30 帝都の釣具屋とギルドのテンプレ?
2つ目のレビューをいただきました。ありがとうございます。
「ひょえ〜〜〜でっけぇな〜〜〜〜」
と、おれが言っちゃうのも無理はないだろう。
外壁がぐるりと巡らせてあるんだよ、ノアイランの帝都って。
しかも外壁の外にも集落ができている。リィンが言うには外壁内の土地は高すぎるらしい。
とはいえ、おれの用がある釣り人ギルドや釣具屋は当然帝都内部だ。
中へ行くぞ。
2階建ての家なんて軽々越えるような外壁の向こうには、すばらしい町並みが広がっていた。
平地の都市なので、外壁内に傾斜はない。
中央に皇城があるということで、その周囲に貴族街があり、貴族街の周囲にはまた内壁が巡らせてある。
漆喰と濃い色の木材を利用した家々が立ち並んでいる。統一されたように屋根の色はオレンジ。
「ノアイランは林業が盛んで木材が安価で手に入る。だから木造の建物が多い」
「ほうほう。スノゥも博識だな」
「まあね」
ちっこいスノゥがえへんと胸を反らせている。
「あれが皇城?」
「そうですね、ハヤトさんの指しているあの尖塔が皇城となります。わたくしも入ったことはありませんが、こんこんと湧き出る泉の水を巡らせており、それはもうきらびやかな装飾であるとか……」
リィンが言うけど、どこかちょっと複雑そうだ。
まあなあ。世が世なら戦ってたかもしれない相手だもんな。
「は、ハヤト様、あれをご覧ください……」
「む」
「串焼きですぅ! でも、でもっ……お肉じゃないんですっ……!」
「おお、貝だな。しかも安い。珍しいな……」
「お肉じゃ……ないんですっ……!」
そんなに肉食いたいのかよカルア。おれとしては魚が高級品のこの世界で貝を串焼きにするほど安く売ってることが気になるんだが。
「まったく、カルアは食いしん坊さんだなあ」
「ふぇっ!? えっ、えっ?」
「スノゥは意外に博識でリィンはなんだかんだ旅のサポートしてくれてありがたい。カルア、お前は食をリードするのだ」
「あ、あうぅ……か、カルアもなにかお役に……」
「大丈夫大丈夫」
「大丈夫じゃないですぅ」
「夜は肉にしよう」
「はいっ! ——はっ」
カルアの現金な姿におれは思いっきり笑ってしまった。
カルアが涙目で俺の服をぐいぐい引っ張ってきた。
「ノアイラン帝国は海岸線のうち砂浜が多いので、貝類が多いのでしょう。指定の業者しか採取できないようですが」
カルアとおれのやりとりを微笑ましそうに見ていたリィンが説明してくれる。
なるほど、潮干狩りか。ハマグリ一杯とれそうだな。
おれたちは宿を取ると、かさばる荷物だけ下ろして釣り人ギルドへと向かった。
いやーしかしどんなところだろうな、釣り人ギルド。
結局ビグサークじゃ行かなかったもんな。
釣りしたり釣り勝負したり忙しかったし死にかけた国って印象しかない。なんかもう幸せと不幸せがごちゃ混ぜなのな。死線を越えた向こうに天使はいるのだ。
「ハヤト。あれが釣り人ギルドのマーク」
「おおっ!」
スノゥが指差した先を見る。
建物の軒下にあるのは巨大な銅板だ。見事なレリーフが彫り込まれている。
「……鯛か? 口には針がついてるな」
「各支部で縁のある魚をモチーフにしている」
「へえー。鯛に縁があるのか」
開かれている扉からギルドの中へと入っていく。
足下は板張りで、天井の梁も見える。平屋建てのようだ。
奥行きのある建物で、カウンター内では職員がせわしなく動いている。
いかつい男たちがホールのあちこちにあるスツールで話していた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
だけど、おれが入っていくとぴたりと会話が止まった。
うわ……なんだ?
