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大混乱のさなかでも、主人公たちってのは落ち着いているもんだ

「え、え……なに、なにが起きたん?」


 首都港に巨大な火炎の壁が現れて、おれはへろへろとその場に尻をつけてしまった。おれに身体を預けてそのまま眠りに落ちてしまったランディーもまた同様である。

 あちらこちらでワァァという声が聞こえている。金属と金属のぶつかる甲高い音もだ。

 戦い——。

 生のケンカや格闘技もろくすっぽ見たことのないおれにとっては刺激が強すぎる。


「湾の先に避難した方がいいわ。立てる?」


 おれのところにやってきたディルアナ子爵が手を差し伸べてくれるが、おれは首を横に振る。ちょっと無理。ほんと無理。足に力が入らない。

 小さい子じゃないんだからとか思われそうなんだけど、だってしょうがないだろ。でかい刃物を振り回してる男たちがこっちに向かってんだぞ。


「ご、ごめ、ランディーを先につれてってくれないか」

「……わかったわ」


 ディルアナ子爵はランディーをおれから受け取ると、肩に手をかけて港の先へと進んでいった。

 湾の入口ではアガーの送り込んだ兵隊が暴れている。たぶん、観客に扮して入り込んでいたんだ。

 こんだけVIPが集まるんだからジャークラ公爵だって警備は固めていたはずなんだけど、会場のあちこちで立ち上がる火炎によって大混乱になってた。

 さっきから暴れていたアガーの釣り人たちはすでに制圧されていて、おれからちょっと離れたところで後ろ手に縛られたいけ好かない釣り人、ライヒ=トングがいる。

 ライヒはうつ伏せの状態で器用に顔を上げつつ不敵な笑みを浮かべて見せた。


「ふははは。残念だったな。巨大魚を釣ったところでこの釣り大会は終わりだ。貴様に栄光などは訪れん。おとなしく我らに負けていれば命までは取られなかったものを」


 どうやら連中にとってもこれは最後の手段なのだろう。

 どうしてそんなことまでやってしまうのか——各国のVIPを殺したりしたら、それこそ大戦争になってしまうんじゃないだろうか。

 そんなに考えなしなのか? いや——それとも……切羽詰まっている?


「ふふふ……わははは! いい気味だ! 貴様の悔しがる——ふぐっ!? か、顔が……ぐおっ!」


 ライヒが言っていると、逃げ出すVIPやその護衛たちが彼を踏んづけていく。ちょっとかわいそうな気もしたが、コイツに関してはおれもいい感情を持ってないしな。


「ザマーミロ」

「!?」


 おれが言うと顔を真っ赤にして震えている。いい気味だ。

 っと、そんなことしてる場合じゃない。すでにVIPたちは一時的に湾の先へと避難している。

 敵に、魔法みたいなのを使ってくるヤツがいるなら安全を確保するのは厄介だ。

 立てる、か……? うう、立てよ、おれ!


「ぬううう」


 立ち上がったおれは、そばでエラを動かしているスズキと目が合った。

 釣り上げたままにしてたんだよな……ごめんな、苦しいよな。

 おれはポケットから小さいナイフを取り出すとひと思いにスズキの背骨に突き入れた。スノゥが過去に打ったものだから切れ味は抜群だ。びくん、と一度だけ震えてスズキは沈黙した。


「っ!」


 そのときだ。かなり近いところに炎の壁が噴き上がった。どんどん炎がこっちに迫ってくる。

 夕闇を焦がして立ち上る炎は、すでに熱さを感じるほど。

 ギン、ギンッ、と剣のぶつかる音がする。叫び声もそこに混じっている。


「あっちだ! 始末するぞ!」


 剣を握りしめたいかつい男たちがおれを見つけて声を上げる。ヤバイ、逃げなきゃ。でも、足がまだふわふわしてる——。


「うははは。なんだアイツ、びびって動けてねえぞ」

「殺せ殺せ、皆殺しだ」

「行け!」


 あ、これ、マジでヤバイかも——。

 男たちがこっちに走ってくるんだけど、おれの耳にはもうなにも聞こえていなかった。身体も動かなかった。蛇ににらまれたカエルってヤツだ。

 こんなことで、おれは死ぬのか?

