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54 やってきましたジャークラに

お待たせしました。連載再開します。と言っても週末に合わせてという感じになりそうです。

そしてなんと「異世界釣り暮らし」と名前を変えて集英社から書籍化が決定しました。

10月10日発売予定です。なんと釣りの日。狙ったのか……?

詳しくは活動報告にて。

 ジャークラ公国は東西に広い国だ。

 中央よりやや西側に、巨大な汽水域——つまり海水と淡水の間——の湖、ナマハ湖があって、そこには海竜やモンスターが出ないことから養殖や釣りが盛んらしい。

 それに長い海岸線があって、砂浜がずっと続いているんだって。

 釣りに恵まれすぎじゃない?

 ただ問題がないわけじゃなくて……大体100年に1回くらいなんらかの天変地異に見舞われることがあって、「ジャークラの呪い」と呼ばれているんだとか。

 神様も(もしいるんなら、だけど)イヤなところでバランスとるよな……。


「しかし釣り人っぽい旅人増えたなー」


 宿場町には馬車が大挙していて、客もいっぱい乗せているようだ。


「すごいですぅ……みなさん、大賢者様主催の釣り大会に参加するんでしょうか?」


 おれの横でカルアが言うと、


「そうだねえ。それくらい権威もあるし……ま、いろいろあるんだよね」


 とランディーがなんだか気になるようなことを言う。


「だよねえ、リィン?」

「……そうですね。各国がこの大会に懸ける思いは相当なものだと思います」


 天使、じゃなかった、リィンがわずかに眉根を寄せて言った。

 どういうことだろ?


「ハヤト。あそこに釣具屋がある」


 おれの小さな疑問は、スノゥの言葉で吹っ飛んだ。

 釣具屋!? ジャークラ公国での第一釣具屋に遭遇か!?


「どこ、どこだ!? あれか——あっ」


 名前を見て、凍りついた。

「釣り具のポインヨ」とある。

 ポインヨ、だ。トではない。


 しかも「ポインヨ」の隣には「ジョウシウヤ」があり、向かいには「キャス天狗」があった。


「なんてこった……天国はここにあったんだ!」

「昂ぶる気持ちもわかるが、あくまでも釣具屋だぞ? 釣り場はまだ先だが……」


 ランディーが呆れながら言う。


「天国への階段はここにあったんだ!」

「そうなのか?」

「そうだよ!」


 違う気もしたが、とりあえずおれは釣具屋へとダッシュした。なんだかんだ言ってランディーも、うれしそうににやにやしながらついてきた。

 もちろん、釣具屋をハシゴした。




 さて、釣り大会開催にはまだ間があるということで、開催地付近の釣り場へ繰り出すことにした。ナマハ湖は遠く、開催地とは関係ないので近場の砂浜へ向かう。

 朝焼けがまぶしい。

 ここにいるのは、おれ、カルア、リィン、ランディーの4人。

 スノゥ? 宿で寝てる。


「んー……意外と少ないな」


 砂浜は広い。めっちゃ広い。バスケ部がランニングトレーニングに使って先生にバスケがしたいと懇願する青春してもなお、あまりあるほどに広い。

 なのに釣り人はまばらだ。

 近場の釣り人をつかまえて聞いてみると、どうも流れが速くて釣りにあまり向いていないらしい。

 しかも遊泳禁止。流されて死ぬ人間が後を絶たないのだとか。

 なにそれ怖い——と思ったが、


「よくあることだよな」


 おれは日本でも聞いた話を思い出していた。


「そうなのですか、ハヤト様」

「うん。カルアは離岸流って知ってるか?」

「…………」


 可愛らしい眉間をきゅっと寄せてカルアは唸ったが、


「わかりませんっ!」


 やたら元気よくお手上げした。しかも両手。


「波って砂浜に打ち寄せるだろ? で、打ち寄せるとまた引いていくわけだけど、引いている間に次の波がくる。離岸流というのは、とりわけ『引く』流れが強いところを言うんだ。10メートルとかそれくらいの間隔で浜に存在していて、気づかずそれに乗ってしまうとあっという間に沖に出ちゃう」

