42 ついてくる海竜さんとフワフラの行方
「ハヤトさん……あの海竜さん、ついてきていますね」
「えっ?」
おれたちが地図上のえぐれた場所へ向かおうとすると、後ろに気配があった。
振り返ると木の陰にさっと隠れる。
隠れてるけど、服の裾とか目立つ赤い髪の毛とか、はみ出てるから。
「なんでしょう、なにか用があるんでしょうか」
「わからないけど——なにかあれば話しかけてくるでしょ。とりあえずおれたちは先を急ごうか」
気にはなるけど、もっと気になるのがフワフラだ。
おれの予測が当たっていればいいんだけど。
「この辺りですね」
「広いな」
そろそろ訪れようとしている夏の気配。
陽射しが強く、歩いてきたおれはじんわりと汗をかいていた。
俺たちは海沿いの道から磯に下りていく。
目の前には海——でもって100メートルほど空けて向こうにまた磯。
かなりえぐれているし海も深い。
左手を見ると崖になっており、ちょっとした海中洞窟として海は崖の中へと吸い込まれていた。
『あまり海に近寄ると、食われるわよ』
おれとリィンが崖を眺めていると後ろからクロェイラがやってきた。
ずっとついてきたみたいだ。ヒマなの?
というか、なんか打ち解けた感じすらある。
「食われる、って……海竜に?」
『こんなところに海竜は来ない。海魔よ』
「ああ、水深が15メートルないのか」
『そうじゃない。狭すぎるっていうだけ』
磯の幅だけで100メートルくらいあると思うんだけど。
それで狭いって。
……もしかして海竜ってすごくデブ……。
『お前、なにか失礼なことを考えてない?』
「めっそうもない」
「あのぅ、それでクロェイラさんはどうしてついてきたんですか」
味方とも敵ともつかないクロェイラをどうしていいか、リィンもわかりかねているようだ。
『……別に、お前たちがなにをしようとしているのか気になっただけ』
「気になるなら同行してくれても問題ないけど」
『ほんと!?』
クロェイラの表情がぱぁっと輝く。
アレだ。この子たぶん若い海竜だ。あいにくおれには海竜の知り合いがいないから何歳くらいなのかまったく見当もつかないけど。
最初に話したときのような高飛車な態度がなくなっている。
今から思うとあれって小さい子が精一杯背伸びしていたようなもんなのかな。
だとしたら微笑ましい。
『なにをニヤニヤしてるの、変態』
「ああ、いや、これは——変態!?」
なんで。なんでいきなり変態呼ばわり。
『……お前たちはあの洞窟に行きたいの?』
クロェイラが聞いてくる。どうして変態呼ばわりなのか聞きたいところなんだが。
「そ、そうだね、行こうかなって思ってるけど」
『あそこに海魔がいるかもしれないわ。海魔は人間には脅威でしょう? 歯がこーんなにギザギザで、黒光りしてて、腕もいっぱいあるのよ。知っていて?』
こーんなに、というところで両手を広げて握って広げて握ってするクロェイラ。口元も歯のギザギザ感を出すために「いーっ」としている。子どもか。やっぱり子どもか。
『でもね? その点あたしはすごいのよ。なにせ海竜だから。海魔なんか怯えて逃げちゃうのよ』
「…………」
おれ、リィンと視線を交わす。
「あのー……クロェイラが見に行ってくれるってこと?」
『あら? あらあらあら? あたしに行って欲しいの? 人間ってなんて脆弱なんでしょう。自分にできないと思ったら高貴なる海竜にお願いするなんて。それも仕方ないわね、だってあたしは海竜なんだもの』
「や、無理なら大丈夫だよ? 工夫してみるし」
『…………』
急に絶望した顔をするクロェイラ。
かまってちゃんか。子どもか。
「あ、いや、うん、行ってくれるならありがたいんだけど。とりあえず海底や洞窟の奥にフワフラが流れ着いてないかを確認するだけで……」
『そ、そうでしょう? ありがたいでしょう? なにせ海竜が直々に潜ってあげるんだからねっ』
途端に張り切るクロェイラだったが——。
「え?」
海の間際に立った彼女は——するりとローブを脱いだ。
なめらかな肌。肩胛骨から腰のくびれまでのライン。
お尻は小ぶりで可愛らしく、足はちょっと細めで——。
つまるところ彼女は全裸になったんだ。
ざぶーん。
飛び込んでしまった。
「…………」
「……ハヤトさん」
「い、いや、今のはしょうがなくない!? 目をそらす余裕なんてなかったよ!? ていうかローブは鱗みたいなもんとか言ってたじゃん! 脱げるなんて思わないじゃん!」
「……変態」
「うぐっ!?」
「……あの少女はハヤトさんから、せ、性的な視線を感じていたのではっ!? だからでしょう! 奇妙だと思ったのです、急に変態呼ばわりなど!」
「ちょ、ちょっと待て! この残念騎士!」
「残念騎士!?」
「おれはロリコンじゃない! クロェイラは幼いでしょ!」
クロェイラは中学生くらいだし。これが高校生くらいだったら全然イケる……うん……アレだ、おれはロリコンの気があるかもしれない……。
「疑わしいです」
「なん……だと……?」
「ハヤトさんは少女趣味なのでは……」
「そんなわけないって! もう、どうしてわかってくれないかな!?」
「連れているのもカルアちゃんにスノゥさんとちびっこたちではないですか!」
証拠はそろっている、とでも言わんばかりのリィン。
くっ、状況証拠的には言い逃れができない……!
