閑話 海竜から見える世界 2
本日2回目の投稿で本日3話目です(とんちかな?)。前話と今話が短いので、1度に2話投稿いたしました。まとめてもよかったんですが、閑話だったので……ちょっと更新頻繁になってすみません。
彼女は怒っていた。
釣られたのに逃がされた――あの人間に。
海竜族のひとりとして、真鯛に擬態した彼女は、しかしあふれでる魔力を押さえることができず魔鯛化していた。
そんな彼女は釣り上げられたとき、死を覚悟した。
釣られた魚は殺される。
落ちた人間を海竜が食うように。
そこに同情はない――当たり前だ。
にもかかわらずあの人間は、自分を逃がした。
「……屈辱っ!!」
フゥム村の港に近寄りたくなくて彼女は逃げ出した。
どんな巨大な魚とバトルして食らってやっても、気持ちは晴れなかった。
モンスターと死闘を繰り広げても屈辱感は消えなかった。
そんな自分を父は――海竜の長である父は、どう思っているのか。異変に気づいているような気がする。だけどそれを確かめる気はない。
「ここは……」
やってきたのは広々とした浅い海だった。
水深15メートル未満では海竜として泳ぐことはできない。これは窮屈だというのもあるが、過去に海竜族と人間族の長同士が決めたルールなんだとか。
ともあれ、彼女はまたも魔鯛に姿を変えて浅い海を泳いでいく。
多くの魚がいる。
多くの人工物が埋まっている――岩や、杭などだ。
船も多く泊まっている。
「ふうん、にぎやかなところ」
気分が変われば屈辱感も多少は薄れる。
釣り上げられたときに針が刺さった口は、すっかり治っている。だけど今も痛みが走るような気がする。
「……ん?」
カタクチイワシがパニックに陥って海面で跳ねていた。
大型の回遊魚に追われる、いつもの光景だ。
「……んん?」
そんな中に、きらっ、きらっ、とピンク色の光が混じっていた。
吸い寄せられるような魔性のピンクだ。
彼女がたどり着くよりも前に、55センチほどのイナダがパクッ、とピンクに噛みついた――。
「あ!」
イナダの身体が消えた。
ぎゅうん、と引っ張られて行ったのだ。
「釣られたんだ……! 人間だ……! しかもあの動き、このあいだの……!」
彼女は直感する。
あの人間だ。
跳ねるピンク色を見たときに、彼女の脳裏に釣り上げられたときの記憶が鮮明にフラッシュバックした。
人間の、男。
その顔立ちまではっきりと思い出した。
「ふぁ、ふぁぅ……」
びく、びくん、と彼女の身体が震えた。
屈辱感が恐怖感にすり替わったのだ。
釣り上げられたときの生命の危機。自分は、死んだと思った。
だけど生きてる――。
「ふぁぅ」
恐怖感は突如として恍惚とした快感に変わる。
彼女の目の前に、またもひらりひらりとピンク色の小魚が降りてきたからだ。
誘っている。
誘われている。
これは理性で制御できるものじゃない。
本能をくすぐる動き。死が間近に迫る恐怖。
これが混じり合ったとき、彼女はなにも考えられなくなった。
ルアーに突っ込んでいく――とき、ピンク色ははるか遠くに去っていって。
「え……どうして」
時刻は8時半。ちょうどハヤトが釣りを切り上げた時刻だった。
「どうしてよぉぉおおお!?」
切なげな少女の声が海中に響き渡った。
彼女は気づいていない。
彼女が来てしまったせいで他の魚が恐れをなして姿を消したことを。
それはハヤトたちが釣りを切り上げるきっかけを作ってしまい、裏を返せば彼女がまた釣られずに済んだことを。
海竜ちゃんのR-18(需要なし)
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