15 弟子入りを、許そう
今日も2話更新予定です。(朝・夕)
鍛冶職人のスノゥだと、彼女は名乗った。
「鍛冶職人……?」
おれは彼女をつま先から頭のてっぺんまで見る。
細い。
着てる服は……うん、ツナギってやつだな。足下はごついブーツで、一応職人っぽい。
「お前、信じてない」
「し、信じてる、信じてるよ。すごいなー、この針をねえ」
「信じてない」
詰め寄られる。
うっ、信じてません。
だってさ、こんな小さい子だぞ。身長140センチくらいしかないぞ。カルアよりは大きいけど。
「ついてこい」
「え?」
「証明する。あたしが、鍛冶職人だと」
なし崩し的にスノゥに引っ張り出されたおれは、一応名前を聞かれて名乗っておいた。
連れて行かれた先は、道を何本も曲がっていったせいで、これちょっとひとりで宿に帰れと言われたら無理ですよね、って感じの奥まった場所。
「煙いな」
あちこちからもうもうと黒煙が立ち上っていて、この区画だけ空気が悪い。
あと、かーんかーん、ごーんごーん、がちゃがちゃがちゃ、と音が響いていて、その音に紛れて怒鳴り声が挟まってくる。うるさい。
鍛冶屋街とでもいうのかな。
「ここ」
スノゥが指差したのは、「北極星鍛冶工房」という名前の――めちゃくちゃデカイ建物だった。
他の工房よりもずっとずっとデカイ。
ジョウシウヤよりも全然デカイ。
おれ、カルアと視線を交わす。
さっさと入っていったスノゥがこちらを振り返る。
「早く入って」
「マジかよ……入っていいのか? でも釣り針作るところ見せてもらえるなら見たいなあ」
「……鍛冶の現場は見せないぞ。秘密がいっぱいある」
「え、えぇー」
「それでも、あたしが鍛冶職人なのはわかるはず」
「ほんとかなあ……」
疑いたっぷりの目をするとスノゥが顔を真っ赤にしてぷるぷる震えた。ヤバイ、怒ってる。でも可愛いなあ。
逆にカルアが半目でおれをにらんでくる。えっ、なんで。
「あっ、お嬢、お帰りなさい!」
「お嬢のお帰りだ!」
とかやっていたら奥からぞろぞろ男たちが出てきた。
ドワーフっぽい人はいない。フゥム村にもいたノーマルな感じの異世界人たち。
ここは鍛冶工房の――一応販売もやっているよ、という感じの場所だ。剣とか鎧とかが陳列されてる。ただ、売り場は小さい。受注生産が多いのだろうか――とか経済や流通が気になってしまう社会人脳が悲しい。
「おまえたち、あたしは鍛冶職人か?」
集まってきた男たちに聞くと、
「もちろんです!」
「お嬢が職人じゃなかったら、ここにいる連中はみんな失業しまさあ」
「なんたって鍛冶の予約が来年まで埋まってるお嬢ですからね」
「お嬢の釣り針は釣り名人がこぞって称賛してるくらいですから。一度針掛かりしたら絶対抜けないって」
お、おお、そうなのか。
実はすごいのか、この子。
薄い胸を反らしてこっちをちらちら見てくる。ドヤ顔も可愛いな。カルアもそうだけど、小さい子が偉そうにしても可愛いという気持ちしか湧いてこないな。
「すごいんだな!」
おれが素直に認めると、口元をにやつかせながら、
「ま、まあな。上には上がいるけれど、それでもあたしはそこそこの腕前だと思ってる」
「じゃあ釣り針でこういうの作れないか、見て欲しいんだが?」
「あたしが作ることはできないが……予約がいっぱいでな。見繕ってやることくらいはできるぞ。どれ」
おれはポケットから小型のルアーケースを出した。
釣り人たる者、いつ何時でもルアーケースくらい持ち歩かないとな!
……というのは冗談で、ポケットに入れっぱなしだっただけだが。
おれは中からトレブルフックの釣り針を出す。
こっちで暮らしていくなら、とりあえず今の装備でお金を稼いでいくのは既定路線だとしてもさ、装備が壊れたらどうするかも考えなくちゃいけないだろ?
特にルアーや釣り針。こいつらは消耗品だからな……どこで根掛かりするとかもわからないし、ネットや釣り雑誌で調べることもできない。
ここでスペアをたくさん作れるならそれに越したことはない。
「…………」
おれの渡したトレブルフックを手にしたスノゥは、両目を――これでもかというほどひんむいた。
……目、落ちない? 大丈夫?
