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55 釣り人ギルドに来たニコフ

 でっかい魚籠を買ってそこに魚を詰め込んでいく。ランディーが魔法で氷を出してくれたので魚の上に葉っぱを敷いて、そこに氷を載せる。……魔法、便利だよな。おれにも魔法の才能ないのかな?

 直接魚に氷を触れさせないほうがいい。氷焼けとも言うけど、身が悪くなってしまうんだ。それに氷ってのは真水だから、長時間触れると魚の肉が水っぽくなったりもする。

 手軽なのは海水氷だ。海水を汲んで氷を入れておくだけ。塩分を含んでいるから海水は冷たくなるし、氷も動くので身にずっと触れていることもない。


「こんにちは」


 釣り人ギルドに入るとかなり賑わっていた。

 空いているカウンターを見つけてギルド員に話しかける——と、そこが空いている理由がよくわかった。筋骨隆々で短めのモヒカンにあごひげ。頬に長い傷痕のある男だった。

 うーん、ソビエト出身のパイルドライバーとかかますプロレスラーみたいだと思っていると、ネームプレートには「ザンゲフ」と書かれていたので二度見してしまった。

 ザンゲフはニカッと笑ってこう言った。


「いよぉう、どうしたコフ? 新規登録ならあっちのカウンターだビッチ」

「…………」


 どうしよう。キャラが強烈過ぎてなにを話していいのかわからないニコフ。


「ハヤト」

「ハッ。——ああ、えーっと……魚を引き取って欲しいんです。で、釣果次第でギルド証がランクアップするんですよね?」

「そのとおりビッチ。さあ、出してくれニコフ」

「はい」


 おれが魚籠をカウンターに載せると、何人かがこちらに視線を送ってきた。


「おーおー、魚籠だけはご立派」

「魚籠の大きさと期待の大きさは同じって言うもんなあ」

「ハンッ」


 なんだか……イヤな感じだ。

 まあね?「クーラーボックスの大きさと期待の大きさは正比例する。ただし釣果は反比例」みたいな言い回しは現代日本でもありましたよ?

 でもこっちの世界で、特に釣り人ギルドでこういう反応はなかったんだよな、今まで。


「どれどれ、では中身拝見するニコフ——ほあああああ!?」


 魚籠をのぞき込んだカラシニコフが——じゃなかった、ザンゲフが叫んだ。


「な、なんだよこれ!? どっから持ってきたんだ!」


 ふつうにしゃべれんのかよ、と先にそっちが気になってしまうおれ。

 釣り人たちもザンゲフの絶叫でめっちゃこっちを注目してくる。


「あー、ええと、ひとりで釣ったんじゃないんですよ」

「そ、そうだよな……村全員で、とかか?」

「いや、おれとランディーのふたりです」

「ふたりでぇぇぇぇ!?」


 声でかい。


「……ちょ、ちょっと待ってくれビッチ。上に確認してくるニコフ」


 正気に戻ったのか、元の口調になるとザンゲフは魚籠を持って立ち去っていく。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 無言になるおれたちと、


「……あいつなに釣ったんだ?」

「……ギルドマスターの浮気の証拠とか?」

「……ザンゲフさんってまともにしゃべれたんだな」

「……お前ニワカかよ。『ザンゲフ標準語』が出たときは海が荒れるんだ」


 ザンゲフってナマズかなにかなの? 暴れるとそれは地震の予兆なの?


「おいおい〜。今日もギルドはシケてんなあ! 釣り大会前だからってヨソもんに遠慮すんなよ! もっと俺たちの存在をアピールしてこうぜ!」


 そんな声が聞こえてきた——ギルドに入ってきたのはひとりの若者だった。

 燃えるような赤い短髪の男。日本で出会ってたら間違いなく視線をそらせて距離を置きたくなる感じの男だ。


「あん? なんだおめーら」


 と思っていたらカウンター前にいるおれたちを発見されてしまった。


「はっは〜ん? おめーらアレか? ノアイランかビグサークあたりの田舎からやってきたお上りかぁ? 帰れ帰れ! しょっぺー魚しか釣ったことねーだろ!」

「お、おいゼッポ……」

「黙ってろ。こんなヨソもんにデカイ顔させてっからナメられんの!」


 ゼッポ、と呼ばれた男は、仲間らしい釣り人にそう強がってからこちらに身体を向ける。


「大体、女連れで釣りとかふざけ——」


 リィン、ランディー、スノゥ、と来てからカルアに目を止めて、


「な、な、な、なんだこのかわいこちゃんはよぉぉおお〜〜〜〜!? てめえ! 女3人に超絶美少女はべらせて釣りとかふざけてんの!?」

「超絶美少女ってカルアのことか?」

「カルアちゃんって言うのかよぉぉおお! お名前まですばらしい響きじゃねえかよぉぉおお!」


 頭を抱えて膝を床について吠えるゼッポ。

 カルアはびびっておれの陰に隠れてしまった。


「て、て、てめぇは釣り人の風上にも置けねぇな! こうなったら釣りで勝負しろや! この俺が勝ったら——」


 イヤな予感がする。

 カルアを完全におれの後ろに隠す。ランディーとスノゥもその横に立ってくれる。リィンが腰に吊ったショートソードに手を伸ばす。


「——カルアちゃん、お友達になってくださいぃぃ!」


 ……お友達?

