49 釣り大会、その後の隠し(?)イベント
釣り大会の表彰式が終われば、夜通しの祭りが始まった。
ラズーシの中央広場には所狭しとテーブル、イスが並び、料理の皿が運び込まれる。釣り大会の上位50位までの入賞者ならば食べ放題なんだとか。
「ランディー、あっちで食べてきてもよかったんだぞ?」
「さすがにひとりで食べるのはつまらないだろう」
疲労のあまり表彰式も欠席したランディーだったけど、1時間も寝たら起き出してきて「飲むぞー」と言い出した。
疲れは取れていないがこんなときに寝ていられない……のだそうだ。ランディーって酒好きだよな。
で、中央広場は止めて、前回もやってきた酒場に来た。
「では……ランディーの2位を記念してぇ〜〜〜〜乾っ杯!」
「乾杯。照れるぞ」
「乾杯!」
「乾杯ですぅ」
「ん。乾杯」
おれとランディーはジョッキにエール、リィンは果実酒、カルアとスノゥはジュースで乾杯だ。
ラズーシはミカンの栽培が盛んなようで、ミカンジュースやミカンワインがオススメなようだ。
「くぅ……うまいっ! がんばったぶんが報われるようだよ」
「でもランディー、残念だったな。最後の1杯が入ってれば同数優勝だったのに」
「ははは。そうかもしれないが、その後に『次の1杯を釣ったほうを優勝にする』とか言われて延長戦になっても困るだろう?」
確かに! ありそう!
ランディーは体力の限界だったから、そうなったら結局負けたろうなあ。
「…………」
おれは視線を感じる。横に座っていたカルアがおれを見上げるようにしている。
「ランディー……フワフラ糸はどうだった?」
たずねると、カルアのイヌミミがぴくりと動く。
「うむ。すばらしい糸だった。細くても丈夫。絡まるような気配もなかった。造るのは大変だったろう?」
「ああ、がんばったよ——みんなで、さ」
カルアの後頭部をさらりとなでてやる。
おれを見上げるカルアが、ゆっくりと笑顔に変わっていく。
リールや道糸に傷をつけてしまったことをカルアは気にしていたけれど、これでもう大丈夫かな。
おれにはもともと「この世界でタックルが壊れたらどうするか」という問題があった。
遅かれ早かれ向き合わなければならなかった問題だ。
道糸の問題がここで片付いたのは大きい。
「次はあたしがハヤトのリールを造る。『キャス天狗』には負けない」
決意を込めてスノゥが言う。ありがたいよな、ほんと。おれひとりだけだったら、やがてタックルが壊れたときに、ルアーフィッシングをあきらめなければいけなかったかもしれない。
「——みんなおそろいで、お店にきていたのね。
そこへ声が掛かった。
おれたちのテーブルへやってきたのは、
「ディルアナ!? どうしたのだ——ひとりか?」
「ええ、ランディー。ちょっとだけ抜け出してきたのよ」
お供もつけず、ひとりふらっとやってきたディルアナは、その言葉どおり長居する気はないのだろう立ったままだった。
「……ランディー。ありがとうね」
「なにを言う。私は余計なことをしたのではないかという気になっていたよ」
「ええ、最初はそう思ったわ。『余計なことを』って——」
ほんのりとした彼女の笑顔は、かすかに苦みを含んでいた。
「——でもね、すぐに気がついた。『余計なこと』以前に、なにも行動していなかったのは私のほうだった。ただ流されるままに釣り竿を振っていただけ。まさか陛下が『許して欲しい』とまで仰せになるとは思わなかったけれど、結果的に行動したランディーが、今を変えることができた」
「ディルアナ……すべてはお前ががんばってきたからだよ」
「ありがとう、ランディー」
「それはもう聞いたよ」
「何度でも言いたいわ。ありがとう」
晴れ晴れとしたディルアナの姿にはもう後悔の欠片も残っていなかった。
でもおれにはちょっと気になったことがあった。
「あの……いいかな? 聞きたいことがあるんだけど。あのアブラボウズ……じゃなかった、脂っぽい伯爵だっけ? あの人、大丈夫かな? あんなふうに恥をかかせられると逆ギレする人、多いでしょ」
面子をつぶされた貴族はブチ切れるという。ソースはおれの実体験。
「ええ、なにを考えているかわからないけど、陛下が決めたことに逆らうほどブラボウ伯爵は愚かではないわ。それにブラボウ伯爵と敵対する貴族もいるから、彼も迂闊には動けない」
「ほー……」
貴族ってめんどくさそうだな。
