前へ次へ
26/113

22 マジか、釣り名人ってめっちゃ儲かるの?

いつもお読みいただきありがとうございます。感想、ブックマーク、評価、どれも励みになります。

感想返し、ちょっと余裕がなくてできていなくて申し訳ない……。

 宿に戻ったおれが王宮であったことを話すと、ランディーは腹を抱えて笑い転げた。


「お、お、お前は! ほんとうに! 楽しませてくれる! あっははははははは、こんなに笑ったのは何年ぶりだろう!」

「おいおい……そんなに笑うことないだろ」

「そうです、ランディー様。ハヤト様がかわいそうです」


 おれの横で可愛らしくカルアがぷんぷん怒ってくれる。

 するとランディーはふと真顔になった。


「ハヤト、お前はイナダを3匹ぶら下げて王に会ったわけだな」

「おう、そう言ったろ」

「王が塩焼きか香草焼きかと迷っていらっしゃるところ、違う食べ方を提案した」

「イナダしゃぶしゃぶな」

「そのイナダしゃぶしゃぶを提供したところ、いたく気に入られた」

「きっと今夜は牛でしゃぶしゃぶやると思うぞ、あの王女」

「王女はお前を『お抱え釣り師』にしたいと言い、ロードノート伯爵は憤慨した」

「釣り勝負だってよ」

「ぶほっ」


 あははははははは――またもランディーは笑い出した。どうやらおれのやらかしたことをもう一度最初から整理して聞いて、笑いを再確認したかっただけらしい。


「わ、私を、笑い殺す気かぁっ! あはははははは」

「あのなぁ…………はぁ、もういいや。それでランディーはどうだったんだ。メジナ食べたんだろ?」

「おお、それな」


 今おれたちがいるのはおれとランディーが泊まっている部屋だ。

 ベッドがふたつに、テーブルがひとつ。

 リィンは「すみませんが、やらねばならないことが増えたので……」と騎士団長に報告する義務が発生したらしく、胃を手で押さえながら去っていったのでこの場にはいない。

 テーブルには2脚のイスしかなくて、そこにはカルアとスノゥが座っている。

 そのスノゥが、険しい顔をした。

 ん? なんだ?


「刺身も塩焼きもよかったぞ。確かに、磯臭いニオイはあったがな――」

「もう2度とランディーの作る料理は食べない」

「お、おいっ、スノゥ。そこまで言うことはないではないか」


 ああ、そうか。スノゥは宿に残ってたんだよな。だからランディーの料理も味見したのか。


「なんでそんなに意見が分かれるんだ? やっぱ磯臭かったからか?」


 おれが聞くと、


「身はいい。でも……あれは……ダメ……」


 スノゥが青い顔で震えだした。


「おい……ランディー……お前なにした……」

「ち、違う、なにも変なことはしていない! ただ――白子をな」


 ……白子?

 メジナの白子?


「食ったのか?」

「珍味と聞いたことがあったんだ。確かに……あれは珍味だ」

「珍味じゃない。ゲテモノ食いだよ!」


 スノゥにしては珍しく声を荒げている。

 確かにおれも聞いたことはある。メジナの白子。


「でもあれって冬のものだからいいんじゃないか? あと、漬け込むか、ゆでるかしたか?」

「ほら! 生で食べるものじゃなかったんだ!」


 スノゥが涙目になってる。

 生かー。生でいけないこともないんだろうけど、おれはイヤだな。ていうか夏のメジナならなおさらだろ。


「あたしもイナダしゃぶしゃぶ食べたかった……口直しに」


 スノゥがしょんぼりするのも無理はない。結局おれの出したイナダしゃぶしゃぶは王族以外のお偉いさんたちによって全部食べられてしまったからな。

 釣ったのおれなのに……。


「でもまあ、お金もらったんだよな」

「ほう、褒美か?」


 たずねられ、おれはランディーに袋を見せた。王家の紋章が入ってるやつだ。


「そう言えば中身見てなかったな……いくらだったんだろ?」


 じゃらりと出てきた硬貨は――金貨が20枚だった。


「…………」

「…………」

「…………」

「王はやはり気前がよいな」


 ランディー平然としすぎぃ!

