1 マグロが導く異世界転移
どうしても釣り小説が書きたくなって書いてしまいました!
いろいろな経緯は活動報告に載せます。
「釣りって言ってもどうせ女釣るんだろ?」
ぎくっ。
どうしてこうなった。
まるでスローモーションみたいに見えた。
目の前で巨大な冷凍トラックが猛スピードで回転している。
誰かの叫び声が聞こえる。
身体が、動かない。
ぎゅああああ、なんていう巨大ガチョウの断末魔にも似た音とともに――おれのすぐそこで暴走冷凍トラックは停車する。
あ、危なかった。
死ぬところだった。
おれの身体に当たったら、はね飛ばされて身体はぐちゃぐちゃ。堤防から海に落下したはずだ。
小魚が集まってきておれの肉をついばんだことだろう。
人間、マジで危険が迫ると身体が動かなくなるってほんとうだったんだな……。
ギシッ。
――え?
安心したおれは、浅はかだった。
冷凍トラックはおれにケツを向けていた。
振り回された積み荷は負荷をかけていて――扉をぶち破って外へと噴出したのだ。
迫り来る冷気。
迫り来る冷凍マグロ。
中でも、やたらでかく、光をまとったように見えるほど神々しい冷凍マグロは――おれの額に直撃した――はずだ。
こうしておれ、牛尾隼斗の24年間の人生は終わりを告げた。
どうしてこうなった。
何度だって言う。どうしてだ……。
三度の飯より釣りが好きだった。今日だって、1カ月ぶりの休みを使って釣りに行ったんだ。
親からは「せめて新卒として一般企業に入ってくれ」と泣きつかれて、入社したのはとあるモバイルゲーム企業。
釣りゲームを開発しているから、なんていうアホみたいな理由で選んだんだけど――釣られたのは見事におれのほうだったらしい。
残業に次ぐ残業。
釣りが好きというより金が好き、いや、数字が好きという連中が開発しているゲームで、最終的におれの仕事はガチャを回させるための確率調整に落ち着いた。
心がすさんでいくのを感じてたよ。
おれの心のオアシスである「海」に行くことは休日出勤という名のサービス残業によって阻まれていた。
その末にやってきた――ようやくの休み。
ようやくの釣り。
残業ばかりでそのうえ薄給だったけど、金の使い道もなかったから貯金はあった。
買いまくったよ……最新ロッドに最新リールに最新ルアーをこれでもかとな。
楽しみだった。
釣りが。
おれの心のオアシスが。
それなのに……どうしてこうなった。
おれは死んだんだろうか。
暗闇の中でそんなことを思った。
でも、「思える」っていうことはまだ死んでないんじゃね? という冷静なおれがささやく。いたのか、冷静なおれ。残業という戦場で死に絶えたかと思っていたぞ。
走馬燈なんて言葉があるけど、昔のことを思い出したりはしないんだなあ――。
『はいはいはーい! 皆さーん! 元気ですかあ~? んなもん、狭い村だから知ってるって? あらそう? それじゃあ毎年恒例ぃぃぃいいいいい! フゥム村「釣り大会」、始めちゃうぞおおおおおおお!!』
うおっ。
びっくりした。
なに、なに、なんなの? なんか怒号みたいに「うおー」とか聞こえてきたんだけど。
光……まぶしい。
おれ死んだ? ここ天国? ……じゃない、みたいだ。
鼻につくのは潮の香り。
おれの足下は木……桟橋?
「どけどけ兄ちゃん! 邪魔だよお!」
「あ、すみませんっ」
突き飛ばされそうになってあわててどいたおれ。
……え?
なに、今の人。
金髪……外人?
見渡すと、金だけじゃない、赤とか青とか、カラフルな髪をした人たちが桟橋のあちこちに散ってる。
全員が全員、釣り竿を手にしていた。
珍しい。竹の竿じゃん。
なにこれ、延べ竿で釣り大会?
ていうかここどこ?
『おやおやおや~!? なんといきなり大物を釣り上げたぞ!』
なんかアナウンスが聞こえてくる――けど、おい待て。今なんつった。大物!? 大物だと!?
ざわついてる一角がある。
竿は「つ」の字にしなってる。水面でばしゃばしゃと魚が暴れている。
釣り人は――若い女だ。
「……なんだあの服?」
びらびらのついたシャツに、膝までふくらんだズボン。革靴はブーツみたいになってる。
それに……帽子だ。
羽根飾りのついたやたらでかい帽子。貴族かな? いやいや、貴族が魚釣りするかよ。その前に貴族て。
『釣り上げた~!』
ぴくり。
おれの好奇心がうずく。
釣った? 釣っただと? なに釣ったんだ?
思わず走って行ってしまう。……おれ、なんか重要なことをいろいろと見落としてる気がするけど、そんなことよりなにを釣ったかのほうが大事だよな?
ライフジャケットにタックルケース、シーバスロッドを担いで走って行くおれは他の連中に比べると浮きまくってる。走るとがちゃがちゃいうしな。びっくりして桟橋にいる連中が避けていくけど……お前ら、海なめすぎだろ。サンダルかよ。針刺さったら痛いぞ?
「これは大物ですな!」
「さすがランディー様!」
おお、期待が高まる。ていうかランディー「様」? 偉い人? ま、いいか。
「どんな大物釣ったん――」
人垣をかき分けていったおれは、
「……アイゴかよ! しかも20センチそこそこ……」
思わず悪態が口をついて出た。
アイゴって知ってるか? 海釣りやるヤツくらいしか知らないよな。しかも知ってるヤツからしたら「ざけんなボケ」と言いたくなる例のヤツである。
身体は茶色っぽくてな、食味は磯臭いらしい……らしい、っていうのはおれが食ったことがないからだ。日本でも、地域によってはがっつり食べるところもあるんだとか。
ものによっては30センチを超えるものもある。
だけども、いちばんの問題はな……。
「毒針に気をつけろよ!」
釣り上げた女――おれと同い年くらいか?――の横にいた男が無防備に手を出そうとしてるから、おれは注意した。
そうなんだよ。
アイゴは毒針があるんだよ……正確には毒ビレか。ヒレについてるトゲには全部毒があると思っていい。
まあ刺さっても死ぬわけじゃない。死ぬほど痛いけど。
とはいえ、ハサミでちょきちょきやればふつうに調理できる。
でもなあ。
食ったら磯臭い、一歩間違えると針が刺さる。
食わないよな?
即リリースだよな?
「……お前、珍妙な格好をしてるが、何者だ?」
女がいぶかしげな声を上げた。
彼女はひとりだけ帽子をかぶっている。その下には金髪が見えた。長い後ろ髪はひとつに縛っているらしい。
おれへと誰何する声と同様、紫色の瞳は疑念に満ちている。
それさえのぞけば、めちゃくちゃ整った顔だ。声を聞かなければどこぞのイケメンだと思ったかもしれない。
にしても、だ。
珍妙な格好、って言ったか?
おいおいおいおい! これはな、SHIM●NO社がリリースしてる最新のライフジャケットだぞ。しかもキャップに、偏光グラスも載せてる。
どっからどう見ても
……と、そこまで考えて。
おれ、気がついた。
さすがに。
「……あの」
黒髪黒目の人間がひとりもいない。
褪せたようなシャツを羽織り、繕いのあちこちあるズボンを穿いている連中。
遠目に見える家々は白の漆喰を塗ったもの。
漁村なのか?
それにしても艀にもやってある船はボートレベルの木造船しかない。
「ここって、どこですか……?」
おれが、文明も文化も人種も異なる世界――異世界に転移したのだと、気づくまでにはまだ少し時間が必要だった。