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19 しゃぶしゃぶ面談

「こ、ここ、ここか?」


 デケー扉の前に待たされていた。

 ここまでおれ、赤い絨毯の上をずっと歩いてきたんだよ。靴の裏までしっかり拭かれてから通されたんだけど。靴底がゴム製だから変な顔されたっけ。


 ギリシャの神殿に出てきそうな威圧感のある柱が並んでてな。

 ついにやってきたところは分厚い鉄の扉。

 高さはざっと3メートル。

 王様は巨人族なのかな?

 とか冗談言う元気もない。


 靴は拭かれたけど、おれ、釣り帰りだぜ。潮風浴びて汗もかいてるし。なんせ両手にぶら下がってるイナダが3匹な。血を垂らすわけにはいかないから靴を拭かれたときに紙でくるまれた。

 ランディーに任せて持って帰ってもらおうかと思ったんだけど、「持っていったほうがいいぞ」と逆にアドバイスされたんだ。


「王国騎士リィン=ロールブルク!! 釣り人ハヤト=ウシオ!! その付き人が参りました!!」


 突っ立ってた兵士のバカでかい声に、おれの身体はびくりとなる。

 なんせスゲー声なのよ。

 会社で働いてたときに、とある通信系子会社の広告代理店が飛び込み営業をかけてきたんだけど、全身筋肉みたいな日に焼けた若いヤツがそんな声を出してた。ヤ○ザかよってびびったおれ、危うく契約を結びそうになって上司に叱られた。


 会社でのトラウマを刺激され、抗議の意味を目に込めてふんぬと兵士をにらんでやった。だけど兵士はどこ吹く風で突っ立ってた。

 そうこうしているうちに扉が開かれる。

 おいおい……開けるのに4人がかりかよ。効率悪すぎる。


「うほ」


 天井から吊り下がるシャンデリアがでかすぎる。サスペンス映画だったら間違いなく落ちてくるヤツだ。

 左右に並んでいるお偉いさんなのか? 少ないな。全部で5人くらいだ。

 つうか王座まで遠いな! 50メートルくらいあんぞ。


 10段くらい上ったところにいるのが王様のようだ。

 ……うん、なんかにこやかだ。

 日本にいたら七福神のモデルになりそうなくらいのえびす顔。お金に困ったことがない人はこういう顔ができるんですか? 僕もそうなりたいです。


「あぅ、あぅ、あぅ……大丈夫……カルアならできる……カルアならできるから……いざとなれば素手でだって」


 横でうちの奴隷志願者が物騒なことつぶやいてる。頼むからおとなしくしててほんと。


「きき騎士リィン=ロールブルク、釣り人ハヤト=ウシオを釣れて参りましたぁ!」


 どもってたぞリィン。

 しかも最後のほうが甲高い声になってる。

 リィンもこんなふうに動揺するんだな。顔真っ赤だし。なにそれかわいい。


「バカ者がァッ!! 面会の30分前に到着しておくことは常識だぞ!!」


 うおっ。

 いきなり雷が落ちてきた。えびす様、じゃない、王様があの笑顔でブチ切れてたらさすがのおれも失禁案件だったが、そうじゃない。

 5人いるうちのひとり、なんかでっぷり太ったいかにも性格悪そうなオッサンが切れてた。


「もも申し訳ありません伯爵!」


 キレイに頭を下げるリィン。


「あ、すみません。えっと、おれがすっかり約束を、忘れ、じゃない、そのー、失念しておりまして」


 リィンは悪くない。

 なんとかうまいこと言わなきゃ――と思ったおれだけど、こういうシチュエーションでたいてい取引先を怒らせてきたことを今さらながらに思い出した。

 結果、ゲーム開発部署でも内部で数値を調整する仕事をやるようになったんだわ。「牛尾を社外に出すな」って言われて。ひどくね? 英断だわ。


「忘れていたということか? ほう、言うではないか? ビグサーク王家との名誉ある面会を忘れていたとはなあ!?」


 ほら、もっと怒っただろ?

