41 フワフラをじっくり観察し隊
翌朝早くからおれとリィンは出かけた。
いざ、フワフラを探しに。
海岸沿いの道は荒れていた。
右手には磯がずっと続いている。
海は深いようでここを通りがかる旅人はまずない。
「ノアイランにはこのようなところがあるのですね……陸地からすぐだというのに、かなり水深があるようです」
「水深があると海竜とか海魔が出るんだっけ? でも海魔っつっても海の生き物なんだろ。陸にいれば平気なんじゃないの?」
「腕の長い海魔もいますし、魔法を使われれば陸地にいても危険ですよ」
「なにそれ怖い」
「大丈夫ですよ。わたくしがハヤトさんを守りますので」
うれしい。でもなんか立場が逆な気がする。おれがリィンをかっこよく守りたい。そしてこう言ってもらうんだ……ハヤトさんって素敵、って……きゃー!
「ん、ハヤトさん……」
「きゃー!?」
「どうしました!?」
「い、い、いや、な、なんでもない、ごめん」
「そうですか? ハヤトさん——あれはなんでしょうか?」
リィンが指差したほうは海だった。
波間になにかが漂っている……白っぽいなにか。
「……浮いてるね」
「浮いていますね」
「……繊維質っぽいね」
「毛のようなものが見えますね」
「……まさか」
「はい」
フワフラか!?
道を逸れておれたちは波打ち際へと向かう。磯がでこぼこしていて歩きにくい。
波間を漂う白っぽいヤツは、手の届くところにはなかった。
距離にして50メートルはある。
「クラゲの可能性もあるよな……?」
「ちょっと遠くてわかりませんね」
「引き寄せるか」
おれは釣りの準備をする。
ラインの先につけたルアーはメタルジグ。三つ叉のトレブルフックつき。
残りのラインの長さは気になったけど50メートルなら余裕だ。
キャストするとメタルジグは白っぽいヤツの少しだけ向こうに着水。すぐさまリールを巻くと、
「すごいです! 引っかかりました!」
トレブルフックが白っぽいヤツを引っかけ、こちらへやってくる。
ずずずずず……うーむ、重たい。
「クラゲじゃない……な」
磯の上に引き上げた。
真ん中にピンポン球大の核があり、周囲はふんわりふわふわなもので覆われている。
繊維質だ。
毛、というより、綿みたいに見える。
水中では広がって見えていたけど陸に揚げるとぺったんこだ。
だからこそ核がはっきりわかるんだけど。
「光ってる……?」
「魔力を持っていますね。ですがフワフラは人畜無害と聞いたことがあります」
おれとリィンはしゃがみ込んでそいつを見物する。
「じゃあこれがフワフラかな?」
「間違いないと思います」
「やったな! ようやく見つけたぜ!」
「はい!」
おれとリィンはひとしきり喜んでから——我に返る。
「しかし大量にいるというものでもありませんね……」
「そりゃ最初からうまくはいかないさ。でもフワフラを見つけたことは大きな一歩だよ。この海域にフワフラがいることの証明になったわけだし。この調子でフワフラが溜まる場所を探せたらいい」
「前向きですね……」
「ま、おれの取り柄なんてそれくらいだから」
「ふふ。ハヤトさんのそういうところ、わたくしは好きですよ」
「ちょっ、す、好きって!?」
「あ、い、いえ、そういう男女の意味ではなくてですね!?」
「だ、だよね」
びっくりした……。
「リィンみたいにとんでもない美人にそんなこと言われると、社交辞令でも驚くって」
「しゃ、社交辞令などではけっしてないですっ、というか、そ、その、美人だなんて、そんな」
『じぃー』
「いや、リィンはすごくキレイだよ!」
『じぃー』
「ハヤトさんこそそういう社交辞令はお止めください!」
『じぃー』
「真っ赤になったところもキレイ……というより可愛い、かな——」
『じぃー』
「ハッ」
「ハッ」
おれとリィン、気がついた。
『人間は面倒なやりとりをするな。お互い好きならさっさと交尾をしろ』
そこには薄青いローブを身に纏った少女がいたのだった。
深い緋色の髪は長く、ゆるやかなウェーブとなっている。
同じ色の瞳はどこか人間離れしているほどに澄んでいる。
人形のように整った顔と同じだ。
「あの……あなたは?」
『クロェイラ』
リィンの問いに、少女は答えた。
「あ……」
おれはそのとき閃いた。
聞いたことがあるぞ、この声。
それは深い海の底で……。
「も、もしかしてあなたは——海竜じゃないですか?」
『そう』
「ええええええ!?」
のけぞるリィン。驚くよな。おれも自分で聞いておいてびっくりしてる。
「リィンだって会ったことがある海竜だぞ」
「え……え!?」
「おれたちを海の底から救ってくれた海竜さんでしょう?」
『よくわかったではないか』
「あれ? でも竜なのに人間に見えますけど?」
『あたしは強力な魔力で見た目を変えることができる。この服も鱗のようなもの』
ローブが鱗……なんと非常識な。
まあ海竜とかいる時点で非常識も極まっているんだけど。
「海竜さん、その節はありがとうございました」
「そ、そうでした。ほんとうにありがとうございました。命拾いしました」
おれとリィンがそろって頭を下げるとクロェイラはイヤそうな顔をした。
『借りを返しただけ』
「借り……?」
『お前は知る必要はない』
ますますイヤそうな顔をした。
なんだろう?
