5 既婚率が異常
おれが釣ったアジはバラバラにされ、細切れにされ、残りの村人も全員食することになった。
骨に残った身は汁物でもと思ったけどスプーンが出てきてこそぎ落とされ、それもみんな食われ、最後は骨までしゃぶられた。しゃぶられたあとは猫がくわえてどこかに行った。その後、猫がつやつやになっていた。
ここまで食われればアジも本望だろう。
「それでは、毎年恒例フゥム村釣り大会、打ち上げをぉぉぉ……始めまぁす!」
大会実況をやっていた女性が、スプーンをマイク代わりにして声を張り上げた。彼女もつやつやぴかぴかになってて声にも張りがあった。
集会場には村人が全員集結している。
老いも若きも男も女も、犬も猫もいる。
その全員が全員、アジの恩恵にあやかってつやぴかしているんだから驚きだ。
アジを食ってあの騒ぎなんだよ。
正直さ、打ち上げとは言っても料理に期待できない……期待してなかったんだが、
「は?」
大皿に盛られたブタの角煮、串焼きはモツだろう、蛇のようにのたくっている巨大ソーセージ、刺身の盛り合わせみたいに豪快なハム、骨付きのスペアリブに肉厚ステーキ。
おれだけに出されてるんじゃない、どのテーブルを見ても同じくらいの料理が出ている。
おいおいおい、ここはどこのミー●レア? 東京都八王子かな?
しかも、美味い。
なに食っても半端なく美味い。
肉汁ぶしゃーだし、脂身は溶けるし、噛みしめると獣臭さもあり、上品な甘さもあり。
「うんめえええええ!」
マジで手が止まらん。
ガツガツ食っていると向かいにランディーが座る。
「はは、気に入ったようだな」
「もぐもぐ……そっちこそ、もぐ、食べない……ごくん、食べないのか?」
「食べ飽きてるからな」
「は……?」
「肉なんてどこでも食べられるだろ?」
いや、まあ、食べられるけども。スーパー行けば並んでるけども。
それでもこの肉のレベルはかなり高い気がするんだが。
牛とか……A5だっけ? そんな感じだぞ。会社の接待で食いに行った焼き肉屋より美味いぞ。
お前らアジへの食いつきっぷりはとんでもなかったのに、肉に対しては淡泊すぎないか? 四つ足は呪われてるとか謎の信仰でもあるの?
「不思議だな、お前は。確か名前は……」
「牛尾隼斗。えーと隼斗が名前」
「ハヤト、お前はほんとうに遠い……遠いところから来たようだ。どうやってきたか、と聞きたいところだが……」
「…………」
おれが知りたいところなんだが?
「ふむ、それは聞かないでおこう」
なんか知らんがランディーは納得した。
「この国、いや、この大陸では牧畜が盛んだ。安定的に食肉を提供できているし、料理の種類は豊富である」
「そりゃぁ、そうだろうけど……」
「さすがに毎日これだけ食べているわけではないぞ? 代わりに、と言うべきか、農業はあまりうまくいっていない。収穫できる野菜の量は変動が激しい」
皿には肉ばっかりだ。まあ、肉は大好物ですけども。
野菜は少ないな。ほんのちょびっと、申し訳程度に添えられていたり、ハーブとして加工肉に混じっているか。
野菜食べなくてもモツとかレバー食えばビタミン取れるんじゃね? ダメ? この発想って中学生レベルだよなって我ながら思ったわ。
「それじゃ魚は?」
「お前のように釣れるわけがなかろう! なんだ、あの釣り方は!」
おれの釣り竿やタックルケースは集会場の隅に置かれてあった。
村人たちがそれを囲むように見ていたけれども、おっかなびっくりという感じである。触らないならいくらでも見ててくれて構わないけども。
「こっちは……延べ竿ばかりだよな? 延べ竿ブームなの?」
「リールを使うこともあるが、そこまで深いところで釣りはできないからな」
「できない……? なんでだ? 船に乗ればいくらでも深いところに行けるだろ」
「ん? それは海竜が出るからに決まっているだろう」
「カイリュウ?」
「……まさか、知らないのか?」
また驚かれた。
なんだ? 海流のことか? でも「海流が出る」なんて言わないよな?「黒潮出ちゃうぅぅ」とか言うのは漁師系エロ漫画くらいだよな?