「いやいやいやいや、そんなふうに考えたのはリィンだよね? おれにそんなそぶりはないよね? そういうふうに考えるリィンのほうがおかしいって。残念だって」
「で、ですから残念呼ばわりは止めてください」
腰に手を当て、おれは地面に向かってため息ひとつ。
「ほんとに小さい子が好きとかそういうんじゃないから……わかってよ。おれだってカルアとかスノゥよりリィンみたいな人のほうがいいよ」
「いえ、わたくしなんてそんな——え?」
「あ」
思わず本音が漏れてしまった。
おそるおそるリィンを見ると——耳まで真っ赤になっている。
それでもおれを、うるんだ目でじっと見つめている。
「は、ハヤトさん……先ほども申しましたが、そういうでたらめは……」
「……でたらめじゃ、ない」
「…………え?」
「でたらめじゃない……リィンは、そ、その……すごくキレイだよ……」
「————」
ますますリィンの顔が真っ赤になって——、
『あたしが潜っている隙に交尾するつもりだったの?』
「!?」
「!?」
海面にぷかりと濡れた顔を出したクロェイラがいた。
おれが後ろを向いている間にクロェイラは陸に上がり、ローブを着てもらった。
海水でびたびただったが気にした様子もない。
『ん、あの女は?』
「…………」
おれは親指で後方を指した。
海岸沿いの道、道ばたに生えていた木の陰で頭を抱えている。恥ずかしいらしい。っていうかおれも恥ずかしい。なんだよ、あれ! 告白かよ! ちくしょう、恥ずかしいよ! どうしよう、リィンと顔を合わせづらいよ!
『それで海中だけど、こんなものがあったわ』
「!」
クロェイラは屈んで海の中に腕を突っ込んだ。
だばーっと海水とともに引き上げられたのは——真っ白な繊維質。
紛う方なきフワフラだ。
まあ、砂とか葉っぱとか大量にくっついてはいるけど。
「おおおおおおお! すごい! いくつあるんだ!?」
『さあ? ひとつかみしてきただけだから』
「……ってことは、他にももっとあった?」
こくり、とクロェイラはうなずいた。
「よっしゃー! やっぱおれの予測通りだ!」
ここは潮が流れてくるところ。
フワフラやゴミが集まってくる場所なんだ。
沖の小島で竜によって吐き出されたフワフラは、ここに多くが漂着するということだ。
潮の流れは海中を見なきゃわからないから当てずっぽうではあったけど、どこかしら漂着する場所があるのは間違いないだろうとは思ってたよ。
大・正・解!
「ありがとう、クロェイラ! すっごく助かった!」
場所さえわかれば、あとは長い棒で海底をすくうとか、崖をもっと削って奥まで行けるようにするとか、いろいろやりようはある。
フワフラを定期的に仕入れられるめどが立ったのはデカイ。
『……感謝しているの?』
「ああ、すっげー感謝してる!」
『そう』
そのとき、クロェイラは——にっこりと笑った。
『じゃあお願いがあるの』
ただし彼女の目は、こちらの価値を値踏みするかのようだった。
次回、美少女(人外)に法外な要求をされるハヤトさん!