『ところで、それをどうするつもりだ』
クロェイラはフワフラを指差した。
なぜだか彼女の頬はすこしだけ紅潮している。
「これですか? 持ち帰って加工しようかと」
『…………』
「え……っと、クロェイラさん、めちゃくちゃ不機嫌そうな顔をしていますが」
『返せ』
「はい?」
『これはあたしの排泄物だ』
「そうなんですか? あなたの——」
はいせつぶつ?
クロェイラが教えてくれたことには、こうだ。
海竜は魚を食い過ぎると胸焼けを起こす。その胸焼けを解消できる海藻があり、海藻を食うと喉の奥に繊維質が残る。これを吐き出すと——白っぽい塊になる。
白っぽい塊は魔力を帯びており、生き物のように動くことがあるという。
「ってことは……フワフラって竜が食べた海藻の残骸なんですか?」
『そうだ。その前にお前、話し方が気持ち悪い。ふつうに話せ』
「おれの敬語変ですか」
『変だ。止めろ』
またしても心底イヤそうに言う。
そ、そんな顔しなくてもいいじゃないかっ。でも美少女にイヤそうな顔をさせていると思うとなんだかぞくぞくしちゃう。
「…………」
ハッ。リィンが冷ややかな目でおれを見ている! ぞくぞくしちゃう!
『これはあたしがさっき吐いたヤツだ。持っていくな』
自分の食べ残しを観察され、ありがたがって持ってかれたらそりゃ気持ち悪いわな……。
「そう、ですか……残念ですね」
フワフラ探し、また最初からか。
と思っていると、
『他の竜のものにしろ』
クロェイラが代案を出してきた。
「え? 他の海竜のフワフラがあるんですか?」
『海竜はあたしだけじゃない。当然だろう。沖の小島には海藻がよく生えるからな。この辺の竜はたいていそこで胸焼けを直す』
「え……沖の小島の海藻で胸焼けを治しているんですか?」
『そう言っただろ』
「その小島の正確な位置を教えてください!」
『なんだ? 我らはそこで海藻を食うが、その島に白っぽいこいつが残っているわけではないぞ』
「それでもいいです!」
クロェイラは怪訝な顔をしたが、おれは時間を掛けて小島の位置を聞いた。
おれが考えたのは——海竜が吐いたフワフラは、潮の流れに乗るだろう、ということだ。
潮は決まった、一定の流れを持っている。
その流れを追えば——。
「リィン、これ見て」
おれは地図を取り出してリィンに見せた。
このあたりの海際はほとんど人の往来がない。海魔が出るからだ。
「ここだけ深くえぐれているよね?」
「そう……ですね。地図ではそのように見えます」
「行ってみよう」
おれはリィンの返答を待たずに、歩き出した。歩いても1時間かからないだろう。
『おい……』
そこには取り残された海竜が一匹。
「あ、クロェイラさん、今回はほんとうに助かりました。お世話になりました!」
『…………』
「またどこかで!」
フワフラの手がかりだ。大事な手がかりだ。
クロェイラがなにかを言ったような気がしたけど、聞こえなかった。
『……ほんとは食ってやるつもりだったのに……なんであたしの吐いた海藻を観察してるんだよ!? 変態——そうだ、アイツは変態なんだ!!』