やけに緊張感がある。
男たちがこっちを見ている。
……構うな。進もう。
おれたちの床板を踏む足音だけが聞こえる。
カルアがおれの手をぎゅっと握り、スノゥは平然とし、リィンはいつでも腰に吊ったショートソードを抜けるように身構えるのがわかった。
「……どういったご用件で?」
「あのー、釣り人登録をしたいんですけ——」
カウンターでおれが職員に言おうとしたときだった。
どん。
離れたカウンターに突かれた腕。
ものっそい筋肉の発達した無精ひげの男がこっちを見ていた。
「おいおいおいィ、兄ちゃんが釣り人登録だってぇ? おれから見たら全然釣りなんてやらなさそうだがよぉ? こんな真っ白で、なあ?」
わっはははははと笑い声が上がる。確かに男たちはみんな一様に日に焼けていた。
「…………」
リィンの形の良い眉がしかめられる。
「本気で釣り人登録すんのかィ? 年に銀貨10枚、しかも毎年払うんだぜ?」
「ああ、はい。払いますよ?」
「へぇ〜。金はあるようだな……そんならちょっと——お前さんの腕を教えてもらおうじゃねえかッ!」
「!?」
男が一歩踏み込んできた。
「へぇー! こっちはやっぱりマダイ釣りが盛んなんですね!」
「おおよ。エビでタイを釣るって言葉もあるだろ? やっぱし夢があるよなあ」
「バッカ野郎、今時期ならイカだろ? アオリイカだ」
「ああ、イカもいいよなあ」
「あ、そうそう、気になってたんですよ。アオリイカってなにで釣るんです? やっぱり鶏肉ですか?」
「おお、鶏肉が多いが、本気で釣るヤツはキビナゴが多いな」
「あー」
おれ、釣りの話題でめっちゃ盛り上がる。
「釣りの腕前を教える」——という名目で、「知らない釣りの情報を仕入れたかっただけ」らしい常連のオッサンたちは、みんな気のいいヤツらで、おれが初めて帝都に来たというと懇切丁寧に港の場所とか、エサ屋とか紹介してくれた。
「…………」
「泣かない。リィン」
「そ、そうですよぅ、あれは勘違いしますって……」
リィンがしゃがみ込んで両手で顔を覆っていた。
うん。まあな。おれに近づいてきた男の前に立ちはだかり、いきなり抜刀して「それ以上近づくな!」と一喝したときにはおれだって2センチくらい飛び上がったもんな。
「あ、いや、あの……すみません、高貴な方だったとは……ちょっと釣りの話がしたかっただけで……」と肩をすぼめた男もかわいそうだったわ。
ひとしきり情報交換をしてからおれは釣り人登録をした。ここ帝都のモチーフが描かれた身分証だ。これでおれも一人前の釣り人ってことかな?
「おうハヤトォ、ちゃんと釣って釣り人ギルドで証明書をもらえば身分証も豪華になるぞ」
「あれ、そうなんですか?」
おれの身分証は青銅製だ。
オッサンの身分証はシルバーだった。純銀ってわけじゃないんだろうけどキラキラしてる。
「おお……カッコイイ!」
「くはー。言うんじゃねえよ、照れるじゃねえか」
「おいおいハヤト、あんまこいつを褒めるな。たまたま一発、ギリギリ尺超えのマダイ釣っただけだっつの」
「ばぁーか、ありゃあ40はあった」
「バッカ言え、証明書も出てるだろ。30.1センチって」
ぎゃっはっはと男たちの笑い声。
おれとしてはこのオッサンたちと朝まで語りたかったのだが、そろそろリィンもカルアも飽きた顔をしている。スノゥだけは真剣にオッサンたちの話から鍛冶のヒントを得ようとしてるけど。
「それじゃあ」
「おお! よい釣りを!」
「また会うこともあるだろうな!」
いやー、気持ちのいいオッサンたちだった。
それからおれたちは釣具屋に向かった。ここでもスノゥは真剣な目つきで並んでいる商品を確認していく。
店名?