 マジかよ。3時間ほど釣りして金貨20枚? 時給で6枚ちょい? 円換算で時給60万くらい?

 やっぱ異世界やべえ。


「おれ……釣り人として生きていくわ」

「なにを今さら」


 ランディーが冷静に突っ込んでくる。


「だが問題はハヤトとロードノート伯爵との対決だな」

「あ、そうなんだよ。その……ロード……伯爵? って何者なの?」

「ビグサークの西方を治める貴族だ。かなりのやり手でな。相続予定の第一子がいるのだがこれをキャロル王女と結婚させようと企んでいる」

「え……そうなの? ていうか周囲にバレてたら企んでるもクソもないだろ」

「気づいている貴族はごくわずかだよ。だがこれから多くの貴族が知ることになるだろうな。釣り勝負のせいで」

「……おれのせい?」

「ああ。ロードノート伯爵が取り乱して釣り勝負を申し込んだ理由はなんだと考えるだろう。釣り勝負を持ちかけたタイミングを貴族たちは知りたがるだろう。それが、王女がお前を抱えると言った直後なのだと知れれば――な」


 おれは踏む必要のない虎の尾を踏んだらしい。


「ハヤト様……」


 カルアが気遣わしげな目でおれを見てくる。

 ありがとう、カルア。心配かけてすまんな。


「……やっぱりヤッちゃいますか?」


 真面目な顔で言わないでほんと怖い。カルア怖い。おれはとんでもない奴隷を解放してしまったのか。


「そう悲観するなハヤト。この問題は簡単に片付くではないか」

「え? そうなの? なになに?」


 自信満々にランディーは言った。


「釣り勝負にお前が負ければいい」


 ……それもそうか。

 勝っても「お抱え釣り師」への道が固定化されるだけ。おれはあっちこっちで釣りがしたいし、国外にも出たい。そうなると「お抱え」の称号は邪魔になる。

 金にも幸い困ってないもんな。


 なぁるほど。

 この日の夜は豪勢に牛肉を買い込んで、しゃぶしゃぶをかっ込んだ。




 釣り勝負の日は翌々日だったもので、あっという間にやってきた。

 当日は曇り。朝からどんよりしていて雨でも降ってきそうだ。

 だけどおれの心は晴れやかだ。

 ランディーの提案してくれた解決法――「負ければいい」。

 これがあるからな。


 ランディーに言わせるとビグサーク王国(つまりこの国)の隣国であるノアイラン帝国では今の時期、アオリイカ釣りがアツイらしい。

 はっ。

 ははっ。

 そんなん…………行きてぇぇぇえええええ! 行かないわけないでしょーがっ!

 これは負けるしかありませんな!


「よくぞ逃げずに来たものだ」


 釣り勝負の集合場所は港だった。

 ロードノート伯爵が相変わらずぷりぷりしている。この人カルシウム足りてないんじゃないかな。あ、小魚とかこっちだと貴重品なのか?


「だったら牛乳とか飲んだ方がいいですよ」

「? 急になにを言う……」


 怪訝な顔をされる。すまん、いろいろすっ飛ばしてしまった。


「ふうん、お前が伯爵の機嫌を損ねた若い釣り師か?」


 そこへ――ぞろぞろと10人ほど引き連れた男がやってきた。

 年は、30を過ぎたくらいだろうか。

 青白い顔で、ヒゲの剃った痕が青い。髪をぴったりとなでつけているが、意外に筋肉質な体つき。


「ゲンガー様、前評判通り妙な服着てますね」

「ねぇ、ゲンガー様ぁ、さっさと終わらせてお買い物行きましょうよぉ」


 若い男や女がおもねるように話しかけている。この人がゲンガー。釣り名人ってヤツか。すごいな、子分みたいなの引き連れてるし。女のほうは……なんですかね、異世界キャバ嬢って言っていいのかな。ケバい感じ。おれが苦手なタイプ。