 おれ、リィンと視線をかわす。

 困った顔の天使。

 こいつ、実はいいヤツかもしれない。




 ザンゲフがまったく戻ってくる気配がないので、スノゥを代理人としてギルドで待ってもらうことにし、おれたちはゼッポとともに近くのこぢんまりした港へ向かった。

 川の流れ込んでくる港で、小舟がいくつか泊まっていた。


「勝負は簡単だ。30分で釣った魚のうち、どっちが大きいものが釣れるか、だ! 男はサイズで勝負よ!」

「それはいいけど、おれが勝ったらどうなるんだ?」

「ハッ! いっちょ前に勝つ気かぁ? そうだな……ゼッポ様も男だ。約束してやる」


 ふう、とゼッポは腰に手を当てた。


「俺がお前の友だちになってやる」

「えっ」


 おれ、驚いた。

 それはランディーたちも同じだったようで、


「なにを言っているのだ? この場合、金輪際カルアに近づかないとかそういう——」

「——いいのかよ!? 釣り友だちになってくれるのかよ!?」

「ってハヤト!? なにを食いついている!?」

「だってランディー! 釣り友だちだぜ!? ついにおれにも男の釣り友だちができるんだ……!」

「…………そうだった。ハヤトはこういう男だった」

「ハヤトさん……勝負に勝たないとなってくれない友というのはどうなのでしょうか……」

「あうぅ……」


 ランディー、リィン、カルアの3人が頭痛でもするのか額に手を当てている。


「お、おう……おめーって友だちいないんだな……」


 ゼッポまでなんかかわいそうなヤツを見る目をしてくる!

 失礼な! ただの友だちならいたよ! 社会人になってからまったく連絡取れなくなったけど!


「よっしゃ、それじゃあ始めるぞ!」

「おう!」


 釣り勝負が始まった。

 時刻は正午の少し前。引き潮の最中だから、潮位が下がっている。こういうときは魚の動きも活発化してるんだよな。


「行くぜぇっ! 俺様のハイパーフィッシングが始まるぅー!」


 ゼッポが叫びながらキャストした。

 ハイパーフィッシングだと……!? いったいどんな釣り具が!?


「…………」

「うへぇ」

「ない」

「あうぅ」


 女性陣にはたいそう不評だった。

 それもそのはず。


うにょい(・・・・)な……」


 ゼッポの釣り竿、表面がなんかうにょうにょしてるんだよ。ビグサーク王国の王都、ジョウシウヤで見た釣り竿でも確かにそういうのあったな……。

 釣り竿だけでなくて釣り糸もなんかうにょってる。

 いいのか?

 糸がうにょったら竿先で魚信(アタリ)がわからなくならないか?


「は、ハヤト、お前はやらないのか?」

「おっとそうだった」


 危うく時間をロスするところだった。うにょうにょする釣り具についてあれこれ考えているだけで時間が経ってしまう。

 なんという策士。対人最強の釣り具。


 さて——ここは川から真水が入り込んでいる漁港。

 水深は2〜3メートルだろうか。底が見えている。小魚がちらほら泳いでいる。


「くっ。来い、来いよ! すぐそこにいんだろうが!」


 ゼッポがその「見えている魚」を釣ろうとしている。

 ふっ。「見えている魚は釣れない」という格言を知らないようだな。伊豆の熱海から船で渡れる初島という島があってな。そこは船着き場からして水深があって釣りスポットなんだわ。で、海面を見下ろすと——そりゃもうでっかいメジナが泳いでるのよ。エサをまくとパクパク食ってくんのよ。


 絶対釣れないのよ……。


 ヤツら、釣り針がついているエサと、ついていないエサとを適確に見分けてる。なんらかの高性能AIを搭載してディープラーニングしているとしか思えない。

 あだ名は「観光メジナ」な。見るだけ。釣れない。


「ハヤト?」

「おっと。またしても釣るの忘れてた——と。そうだな。ここは汽水域だから……アレやってみようかな」


 おれは今まで使ってこなかったルアーを取り出した。

ザンゲフに特定のモデルはありません(大嘘)

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