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14 つり具のジョウシウヤ

「では騎士団で手続きをしてきます。勝手に行動をしないようにお願いしますよ」


 と言い残してリィンは去っていった。

 おれとカルア、王都の宿にふたり。

 宿場町であったような釣り勝負なんてものは起きず、平和なものだった。釣り人ギルドの登録は明日以降の予定だ。


「なあ、カルア」

「なんでしょう、ハヤト様」

「王都だな」

「王都ですね」

「王都にはな、釣具屋があるという」

「釣り具を売ってるのですか?」


 こてん、と小首をかしげるカルア。いちいち可愛いんだが? こんな娘ができたら親バカになる自信あるわ。その前に嫁が必要だろって? いいんだ、おれ、釣りと結婚したから……。


「見ないわけにはいかない」

「見ないわけにはいかないのですか?」

「リィンの言いつけを破ることになるが……いいかな?」

「もちろんです。ハヤト様」

「ひとりで勝手に王都を歩いても怒られないかな?」

「それで怒るようなら騎士様のほうが悪いのです」

「だよな!」

「はいっ」


 カルアはおれがとんでもないことを言っても全肯定しそうで怖い。こいつだけはおれを甘やかしてくれる自信がある。ママかな?

 おれだって間違えることはあるんだぞ。むしろよく間違えてるんだぞ。会社ではな、ガチャの確率の計算ミスって危うく返金騒ぎになったぜ……「なるところ」じゃなくて「なった」ぜ……。

 ハッ、手のひらにイヤな汗が! 心を静めるためにも釣具屋に行かねばなるまい!


 宿を出て王都の大通りにやってくる。

 はぇ~。やっぱ人いっぱいおるな~。

 広々とした道路は中央を馬車が通り、隅っこを人が歩く。


 石造りの家はある程度形がそろっており、整然とした町並みだ。

 ちなみに3階建てが多くてびっくりした。地震なんてないんだろうなあ。来たら崩れそうなバランスの家とかあるもんな。


 そうそう。よく中世ヨーロッパだとウ●コとか道ばたに捨ててあってそのおかげでハイヒールが発明された、みたいな話があるじゃん? でも、この世界にはそういうものがない。

 だって魔法があるから。

 すげーよ魔法。ウ●コが一瞬で土に溶けてくんだもの。そういうマジックアイテムもあっておれもひとつ買っておいてある。「ウ●コ溶かし棒」とおれは呼んでる。間違っても天使に聞かせられないネーミング。

 ちなみに「何度もケツ拭き紙」もある。おれのケツは生まれてこの方経験したことがないくらい清ケツである。以上、小学生並みの親父ギャグ。


「さて、と……すみませーん。釣具屋さんってどこにあります?」


 おれは通りがかった大工然とした男の人に道を聞いた。

 1回じゃたどり着かなかったので次はネコミミの亜人女性にも聞いた。語尾は「にゃ」ではなかった。


「おお。ここがっ」


 ようやくたどり着いた釣具屋。

 でっか。

 大通りに面した店舗は広々とした入口があり、中は煌々と明るい。

 入っていく者も出て行く者も一様に日に焼けている。釣り人あるあるである。冬でも真っ黒になるんだよな。太陽光だけじゃなくて海からの照り返しもあるから。

 あ、おれ? 真っ白でしたよ? なにせ1年も釣りに行けなかったからな! こっち来てから釣りしまくってだいぶ健康的な肌になってきたけども。


「カルア」

「はい、ハヤト様」

「この店の名前だが……」

「ええ、ジョウシウヤですね」


 なぜか池袋や渋谷といった都会のど真ん中にも店舗を構えている「つり具の上●屋」かな?

 異世界にも出店してたの?


「ジョウシュウ……」

「ジョウシウヤです、ハヤト様」

「いやいや、ジョウシュ……」

「ジョウシウヤです、ハヤト様」


 わかった。もうそれでいい。

 違和感を捨てた。店舗名より店の中身のほうが気になるからな。


「おおお!」


 入った瞬間声が出た。

 整然と並んでる釣り竿の森。

 竿師はこの世界にもいるようで、製作者の名前がブランド名になっている。「リルガシリーズ」「ノムシリーズ」とかそういう感じだ。


「こ、これは……『SZMシリーズ』!? やっぱりここはジョウシュ」

「ジョウシウヤです、ハヤト様」

「はい」


 一本の竹で作った竿もあるけど、基本的には短く切った竹を継いでいく竿が多い。

 長いものは15本継ぎなんてものもある。長さは7メートルらしい。折れるだろ? 折れないの? モンスター竹みたいなのがあるの?

 おっ。こっちはそれこそモンスター素材を使った竿か。すげーな、ファンタジーだわ。

 謎の生き物の骨を使ってるらしい。見た目は薄い黄色。中はカラッポなので軽いんだとか。持って見た。軽すぎてびびるわ。

 あと……これはどうなんだ? まだ生きてるヤツもある。なんかな、竿の表面がうにょうにょしてるんだ。

 確かに釣り人はミミズとかイソメとか餌で使うよ? うにょうにょしてるよ? でも竿がうにょうにょしてたら気持ち悪いだろ?