 痛そうだ。痛いよな。痛いに決まってるよな。ああ——。


「せえええええええい!!!」


 裂帛の気合いとともに、炎の壁が真っ二つに割れた。その声にびくりとした襲撃者たちはいっせいに振り返る。

 そこにいたのは、


「あ、ああ……リィン!」


 白銀の刃を握りしめた、騎士リィン=ロールブルクだ。

 襲撃者はリィンが強敵だと判断したようで、右から左からリィンに襲いかかる。


「——遅い」


 リィンの剣が振るわれると彼らの武器は宙に舞った。強い。強すぎる。うちのリィンが強いんですが。

 あんまりうれしくなっておれの目も熱くなってきた。


「ハヤトさん! お怪我は!?」

「だ、大丈夫——それこそリィンも、来てくれてありがとう」


 おれを優先して、武器だけ飛ばして駈けつけてくれたリィン。襲撃者は武器を拾って再度構え直す。


「ごめん。お、おれ、逃げればよかったのに……」

「——いいえ、よくがんばりましたね。カルアちゃんとスノゥちゃんは避難させています」


 リィンが微笑む。天使の笑顔が見える。ああ、おれの心に巣くっていた恐怖が溶けて消えていく。


「——こっちだな」


 そうこうしていると襲撃者がどんどん集まってきた。10や20ではきかない。その中心にはなんとアガーの君主代理までいる。


「連中をぶち殺せば全部終わり。これから世界は混乱し、我がアガーが大陸の覇者となる!」


 うおおお、と盛り上がる襲撃者たち。まずい。いくらリィンが強いと言ってもこの人数を相手にはできない。


「——お下がりください、賢者様と同郷の者よ」

「えっ?」


 おれの横にやってきたのはとんでもない美女——大賢者様、っていうかむしろ「神」であるチェリー藤岡さんの隣にいたエルフだ。

 彼女が手を開くと青白い光が集まって一振りの剣となる。うおおお、魔法だ! 魔法!

 藤岡さんの取り巻きだった美女たちはみんなそれぞれの武器を持ってる。ネコミミの人は巨大なバトルアックスだし、泣きぼくろに巨乳のお姉さんは槍だし、他にもレイピアだったり、ナイフだったり。


「というわけで牛尾くん、俺たちは後方支援と行こうや」


 藤岡さんは落ち着き払っているけど、この人たちはみんな戦闘能力が高いってことなんだろうか? いやいや、でも女性にだけ任せて引くなんて……って思ったけど、


「ハヤトさん、お願いです。離れてください」


 おれもリィンに頼りっぱなしでした……。


「ほう。アガー君主のハナタレ息子を押さえれば勝ちじゃな」

「たやすい目標のようですね」


 ビグサーク王とノアイラン皇帝がそれぞれ騎士をこちらに派遣する。そこには騎士団長レガード=オルサードもいる。


「騎士団長!」

「リィン。俺と肩を並べて戦うのは初めてだな? ——あんまり近づくなよ、お前も斬っちまう」

「は、はい!」


 身の丈ほどもある大剣を背負った騎士団長の迫力が半端ないっす。


「——雑魚を集めたか? ならば心置きなくブッ殺してやる」


 アガーの君主代理はふてぶてしい表情を崩さない。それもそうだろう、こっちが反旗を翻したと言っても、向こうの方がいまだに人数は圧倒的に多いんだし。

 にらみ合う、双方。

 そして。


「行くぞ——」


 騎士団長が走り出そうとしたときだった。


 ずずずずずずずずず————。


 湾内の海水がせり上がっていく。

 ざぱーんっ、という音とともにそこに顔を出したのは見上げるほどに巨大な——頭だった。



『ァァァァァアアアアアオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』



 そのとてつもない咆吼が空気を震わせる。

 音圧に服がびりびりして、おれはまたもその場に尻餅をついてしまう。


「海竜……!」


 凶暴な笑みを浮かべた藤岡さんが海竜を見上げていた。

 そう、そいつは海竜だ。

 でもって、


「!?」

「2頭だと!?」


 さらに海水がせり上がって、もう1頭が現れる。

 こうなると人間同士の争いをやっている場合ではなくて、彼らは全員、武器を海竜に向ける。藤岡さんなんかは泣きぼくろのお姉さんに守られている。

 アガーの人たちはあんぐりと口を大きく開けている。


「あ、あの、これは……」


 おれがなんとか誤解を解こうとしたときだった。


『——なんだ。場を収めてやったというのに、お前が腰を抜かしてどうする——ハヤトよ』

『美味しそうなスズキがある』


 海竜——どう見てもクロェイラのオジサンとクロェイラです。

 人間の全員が、おれをバババババッて見た。

 ここで出てくるのかよ、こいつらはもぉぉぉぉぉ!

イケメン……イケドラゴンの登場です。

明日は仕立て船で中深場を探ってきます。初めてなのでワクワクヤバイ。

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