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29 釣り好きって……

いつも感想いただいてありがとうございます。書き進めるので手一杯で返せなくてすみません。とても参考になります。

あとブックマーク、評価もありがとうございます。めっちゃうれしいです。励みになります。

「――ほんと、ぴかぴかのままだね」


 おれのタックルを見てスノゥがつぶやく。

 海に落ちたはずなのに前と同じ状態なんだもん、そりゃ疑問だよな。脱ぎ捨てたはずのライフジャケットまである。

 結局おれが助かった直接の原因はわかってない。カルアなんかは「ご主人様は海に愛されているのです」とか言ってたけど、こういうヤツはヤバイ宗教にどはまりしたりすんだ。気をつけないと。水素が溶け込んでる水を飲んでも健康にはならないんだぞ。


「それじゃあ行こうか」

「はいっ、ご主人様!」

「うん」


 おれたちは宿を出た。荷物はそう多くない。なにかあれば途中で買えばいいしな。

 魔サバの代金もあるし懐は温かいから、しばらくはなにもしないでも優雅に暮らせる。

 しかもビグサーク王国にいる間はなにもしないでお金までもらえる。


 ……っていうかこういうシステムが釣り名人を腐らせる原因なんじゃないの? まあ、金があろうとなかろうと釣りをするのが釣り人なんだろけども。

 とある有名プロ野球選手も大金稼いだあと引退して、地方のローカルテレビでちょいちょい野球の解説しながら釣り三昧って聞いたし。最高の人生だろうが。うらやましい。


「あ、リィンだ。おーい」


 集合はノアイラン行き乗合馬車のある停車場。

 馬を調達するというのも考えたんだけど、まずおれが馬に乗れないじゃん? カルアとスノゥもいるから、それはナシになった。

 リィンは身軽な旅姿で、もう騎士としての格好をしていない。腰に吊ってるショートソードさえなければそりゃもう美しい旅の女性って感じです、はい。

 一昨日が晩餐会だったから、リィンに会うのは1日ぶりだ。


「お、おはようございます、ハヤトさん」


 なんか晩餐会以来、リィンの態度がちょっと変だ。

 こういうときはおれが気を利かせなきゃな。


「やっぱり、王国を離れるのは寂しいよな。わかるよ、その気持ち」

「? いや、そんなことはないですけど」


 え、違うの? なんかおれスゲー恥ずかしいヤツになってない?


「じゃ、じゃあ行こうか」

「もう乗り込んでる。急いで、ハヤト」


 スノゥとカルアはさっさと馬車に乗っていた。

 こ、こら! ご主人様を置いて先に乗るヤツがあるかぁ!


「ノアイランは帝国って言うくらいだから帝政なんだよな?」


 馬車が動き出す。おれは向かいに座ったリィンにたずねる。


「ええ。皇帝が強力な権限を持って治めています。ビグサークの隣にあるので先の大戦では何度も戦が起ききました」

「そうか……イヤだよな、戦争って」


 おれはリアルタイムで戦争を経験してるわけじゃないけど、戦争なんてないほうがいい。それだけは間違いないことだ。

 リィンはくすりと笑う。おや、太陽を覆っていた雲が流れていったぞ。天使が微笑んだからかな?


「その戦争をなくすための釣りなんですよ。『釣ったヤツが偉い』。この言葉は大陸のどこにいっても通じるのです。ハヤトさんはきっと大活躍できますよ?」

「うーん……別におれは取り立てて釣りができるわけじゃないんだけど。釣りが好きって点にかけては負けてないと思うが――でもなあ」

「なにか気になるところがありますか?」

「ランディー」

「あぅ? ランディー様がどうかしましたか?」


 おれの隣に座っていたカルアが話に入ってくる。


「いやさ、ランディーはおれより先にノアイランに行ってるんだよな? アオリイカ釣りに」

「はいです」

「釣りのために貴族も辞めた」

「そう……ですね。わたくしも騎士団で軽く聞いただけですが、釣りをするために貴族を辞めたというのは前例がなかったとか」

「ってことはだよ? おれよりランディーのほうが釣り好きなんじゃないの?」

「…………」

「…………」


 リィンとカルアが黙り込む。


「どっちも、釣りバカ」


 スノゥが短くまとめた。


 馬車は国境を簡単に越え――10年前まで戦争があったとは思えないほどあっけなく――おれたちはノアイラン帝国に入った。

 釣って釣って釣りまくる夢をがっちり抱いて。

 そいつはまるで、エビに模したルアーをがっちり抱きかかえるアオリイカみたいなものだ。

 いや、ダメじゃん! 人間に釣り上げられちゃうじゃん!




