釣り大会3日目・朝マヅメ
先週、静岡でヤリイカが釣れているというので行ってきて、素振りだけして帰ってきました。エギってほんとに釣れんのかよ……。
* 会場 *
大賢者主催の釣り大会、その3日目と言えば最終日。釣り人たちがしのぎを削る最終決戦である。
当然、開始の銅鑼が鳴らされた後は真剣勝負。
ちょうど朝日が現れた時間帯——いわゆる「朝マヅメ」という時間である。
この時間帯は魚の活性が上がり、よく釣れる。ただしこの日は条件が悪い。およそ7時が満潮。満潮前後は潮が止まるために魚の活性は下がるのである。
日の出の時間は5時。「潮止まり」までの1時間が勝負だ。
『——というわけで開始直後が勝負時ということですね、解説のタガリさん』
『ええ。湾内を小魚が跳ねていますね。大型の魚もいそうな気配です』
『あっ! 港湾の入口を見てください。釣れてますよ!』
実況が叫ぶと、観客たちがどよめいた。釣り人ですらそちらに視線を投げる。
「釣れた!」
港の入口を押さえているアガー君主国の釣り人が叫ぶ。水面にウキを浮かべ、一本針で釣るという伝統的な釣りスタイルだが、魚がいれば十分釣れる。
彼が叫んだとおり、釣り針にはしっかり魚が掛かっていた。
「——チッ、ムロか。サイズも小せえ」
マアジによく似ているが、胴体が長細いのがムロアジだ。
身が水っぽいために刺身よりも干物や、くさやにしたほうが美味しい。
彼が釣ったのは20センチほどのサイズなので、今入り込んでいるムロアジの群れは20センチ前後のものばかりだろう。
直後に港の入口から内部でも「釣れた!」という声が上がり始める。同じようにムロアジだ。
「……お前ら、回遊魚は足止めしろって言っただろうが!」
湾内に大型魚を入れない作戦を採っているアガー君主国。現在順位1位のライヒ=トングがイラついて声を上げると、
「ムロアジならいいじゃねえか。あのサイズじゃあ俺たちが抜かれることもねぇし」
「そうだよ。大体、群れを止めるなんてできねぇって。最初の1尾が釣れたときにゃもう中まで入ってたぜ」
釣り人たちの反発も当然だった。
だが実際には、群れを止めようと思えばできる。
「定期的にエサをばらまけと言っただろうが!」
「ほんとうにそんなんで群れを止められんのか……?」
半信半疑の顔の釣り人たち。アガー君主国とて一枚岩ではない。君主代理が横柄で厳しく、釣り人たちの家族まで脅しをかけていることも仲間割れを起こす一因だった。
「いいからさっさとやれ!」
「あっ!!」
業を煮やしたライヒは、ひとりの釣り人のそばまで行くとその尻を蹴り飛ばした。
当然釣り人は海へと落ちる。
「な、なにしやが——」
「……君主代理の顔に泥を塗る真似をもう一度してみろ。貴様の命はないと思え」
「ひっ」
海面に浮かんできた釣り人だったが、鼻先に釣り竿の歩先を突きつけられ、ぶるりと震えた。
その恐怖は他の釣り人にも伝播する。彼らは一斉にひしゃくを手に取ると、まきエサを海に放り込み始めた。
「それでいい」
ライヒは自分の釣り座に戻った。
『いやーなにがあったのでしょうか。参加者のひとりが海に落ちたようですが……』
『上がってきていますね。まだ暗いからよく見ようとして落ちたんでしょうか』
『さて、会場では続々と魚が釣り上げられていますね。観客席も沸いています』
『ムロアジでしょう。私が見た中では40センチが最高のサイズですが、ものによっては50センチにまで行く個体もあるようです』
『おっとぉ! ずらりと5尾も釣り上げた選手がいるようですよ!』
港湾入口に近いほど近い場所で、10本も針をつけた仕掛けでムロアジ爆釣の男がいた。
現在3位の厳ついオッサンである。
「ちびっこばっかし釣れてもしょうがねぇんだが! まあ、この国にくれてやらあ!」
無造作に仕掛けを外すとそれごと係員に渡してしまう。魚から針を外す時間が惜しいからだろう。
もしハヤトそんな姿を見たらこう言うだろう。「——もったいない」と。
ムロアジは、生き餌として使えるのだ。
背中や鼻に針をかけて泳がせる。すると、ムロアジを捕食する大型魚が釣れる。
