17 見せてもらおうか、王都の堤防の性能とやらを!
本日も朝・夕の2回更新です。
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翌朝、日の出前。
おれは釣りの日に限っては一度も目覚まし時計の世話になったことがない。
いや一応セットするけどね?
でも、目覚ましが鳴るよりも先に目が覚めるんだ。わくわくしてさ。遠足の日の小学生かよ。
昨晩、軽く酔ってても釣り具の準備をして寝たからな。起きればすぐに出発できる。
一応この世界にも目覚まし時計があった。魔法で音が鳴るんだ。
「ぴよぽろ……ぱらぁん……」って気が抜ける感じ。
どうしてそんな音にした?
カルアはスノゥと2人部屋にして寝かせてる。いくら小さい子だと言っても女の子だし。
というわけでおれはひとりでさっさと起きると、廊下に出た。
「おお、目覚めたか」
すぐそこにランディーがいた。
「早いな、ランディーは」
「あんまり楽しみで目が覚めてしまった」
まったくこいつは子どもかよ。おれといっしょだな。
相変わらずしゃれおつな帽子をかぶったランディーだ。
宿は静まり返っている。
空は群青が薄れ始めていて、あと30分ほどで夜明けだろうか。
宿の入口には朝食用としてハムサンドが置かれてある。おれとランディーはひとつずつ手にするとむしゃむしゃほおばりながら町へと繰り出す。
馬が走っていいのは夜明けから日没まで。通りは静かなものだ。それでも、暗いというのに、水をまいたり洗濯をしたり炊事をしたりする光景がそこここに見られる。
今日これから始まる王都の熱気の種だ。
夜明けとともに発芽し、開花していくんだ。
「こっちを通ったほうが早い……らしい」
とランディーは小道を指した。
ゆるやかに下り坂で、おれの鼻はもうとっくに潮のにおいを嗅ぎつけている。
「らしいってなんだよらしいって」
「実を言うと私も王都で釣るのは初めてなのだ」
「え、そうなの?」
「うむ。行きたいとは思っていたがなかなか時間が許してくれなくてな……ハヤト、お前がいなかったら王都で釣りを楽しむことはできなかっただろう」
大げさだな、と思ったけど、やっぱり男爵というのは忙しかったんだろう。
おれのせいで貴族辞めさせるとかヤバイんじゃないかと思わないでもなかったけど、ランディーが後悔していないのだから、おれがあれこれ言うことじゃないよな。
「この先だ」
うねった坂道を抜けた。
「おおっ……」
小さく、声が漏れた。
群青の空。南に向いている港はいまだ薄闇に沈んでいる。
それでも無数の船が帆をたたんで、舫われている姿は圧巻だった。
ちゃぷ……ちゃぷ……と波が音を立てる。
こんな朝から集まっている釣り人がいる。
ランプを片手に出船準備をしている男たちがいる。
「こっちだ」
ランディーとともに進んだ先は、確かに大型の人工堤防だった。
土地としては南にかなり開けている王都の港だが、そのままだと大波が押し寄せるからだろう、左右からせり出すように埋め立てられ、堤防となっている。
水面までは3メートルほどか。
外海に向けてはテトラポッドの代わりに大岩がいくつも沈んでいる。岩に乗って釣りもできそうだけど、滑りそうでちょっと怖いな。
「この大岩は、稀代の魔導師レゲンド氏が運んできたのだ。堤防ができて200年は経つが、この大岩は当時のままだという」
「へぇ~……」
テトラポッドという発想があったんだろうか。それにしても、岩を運ぶのも魔法か。便利な気もするけど、すごい魔法使いじゃないとできないんだよな。便利じゃない気もするな。
大岩の隙間は小魚の隠れ家になって、漁場になっている。
数人の釣り人が穴釣りをしている。岩と岩の隙間に釣り針を下ろして魚を釣る方法だ。
カサゴにアイナメ、ソイにメバルと言ったロックフィッシュなんて呼ばれる魚たちが釣れる。おれはこないだルアーで釣ったけどな。
「ハヤトハヤト! 先端が空いてる、これは幸先がいい!」
脱男爵記念釣行ということもあってランディーのテンションが高い。
しかも、一般的にいちばん釣れるスポットと言われる堤防の先端が空いているのだからなおさらだ。
ちなみにこの知識はおれがランディーに教えたものだ。ランディーのヤツ、おれがフゥム村滞在期間中にやっていた釣り講座に参加してたんだよな。
おれたちがちょうど釣り座を確保したときだった。
「……夜明けだ」
東、茜色の夜空から放たれる黄金の光がおれとランディーを焼いた。
今日も暑くなる。
そんな予感をさせる強い初夏の光。
「これは釣れる。こういうときは間違いなく釣れるのだ。私の勘がびんびん反応している」
と、しっかり失敗フラグを立ててくれるランディー。
「釣るぞ、ハヤト!」
「おお!」
ランディーはゴツイ延べ竿にデカイ一本針をつけてなるべく遠くに放る。
おれはその横でルアーだ。
なんせ、さっきからイワシらしき群れが入り込んであちこちの海面で暴れてるんだ。海面が沸き立つからこれを沸騰とかナブラとかいう。ボイルは意味的にそのままだけど、ナブラのほうは語源に諸説があって「魚の群れ」と書くからだ、とか、「なぶる」から来てる、とか。
ともかく、小魚どもがそんな状態になっているのは、イワシを追って大型魚が来ている証拠。
こいつはルアーで釣るしかないでしょー。
シーバスか?
