35 武勇伝武勇伝
おれがディルアナの属性(ネコミミ+つり目+釣り上手)にもだえているうちにディルアナはいなくなっていた。今日の釣果を確認しにきただけだったらしい。
「彼女はディルアナと言ってな、帝都では名の知れた釣り名人なのだ」
「名人……ってことは魔魚を?」
「うむ。魔イワシを1度釣っておる」
魔イワシ。おれも釣ったけど食えなかった魔イワシ。
「…………」
そう、カルアと引き替えにしたからなー、って、カルア、なに気にしたような顔してんだ。
おれはカルアの頭を乱暴になでてやる。気にすんな。一度も後悔してないぞ。ちょっと食べたかっただけだ。また釣ろう。うん。海は逃げない。
「それで、ユウたちはずいぶんゆっくりだったな? お前なら飛んでくると思ったが——おっとここだ。ここの宿を押さえている」
ランディーは気が利くことに、おれたちの分の部屋も押さえてくれていたらしい。
そうでもしないとすぐに埋まっちゃうからな、観光客で。
ちなみにランディーが到着したときには1部屋しか空いていなかったが、その後、部屋が空くたびに押さえてくれたのだそうだ。
感謝感謝。宿代だけでなくなにかお返ししなければなるまいて。
「海猫亭」というどっかで聞いたことあるような非常にスタンダードな名前の宿で、ランディーは3部屋押さえていた。
とりあえず男はおれだけだから、おれが1部屋使わせてもらい、ランディーとスノゥ、カルアとリィンという組み合わせになった。
「へえ……」
湾の外側を走る大通り沿いに宿は乱立しているが、海猫亭は外側に位置している。
内側だと部屋から湾を見下ろせるから大人気らしい。
それでもおれは、2階から大通りを見下ろせるだけで楽しかった。
ちょうど西向きの部屋なので夕陽も入ってくるしな。
通りを歩く人の多いこと、酒場もそろそろ活気づいてきて、お土産屋だって今日最後の呼び込みだと意気込んでいる。
すばらしい。
釣りの街が、これほどまでに活気づいている。
すばらしい。
おれたちは宿から外へ出て夕食を食べに行く。海猫亭は素泊まりの宿なんだ。だから部屋も空きやすかったんだろう。
酒場とレストランの中間みたいな店に入って料理を注文する。
やってくるまでの間に、おれはランディーがいなくなったあとの出来事を話してやる。
「ほう、ゲンガーとの勝負は順調に負けることにしたのだな?」
「わははははは! やはり沖磯に出たら釣りたくなるよな!?」
「なぬ……ロードノートはそのような暴言を……」
「魔サバを釣っただとおおおお!?」
「えぇぇっ、魔法攻撃!? それで、それで無事だったのか!? あ、そうか、ここにいるということは無事だったということか。焦ったぞ……」
「おおっ、なんという……がんばったな、カルア、スノゥ。王国の元貴族としてお前たちの勇敢なる行為に敬意を表したい」
「魔サバを食べたのか!? どんなだ、どんな味がしたのだ!?」
「ぷっくくくく、キャロル王女の申し出を断るとは、やはりお前らしい」
「ぬう、『皇家のテーブルクロス』で釣りをしたとな。私も釣りたいぞ……」
とまあ、おれの話す内容に感情豊かに反応してくれる。でもいちばん反応したのはやっぱり魔サバの下りというあたりがさすが筋金入りの釣り人。まあ、ちゃんとおれたちの身も案じてくれたけども。
「それで、ランディーのほうも教えてくれよ?」
食事が出てくる。
相変わらずの肉肉肉だが、中にはアオリイカが紛れ込んでいた。
イカの切り身と青菜の炒め物。
ニンニクがガツッと効いていて淡泊なイカの味によく合う。
アオリイカはさ、スルメイカに比べるとちょっと水っぽいんだよな、味わいが。
だから刺身よりも火を通す方が美味い——とおれは思う。
「ああ、もちろん話すが……ハヤト、お前は相変わらずだな?」
「? なにが?」
「平気な顔でアオリイカを食いおって。これだけの量を出そうと思ったら大銀貨が数枚は必要だぞ?」
「あ。そっか、高級食材なんだっけ」
「わはははは! 平然と言うな。大丈夫、これは私が釣ったものを、店と私で折半にしている。半分は店で提供していいという約束にしてな」
ほう。なんてすばらしいシステム。
さらに聞いてみると、アオリイカの半身のおかげでこの場での食事代はすべてタダなんだとか。
