前へ次へ
19/113

16 捨てる神あれば拾う神あり

本日2回目の投稿ですのでご注意ください。

「……ちょっと目を離した隙に……。ハヤトさんはトラブルを起こさなければ気が済まないんですか?」


 宿に戻ったらすでにリィンがいて、スノゥのことを説明するといきなり呆れられた。


「えーっと……そういうわけじゃないんだけど」


 そのスノゥは、おれのタックルケースを「見てもいいぞ」と言うとかぶりつきで観察している。「おおっ」「なんとも」「はぁぅ」となまめかしいため息まで交えながら。

 まあな!

 その中には1つ3000円とかいうアホみたいに高価いルアーもあるからな! 実は同じルアーがもう1つあったのに1投目で根掛かりしてロストしたときは心臓の動悸がおかしくなったわ……しかも100円ルアーのほうが釣れたりするんだよ……ほんと釣りは奥が深いぜ……ダ○ソーはチート。


「ま、まあ、おれの装備一式を見物したら帰るんじゃないかな」

「そうでしょうか? わたくしにはそうは思えないのですが」


 うっ。

 弟子入りなんて冗談でタックルを見学したかっただけでした〜——なんていう、おれの希望的観測を天使が打ち砕く。


「と、ところでリィンのほうはどうだったんだ!? なんか報告しにいったんだよな!」

「報告しましたよ――魔アジを釣ったが村人たちと食べてしまい、魔イワシを釣ったが奴隷を解放するために奴隷商に渡した釣り人のことを」


 後半でカルアの身体が強ばる。

 いいんだぞ、カルア。お前がなにか悪いわけはないんだからな。

 そういう気持ちを込めてカルアの頭に手を載せ、少しなでてやった。カルアの身体から緊張が抜けていくのを手のひらに感じた。


「報告の結果、どうなったと思います?」


 リィンが聞いてくる。

 どうなったか? そりゃあ決まってる。


「デマだったってことになったんだろ? そしたらおれは自由だよな?」


 はあ……と天使が深いため息をつく。


「それだったらどれほど気が楽だったことか……逆ですよ」

「逆、ってなに?」

「興味を示されたのです。一度会ってみたいという流れになりました」

「え……誰に会うの、おれ。リィンの上司?」


 イヤだな。おれ、偉いヤツに会うのって苦手なんだよ。

 なんかさ、ちょっとした無礼があったらすげー怒られたりするかも、とか考えちゃうんだよ。

 実際にそんなことってほとんどないのはわかってるよ?

 でもなんか考えちゃうんだよ。もう、それだけでストレス。


 会社でもさ「顔合わせだけだから~」って連れてかれた会議で相手方のお偉いさんとか出てきたりするわけよ。

 その会議室には最高でも「課長」クラスしかいないのにひとりだけ「本部長」みたいな肩書きついてるやつが出てくるわけよ。

 そいつがしゃべるたびにシ~ンよ。ここは茶室かな? 結構なお点前で?


「違います」


 違うらしい。なんだよ、なら安心だな。


「王族です。明日の朝9時に面会されるそうです。くれぐれも粗相のないようにお願いしますよ。ほんとうにほんとうにお願いしますよ」


 え……。


「えええええええええ!? なに王族とかいう話になってんの!? ダメじゃん! いちばん偉いヤツじゃん! 無理無理無理!」


 会社で言うところの取締役以上じゃん! 本部長を兼任してたりするヤツじゃん! 絶対逆らっちゃいけないパターンじゃん! 余計な口をきくと「シ〜ン」どころか首を飛ばされて(物理)「これで二度と余計な口をきけなくなったな」とか言われるヤツじゃん!


「王家に対して『ヤツ』などという言葉を使ってはなりません。不敬罪で処されますよ?」

「『処す』ってなに!? っていうかリィン、なにそんなの引き受けちゃったの!?」

「わ、わたくしだってイヤなんですよ!? 同席しろと命じられたのですから!」

「断れよ!」

「命令は絶対なのです!」

「この残念騎士!」

「なっ、なんですかそれ!」


 そろりそろりとおれから離れようとしているカルアを、おれが逃がすはずはなかった。


「……カルア」

「ひっ」

「お前も、同席……」

「無理ですぅぅぅ! イヤですぅぅぅぅ!」

「頼む! あわてるお前を見て『ああ、下には下がいるな』と落ち着きたいんだ!」

「ひどいですぅぅぅ!」

「おれのためになんでもするって言っただろ!」

「あぅ!? そ、そうでした……」


 その瞬間、カルアの瞳から光が消える。


「……そうですね、簡単なことですね」


 え?

 簡単? なにが?


「ヤッてやります」


 ……え!?