「お嬢?」
おれが心配していると、他の男どもが先に声をかけた。
「なにこの材質……鋼にしては純度が高すぎる……外側はコーティング、なんの素材……? それ以上にこの鍛造は……あたしが作る以上……いえ、これはお祖父ちゃんよりもずっと上……!?」
スノゥのつぶやきに、ざわつく男たち。
「お、お嬢、なに言ってるんですか。先々代よりもすごい鍛冶職人なんて、この大陸にはいませんよ」
「その釣り針の形、見たこともないですし」
「なにかの間違いでしょう」
おれ、トレブルフックを見せたことを後悔し始める。
なんか大事になりそうな気がしてきた。
すでにカルアが半歩下がって逃げようとしている。逃がさないぞ。おれがカルアの左手をつかむとぷるぷると震えるカルア。
「あり得にゃい!」
うお、びっくりした。
スノゥが変な声で叫んだんだ。
……猫系亜人じゃないよね?
「だ、大体、こんな針でなにを狙うというの?」
「え?」
「こんな針、使い道がない!」
「いや、結構あるよ。小魚を補食する魚ならなんでも行けるけど、特にこのサイズの針だとシーバスとか……シーバスってわかる? フッコとかスズキだけど」
「バカにしないで、わかるもの! でもそんなの、狙って釣れるわけが――」
「えっ。狙えば行けるでしょ。むしろメジャーなターゲットだし」
「えっ」
おれはルアーケースからメタルジグを出して見せた。
こいつは何度かシーバスを上げた実績あるルアーなんだよな。
「ウソ……この歯形、確かにフッコサイズ……」
え? 歯形?
あ、確かにルアーに歯形ついてる。
ってか歯形だけで魚種がわかるの!? そっちのほうがすごくね!?
「な、なに? この美しいフォルム……そして輝き……なるほど、3本針はここにつけて……疑似餌というわけか……一気に呑み込んでくる口の大きなフッコにはちょうどいいサイズ……」
「あ、あの、ちょっと見過ぎじゃ」
おれとカルアはすでに男たちによって包囲されている。カルアはじっとうつむいてぷるぷるしてる。おれもぷるぷるし始めてきた。怖いんですけど。カツアゲでもされてる気分。ただし取られるのはルアー。
「う、売ってくれないか! 金貨ならいくらでも出す!」
「えぇっ!? ダメだよ」
「そ、そうだよな……これほどの一品、国宝に指定されてもおかしくない……」
……言えない。実績はあるんだけど、ダ●ソーの100円ルアーだなんて、言えない……。
針はチェンジしてあるけどな。
「さ、さて、それじゃおれたちはそろそろ帰ろうかな~……」
「なんだなんだ。なにごとだ」
とそこへ、ドスの利いた声が響いてきた。
おれ、帰るタイミングを逃す。
現れたのは身長150センチくらいの男だった。
がっちりむっちりしていて、たとえるなら樽。
うん、ドワーフだわ。
ただ肌がスノゥと同じまっちろで、目には雪の結晶が浮いている。
「おやっさん!」
「おやっさんが来た」
「これで安心だ」
男たちがざわつく。なんかその流れ既視感があるんだが。
「……お前さん、何者だ?」
じろりとおれとルアーを一瞥したドワーフが言う。
「ちょっと奥まで付き合いな。スノゥ、お前も来るんだ」
……おれ、帰ろうかなって……思ってたんですが……。
「ハヤト様……」
目を潤ませてカルアが言った。
「……カルアだけ先に帰ってていいですか?」
ダメです。
応接室みたいなところに通された。
中央にソファが向かい合わせになっているだけの簡単な造りではある。
ただ、一方の壁一面に飾られた勲章の数々がすごい。
まあ結構錆びてきてはいるんだけど、それはそれで歴史を感じるというか。
きっとこの鍛冶工房がなんかの賞を受賞してるんだろう。
「で、だ。お前さんは何者だ?」
さっきの質問を繰り返される。
おれとカルアが座る反対側には、スノゥと、彼女の父親でありここの工房のマスターでもあるボルゾイが座っている。
「釣り人ですけど」
「こんな釣り具、見たこともねえ。これほど美しい造りの疑似餌だ、さぞかし有名な工房で造ったんだろう。どこだ? 帝国の『灼熱鍛造』か? 皇国の『ロード・シュヴァイツァー』か?」
なんだろう、それ。
きょとんとしてるおれを見て、ボルゾイが、
「なんだ、両方とも違うのか? それじゃあ……もしや!」
ガタッと腰を浮かせる。
「親父んところか!?」
「えっ……!?」
スノゥまでびっくりしている。
いや、おれもびっくりだ。このルアー買ったのはダ●ソーなんだけど。親父さんがダ●ソー店長ってことはないよね?