「…………」

「…………」

「…………」

「……長げぇ」


 おれたちが今並んでいるのは国境越えのための関所だった。

 ビグサーク王国とノアイラン帝国の双方から兵士が出され、出国と入国の手続きをやっている。

 アレだ。成田空港から飛行機で海外に行くとして、出国手続きと入国手続きがあるよな? あと税関。あれの飛行機の部分をなくしたような感じだ。目の前が違う国っていうのはこうなんだな。以上、島国日本しか知らないおれの感想。


「次の者——」


 ようやくおれたちの番になる。身分証は誰かひとりが出すでもいいのだが、できる限り多く見せたほうが通るのが楽だという。まあ、明らかに荷物を運んでる商人なら「こいつら全部わしの護衛」と言えば済むだろうけど、おれたちは違う。

 ちびっこふたりに天使がひとり。

 これは説明できませんな。


「む、王国騎士か……なんのために我が国に入国する?」

「この方の護衛です」


 先にリィンが身分証を見せると、案の定と言うべきか止められていた。

 騎士がふらっとやってきて堂々と身分証見せたら「いやいやちょっと待ってよ」ってなるわいな。


「この方……の……?」


 兵士さん、おれを見ながら首をかしげるの止めてもらえます? オーラ、見えません? 貴人オーラですよ?

 ないわー。あっても釣り人オーラだわー。コマセのニオイだけどなそれは。


「ハヤト=ウシオです」


 おれが差し出した身分証は「ビグサーク王国名誉国民」のものだった。きんぴかの身分証を見てぎょっとした兵士は、


「国賓待遇でのお越しですか」


 と色めき立つ。


「いや、お忍びです。どうぞ周囲にはご内密に。上へは報告いただいて構いませんので」


 リィンが革袋に入った硬貨を差し出すと、兵士は慣れた手つきで懐にそれをしまい込む。


「なるほど、承知した。お役目ご苦労」


 なんて澄ました顔で言った。

 今の賄賂か。するっと賄賂渡してするっと受け取ってたな。天使の賄賂。


「……おれ、釣り人ギルドに登録するわ。それも身分証になるんだよな?」

「急にどうしましたか?」


 関所を越え、次の乗合馬車に乗り込みながらおれはリィンに言う。


「こんな名誉なんちゃらなんておれの柄じゃないし、ああいうふうに警戒されるのは困るかなって」

「それは……確かにそうですね。先に帝都に着きますから、帝都のギルドで登録しましょうか」

「…………え?」

「え?」

「いや、目的地って帝都だったんだけど。『先に帝都に着く』ってどういうこと?」

「あれ、そうなのですか? わたくしはてっきり『例大祭』かと」

「例大祭?」

「はい」

「例大祭」

「はい。そうです」

「なんの?」

「それはもちろん、『アオリイカ例大祭』です」


 なんだよそのパワーワード。

 アオリイカ例大祭。

 あおりいかれいたいさい。

 うむ、何度くちずさんでもウキウキする。舌頭に千転する勢いだ。アオリイカ 例大祭や ()を呼びき。


「リィン」

「はい」

「すぐ行こう!」

「はい、ですから帝都の先です。開催地のラズーシは」


 さすが天使。おれの行くべき先を導いてくれる。天国への階段だな。死んでるっつうの。

 ごとごとと揺れながら馬車は西へ。




 それから3日かかって帝都に到着した。

 まさか山を4つ越えることになるとは思わなかったぜ……こんなに遠いのにビグサーク王国とノアイラン帝国はよく戦争したな。人間の欲望は留まるところを知らぬということか。

 まあ、釣り人の欲望も留まるところを知らないし山の4つくらい余裕で越えて釣行するけどな。


 それにしても山の中である。

 渓流釣りのタックルは1つたりとも持っていないので、釣りがまったくできなかった。


「手が、手が震えるッ……!」

「あぅあぅ、ハヤト様、どうしましょう」

「海に、海に行かねばッ……!」

「早く、誰か、ハヤト様に塩水を!」


 カルア。違う。塩水が飲みたいワケじゃないから。

 いやしかし心が弱くなったもんだよな。前なんて激務のせいで1年以上釣りできなくてもなんとか生きていたのに(なんとか生きていただけだが)、今や3日間釣りができないだけでへろへろだ。


「ハヤト。大丈夫。帝都は海のすぐ近くだから」

「なにっ」

「見渡す限りの砂浜」

「サーフきたぁ!」


 スノゥの一言でおれの元気が一気に回復する。

 サーフ……いいよね……朝日を浴びながらきんきらきんに輝く海へと力一杯キャストする……キスを釣るもよし、ルアーでヒラメを狙うもよし、ぶん投げて回遊魚を探るもよし……「サーフのルアーマンはたいてい上半身ムキムキで日に焼けてる」っていうのがおれの偏見。


「そろそろ帝都が見え始める——ど、どうしたんですか、ハヤトさん。目が輝いていますよ……?」

「なに、大丈夫。初夏だもの。サーフだもの」

「な、なにが大丈夫なのかは全然わかりません……一応言っておきますが、帝都の砂浜は釣り禁止ですよ?」

「…………」


 ………………は?