「えっ……」


 カルアが青ざめる。


「リガンリューに乗ったら海竜に食べられてしまうということですか!?」

「あぁ、確かに海竜が出てくるから、遊泳なんてできっこないか……」

「ハヤトさん、泳いで遊べる浜はかなり限られていますよ」


 リィンにも言われて、それもそうかと納得した。よほど浅い入り江とかじゃないと、モンスターも出るんだろうな。


「まあ……空いてるのは」

「好都合だ」


 おれのセリフの後半をランディーがさくっと奪った。


「釣るか!」

「もちろんだ!」


 ふたり、釣り竿を担いで波打ち際へと走っていく。

 ざばんっ、と大きな波が来ていきなり靴の中までずぶ濡れになってしまった。


「ぬおお!?」

「はははは! 今日は私のほうが先に釣り上げてみせよう!」

「ぐぬぬ……こうなったら、裸足だ!」

「なにっ!? ハヤト、行儀が悪い!」

「行儀を考えて釣りができるかー!」


 おれとランディーが低次元の争いを繰り広げていると、


「……ほんとうに、ハヤトさんは魚を釣る寸前まで子どもに見えますよね……それなのに魔魚を釣ってしまうのですから……」

「それもハヤト様の魅力ですぅ」


 なんだか後ろから声が聞こえてきたような気がした。

 だけれどおれの意識からはリィンやカルアも、ランディーさえも、消えてしまう。

 寄せては返す波。

 左手から上がってくる朝焼け。

 紺色に茜を落としたような海。

 素足に、冷たい海水が当たる。


 さあ、釣ろう。


「よおおっし!」


 国が変わっても海は変わらないのだ。




「……ハヤト、ランディー様、釣りすぎ」


 ゆっくり朝食を食べてからやってきたスノゥはジト目でこっちを見た。

 おれもランディーも、サッと視線をそらした。

 イナダ1、ワカシ4、ゴマサバ5、ソーダカツオ6、タチウオ2。

 おれの釣果だけでこれだけあるんだ。

 ランディーは、キス4、カサゴ1、オオモンハタ1である。

 釣ってもそんなにうれしくない「外道」に、持ち帰りするには小さいサイズの魚はこれの倍くらい釣れた。サンバソウ、キュウセン、ネンブツダイ……みんな海にお帰りいただいた。


「そうですよ、ハヤト様。どうするんですか」


 ちょっとだけカルアがぷりぷりしているのは、肉ではなく魚ばっかり釣っているからではないかとおれは思うのだがさすがにそれは言えない。

 おれだって肉が釣れるなら釣りたいところだ。

 スーパーで見ている魚がパックの切り身だから、最近の子どもはパックの切り身状態で海を泳いでいると理解している——なんて話を聞いたことがあるけど、肉の場合はパックのバラ肉状態で牧場にいると思ってんのかな?


「サバやカツオは足が早いからなあ……やっぱりキャス天狗とかに持ってって引き取ってもらおうか」

「釣り人ギルドでもいいはずだぞ? 店や商業ギルドに比べると買い取り額は安くなるが、ギルド会員としてのランクが上がる」

「そう言えばそんなのもあったっけ。ランディーもギルド会員なのか」

「ああ。ノアイランでのアオリイカ例大祭の結果も加味されて、今はゴールド会員だ」

「ええっ!?」


 ふふん、という感じでランディーがギルド証を取り出した。

 もちろん純金ではないだろうが、きらきらと金色に輝いている。


「すげー! うらやましい!」


 決めた。釣り人ギルドにいこう。

 いいよな「金色」って。成金趣味があるわけじゃないんだけど。

 おれ、免許証がゴールドになる前にこっちの世界に来てしまったことを唐突に思い出した。

 つーか運転が丁寧っていうか単に会社に時間を忙殺されていただけだけどな!

 いざ、ジャークラ皇国の釣り人ギルドへ!


「大賢者釣り大会」編がスタートです。

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