 ってやべえ! 怒らせたらヤバイよ! 頭を下げたリィンが横目で(涙目で)ちょっと黙っててみたいに訴えてくる。

 失敗した。もうしゃべりません。おれは貝です。東京湾の潮干狩りでおなじみのホンビノスです。


「……アイツが敵、敵、敵……ひとりならヤれる……」


 おれが貝になってもカルアがいた。おれが貝ならカルアは壊だ。まずい。真面目に考えろおれ。


「このような無礼をとうてい許すわけにはいかんな。王家侮辱罪に照らし合わせると――やはりここは処刑がいちばんでしょうな」


 うおわ! やっぱ処刑かよ! ――って待って、カルア、今飛び出さないでっ。どう、どうどう!


「まあ、まあ、ロードノート卿、そこまで目くじらを立てることはあるまい。聞けばウシオは遠国よりやってきたと聞く。礼儀を欠いていたとしても、釣りの腕が確かであれば――」


 そこをとりなしてくれるえびす様、じゃない、王様。

 マジ王様。度量が大きい!


「――ん、手に持っているのはなんだ?」


 言いかけた王様がおれの持っているイナダに気づく。


「あ、イナダっすよ」


 答えたおれをリィンがすごい目でにらんできた。すみません。勝手に答えて。適当な敬語でほんと申し訳ない。


「見ればなかなか新鮮なようだなあ。しかもすごいサイズだ」

「――ウシオ殿は今朝、王都の堤防でこれを釣ったと」


 リィンがフォローを入れると、


「なんと、王都の堤防でこのようなイナダが釣れるのか!? これは王都の釣り人たちにもがんばってもらわねばな!」


 王様、大喜び。

 ロードノートとか言われてたオッサン、「よもや釣りをしてて面会に遅れたのではあるまいな?」と言わんばかりである。大正解。でもおれ、気づかぬふり。藪を突いて蛇を出すことはない。


 ていうかこの世界でもイナダはイナダなんだな。出世魚の呼び名まで同じなんだ。楽でいいわ。


「余は、そのような鮮度の高いイナダを食べたことがないな……」


 ぽつりと王様がつぶやく。


「え、そうなんですか? 食べます、これ?」


 あ、言っちまった。ごめんってリィン。だからいちいちにらまないで。可愛い顔が台無しだぜぇ? ……そんなこと言えないですけど、はい、度胸ナシなもんでほんと。


「おお、献上してくれるというのか! これはいい。さっそく昼に食べよう。やはり塩焼きか、香草焼きだな」


 ……は?

 王様の言葉におれ、凍りついた。


「む? 異論があるのか、ウシオ」


 やべ、「は?」っておれ口にしてたらしい。

 偉そうなヤツのうち、明らかに武人が剣に手をかけてる。ちょっとちびりそうになるおれ。


「あ、えっと、いいえ、なんでもないです。お好きに召し上がって食べてもらっていただくのがいちばんだと思います」


 おれ、精一杯敬語使うものの壊滅的だったことがリィンの視線によって判明。


「思うところを素直に述べよ」

「王! これ以上、このような者の無礼を聞くわけには――」

「まあ、待て、ロードノート卿。卿の厳格なる態度は王政に必要ではあるが、ウシオには不要だ。なにせ彼は釣り人だぞ? しかも遠国の釣り人だ。余らの知らぬ知識を持っている可能性があろう」

「…………」


 オッサン、歯を食いしばって引き下がる。おれ、にらまれる。なんか今日はにらまれすぎる。早く釣りに行きたい。海だけを見て生きていたい……。


「ウシオよ、お前ならこのイナダをどう食す」

「えっと……」


 リィンをちらりと見る。リィンがにらんでいる。


「リィン=ロールブルクよ、控えろ。余がいいと言っているのだ」

「は、はいっ! 申し訳ありませんでした!」


 頭を下げてリィンが一歩下がる。


「えっと……おれなら、しゃぶしゃぶですかね。イナダしゃぶしゃぶ」


 謁見の間の空気が、凍りついた。


「……しゃぶしゃぶとは、なんだ?」


 興味津々の王様の顔を見たとき、おれは、やっぱりこれは言うべきじゃなかったんだと気がついた。

 わかってたもん。

 次に来る言葉。

 好奇心に目ぇキラキラさせたえびす様。じゃなかった王様。


「非常に気になる! ウシオよ、余のためにその『イナダしゃぶしゃぶ』とやらを作ってみせい!」


 ほら。

 ロードノートとかいうオッサンとリィンにまたにらまれた。ああ、釣りに行きたい……。


イナダしゃぶしゃぶは言ってみればブリしゃぶの若いバージョンです。うまくないわけがない(ネタバレ)。

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