前へ次へ
31/113

26 短い間で2度死んだ

 マジで死んだかと思った。ていうか死んだ。1回死んだわ、たぶん。川の向こうのお花畑で手を振っている、一昨年死んだばあちゃんの姿が見えたもんよ。

 走馬燈みたいなのは見なかったな。ていうか冷凍マグロに襲撃されたときも見なかったから、おれは見ない体質なのかもしれない。つうかこの短期間で2度死にかけるってやばくね?


「ど、どうして……」


 狼狽した嫉妬伯爵。

 おれを、まるで幽霊でも見るみたいに見てる。

 いやはや逆の立場だったらおれもそう思うかもしれない。おれ自身、まだ自分が生きてることが信じらんないからな。


「バヤドざばぁぁぁああああ~~~~~~~!!」


 タックルするみたいにカルアが抱きついてきた。あ、あのね、カルアさん、ご主人様は今足下ふらふらしてるからそういうことしないで、


「ハヤトっ!」


 ふぐおっ。

 今度はスノゥかよ。

 ちびっ子ふたりに突っ込んでこられてはさすがのおれも倒れそうになる。背筋で踏ん張ったら腰がぐきってなった。

 あ、あかん。これ以上押し込んだらベッドの上で使い物にならなくなっちゃう。使ったことはないけど。


「……国王、申し上げたいことがあります」


 歩き出したリィン。

 毅然とした態度。目に込められた決意。

 これから――上級貴族である伯爵を告発しようという、意志。


「魔魚を釣ったハヤトさんを釣り名人(マイスター)としてお認めくださいますよう、お願い申し上げます」

「お、おお! それはもちろんだ。魔魚を釣った時点で我が国では釣り名人として認めることは、おぬしも知っているだろう。しかし、ほんとうに釣ったのか?」

「間違いございません。そして――その釣り名人であるハヤトさんを、ロードノート伯爵は襲撃しました」


 静まり返る。

 みんなの目が伯爵へと向けられる。

 伯爵の顔は真っ赤だ。額に青筋を立てて、


「貴様ッ――」

「おっとそこまででしょう」


 叫ぼうとした伯爵を、やたらデカイ騎士――騎士団長? が制止する。


「ここからは別口で話を聞きましょう。ここであーだこーだやるのはよろしくない。ねえ、国王?」

「あ、ああ……しかるべき場所で話を聞こう」

「国王!!」

「ロードノート、聞き分けよ。ちゃんと話を聞くと言ったぞ。これはおぬしに不利になることではない」

「ぐっ……」


 ぎりぎりと歯ぎしりしながら退出していくロードノート伯爵。

 その横には、気の毒なくらい蒼白になったゲンガーもいた。


「さて……ということは、釣り勝負はそこの少女が言うとおり、ハヤトの勝ちであったか」

「えーっと、どうでしょうね? というか、向こうが反則したんでうやむやって感じじゃないですか?」


 おれはなんとか「釣り勝負の勝利」を逃れようとする。


「王様、こちらがウシオ殿の釣った魔サバでございます」


 そこへ料理長がカートを押してやってきた。

 おいっ、タイミング悪すぎる!


「おおおお!」

「まあ、これが……」


 国王と王女が立ち上がる。

 カートに載せられた真っ白の器。ででんと鎮座しているサバは、エラと内臓を抜かれている。

 血抜きしかしてなかったから、料理長は内臓を落としただけで持ってきたんだろう。

 サバは……死んでもまだぎりぎり魔力が残ってるのか、青色の光が漂ってる。

 でけーわ、しかし。

 あと脂のノリがすごい。こんなのしめ鯖にしたら……じゅるる、やべえ、ヨダレが。


「ハヤト殿」


 にっこりと笑った王女。

 怖いです。


「今夜は晩餐をともにしなさい。それから、今後のあなたのことについて話し合いましょう?」


 ああ……逃れられないのか、おれは……。




「ハヤト様、ご無事でよかったです……」


 王城から宿へ戻る道すがら、おれにひっついて離れないカルア。


「カルアはすごかったんだぞ。ハヤトが海に落ちたことを王に訴えようとしたのだからな」

「そ、それは、スノゥ様が王城へ行くと言うから……あれはもともとスノゥ様が言い出したことじゃないですかぁ」

「カルア。あのね――スノゥ、だから」

「あぅ?」

「スノゥと呼び捨てにして。あたしはもう工房の娘じゃない。偉くもなんともない、ただのスノゥ」


 そう言ったスノゥはカルアの反対側にいて、おれと手をつないでいる。なんだかおれは保護者になったような気がしないでもないが、そう悪い気持ちじゃなかった。

 誇らしげに胸を張るスノゥは、昨日までとは違うように見えた――。

 ああ、リィンは王城で仕事だって。天使は激務である。


「でも、スノゥ様」

「スノゥ」

「あぅ……」

「ス・ノ・ゥ。はい!」

「す、スノゥ……?」

「よくできました」

「あぅあぅ」


 微笑ましいやりとりである。名前を呼ぶだけで照れているカルアも可愛らしい。


「ハヤト。そう言えば、どうやって助かったの?」

「あー。実は……おれもよくわからないんだ」

「え?」

「リィンを追って潜っていって……潮に流されて気を失った。そして気づいたら砂浜にいた。リィンも、おれのタックルも、魔サバも横にあって。港のすぐそばの砂浜でさ」

「誰かが……運んでくれた?」

「どうだろうな。海竜がいそうな水深の深いところに流されて、さすがにおれもダメだと思ったんだけど、そしたらふわっと身体が浮いたような感覚があって――そこからは覚えてないんだ」

「そう……」

「あぅぅ、なんにせよよかったですぅ」


 またカルアが涙目になる。


「心配かけちまったな、カルア。今晩は美味しいものを食べさせてやろう」

「いいんです。ハヤト様が無事ならそれで……」

「遠慮するな。……サバとかどうだ?」

「あぅ?」


 そこでカルアがハッと気がつく。


「ままま待ってください! 王女様に呼ばれたのはハヤト様だけですよ! カルアはお留守番してますからぁ!」

「連れてきたければ連れてきていいみたいなこと言ってたよ。カルア! おれをひとりにしないでくれ!」

「……あたし今日は肉を食べたい気分」

「スノゥ!? 裏切ったな!?」

「カルアもお肉がいいですっ」

「カルアまで! おれは誰を信じたらいいんだっ……!」


 そんなふうにおれたちは宿への道を戻った。

 無事に帰ってこられたことの幸せを噛みしめながら。

 でも――ひとつだけ、おれは彼女たちに話さなかった。


 ――借りは返したわ。


 海の中でおれは、そんな声を――少女の声を聞いたんだ。

いったい誰が助けてくれたんだ!?(棒)

次回閑話でその正体が明らかに!

前へ次へ目次