27 魔サバ食おうぜ!
なんとかがんばって、粘って、口説き落として、カルアとスノゥも連れてくることに成功した。
うん。王城へな。
いやはや、緊張する食事とかイヤだよな。だってなに食ってるかわかんなくなるもん。
あれはそう、入社したてのころ、新卒社員を全部集めて社長と会食という謎イベントがあって――あ、思い出すだけで胃が痛くなってきた。おれの隣に座ってた関山くん、社長が来る前から真っ青だったよ。「ね、ねえ、牛尾くん、ここでの話は査定に響くのかな」「ぼ、僕らまだ所属先決まってないけど、きょうのことが影響したりしないよね」「人事部長って、ぜ、絶対僕らのこと監視してるよね」と小声でぼそぼそ話しかけてきた。めちゃくちゃ周囲の目を気にした彼は、会食の終盤にいちばん目立った。吐いたんだよ。その後「ゲロ山」というあだ名がついたのは仕方ないことだと思うが、それが「度胸アリ」と判断されたのか所属先の先輩から可愛がられて今や同期でも出世頭なんだから人生ってわからないよな。
おれはいろんな意味でドロップアウトしたけど。
「よかった、来てくれましたね」
王城内に入るとまずリィンが出迎えてくれた。
「よかった」という言葉には「時間通りに来るかわからなかった」という意図が見え隠れしてますぜ。
全部おれの自業自得ですよね、わかります。
というか、だ。
「あの、リィン……その服は?」
今までの騎士然とした服じゃないんだ。
ワンピースタイプのシックなドレスで、カクテルドレスって言うの? こういうの。光沢を持った深い紺色の布地がリィンの身体を這っている。
騎士章が胸元に輝いてるけど、それがなければどこのお嬢様かと思うほど。
うっすら引かれた口紅が、ヤバイくらいに大人びてる。
これはアレですか。堕天使ですか?
「う……その、晩餐にはわたくしも呼ばれているのです。やはり似合わないでしょう?」
「そそそんなことない! マジでそんなことない! すげーキレイだよ!」
「ごめんなさい、気を遣わせて」
「違うって!」
おれは全力で否定したがいやほんとマジどうなってんのかってくらいキレイなんだが。アカ●ミー賞発表会場に現れたセレブかよって感じでほんとマジ。
「こういうときは真っ先に褒める」
おれの右隣にいたスノゥがじろりと見上げてくる。うう、すまん。女性との接近経験が未熟なばかりに。え、カルアにスノゥが近くにいるだろ、って? この子たちは保護対象ですからねえ……。
「さあ、行きましょう。王様たちがお待ちかねです」
ドレスを着たリィンにエスコートされるという逆転現象。
それにしてもこの国、国王が軽々しく出てきすぎじゃないか?
「よく来てくれましたね、ハヤト殿」
腹を空かせたおれたちが食卓に着いて待っていると、国王と王女様がやってきた。
王女様はおれの隣に座っているリィンを見て目を瞬かせる。驚いたみたいだ。そうだろう? うちの天使はヤバイだろう?
国王と王女様が席に着く。ちなみにおれたち以外にも重鎮らしき人々が10人ほどいる。
うーむ。全員でサバ食べるの無理じゃね? いくらデカイっつっても1尾しか釣ってないんだけど。皆さんにお譲りして若い者は退散しましょうかね……。
「なにを立ち上がっておる、ハヤト? さあ、堅苦しい挨拶は抜きじゃ。食事にしよう」
退散できるわけもなく、王様が言うとグラスに食前酒が注がれる。
それからオードブルが始まり、パンが運ばれてきて――なに食っても美味い。こんな食事してたら太るだろ。やべーよ。……って思ってたら、あれ? がっついてるのおれだけ?
カルアとスノゥはガチガチに緊張して食が進んでいない感じ。リィンはおしとやかに食べてる。いいや、食べてるっていうか召し上がってるって感じ。神々しい。
「ハヤト殿はよく召し上がるのね」
おれの向かいに(とは言ってもテーブルがデカイから3メートルくらい向こう)座った王女様がくすくすと笑う。
あー、この人の笑顔、癒されるわあ。あんな嫉妬伯爵の家に嫁ぐことになるなんて、かわいそうだなあ。あれ? でも、釣り勝負の不正っていうか襲撃行為で調査されてるんだよな? それってどうなるんだろ。
「あのー……って、あっ、なんかしゃべっても大丈夫ですか?」
今の今まで誰もなにもしゃべらなかったからそういう場所なのかと思ってたけど、王女様がしゃべったんだから違うよな。
「ええ、もちろんですわ。わたくし、にぎやかな食事のほうが好きですの」
「あ、よかった。あのー、ロードノート伯爵でしたっけ? あの人ってどうなるんですか?」
ビキッ、となにか固いモノが割れる音がした。
あ、した気がしただけっぽい。
空気が凍りついたんだわ。あれ、これ聞いちゃいけないことだった?
隣の天使を見ると頬が高速でぴくぴくしてるからたぶんおれは虎の尾を踏んだ。
「……気になりますか?」
どこか冷えたような声で王女様から聞き返される。
「えっと……まあ、魔法で攻撃されたのはおれですし、気にならないって言ったらウソになるかな……じゃなかった、ウソになりますね」
「正直な人は嫌いじゃないですわ。ねえ、お父様?」
「う、ううむ。そうだな、ハヤトへの攻撃が真実であった場合は伯爵の領地を国が接収し――」
「国王、このような場で重要な発言はお止めになったほうが」
重鎮のひとりが言うと、他の面々がうんうんとうなずく。
この場にデカイ騎士団長はいないので、空気は「そういう血なまぐさい話は止めましょうよ」って感じになっていく。
「そうだな。――ハヤトよ、しかるべき調査の後にしかるべき処置がなされるであろう。違う話題にしようか」
「あ、はい」
ほっとしたような空気が流れた。
というかおれの横のリィンがほっとしてた。
そんなにマズイ質問だったのかな? でもおれたち、被害者だぜ。
「ちょっとタイミングが悪いようですが、本日の、皆さんお目当ての料理をお持ちしましたよ」
空気を入れ換えるようにやってきたのは料理長だ。
「ハヤト様、このような食材をお持ちいただきありがとうございます。この料理を国王陛下に献上できる喜びは他に替えがたいものがあり――」
「口上はよい、よい。はよう持って参れ」
料理長が滔々と話し出そうとすると王様が遮った。
そのツッコミが来ることをわかっていたかのように、料理長はにっこりと笑って給仕を呼んだ。
カートを押して、人数分の皿が銀色のフタ――クロッシュに隠されているけども、やってくる。
王様はもとより重鎮たちがオオッと声を上げる。
ああ、やっぱりこの人たちは魔サバ目当てでやってきたのね……。
「召し上がれ」
クロッシュが外される。
おれの前には40センチほどの皿。
中央には――2切れの切り身。
たった2切れ。
だけど……な、なんだこれ!?
「ふっふっふ」
思わず料理長を見てしまったのはおれだけじゃない。
そんな視線を受けても平然と笑う料理長。
いやはや、だってさ、すげーんだよ。魔サバ、青かったよな? 魔力でさ。それが、まだ残ってるんだ。
切り身は火を通していない生のまま。そこにオリーブオイルがさっと掛かってる。粗めに削った岩塩がぱらりと載っている。
弾けんばかりの身の張り。
漂う魔力。
付け合わせの香草、皿にぐるり散らされたオリーブオイルと合わせて……青色の光が幻想的な空気を醸し出していた。
ごくり。
おれは自分の喉が鳴るのを感じた。
次回、いよいよ魔サバ食います。