12 カルアのこれからとリィンの決意
「ばぐっ、あむあむあむ、ごっきゅん、ばぐばぐばぐっ」
「あ、あの、カルア、さん、もうちょっとゆっくり召し上がって……」
すごい勢いでカルアが食っていた。
おれのオイルサーディンが美味いからだって? 違うね。とっくにないもん、オイルサーディン。
今は多めに持ってきた干し肉に食らいついているところだ。
「あうあうっ、だってこれ、美味し、おい、美味しいんだもんっ……!」
「所詮干し肉です。オイルサーディンの美味しさには負けると思いますが」
天使がうれしいことを言ってくれると、
「お肉のほうが美味しいです」
まあ、犬系亜人だしな。肉のほうがいいよな。
ちなみにすでにカルアの傷は引きつつある。ただあちこちの汚れは健在で、カルアはどう見ても浮浪児だ。
「なあ……食べながらでいいから聞いてくれないか」
「あう?」
「お前は奴隷から解放された、それは理解したな?」
「…………」
あんなにがっついていたのに、急に神妙な顔をしてカルアはうなずいた。
「家はどこだ? おれが送るのは無理っぽいけど、交通費くらいはなんとかしてやりたいと思う」
「…………」
すると肉を食って輝いていたカルアの瞳が急速に曇っていく。
「……おうちには帰りたくないです。だって、お父さんもお母さんも、カルアを売ってお金をもらっちゃったもん……カルアが帰ったら、逃げ帰ったって思われるもん……」
「そうか」
そりゃそうだよな。納得ずくで手放してるんだよな。
もし両親がそれについて心を痛めていたとしても、そりゃ親の勝手な都合だ。
カルアからしたら「親は自分を手放したヤツ」以外の何者でもない。
おれがリィンに視線を向けると、彼女は難しい顔で首を横に小さく振った。それ見たことか、という感じが伝わってくる。
わかってるよ。人ひとりの人生を変えたんだ。簡単にいくわけがない。
すると、カルアのほうがおれに向かって顔を上げた。両手をぎゅうって握りしめて。まるで秘めたる胸の内でも告白するみたいに。
「あ、あのっ……カルアを奴隷にしてくれませんか!」
「……はあ?」
「あの、ハヤト様ならカルアに痛いことしませんし、こんなに美味しいものを食べさせて――あうっ、ま、毎日じゃなくていいです、た、たまにっ、ごくたまにでいいのでっ、もしも食べさせていただけるのなら、カルアは誠心誠意ハヤト様に尽くしますからっ……」
「え、えぇ、おれについてくるってこと? でもなぁ」
「そうです。止したほうがいいと思います。ハヤトさんは無計画ですから」
なかなかに辛辣な意見が天使の口から飛びだした。
「おれ、無計画かな」
「自覚してないんですか!? あんなものを奴隷商に渡してしまって」
「そ、そういえば、ハヤト様はカルアを買うのにいくら使ったんですか? あう、すぐには無理ですけど、いつかお返ししないと……」
「あー、あれはお金じゃないから大丈夫だよ」
「あう? お金じゃないんですか?」
「魔魚だよ。魔イワシ」
「――カルアの耳、どうやらぶたれておかしくなっちゃったみたいです。ハヤト様の言ったことを聞き間違えたようです」
「聞き間違えではありません。ハヤトさんは奴隷商に魔魚を渡しましたから」
「…………」
カチカチカチと音がする。なんだ? 地震で皿とフォークがぶつかってるのか? とか思っていたら、
「ずずずずびばぜんっ」
カルアの奥歯が鳴ってただけだった。
そのカルアは1歩ぶん引き下がって土下座してる。
「カルアが一生かけてもお支払いできないと思いますがぁっ、がんばりますので、がんばりますので……!」
「お、おいおい、どうしたんだよ。金を持ってなかったんだからしょうがないだろ。それにイワシだぞ?」
東京湾でもばんばか釣れちゃうイワシちゃんだぜ? ファミリーフィッシングでおなじみのイワシちゃんだぜ?
マイワシはなぜか東京横浜方面だとほとんど釣れなくて、木更津とか千葉方面じゃないと釣れないのが不思議でしょうがないんだが。
それはともかく。
「魔イワシです」
リィンが憮然とした顔で訂正してくる。あれ? まだ怒ってる? お腹ふくれたはずなのに……。
「えーと……リィン、どうした?」
「別に」
「いや、怒ってるでしょ」
「怒ってなどいません。ああ。貴男が魔魚を釣った証明ができなくなったことにイラついたりなどはしていませんよ」
「怒ってるじゃん……でも、それでカルアを解放できたんだから後悔してないよ、おれは」
「う……」
カルアのことを持ち出されるとなにも言えないらしい。
なんだなんだ。ちゃんと天使らしいところもあるんじゃないか。
そうだよな。小さい子が売られていくのを見て平気でなんていられないよな。
「ハヤト様……」
そしてカルアは目をきらきらさせておれを見ている。おかしいな、この子、魚より肉のほうが好きなんだよな。なのに、魚の価値がわかるのか?
「し、しかしですね? 魔魚を釣ったといういちばんわかりやすい証拠がなくなったのは間違いないじゃありませんか」
「また釣ればいいじゃん」
「……え?」
「海は広いよ。魚がいる限り釣りはできる。王都の港も楽しみだ」
「――――」
リィンが目を見開いている。
「……ほんとうに、貴男には驚かされてばかりです」
なんか変なこと言ったか、おれ?
釣り人だったら新しい釣り場に行くってだけでめっちゃワクワクするもんなんだけど。
「わかりました。……貴男がそのつもりなら、わたくしは全身全霊をかけて貴男を守りましょう」
え? なんかいきなり重い決意してない?
「カルアは精一杯ハヤト様のお手伝いをします!」
決意を新たにしている元奴隷もひとり。
えーと……これはアレだよな? もう、おれがカルアを養う路線だよな?
まあ、こうなるよなとは思っていた。
カルアを奴隷から解放してハイオッケーとはならんってことくらいわかっていた。
ちゃんと養ってやりましょう。
この世界、魚は高い金で売れるみたいだし。
「ですがハヤトさん。今後はどうするんですか。カルアちゃんのような境遇の子がいたらまた解放するのですか?」
きついところをずばり聞いてくる。
「わからん」
「わからん、って……」
「未来のことはわからん。でも、おれは後悔したくない。そのとき最善の方法を考えたい」
「……わかりました」
納得した、と言うにはほど遠いけど、リィンはそう言ってくれた。
おれの考えは甘いよな。
ちょっとした自己満足をしようとして、しかもそれすらかなわなかった。
でも、さ。
「リィン」
「……なんです?」
「カルアが喜んでくれた。美味しそうにご飯を食べてくれた。今はそれでいい」
「…………」
おれの言葉に答える代わりに、リィンは立ち上がった。
「――行きましょう、ハヤトさん、カルアちゃん。王都まではまだ遠いのですから」
ちょっとは納得してくれた……のかな?
「か、カルアも、ハヤト様に捨てられないようにがんばりますっ」
負けじと立ち上がったカルアはいそいそと食事の後片付けを始める。
予期しなかった連れ合いができてしまったけれども、おれたちは王都を目指して動き出す。
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カルアはいいこです。ちょっとずつ隼斗もこっちの世界に慣れてきた……慣れてきた?
次回、リィン視点で旅は進みつつ、王都へと入っていきます。