「あ、で、でももちろん、魚を粗末にするのはダメですよ。彼の国にそういう背景があるのは事実ですし、国民の大半はいい人たちのはずです。ですが、昼の釣り人はやはり許せません」

「そっか……リィンは優しいね」

「——えっ?」

「ちゃんと相手の立場に立って考えられる。リィンは優しいよ」

「そ、そうでしょうか? そのように言われたことはなくてですね……」

「おれもおれで、結構頭に来てたみたいだ。今の話を聞いてちょっと冷静になった。ありがとう」

「いえ……ハヤトさんのお役に立てたならよかったです」


 にこりと微笑んだリィンにおれはどきりとする。

 何度見ても慣れない。

 わかる? 目の前で天使が微笑むんだよ? おれの心臓ばくばくいっちゃうでしょ?


「? ハヤトさん?」

「あ、えーっと、その……ま、まだ時間も早いし、ちょっと飲み直さない?」


 ハッ。

 な、なに言ってんだおれ! これなんか変な感じのほらアレだよお誘い的なアレだよ!


「今からですか? 飲み直すには遅い時間のような……」

「そそそそうだよね! ごめんよ! 変なこと言って!」

「——でも、いいかもしれませんね。少しだけなら」


 え?

 おれ、自分の耳がどうかしたのではないかと自分を疑った。


「行きましょうか。ハヤトさんが帰って寝ると約束してくださるなら、わたくしも少々お酒をいただけますし」

「い、行くってこと? 飲み直しに?」

「はい。……あ、ひょっとして社交辞令でしたか? す、すみません。気づかずに」


 恥ずかしそうに頬を染めるリィン。


「ちち違う! 行きたかったから! 行こう行こう。早く行こう」


 その日おれはリィンとしっぽり飲んだ——というわけではなくて、明るいお店で健全に1杯ずつお酒を飲んで、宿に帰った。

 でもな。

 すっげー楽しかった!

 楽しかったよ!

 ノアイラン帝国でふたりでフワフラを探したときのこととか話してめっちゃ楽しかったよ!




 翌朝、宿の食堂に下りていくと女子4名はすでに朝食を始めていた。


「おはようございます、ハヤトさん」


 うっ。まぶしい。宿の中なのに朝日かな?

 違ったわー天使の笑顔だったわー。


「おはようリィン。それにみんなも。早いな」

「ハヤトさんが遅いんですよ」

「そうかなぁ……」

「ふふ」


 おれとリィンがそんな会話をしていると、


「…………なにかが妙です」


 カルアがそんなことを言い出した。


「ん。どうしたカルア」

「なんだかリィンさんとハヤト様の雰囲気がちょっと変わった気がするです!」


 するとランディーは首をかしげ、


「そうかぁ?」

「言われてみると、そう、かも」


 スノゥはふんわりとカルアに同調した。


「べ、別にいつもといっしょだよ。なあリィン」

「は、はい。そうです。同じです」

「…………ハヤト様。昨晩はすぐに眠られましたか?」


 カルアが尋問する刑事みたいな目をしている!


「バ、バカなこと言ってないでメシにするぞメシに。あー腹減った……」

「むぅ!」


 食事中、カルアがジト目でこっちを見つめていた。

 ちょっと止めてよぉ! ふつうにふたりで飲んでお話ししただけなのに、妙に意識しちゃうじゃないのよぉ!

また少しリィンとの距離が縮まりました。

次回は忘れかけてた魚の査定結果をもらいに釣り人ギルドに行きます。私は査定のことすっかり忘れてました。

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