「なにかあったら、偉い人だろうと、王族だろうと、カルアがヤッてやります。そうしてカルアも死にます。ハヤト様に面倒が及ばないように……」

「ちょちょちょ待てカルア! それはダメだ!」

「ふふふ……」

「カルアァーッ!! 戻ってこいーっ!!」


 カルアの扱いを間違えると大変なことになることを、おれは知った。追い詰めてはならない。




 暴れたところでおれの運命は変わらない。決まってしまった面会を逃れることなどできはしない。釣り上げられた魚の運命が人間によって握られているようなもんだ。

 だけどまあ、捨てる神あれば拾う神ありというかな。

 意気消沈して宿の食堂で肉を食ってるおれとカルア、スノゥのところへやってきた人影があったんだ。ああ、リィンは騎士の寮があるとかでそっちに帰った。


「やあ、ハヤト」

「……あれ? ランディー?」


 フゥム村の領主、ランディー男爵である。女なのに男爵である。

 なんかフゥム村にいたときのようなしゃれおつな帽子はかぶっているけど、それ以外の服は――あんまりキラキラしてないな。旅装なのか?


「あっ、そう言えば王都にあとから行くって言ってたっけ? なんか片づけなきゃいけない用事があるとか」

「そうそう。いろいろ片付いたから来たのだ」


 空いた席に腰を下ろすと、宿の人間にエールを頼むランディー。

 慣れた口ぶりが男前を上げる。美人の男前って清々しいよな。

 ちなみにエールってのは色の濃いビールな。でも日本のビールより味に深みがあるっていうか、まあ、ちょっと雑な感じもあるんだけど、結構いける。がぶがぶ飲んじゃう。


「ん? そちらの女性は……」


 ランディーが目を留めたのはスノゥだ。

 うむ。リィンが言ったとおり、スノゥはルアーを堪能したあともおれといっしょに行動すると言っている。うむ……どうしよ、この子。


「『北極星鍛冶工房』のスノゥ」

「む? あの有名な工房か。そのような方がなぜここに?」


 おれがあーだこーだと事情を説明してやると、ランディーは笑い出した。


「まったくお前というヤツは、魚だけでなく人まで釣ったか」

「うまいこと言ったつもりかよ」

「釣具店には行ったのか?」

「おう。真っ先に行ったぜ!」


 そもそもの目的でもあったけどな。釣具店。デカかった。まあ、おれに必要なものがあるかと言われれば……今のところはないな。たまにエサ釣りやりたくなったらエサ買うくらいか? ゆくゆくはこっちの世界でタックルをそろえなきゃいけないだろうけども。


「では港はどうだ?」

「え……港?」


 あーっ! そうだった! ランディーが言ってたんだっけ。大型の堤防があるって。


「まだ! まだだ! 行ってないわ!」

「そうかそうか。ここの港はいいぞ。大型船は海竜の問題で建造できないが、小舟が多くてな。どっしりした堤防があって、足下から水深があり……もしよければ私が案内してやらんでもないが」

「釣りに行く! 絶対行く! いつ行く!? 明日! 明日だよな!?」

「そうこなくては! 明日の日の出前に行くぞ!」

「おおーっ!」


 ランディーの頼んだエールのジョッキが届いたのでおれたちはジョッキをぶつけ合った。

 くはーっ。釣りの約束をしたあとのエールは最高だぜーっ!


「……あれ? でもランディーって領主だよな? 王都で釣りなんかしてていいのか?」

「なんだなんだ、今さらだな」

「いや、だってさ……一応気にはなるだろ」


 これでも会社員だったんだぞ。

 領主に有給休暇とかあるのか?


「辞めた」

「ん、なにを?」

「領主を」

「なにぃぃぃ!?」


 おれだけじゃなくスノゥもカルアもびっくりして目を剥いている。


「な、な、なんで……」

「お前と釣りをしているほうが楽しいからに決まってる。辞めてやった! あはははは」


 バカだ。

 コイツはバカだ。

 正真正銘の――釣りバカだ。


「いろいろやるべきことがある、と言ったろう? あれはすべて領主の引き継ぎだ。私は所詮雇われ貴族だからな、辞めようと思えば辞められないこともない。――どうだ、ハヤト。呆れたか?」


 にたりと笑って聞いてくるランディー。

 呆れたか、だって?


「……そんなわけ、ねぇよ」


 おれは……なんか、うれしくなってしまったんだ。

 たぶんランディーとは友だちになれる気がして。

 おれの、人生初めての、釣友に。

 いや、友だち的には男のほうがよかったんだけど、ランディーなら女とか男とか意識しないで済むからそのぶん気が楽だ。


「だがなランディー! 釣りにかけちゃおれのほうがぶっ飛んでるってとこ、明日見せてやるぜ」

「私だって負けてはいないところを見せてやろう! 男爵位を捨てた記念すべき最初の釣行だ。釣るぞ!」


 おれとランディーはもう一度ジョッキをぶつけ合った。

 カルアとスノゥはなにも言わなかった。たぶん、呆れてたな。

釣り友は最高です。

前へ次へ目次