「水深がおよそ15メートルを過ぎると、現れるではないか。船を食い、人間を食う海竜が……」
「え、ええぇ……?」
知らない。知るわけがない。
おれが釣行した中でもいちばんの秘境たる八丈島にも海竜はいなかったはずだ。化け物みたいなサイズのヒラマサを陸から釣ってるおっちゃんがいたのにはおったまげたが。
ああ、でもうちの会社が開発してる釣りゲーには出てくる。海竜リヴァイアサン。こいつを釣るのにな、ガチャのSR釣り竿最大強化が必要でな……。
うん、アレだ。
やっぱこれは夢だろ? 夢は夢として楽しもう。とりあえず体重も気にせず肉を食っておく。
「時にハヤト、酒はやらないのか?」
「ん、多少は飲むよ」
「そうか。今は食い気か」
なんとなく見透かされたような気がして恥ずかしくなる。
「さ、酒も好きだぞ」
「おお、そうか。今度一杯やろう」
「いいね。じゃあ、おれが魚でなんかツマミを作るよ」
「…………」
ランディーの表情が陰る。
「なに?」
「……いや、お前のように巨大サイズのアジを釣ることができれば楽しいだろうに」
アジなんて初心者向きだろ……と思っていると、歓声が聞こえてきた。
厨房にいた女性たちが、おれが釣った残りのアジをさばいて持ってきたのだ。
肉の皿がどけられ、刺身のアジがどんどん置かれていく。あ、その皿……おれはソーセージまだ食べてる途中だったんだが……。
「あー、おれは、肉食うから、魚はいいよ」
言うと、全員が全員、ぎょっとした。
魚だから「ぎょっ」じゃないからな。一応言っておくぞ?
「お、おい、ハヤト……まさかお前」
「アジはさっき食べたし、食べ慣れてるから。もしよければ食べてよ」
一瞬の沈黙、ののち、
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」
耳痛てぇ! うっせえよ! なんだこの大歓声!!
でも、みんなが心底喜んでいるのは顔を見れば――明らかにつやつやになった顔を見れば明らかだった。
こいつら、魚大好き過ぎる。
「お前というヤツは……ありがとう。領主として感謝する」
ランディーがおれに頭を下げた。変な格好だし男爵とか領主とか言ってるけどいいヤツだよな、こいつ。
「い、いや、全然たいしたことじゃないだろ……」
恐縮しきりのおれである。
アジなんぞ時期になればアホほど釣れるし。
確かに尺アジなんかは船釣りじゃなきゃ釣れないけど、それだって、鮮度さえ気にしなければスーパーに行けばいくらでも手に入る。
「名人には素人の気持ちはわからぬ、ということだ」
「そうかなあ……?」
「そうだとも。我々ではサッパがせいぜいだ」
「サッパだって美味いぞ」
「……冗談を」
「冗談じゃないって。少なくともおれは、魚についてはウソをつかない」
「あの小魚をどうやって料理するのだ?」
「そうだな――あ、今日釣ってたよな? サッパ何匹くらいある?」
「釣り大会だからな。サッパを釣った者はかなり多いはずだ。30はくだらないだろう」
「おー。それだけあれば十分。ちょっとまた厨房借りていい?」
初心者が釣りやすいサッパ。
アジに間違えそうな見た目してるくせに、骨も多くてニオイもある。そんなに美味くない――と思われがちだけど、サッパには有名な調理法があるんだよ。
岡山の郷土料理「ママカリ」だ。
おれとランディーが厨房に向かうと、肉料理をしていた数人の女性がなんだなんだとこっちを見る。中には「お刺身いただきました」「とってもおいしかったです!」と声をかけてきてくれる人もいる。しかも美人である。うれしいね。でも全員人妻なんですがそれは。
美人と言えばランディーも十分美人でおそらく未婚なんだが、領主様である。カテゴリーエラーである。
ともかく、だ。サッパを出してもらう。おー。結構いるな。木製のボウルにいっぱい。みんなでがんばって釣ったのだろう。釣り大会だし。
小アジよりも薄く、腹がぼでーんと大きくカーブをしている。
サイズは10~15センチくらいだな。
これならおれのペティナイフを出すまでもない。包丁を借りてさささと鱗を落としていく。頭を落とし、腹もワタとともに一気に切り落とす。丁寧にワタを抜くのはさすがに面倒なサイズだ。
良く洗う。塩で揉む。ここからが放置だ。塩に漬けたまま2時間。
「放置して終わりか?」
集会場に戻ってきたおれに、ランディーが聞く。
おれはスペアリブを食うという重要な作業に戻る。
「体液が出る。それが臭みの元なんだよ」
「ほう」
「この海はキレイだから、そんなにニオイは気にならないかもしれないけどね」
散々食いまくって、気がつくと1時間半を経過していた。宴もたけなわであるが、いまだにみんな飲んで騒いでいる。外はいい加減暗い。おれの腹はパンパンだ。
まあ、多少早くてもいいか。
おれは厨房で塩漬けにしていたサッパと対面する。濁った液体が出てきてるなあ。水でまた洗う。このまま食ったらしょっぱくてしかたないからな。
そのサッパを平皿に敷き詰めた。鷹の爪をぱらぱらと散らし、ひたひたになるまで酢をぶっかける。
これでオーケー。
「あとは明日まで待てば完成だ」
「楽しみですね」
「ええ、ほんとう」
「どんな味かしら」
と言ったのはまた別の美人たちだ。無論人妻である。この村の既婚率の高さは異常じゃね?
この日、宴会の勢いは衰えることなく深夜まで続いた。
今日は3話更新です。 2/3
私も魔アジ食べてつやつやになりたい。