この世界では仕掛けを遠くに「投げる」技術が発達していない。ならば大型魚を釣るのに「泳がせ釣り」は非常に有効であるはずだ。
ただ、問題は、魚があまりに高級品であるため、それをエサに使うという発想がほとんどないことだ。
『さて、港の内部にはまだムロアジの群れが来ていないようですね』
『やはり入口付近が強いですからね、釣り人もそちらに集中しているようです』
『内部で釣っている釣り人はなに狙いでしょうか?』
『根魚でしょう——』
実況と解説が続いて行くが、根魚ではないものを狙う2人がいた。
ランディーとディルアナである。
「むう……また木っ端メジナ」
ディルアナが釣り上げたのは手のひらに十分収まるサイズのメジナだ。
海面に近いあたりに群れており、ネンブツダイ、スズメダイ、サンバソウとともに小魚層を作っていた。
ディルアナは足下にエサをまいて、それらエサ取りたちを集めていた。本命の釣り餌はエサ取りたちの頭上を飛び越えて向こうに落とし込む。
まきエサはゆっくりと海中に沈み、固形は小魚が食べてしまうが、ニオイは遠くまで漂っていく。そのニオイに寄せられてやってきた大型魚を、落ちていった本命エサで釣る——ごくごく一般的な「フカセ釣り」である。
ディルアナも、この先20メートルの海底に「根」があることを知っている。
そこに大型魚がいる可能性も。
投げ込んだ本命エサがゆっくりと沈んでいき、まきエサからにじみ出たニオイと同調し、大型魚に食わせようとしているのだ。
だが簡単にはいかない。
エサ取りを回避したつもりでも、ヤツらはどこからともなくやってきてパクついていく。
20メートル先の海底に沈めるまでゆるゆると落ちていくのだからなおさらだ。
「せいっ」
それでも根気よくディルアナはキャストを続ける。
どんぐり型のウキは、中心に糸を通すことができる。ウキを止める糸は結んでおらずいくらでも釣り糸を伸ばせる「全遊動」タイプ。
『ディルアナ子爵はちょっと変わった仕掛けですね』
『いやはや彼女はすごいですよ。私もここまでフカセ特化の仕掛けは見たことがない』
解説がディルアナの釣り方を解説し、観客から「おお」というどよめきが上がる。
この世界でここまで大型狙いに特化したフカセ釣りができる人間はほとんどいない。そこまでして大型魚を狙わなくとも十分な釣果を狙えるし、そもそもフカセ釣りをここまで研究している人間がいなかったからだ。
それだけ、ディルアナが修行を積んできたとも言える。
『一方のランディー選手ですが……あれはどんな仕掛けなんでしょうね?』
『いやちょっと私にもこれはわかりませんね。あのリールの形も初めて見ます』
『えーと手元の資料によりますと、ランディー選手のリールは「キャス天狗」が最近開発した「SSハヤト」シリーズというものらしいですね。ハヤトとは今回参加しているハヤト=ウシオ選手のことでしょうかね?』
『いやちょっと私にもわかりませんね……』
解説もさじを投げた釣り方。
ランディーは、釣り糸の先端に丸くて黒いなにかをつけていた。2センチほどの大きさで、その周囲には毛のような、触手のようなものが生えている。
「いよっと」
ランディーの竿が大きく振られると、「キャス天狗」の試作品であるスピニングリール——ハヤトは自分の名前をつけることにNGを出したがランディーが勝手に名前をつけた——から糸が吐き出される。
仕掛けは30メートルほどの海面に着水すると、トプンッと沈んでいく。
着底してからランディーはゆっくりとリールを巻いて仕掛けを引き寄せる——それだけだ。
「……ランディー」
先ほどからランディーの釣り方をチラチラ見ていたディルアナは気になって仕方ないディルアナは思わず聞いてしまった。
「その釣り方はなんなんだ?」
「ん、これか?」
ゆっくりとリールを巻きながらランディーは答える。
「チヌボ○ボン」
ディルアナは「へぇ」と言ってから、
「……だからそれ、なんなの!?」
「チヌボン○ンだって」
「だから!」
ディルアナを見てランディーが苦笑する。
「私も最初はそう思ったよ」