「おかしいだろォ! 釣ったヤツが偉いんだろォ!? なんでサーフで釣り禁止なんだよォ!」

「お、お、落ち着いて! 馬車の中ですよ!?」


 リィンの肩をつかもうとしたら逆につかまれて座らせられるおれ。力ではリィンにかなわないのです。

 ……ていうかこの細腕にどれほどの力が隠されているのか? 女の身体は謎だ。


「帝都の砂浜は『皇家のテーブルクロス』とも呼ばれ、数代前の皇帝が愛した砂浜だそうです。なので、食事をしたり遊泳したりという用途に限定されていますね。まあ、魚もほとんど釣れないという理由もあると思いますが」

「…………」

「……ハヤトさん?」

「それ釣り方が悪いだけじゃないのかなあ……」

「サーフは魚の宝庫だし、ちゃんと攻略すれば魚はいるはずだよ」

「そこはわたくしにはわかりかねますが……」

「——よう兄ちゃん」


 おれとリィンが話していると3人分離れたところにいたオッサンが話しかけてきた。


「ずいぶんと腕に自信があるようじゃぁねぇか。だけどな、『皇家のテーブルクロス』なんて呼ばれた後も冬場は釣り人に開放されて、帝国の腕自慢たちが釣りをやってるのよ。それでも釣果ははかばかしくねぇ。魔魚どころか尺超えもいねぇんだ。あそこにゃ魚はいねぇ」

「そうかなあ。いると思うけどなあ」


 ていうか冬はダメだろ。

 サーフの冬の釣りものって言ったら、シーバスにヒラメって感じのルアー向けだもんな。

 カレイはちょっとぶん投げる必要がある。この世界は投げ釣りが流行ってないもんな。


「……そんならお前さん、やってみるか?」

「え、いいの!?」

「だけど釣れなかったらお前さん、どうするんだい」

「うーん。金貨でいい?」

「はっ、ちょっとやそっとの金じゃ……」

「一応20枚くらいはあるから」

「ほう」


 おれが胸算用すると、


「ちょっ、ハヤトさん! そんな大金を!?」

「別にいいじゃない。また釣ればいいじゃない」

「ほーう、お前さん、魔魚を釣ったことがあるんだな? だからそれほどの自信がある、と」


 オッサンの目が輝く。

 ん……なんか雲行きが怪しいな。ははーん。このオッサン、ただの釣り好きではないな……?


「別に魔魚を釣ったから自信があるってわけじゃないよ。サーフだったら何度も釣った経験があるってだけ」

「そんなら話は早ええ。これから入国だろ? 早速明日……は無理か、明後日の朝に『皇家のフィンガーボウル』に来な」


 皇家のフィンガーボウル?

 なんだその面白い名前は。


「おっ、入国審査だな。それじゃあな、坊主——ああ、名前は?」

「ハヤト」

「わかった。俺っちはコルトってんだ。また明後日な」

「おう」


 オッサンはひらりと馬車を降りるとすたすたと歩いて行ってしまった。


「いやー、ラッキーだったな。サーフで釣れないのかと絶望してたけど、あのオッサンが釣らせてくれるって」

「……ハヤトさん」


 リィンがおれの肩にポンと手を置いた。


「なに勝手に釣り勝負受けてるんですかぁ!? この先こうなんですか、この先ずっとこうなんですか!?」

「あ、あの、別に勝負するわけじゃ……それにたまたま今回はこうなっただけで」

「似たようなものですよね!? 釣り勝負の流れ、既視感がすごいんですよ!」

「大丈夫だ。なんせおれだってわかっている。あのオッサン——ただの釣り好きのオッサンじゃあねえな。ククッ。他のヤツの目はだませても、おれの目はだませねえ」

「だからなんでわかっていて申し出を受けるんですか!?」

「あれ、おれを褒める流れは?」

「そんなものありません!」


 なんだかリィンが怒っている。

 彼女なりにいろいろ気を遣ってくれているせいかもしれない。すまん。でもいくらオッサンが怪しくても、サーフを前に釣らないとか釣り人としてはあり得ないんだぜ……。


「なにを怒ってるんですか? ご主人様は釣ります」

「そういうことではありません」

「ご主人様は釣ります」

「そういうことではないんです。わざわざ目立つようなことをしなくても釣りが許可されている場所はいっぱいあって……」

「ご主人様は釣ります」

「そういうことでは、ないんです!」


 カルアが火に油を注いでいた傍ら、


「……コルト? その名前、どこかで……」


 スノゥがぽつりとつぶやいた。


これでビグサーク王国編は終わりで、ノアイラン帝国編に移ります。アオリイカ編とも言う。

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