57 男前なランディーさんと子分属性のゼッポ
「なん、なんだ、アイツらはァッ!!」
ダンッ、と音を立ててタンブラーがテーブルに叩きつけられる。
入っていたのはエールだ。
それをランディーはぐいっと一息に飲み干していた。
おれたちがいるのは街の酒場。
なんとも後味の悪い釣りが終わって、ランディーが「酒を飲むぞハヤト!」と言うのでやってきたというわけだ。
まだ明るい時間帯だったがそこそこ客が入っている。
「まあまあ姐さん、気持ちはわかるよ。お代わりどうだい」
「もらう」
「おーい! 姐さんがお代わりだ! エール持ってこーい!」
注文しているのはゼッポだった。なぜかちゃっかり飲み会にも参加している。
おれがシーバスを釣り上げたわけではなかったけれども、「いやぁ! あんなすげぇファイト見せられたら参りましたとしか言えませんよ兄貴!」と無駄に懐かれてしまったのである。
カルアを手に入れるための演技なんじゃないかと一瞬思ったけど、
「兄貴の女に手を出すわけねえっすよ」
と言い、
「そそそそんなカカカルアがハヤト様の女だなんてそんな、そそそそんな! そんなこと! い、いいんですかぁ!?」
とカルアがなんか喜んでしまったのでゼッポがくっついて来ることになったわけである。もちろん「ダメ」と言っておいた。おれのロリコン疑惑は解消しておかねば天使リィンが魂の裁きを下してきそうで怖い。だがゼッポはついてくる。「兄貴」とおれを呼びながら……釣り友だちになってくれるんじゃないのかよぉ! ロリコン疑惑が深まっただけかよぉ!
「それで……リィンはアイツらのこと知ってるのか?」
おれがさっきの連中の話に戻すと、
「騎士の腰に紋章がぶら下がっていました。斧をくわえた獅子のマークはアガー君主国で間違いありません」
「どんな国なんだ? リィンがランディーに注意を促したみたいに聞こえたんだけど」
「アガーの連中はほんっとーにダメ野郎なんだよ!」
2杯目のエールを口につけたランディーがすでに酔っ払い気味の口調で言う。酔うには早すぎないですか。
「釣りによって世界の戦争は終わった。だけど、連中だけは戦乱の世に戻って欲しいと思ってる」
「んん? それなら勝手に戦争でも起こすんじゃないのか?」
「違うんだよ。もしそれをやったら協定違反で、全世界が敵に回る。いいか、ハヤト。戦争ってのは2国間だけでやるんじゃないんだ。あちこちの国とバランスを見ながらやるんだ。ビグサーク王国とノアイラン帝国も敵同士だったけど、2国だけでやり合ってたわけじゃなくて、周辺国を巻き込みながらやってた」
「へえ……」
さすが元男爵。その辺の知識がしっかりあるみたいだ。
「アガーがここで隣国にでも戦争をふっかけてみろ。すべての国が敵に回る。そうしたらいかに精強な軍勢を持っていても袋だたきに遭って終わる。……だから連中は、今日ここに現れたんだろう」
「え?」
「今日だけじゃねえよ、姐さん。アイツ、この1カ月くらいずぅっといるんだ。で、釣り人の獲物を横からさらっていく。だからよお、みんな元気がねえんだ」
「釣り人ギルドの空気が悪かったのはそういう理由もあったのか」
「うん。だから兄貴たちを倒して少しでも空気をよくしようかと思ってたんだ、俺」
「そうだったのか」
ゼッポはゼッポなりの考えがあったらしい。
「だからと言ってハヤトに釣り勝負をふっかけられても困るのだがな」
「へへ……それは言いっこナシですぜ、姐さん」
「な、なあ、勝負の結果的に、おれの勝ちでいいってことかな? そしたらゼッポとおれは釣り友だちだよな?」
「そんな、畏れ多くて『友だち』なんて言えませんよ! 兄貴は兄貴です! 尊敬する兄貴です!」
「ゼッポはわかっているですね。カルアから見てもハヤト様は崇拝の対象です」
「ハヤトは釣りの腕だけでなく道具や知識もすごい」
カルアとスノゥ、ちびっ子2名がおれの夢「男の釣り友」構想を打ち砕いていく。
「やっぱりダメか……」
欲しかったのに……釣り友……。
「おい、ゼッポ」
「へい、なんでしょう。ランディー姐さん」
「アガーはこの1カ月ここにいると言ったな?」
「へい、そのとおりで」
「……狙いは大賢者主催の釣り大会か」
「おそらくは」
「だろうな……ハヤトのことも調べてあったようだったしな」
「へえ。しかし姐さんも有名ですし、目立ってたんでしょう」
「私などたいしたことはない」
「いえいえいえ! ビグサークの美人釣り師と言えば姐さん以外にいませんって!」
しょんぼりするおれを置いてきぼりにしてランディーとゼッポがなんか話している。
「なになに、釣り大会にアイツらも出るの?」
「アガー君主国が合法的に今の状況を覆す——つまりは戦乱の世に戻すには、大賢者主催の釣り大会で優勝するのがいちばんの近道だからな。『釣ったヤツが偉い』。アガーの人間が優勝し、『協定を破棄する』とか言えば、それが通ってしまうんだ」
「マジかよ」
おれは飲んでいたエールのアルコールが消えていくような気さえした。
戦争がなく、釣りをしていればお金を稼げる。
こんなすばらしい世界が——壊れてしまう?