「キャス天狗」だって。
うん。おれも二度魅した。いや、三度は見た。
キャス天狗は帝国に展開しているチェーン釣具店らしい。ジョウシウヤは永遠のライバルだと公言している。
「どうだ、スノゥ?」
「むぅ……さすがは『灼熱鍛造』。レベルが高い」
それは帝国でもっとも名高い鍛冶工房なんだとか。
作り手が違うだけで、ラインナップはそこまで変わらないな——と思っていると、
「……うおっ!?」
おれは思わず声を上げた。
針の根元に親指の先ほどの重りがくっついている。
針も単なる針じゃなくて、根元が長めのテンヤ針。
「これはまさかの『ハイカラ釣り』用のハイカラ針じゃねーか……ウソだろ……こんなの高知とかでしかお目にかかれないヤツなのに」
「それはなに」
「ああ、コイツは針と重りが一体化しているんだ。針にはつけエサでエビを刺すことが多いな」
「? そんなに驚くほどのもの?」
「こいつのなにがすごいって、釣り方なんだ。ここに直接道糸を結びつけてギリ竿っていう竹竿で釣るんだが、いちばんの肝はリールを使わないんだ。糸巻きから手で糸を出したり引いたりする。そうすると、ダイレクトに手に当たりが来る。急に引かれて道糸で手を切ることもある。熟練の技が必要なんだよ」
「ほほぅ」
おれが身振りを交えて説明するとスノゥの目が輝く。
「そうか……これでマダイ釣りをしてるんだな。でもハイカラ釣りは小舟に乗って櫓をこぎながらやる釣りなんだけど、船を出しても平気なのかな」
「聞いたことがある。帝国は魔除けのために清めた岩を海底に沈めて、海魔を追い払っているらしい。海竜は無理だけど海魔は防げるから、水深15メートル未満なら船釣りができる」
「ほうほう」
すばらしいな。工夫の跡を感じる。
釣りは工夫がすべて。自分が釣れない日でも、誰かが釣れていれば自分の工夫が足りないってことだ。
その創意工夫がまた楽しいんだよ。
仕掛け、エサ、水深、潮流……これらを考えて、海中を想像して、釣る。10センチ重りの位置を変えるだけでバカスカ釣れた例なんていくらでもある。
ルアーもそうだ。毎年毎年新しいルアーが出てきては消えていく。中には定番ルアーとして残るのもある。……なんかコンビニのお菓子商戦みたいだな。
「ハヤト、なにを買うの」
「あー、うーん……実は明日の準備をしたかったんだけど」
「? ハヤトはいつも自前の疑似餌を使っている。買う必要はないだろう」
「いつもはね。でも今回はエサ釣りをしようかなって。それで探してたんだけど……ないんだよな」
「エサ? エサならあっちにある」
「いや、エサはいい。見つけた」
……すごくいっぱいあった。エサ。にょろにょろりんでおなじみのイソメはもちろん、川エビもあるし、コマセもあった。コマセは粉末状だったけど。海のエビは高級品なのかも。
驚いたのは、「ゴブリンの耳」「オークの目玉」とかそういうのがあるんだよ……。
どっから仕入れてるんだよ、これで釣れるのかよ、という当然の疑問を店員にぶつけてみたら、
「そんなの冒険者ギルドからに決まってるじゃないですか。ゴブリンの討伐証明は耳ですからね。耳なんて釣り餌以外で使い道ないですよ」
……そ、そうか、で、釣れるの?
「釣れるかどうかで言うと……まあ、ヒトデとエイが食ってきますね」
格安なワケだぜ。
エイはアンモニア臭いから誰も食べないらしい。うーん、処理の仕方を知らないのだろうか。居酒屋にあるエイヒレだってふつうにその辺で釣れるエイから作れるんだけどな。
まあ、エサは置いといて。
「仕掛けがないんだよな……おれが欲しい仕掛け」
「どういう仕掛け?」
「えーっと」
おれが説明すると、スノゥは目をぱちぱちして言う。
「それなら作れるけど」
「え? 作る?」
「スノゥは鍛冶職人だから」
あっ、忘れてた。
おれはスノゥ大先生に仕掛けの作成をお願いした。
仕掛けに使う重り、ついでにハリスと針を買って出た。
ふっふっふ。これで明日のサーフ釣りに憂いなし!
釣り人ならこうかな? という絡み方で行ってみました。
最初、常連さんに話しかけるのって勇気が要るんですけど、気のいい人が多いですよね。
ルアーマンはソロが多いですが、ゆえに、というべきか、話しかける人も多いという印象があります。