「くそっ、あの親父、この工房をワシに任せたと思ったらこんなとんでもねぇもの造りやがって……!」
「待って待って。待ってください。たぶんなんか勘違いされてますよ」
「んあ?」
「その、親父とかいう人なんて知りませんし、おれがこの王都に来たのも今日が初めてですし」
「……じゃあ、そいつはどこで手に入れ――はっ、ま、まさか!」
たぶん違うと思うけど、おれは言わせてみた。
「大賢者かっ!」
スノゥがまたも目を剥いている。
大賢者ってアレだよな。戦乱を釣りで止めて、「釣ったヤツが偉い」とかいうすばらしい教えを広めた人だよな。
「大賢者のもんだとしたら納得できる! その魔法のような輝き、精巧な造り……人智を越えたアイテムだ……」
日本の工業技術は半端ないってことだよな。うん、それで納得しておこう。発達した科学技術は魔法と見分けがつかないって偉いSF作家も言ってた。
「えーと、このルアーの出所は秘密にしたいんですが」
「あ、ああ……そりゃそうだよな。大賢者のアイテムだとしたらとんでもなくヤバイ代物だ……」
違うんだけど、そうしておいたほうがよさそうなのでおれは適当にうなずいておく。
カルアがおれの服の袖を引っ張ってくる。
(あうううっ、ダメですよっ! そんなウソを吐いたらっ!)
異世界から来たって言うほうがよほどまずいことになると思うんだよな。
だから、カルアは放っておく。
「それで、このトレブルフックはできないですかね?」
「うむむむ……鋼の鍛造だけならどっこいどっこいだが、この溶接……こんなに細かい芸当はできねぇぞ。大体こいつはなんだ? 表面と地金と違うな?」
「ああ、確かニッケルとか錆びにくい金属でコーティングしてあるんです」
「なにっ!」
針って結構錆びるんだよ。
海水に浸かるからな。
「ニッケルってのはどこで採れる鉱物だ!」
あ、ニッケルが一般的じゃないのか?
「え、ええと……すみません、よくわかりません」
「くっ……そうか、仕方ねえ。お前さんは釣り人だしな。なあ、お前さん――ハヤトよ、この疑似餌を売ってはくれないんだよな?」
「さすがにちょっと……数が少ないんで」
「なぬっ!? 他にも持ってるのか!?」
あ、余計なこと言った。
「え、えーと、まあ」
「大賢者のアイテムが……複数……」
「ハヤト、お願いがある」
呆けている父をよそに、スノゥがおれを向く。
「あたしを、弟子にしてほしい」
…………はい?
「いや、おれ釣り人なんだけど!?」
「あたしは鍛冶の腕前はうまくなった。でも、疑似餌や針に関する知識が、圧倒的に不足してる。ハヤトについていけば未知の知識に出会えると思う」
「いやいやいやいや……無理でしょ。だって人気の鍛冶職人なんでしょ? 来年まで予約一杯って」
「そいつは名案だ! スノゥの依頼はすべてワシが引き継ぐ。スノゥは、武器じゃなく、釣り具の鍛冶で名を上げて欲しいと、ワシは思ってるからな」
まさかの父親までプッシュしてきた!
「で、でもなあ……おれなんかはただの釣りバカだし……」
「鍛冶職人は、特に釣り具を造ることにおいては、釣り師のそばにいて釣り師の求めるものを造るべき。ハヤトは、きっと釣りの腕前もすばらしいのだろう。たたずまいからして違う」
たたずまいて。服が現代のものだから浮いてるだけでしょ!
「ハヤト様は魔魚をすでに釣っていますから。その魔魚を対価にカルアを奴隷から解放してくれたのです」
「やっぱり!」
「なんと!」
カルアさん!? なにいきなり暴露してんの!? さっきまで帰りたがってたでしょ! ドヤりたかっただけ? 鼻息荒いけど、ドヤりたかっただけだよね?
「お願い! ハヤト! なんでもするから……! そばにいさせて欲しい……!」
今なんでもするって言った?
――とか冗談言える状況じゃなくなっていた。
技術に貪欲なスノゥ。
職人として、どうしても知らなければならないことが出てきた場合は、あらゆる手段を使って食らいついてきます。
純真なようでしたたか。