「もちろん、強力な敵を作ったことは間違いないし、今回のことが陛下の周辺に波を立てたことは間違いないと思う……けれど、それは帝国内で解決すべき問題。あなたたちの心配には及ばないわ」
「そっ、か」
強いな。ディルアナは。
「ならば私たちも早めに帝国を出たほうがいいな」
「ん? そうなの、ランディー?」
「ディルアナは皇帝陛下に守られているが、私たちは無防備もいいところだ。帝国を出ればブラボウ伯爵の手は届かない。今日は早く寝よう」
「な、なるほど」
「ランディー、それにハヤトだっけ? それならちゃんと最後のイベントだけ見ていってね」
「最後のイベント?」
おれとランディーが視線を交わす。
なんだ、それ。
夏の夜。もう、夜の10時ほどになっているだろうか。
だというのにラズーシの人々はまだ眠らない。むしろ祭りの盛り上がりはこれからだ、という雰囲気さえある。
特に人が多いのは、なんと堤防だった。
かがり火もなく暗い堤防に結構な人がやってきている。
空に月はない。今日は新月なんだ。潮汐表——潮の満ち引きや月の満ち欠けを表す表によると、そろそろ干潮時刻。海面がずぅっと低いところにある。星だけが光源の湾は薄暗いが、ちゃぷ、ちゃぷ、と波の立てる音が聞こえてくる。
「最後のイベント……ねぇ。一応タックルは持ってきたけど」
周囲の釣り人たちも釣り竿を片手にやってきていた。
ディルアナはこれからなにが起きるのか、言わなかったし、できれば他の釣り人にも聞かないでねとだけ言い残して去っていった。
サプライズ演出なんだろうか。
「……よし、できた」
そのとき、堤防の端っこでごそごそやっていたスノゥがおれのところへなにかを持ってきた。
「ん? これ——は!?」
蛍光ピンクラメゴールド。使いすぎて針が抜けてしまった——エギだ。
「あ、あれ? 針がくっついてる?」
「接着できる素材で試してみた。不安が残ったのであとは細い釘を打った」
接合部がキレイにならされて、シルバーのラメが追加でくっつけられている。
「おおお! すごい! 接着剤あるんだ!?」
「クーリエスライムの核を煮込んだもの」
「お、おう」
まさかのファンタジー素材。
でも、エギが復活したのはうれしい。エギは重りのバランスが狂うと、しゃくったときにキレイに跳ねない。持った感じ違和感はないからおそらく水中でも問題なく動くんじゃないかな。
「ありがとうスノゥ!」
「ムフー」
薄い胸を張るスノゥ。かわいい。
「あそこにいるのは……皇帝でしょうか?」
「あうぅ、こんな時間にまだいるんですねぇ」
リィンとカルアが見ていたのは今日、昼に皇帝がやってきたあの台だ。その上にいるのは確かに皇帝っぽい——あっ、ディルアナもすぐそばにいるな。
ますますわからん。皇帝まで出てくるような夜のイベント?
「む?」
海面を見つめていたランディーが声を上げた。
「どうした?」
「いや……見間違えかもしれないが……海中になにか見えたような」
「?」
おれもランディーの横に並んで、海中を見やる。
そうしたのは——おれたちだけじゃなかった。
周囲が急に静かになる。
星明かりを吸い込んだまま暗く沈んでいる海面。
そこに——ぽつり、と、白い光が現れた。
「え……」
うおおおおおおおおおおおおおおおおお————。
とてつもない歓声が上がった。
その白い光は海面に現れるや、すいーっと水を切るように泳いでいく。
イカ……? イカ類だ。こんな表層まで泳ぐことなんてありうるのか?
しかもその後ろ!
光はないものの、とんでもない量のイカがくっついて泳いでいる。
魔魚であるイカを先頭にして——。
「なにをしている、ハヤト!」
「——え?」
「釣るぞ!!」
あっ、見て呆けている場合じゃなかった。
大会以外に釣っちゃいけないんじゃないの? とは思ったものの、周りの釣り人たちが一斉にキャストしている。中には、たぶん「釣り魔法」だろう——糸が青色の光を放っているタックルまであった。
「スノゥ、使わせてもらうよ」
「うん」
「がんばって、ハヤトさん」
「ご主人様っ、がんばってくださいっ!」
エギを装着したおれの横ではランディーが、エサ仕掛けをぶん投げている。
他の釣り人たちより圧倒的に遠投ができている。これなら釣れるかもしれない。
そう、イカは大量に群れているものの、こちらまでやってこないのだ。湾の中央をぐるりぐるりと泳いでいる。
遠投必須——。
「——よしっ」
魔魚と、勝負だ。