すごい、ランディー。
すごい、アオリイカ。
おれも釣りたい。
夜だよ。アオリイカは夜に釣れるんだよ。今から行こう? 知ってる。大会期間中夜間は釣れないってこと。場荒れと不正を防ぐためだってさ。部外者も同じ。
「……それで、な。大会のほうだが」
ん? ランディーの表情が急に曇った。
「ディルアナが強い」
お、ネコミミ子爵釣り美人。
「彼女は特殊な釣り竿を用意してきているのだ」
「特殊な?」
「10メートルを超える長さの延べ竿だ」
「ブッ」
思わず噴いた。
おれの横にいたスノゥが険しい顔をする。ごめんよ。
「10メートルのリーチは大きくてな、接岸しようとするアオリイカに、誰よりも早くアピールして釣る。また釣り座もいいのだ。湾の入口だからな」
釣り座の件は仕方がないらしい。
ランディーは他の参加者より遅れてエントリーしているから、場所が悪くなるのだそうだ。
「ていうかそんなことより、10メートルって……そんなの振り回せるのか?」
「非常に軽量な硝蜻蛉の羽を、ヴィンガスライムの粘液でうまく固定しているのだ」
来た。ファンタジー素材。
「ごめん、全然ピンとこない」
「むう。まあ、軽量でしなやか、それでいて美しい釣り竿なのだ。皇帝がわざわざディルアナに貸与したほどの代物だ」
「ひょえー。国宝級じゃん」
「アオリイカ例大祭では絶対に負けたくないのであろう」
「でもランディーは1位タイだよな?」
「……うむ。今回の勝負は釣った数の勝負だからな。だが大きさではまったく負けている」
ランディーの釣ったアオリイカは、今日のものがいちばん大きいのだとか。
重さにして1.5kgほど。
アオリイカはサイズを言うのに長さじゃなくて重さを言うのがほとんどだ。
あとは「コロッケ」サイズとか「ステーキ」サイズとか。微妙にわかりにくい。
「私とて参加する以上はどうしても釣りたくてな……つけエサである鳥のササミやエギのサイズを小さくしたのだ。ゆえに、数では追いついている……が、大きなものを釣らないと勝ったと胸を張れない、と私は思う」
釣り人のプライドだろう。
手を胸に当てるランディー。
うん……ぶかぶかな服を着ているからわかりづらいけど、ランディーって結構胸があるんだよな。
リィンは慎ましい。いいのだ、天使は控えめでいいのだ。
「だから……恥を忍んでハヤトにお願いしたいことがある」
急に改まったランディーは、おれを見据えた。
帽子をおろして膝に載せる。
それから深々と頭を下げる。
「ハヤトのタックルを貸してはもらえないか!? 遠くに投げなければ、大物を釣れないのだ……! 私が、釣り人の風上にもおけない都合のいい頼み事をしていることは自覚している! 他人の大事な装備を貸してくれなどと——」
「別にいいよ?」
「——そ、そうだよな、やはりダメだよな……悪かった。私がワガママに過ぎる頼み事をしてしまっ、いいのかあ!?」
「う、うん」
「だ、だって、タックルだぞ? 釣り竿とリールだぞ? 釣り人にとっては命より大事なものではないか?」
大げさだな!
っていうかこっちの世界だとそういう認識なのか? だからカルアが傷をつけたことでぼろぼろ泣いていたのか?
「しかもハヤトのタックルは他の者と比べてはるかに高度な技術をもって——」
「わ、わかった、わかったから。いいって言っただろ」
「ほんとうに……?」
上目遣いでランディーが聞いてくる。ちょっと目が潤んでいる。信じられないのだろうか? それほどうれしいのかな? というか上目遣いはズルイ。なんだか、「釣り友」って感じだったランディーに女性を感じてちょっとどきどきする……。
「ご、ごほんっ! ハヤトさん、ランディーさん、冷めてしまいますから食事もしながらではどうでしょうか?」
「そうですよっ! ご主人様、カルアがお料理を取り分けますね!」
リィンとカルアが口々に言う。
「う、うむ! 食べて明日に備えねば!」
さっきの思い詰めたような表情はどこへやら。
ランディーが朗らかに食べ始めた。そんなに喜んでもらえるならおれもうれしい。
この日はたっぷり食べてぐっすり寝た。
翌日、おれたちはランディーとともに会場へと向かう。
あんまり高いタックルだと気軽に「貸して」とは言えないですけどね。