「ハヤト様……この竿を買うのですか?」


 おれがうにょうにょ竿をじっと見ていたらカルアが引いてる。

 バウワウ族にも無理なのか、この竿。誰が買うんだ。


 リールのコーナーも充実している。

 フゥム村ではリールを使っている人はいなかったけど、売ってるんだな。……うお、高いな。いちばん安くても金貨1枚なんだが。釣り竿は銀貨で買えるのにな。


「…………」


 カルアがめっちゃ目を剥いてる。

 わかる。

 わかるよ。

 高いよな。

 でもな、釣り人ってバカなんだ。「このリールがすごい! なんと言っても新技術XXXXを採用!」とか言われると買っちゃうんだ。

 おれのリールにもN●SAで採用された宇宙でも使うなんちゃらという技術が使われてるんだ。給料の半月分が消えた。後悔はしていない。DA●WAのマグ●ールドは神なんだ。これは信仰の問題だ。


 しっかしここ、金額の割りに高性能のリールはないな。ハンドルがついていて、ドラムに糸が巻き付くだけのタイプだ。いわゆる現代で言うところの「太鼓リール」とか「両軸リール」に近いけど、造りが原始的なんだよな。

 言うなればミシンのボビンに把手がついてるだけって感じ?

 一応「片軸受けリール」って名前のはずだけど現代日本じゃお目にかかることはほぼなかった。


 そのリールに巻く糸は……おれが使ってるようなポリエチレンや、安いナイロン、高めのフロロカーボンの釣り糸なんてあるわけない。

 テグスである。

 テグスってのは天蚕糸と書く。つまるところ絹糸なんだ。これを漆で染める。そうすると海に溶けるように見えなくなって魚に違和感を与えないってわけ。

 劣化が激しいし、強度も弱い。これだとデカイ魚釣るの相当厳しいと思うが……釣り魔法でなんとかするのかな? いや、ランディーは釣り魔法を使うヤツは二流みたいなこと言ってたしな……。


「ひぇっ」


 カルアが可愛い声を上げた。

 見るとそこにはうにょうにょしたモンスター素材の糸が!

 うにょうにょしすぎだろ異世界の釣り具は。妄想がはかどるな。


 結論、釣り具のレベルは日本に換算すると江戸期だ。


 あとは餌とか仕掛けだけど――。


「ん?」


 おれ、並んでいる釣り針に目を留める。


「ダブルフックだ……」


 釣り針ってさ、針金を曲げて作るんだ。

 長めに針金を取って両端に釣り針を作って、中央で折ればダブルフックになる。

 ちなみにおれが使ってるルアーなんかは3本針でトレブルフックという。トリプルフックでも間違いではない。

 ダブルフックにもう1本釣り針を溶接して作るのもあるし、1本の釣り針を3つ集めて溶接するのもある。現代日本じゃあ後者のほうが多いかな。


 それはともかく、ダブルフックである。

 見た目の銀の美しさ。針先の鋭さ。針の返しの精巧さ。針の強度。

 かなり優れた針だ。


「すごいな、これ」

「そうなのですか?」


 カルアが聞いてくる。


「うん。他に並んでる針とは比べものにならない。素材はなんなんだろうな……いや、鍛冶が優れてるのか……?」


 他の針は形もいびつだし、形が整ってても針先が弱かったりする。これじゃあ硬い魚の口には刺さらないだろ、って感じの針だ。

 おれが手にしてるコイツだけは別次元の出来だ。

 ()っけぇー。

 針1本で金貨1枚とか……。

 1本ずつの手作業なんだろうな。


「おまえ……針のことがわかるの?」

「え?」


 不意に言われておれはそちらを見た。

 小さな少女が立っていた。




 長い銀髪をポニーテールにしていた。広い額の下にある、くりっとした瞳は沖の海のように深いブルー。

 おれは思わず声を上げそうになった。

 だってさ、その目の中に……紋様が浮かんでるんだ。雪の結晶の紋様。ちらちらと、雪が降ってるみたいに。


「ハヤト様、北限(ノーザン)ドワーフの方ですよ」


 こっそりとカルアが教えてくれる。ドワーフだって。だから小さいのか? でも肌とか、まっちろいし、すごく華奢なんだがな。


「針に詳しいのか、と聞いたのだけど……」


 ばつが悪そうに彼女が言う。


「あ、ごめんごめん、無視したわけじゃないんだ」

「いえ……急に話しかけたのはこっちだし、気を悪くしたらごめん……」


 恥ずかしくなったのか頬を染めた彼女はくるりと背を向けて立ち去ろうとする。


「あ、待って待って。針に詳しいわけじゃないんだけど――この針がすごいのはわかるよ。これなら現代でも通じる――」

「現代?」

「あ、うーんと、おれが持ってる針に近い品質だなってだけ」


 ぴくり、と彼女の眉が動いた。


「……その口ぶりだと、それと同じ、あるいはそれよりすごい針を持ってるって聞こえるけど?」


 やべ、余計なこと言ったかな。


「えっと……君もおれと同じ釣り人? いい釣り針が欲しいとか?」

「違う」


 彼女は首を振った。


「あたしはその釣り針を鍛造した鍛冶職人」

ブックマークや評価、感想、ありがとうございます。書き手として励みになります。

結構感想で指摘されたカルアが奴隷のくだりは、不愉快な人も多いようで、なくしたほうがいいのかな……とか悩んでいます。


そんなこんなで物語は王都へ。ちっこい女の子が登場です。

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