 とはいえおれが引き連れてるのは……。


「あう?」

「どうしたの、ハヤト」


 ちびっ子がふたり。

 ケバくてもいいからおれもお姉さんを引き連れたい、なんていう気持ちがむくむくと湧いてきてしまう。

 ていうか釣り名人って儲かるんだな! 確かに、魚釣るだけで大もうけできるんだもんな……夢の職業だよ。

 おれが釣り名人的人生についてあれこれ考えていると、ロードノート伯爵が告げる。


「勝負の場所は『風見の磯』だ。船で1時間ほどかかる」

「船で移動するのか? 海竜が出るんじゃないの?」


 おれが疑問に思ってたずねると、


「ぶっ」

「わははははは!」

「なんだこいつ、海竜にビビってやがる!」


 ゲンガーとその一味が笑い出した。え? なんかおれ変なこと言った?


「ハヤトさん。『風見の磯』までは水深が10メートルほどの浅い海が続いています。だから海竜が出ることはありません」

「リィン!」


 とそこへ、やってきたリィン。

 1日ぶりに若いお姉さん(しかもケバくない)のご尊顔を拝むことができて感激しきりのおれ。

 朝日を浴びた彼女は相変わらず神々しい。ていうか鎧に反射しってきらりんきらりんしてる。


「って、あれ? リィンも来るの?」

「……団長から直々の命令です」


 なんとなく歯切れが悪かったが、おれとしては大歓迎だ。ていうかフル装備だな。鉄の鎧に剣も吊ってる。

 ……いや、待てよ?

 この歯切れの悪さは……リィンはひょっとしておれといっしょにいるのがイヤなのか!? 騎士団長の命令だからいやいや来てる!?


「り、リィン」

「なんです、ハヤトさん」

「その……おれのことが…………いや、なんでもない」

「?」


 聞けない! 聞けないよ! おれはヘタレだもの!


「で、もう出発してもいいな? 船に乗り込むがいい」


 ロードノート伯爵が船に乗り込むと、お付きの召使いが5人ほどと、ゲンガー、それにゲンガーの取り巻きが乗り込んでいく。

 デカイ船だなあ。帆船だ。


「お前たちはそっちだ」


 指差されたのは……えーと、なんていうんですかね。小舟だ。ぎりぎり5人が乗れるかどうかというほどの。

 櫓を漕ぐ船乗りがつまらなさそうな顔をしている。


「露骨な差別だなあ。まあ、自分で漕がないだけマシかな」


 どのみち負けるつもりだからいいんだけど。おれとしてはそんなことよりもリィンがおれのことを嫌いなのではないかという疑惑が気になる。


「あう……水の上は怖いです……」


 おれが先に乗り込んで、カルアに手を差し伸べてやる。

 ひょこんと乗ってきたカルアがバランスを崩したので抱き留めてやった。


「大丈夫か?」

「あ……あ、あ……」


 真っ赤になるカルア。


「ん、ほんとに大丈夫か? 怖いか、船の上が?」

「あ、い、いえ――あっ、こ、怖いです! 怖いので……すこし、このままでもいいでしょうか……」

「おう。つかまってろ。揺れるからな」

「――ハヤトさん、乗ってもいいですか?」


 リィンが乗り込むと、ぎぃーと大きく揺れる。


「うわっとっ……これ、定員ギリギリじゃないか?」

「わ、わたくしは別に、太っているわけではありません!」

「わかってる、装備だろ? それ脱いだら?」

「……これを脱いでしまえば任務に支障が……」


 騎士だもんなあ。


「それじゃあ、スノゥは無理か」

「ん。問題ない。眠いので寝ている」


 さばさばとしたものだ。ちなみにランディーも夢の中だ。


「じゃあおれたちは3人で行くか」


 そうして船は出航する。


メジナの白子もそうなんですがアイゴの腸が珍味というのをネットで見てドン引きしました。

さすがにちょっと手が出ないな……。

磯の海藻を食うので、小腸がめっちゃ長いみたいです。


雲行きが物理的に怪しいですが、次回から釣り勝負開幕です。

前へ次へ目次