「ハヤト。イヤだよな、戦乱の世なんて」
「あ、当たり前だろ」
「じゃあやるべきことはひとつだな」
「なんだ?」
ランディーは、ニィッと笑った。
「お前か、私。どちらかが釣り大会で優勝するのだ」
お……。
おおお……。
ランディーさんマジイケメン。女にしておくのがもったいない。いやむしろ女だからこそカッコイイ。
「そうか、そうだよな。『釣ったヤツが偉い』んだから、釣ったらいい」
「ああ、そうだ」
「すげぇっす、兄貴も姐さんも!」
「すごいのはハヤトのほうだがな。ハヤトは魔魚を3尾釣ってるんだぞ、今年だけで」
「……へ?」
驚愕のゼッポの目が、だんだんキラキラと輝いてくる。
それから「さすがっす兄貴」を連発するようになってきた。言われすぎるとつらい。そんなにすごいヤツじゃないんです、と卑屈な気持ちになってくる。「さすが」と言われ続けて大丈夫なのは某劣等生だけだ。いや「人生の劣等生」という意味ではおれもそうではあるんだが。
「ハヤトさん、来ましたよ」
「え?」
おれが「魔法でも習おうか」と考えていたところへリィンが言った。
厨房から運ばれてくる皿——そこに乗っている魚介料理。
そう。
さっきのシーバスを持ち込んで、調理してもらったのだ。
おれだって釣ったら食べるつもりだった。だけど、無駄に苦しませるつもりなんてなかった。
美味しく食べて供養する。それがおれのポリシーだ。
「おお〜!」
シーバス——つまりスズキは白身の魚だ。
ここはシンプルにバターソテーをお願いした。皮も残してそちらは重点的に火を通してもらった。
そこそこのサイズだったから、大皿に切り身が積まれている。
付け合わせにクレソンが添えられているのもいいね。
「…………」
おれは小皿に取り分けてもらったシーバスを前に、ちょっとだけ目を閉じた。
(……無駄に苦しませてごめんな)
よし、ここからは食べて供養だ!
ナイフを身に差し込むと、きつね色の表面が裂けて中から真っ白なシーバスの白身が現れる。ほんわかと湯気が立つ。
フォークで身を持ち上げると、黄金色のバターがつぅーと滴った。
「はむっ」
んんんんんん! 口の中に広がるバターの香り!
ほんっとこの世界は魚以外最強だわ。
シーバスの白身に歯を立てるとほろほろと崩れていく。なんの臭みもない、上品な味わいだ。
そうなんだよ。東京湾のシーバスはちょっと食えたもんじゃないんだけど、この世界みたいに水のきれいな場所にいるシーバスならめっちゃ美味いんだよな。ああ、まあ、産後のメスとかは味が落ちるけども。
おれは静岡の遠州灘で釣ったシーバスを思い出していた。あれはホイル焼きにして食べたんだっけ……白身魚とバターの相性ってなんでこんなにいいんだろうな。
「ううむ、美味い! これはエールに合うぞ!」
「すばらしく美味しいですね。なんのクセもありません」
「あぅ〜。バターがすごく美味しいですぅ」
「うん。いくらでも食べられる」
若干1名、おかしなことを言っているイヌミミがいるが女性陣にも好評のようだった。
「あー! 俺もいつかこんなシーバス釣ってみてぇ! そして食べたい!」
「ん? ゼッポも食えよ」
「……えっ? お、俺の耳、おかしくなりました? 兄貴が今食っていいって言ったような……は、はは、そんなわけないですよねえ。食いたさすぎて耳が変に」
「いや食っていいって。まあ、さすがに6人だとちょっとずつになっちゃうけどな」
「もももらえませんよ! こんな貴重なもの!」
「いっしょに食卓囲んでおいて今さらなに言ってんだよ。冷めないうちに食いな。食うまでが釣りなんだ」
「…………ほ、ほんとにいいので?」
「あーもう。早くしろって。——カルア、ゼッポの皿に載せてやって」
「はいです」
「ああっ!? そ、そんなカルアさんにしていただくなんて畏れ多い!」
カルアはこういうときは素早いのでささっとゼッポの皿に魚を載せた。
「……あ、兄貴、た、食べちまいますよ? マジで食っちまいますよ!?」
「しつこい」
がぶっ、とゼッポはシーバスを口に放り込んだ。
「…………」
しばらく咀嚼して、
「……うっ」
泣き出した。
え、ええぇ……?
「こんなうめぇもん食ったの初めてだぁ……俺、釣り人やっててよかった……」
いやいや、なんか自分で釣ったみたいになってるぞ。
日間総合9位まで上がっていて2度見してしまいました。
ありがとうございます。
週末更新のつもりでしたが原稿ストックがあるので更新していきます(こうしてストックは消えていく)。