サバか?
あるいは――。
「せいっ」
おれがルアーをキャストすると、ナブラのちょうど向こうに落ちた。ベストポイントだ。
「ずるいぞ、ハヤト! お前はそうもぶんぶん投げて!」
「わっはっは。装備のせいにするのは素人よ」
「くっ、言ってくれる――ぬおっ!?」
そのときランディーの竿がしなる。かなりの引き込み具合だ。
なんだ?
おっと――おれも人を眺めている場合じゃない。
ルアー釣りはキャストしてからが勝負だ。おれが選んだのはイワシを模したメタルジグ40グラム。色はレインボーだ。
こいつをひらりひらりと水中をひらめかせるイメージ。竿をしゃくり、リールを巻いて、落としていく――おれが思い描いているのは「弱ったイワシ」だ。回遊魚がイワシを追う。弱った小魚は格好の補食対象になるはずだ。
さあ食え、食えっ――。
「……ダメか」
メタルジグはおれの手元に戻ってきた。
横では、ちょうどランディーも魚を釣り逃がしたようで、「糸を切られた」と興奮していた。
それからおれは何度かメタルジグを投げたが、反応がない。
「ルアーを変えよう」
次に選んだのはすらりと細いルアー、シンキングペンシルだ。その名の通り、「沈む鉛筆」みたいなものである。浮き上がりにくいのが特徴でゆらゆらふらふらと海中を泳ぐアクションに向いている。
選んだカラーは、ピンク。
「こいっ!」
ルアーが着水する。
ここからおれが糸を巻くわけだ。だから、ルアーはおれの手元に近づいてくる。
そのときにナブラの下を通せるのがいい。
大型の回遊魚は下からがぶりと小魚を食うからな。
「んっ……んんん!?」
来た。
いきなり食ってきた。
がつんとした手応え。刹那の反応でおれは竿を立ち上げる。合わせる。
ずしりと手応え――かかった。
「いよっしゃああああ! きたあ!」
重い。魚が暴れる感触がぶるりと手元に伝わってくる。
なんだ? 何者だ? お前は、いったい、どんな魚だっ!
「かかったのか!? でかいか!?」
「引く、な、こいつ……そこそこあるぞ」
ぐいぐい竿先が引き込まれるのをおれは無理矢理力で押さえ込む。
重たい。だけどおれはこれ以上の重さを経験したことがある。だから、抜き上げられるという確信がある。
途中からただ単に重いだけの感触に変わるが、魚影が海面に見えるとゆらりと魚は動き出す。
「イナダだ!」
竿先がぐんっと引き込まれる。
ブリの幼魚だ。体長35センチから60センチあたりのものをイナダと言う。
くぅーっ。こいつが秋にかけてどんどんでっかくなるんだよなあ。
「だけど、お前は——おれに釣られる運命だ!」
力任せにぶっこ抜いた。
海水を飛び散らせながらイナダの魚体が宙を舞い、堤防に落ちる。
びちびちびちっとのたうち回るイナダの口に、がっつりとルアーのフックが掛かっている。完璧だ。
「おお、これが、イナダ……美しいな……」
ランディーが呆けたように言う。
青みが掛かった背中、腹に一本入っている緑色の線。
そしてまぶしいほどに白い腹。
ブリにまで成長すると脂もすごいし旨みもすごいが、実はイナダくらいもまた違った味わいで美味しいのだ。
さっぱりしていて、それでいてこりこりと歯ごたえが……刺身もよし、焼いてもよし。
「よっし、じゃんじゃん釣るぞ!」
「ああ。負けてはいられん!」
おれたちは釣りを続けた。
私の近場ではワカシ→イナダ→ワラサ→ブリですね。
楽しそうに釣りをするハヤトですが……あれ? なにか忘れているような……。