前へ次へ
106/113

釣り大会3日目・決戦、そして

 ぐいぐい竿先が引き込まれておれの背筋に鳥肌が立つ。ジイイとドラグが鳴ってばんばん道糸が出て行ってしまう。これがなければとっくに糸を切られていただろう——そう思わずにはいられないくらいの、すごい引き。

 おれが今まで釣った魚のなかで、いちばんパワーがあるのは間違いない。

 ヤツの異名は「夕闇の巨大魚(モンスター)」。

 首都港の夕方にだけ現れる、モンスター。


 いるのがわかっている魚ほど釣りやすい、なんてことはない。

 長くその場にいて、長く成長している魚というのはたいてい「頭がいい」んだ。

 魚なのに頭? と思われるかもしれないが、ヤツらは学習する。しょぼいルアーなら即座に見抜き、エサだってちょっとくわえてみて引っ張られるとパッと離す。

 でかくなればなったヤツほど、警戒心が強いのは当たり前だ。

 だからおれは——1投に賭けた。

 ベテラン漁師の話を総合すれば、首都港の根にやってくるのは間違いない。夕方以外の時間に見られないのは、その間は外洋に出ているからだろう。


 夕方、海が静かになった瞬間、ルアーをキャストする——それがおれの狙い。

 そしてずばり、狙いは図に当たった。

 今、こうして、おれごと引き込まれるんじゃないかってくらい引っ張られてるからなあ……!



『すごいすごい! ハヤト選手、一歩も引きませんね! とんでもなく竿がしなってますよぉ!』

『すごいのは選手だけではありませんね。あの竿のしなり、見たことのないリール、そしてあの糸……あの美しい糸はどこかで見たことがあるような……』

『ああああっと! ハヤト選手、滑ったぁ!?』



 あ、危ない。足下が濡れててずるりと滑った。

 思いっきり尻餅をついたけど、おれも竿も無事だ。針もちゃんとまだ掛かってるらしい。

 遠くから悲鳴みたいなのが聞こえてきた——ああ、そうだ、おれは今釣り大会の真っ最中だった。


「よっ……と! そっちがその気ならこっちも強引に行くぜ!」


 おれはリールのドラグをきつくし、一気に巻き上げる。実のところ糸が切れるのではないかと不安になってかなり向こうのペースに任せていたのだ。

 だが長期戦は危険だ。

 そう、おれは釣り大会にいる。

 釣り大会の終了時刻は日没——あと10分か20分というところ。

 それまでに釣り上げないと。


「ハヤト! 玉網は任せてくれ!」

「すまん、ランディー! 助かる!」

「ああ! お前なら絶対釣り上げるだろうからな!」


 ランディー、ここに来てそういう煽りを入れるなよ!

 って言いたいところだけど、


「ここで、上げなきゃ、釣り人じゃねえよなあああああ!」


 シャシャシャシャとリールを巻く。竿をしならせて魚の反発を抑え込む。

 魚がこっちを向いたらまたリールを巻く。

 来い。

 来い。

 来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来いぃぃぃぃ!!



 ぎらりと、海面に背ビレが光った。



『ああっとお! 海面に見えました、見えましたね!? あの引きだから魔魚かと思ってましたがふつうのお魚のようです! ちょっと残念ですねえ……』

『残念どころじゃないですよ! 魔魚でなければそのぶんサイズが大きいんですから!』

『あっと、そうでした! この大会はサイズ勝負でしたね!』



 バシャッと海面に飛沫を上げる。


「ああ……」


 やっぱり。

 やっぱり、お前だったか。


「待ってたぜ……!!」


 おれの釣りのターゲットにして、おれの竿のターゲットにして——ルアーフィッシングの王道中の王道。


「シーバスさんよぉ!!」


 シーバス、和名で言うところの「スズキ」。

 30センチ程度までをセイゴ。

 60センチ程度までをフッコ。

 それ以上のものをスズキ、とそう呼ぶ——。


「スズキだ……明らかに、スズキのサイズだ!」


 こらえられないようにランディーが言うと、どよめきはさざなみのように広がっていった。


「釣り上げたら1位だ!」

「優勝するぞ、この男が!」

「マジかよ!?」


 周囲がやたら騒がしくなる。

 だが、ファイトもそろそろ終わりだ。


「行くぞ、ランディー! 呆けて落としたりしたら恨むぜ!」

「わ、わかった!」


 さっき尻餅をついたときに、針掛かりが甘くなったような気がする。早く上げてしまわないと、口から外れ(バレ)てしまう。


「行く——」


 と、言いかけたときだ。


「おああああああ!!」


 ワァッ、と歓声が上がった。

 な、なんだ、なんだ!? 足音がこっちに近づいてくる!?


「あの糸さえ切れば釣り上げらんねー!」

「切っちまえ!」


 数人の釣り人が突っ込んできたのだ。

 え、え、え?

 なに、え?

 手になんか刃物みたいの持ってますけど!?


「——止めるぞ、おめぇら! 釣り人の意地に賭けて!」


 するとおれの背後で、ダミ声が張り上げられた。

 厳ついオッサンだ! ランキング3位だか何位だかわからないけど、オッサンだ!

 おれのそばではもみ合いの取っ組み合いが始まる。



『あ、あれ? なんですか!? 釣り人同士でケンカみたいになってますよ!?』

『神聖な釣り場でケンカはよろしくありませんね』



 って、解説がもったいぶって言ってる場合かよ! さっさとヤバイヤツらをつまみだして!


「ハヤト! 集中しろ!」


 ランディーの声にハッとする。

 そうだ。

 集中しなきゃ。

 おれが相手にしているのは、ただ魚、こいつだけなんだ。


「行くぞ、ランディー!」

「ああ!」


 おれがリールを巻き上げる。

 シーバスが、すぐそこ——数メートル先の海面に現れる——。



   *   *



「——釣らせん」


 ぎらり——と長い、ナタのような刃を持った、アガー君主国のいけすかない釣り人が現れた。

 ライヒ=トングは足音を消してハヤトの背後に近づくと、その刃を振り下ろす——。


 ギィンッ。


「!?」

「——そういう敵が出てくると、思っていたわ」


 魚を締めるための、刃渡り15センチ程度のナイフで受け止められた。

 しかも、女——ディルアナに。


「あなたがどこの誰でも、この戦いを邪魔させない」


 彼女はディルアナ。ディルアナ子爵——貴族、である。

 剣の稽古を受けた貴族だった。



   *   *



 最後、シーバスが盛大に海水を跳ね上げさせ、おれはひやりとした。

 針掛かりが甘い——この瞬間、エラ洗いの瞬間に、針が外れてしまうんじゃないかと。

 だけど、


「入っ、た……!」


 その瞬間を狙ってランディーが玉網を伸ばしたのだ。

 そしてシーバスは見事網の中に入っていた。



『あ、あああああああああああ! 釣った釣り上げました、釣り上げましたよぉぉぉ! ハヤト選手、「夕闇の巨大魚(モンスター)」を釣り上げたぁぁぁぁ!』



 日没、ちょうど釣り大会終了を告げる銅鑼が鳴り響いた。

最後はシーバスでした!

っていうか遅い上に短くてすみません……いろんな原稿が重なりすぎていて……!

ただようやく2つ片付いたので、今後もがんばります。

前へ次へ目次