97.
一際大きい歓声が上がったのは俺の手にデュランダルが握られ、プリムラの手のアスカロンと打ち合った時だった。
甲高い金属音響かせて互いの手に乗った力を理解し合うと、俺とプリムラとは距離を置いた。
譲れない思いがあるのは同じ。
プリムラは顔をしかめると、戯れもそこそこにアスカロンの能力を起動する。彼の身体は全身甲冑で覆われ、体格を一回り大きく見せた。
俺は手の中の霊装をフォールアウトに変更した。
いつぞやのプリムラとの戦いでは披露できなかったナイフ。あの時はアイビーを殺そうとしていた人物が特定できていなかったため、使う事ができなかった。今はしがらみが解けたことでスカビオサを含めた全員の前でも使用することができている。
にしても、俺の霊装の発動条件だけは墓場までもっていかないとな。アイビーが俺に好意を寄せているなんて事実がスカビオサに知られてしまえば、せっかくの迫真の演技も無駄になってしまう。
秘密ばかりが増えていく。
「そのナイフはスカビオサ戦で見たぞ。貴様らしい、絡み手の霊装だな」
「そもそも俺の本質が真っ向勝負向きじゃないんでね」
「貴様の腹の黒さは知っている。どこからでもかかってこい」
アスカロンを構えるプリムラ。
俺はそこにナイフを投擲した。
簡単に弾かれるナイフ。これは予定通り。――というか、そもそもの前提として、ナイフが当たらないところから計算しているのは何なんだ。ナイフだぞ。全力で投げてるんだぞ。なんで皆簡単に弾いてくるんだよ。ナイフなんか意に介さない強敵ばかりと戦っているせいだ。ナイフ一本で勝つことのできる相手とも戦わせてくれよ。
プリムラの背後に転がるナイフ。俺はプリムラが正面を向いているのを見て、そのまま駆け出した。
「怖くないのか? 俺のナイフが背後に転がってるぜ」
「貴様とスカビオサの戦いは見させてもらった。スカビオサはこのナイフのことを相当買っていたようだが、結局は貴様の動きだけを見ていれば問題がない」
「正解だ」
だが、それがいつまで正解の形をしているだろうか。
俺はナイフの場所――プリムラの背後に転移する。俺の姿が消えたことで背を振り返るプリムラ。俺は再びナイフを投げつけた。今度プリムラに当てずに、彼の足元へ。再度の転移。彼の足元をとった。
「この霊装の本質は、先手を奪うところだ。おまえはこのナイフの位置を考えた上で、行動を選択しないといけない。俺が一歩先を行くことができる」
手の中の霊装はすでに姿を変えている。
アロンダイト。俺の真上で大剣を振りかぶったプリムラに向けて衝撃波をぶつける。
うめき声をあげて、プリムラの身体が宙に浮いた。重厚な鎧で重くなった彼の全身は、バランスを崩して床に叩きつけられた。
「ぐ、」それでも流石のプリムラは近くにいる俺に剣だけは差し向けた。地に伏せた状態で俺の足元に剣が振り切られる。
キン、と、金属音。俺の手に握られたデュランダルが、俺の身体に刃が通ることを許さなかった。「――」絶句して、プリムラが一度動きを止める。
「手加減は無しだと、おまえが言ったんだぜ」
俺の手には箒。この箒は目の前に一直線に飛んでいく能力を有している。いまだ転がったままのプリムラ向けて、箒を放った。それはプリムラの胴体に当たると、彼の大きさ重さに関係なく、一直線に進んでいく。足もつけていないプリムラが踏ん張れるわけもなく、そのまま引きずられるように訓練場の壁まで吹き飛ばされた。
近くにいた観客が慌てて逃げていく。ぽっかり空いた場所に、そのままの勢いで激突した。
「……っ」
彼は背中の衝撃に身じろぎした後、ただ壁を背に沈黙するだけだった。鎧に覆われたプリムラの本心は窺い知れない。
「満足したか? 俺の持ってる霊装はすべて見せたぞ」
この勝負、実のところ重要なのは勝敗じゃない。この時点で互いに十分な利益を得ている。
プリムラは俺の有している霊装の種類、数を把握した。プリムラ傘下の人間たちも観客として見ているし、眼前、傍目の両方から観測することができただろう。
代わりに俺はこの場にいる学園生徒からの評価を得た。
感心した顔で俺を見る生徒多数。そう、俺はプリムラよりも強い。多少ずるをしたが、スカビオサにも、ザクロにも、シレネにも勝った。
そんな俺が擁立するマリー王女。別に実現不可能な話ではないと思われる。四聖剣を制したこの俺が前線に立ち、結果を残している意味を理解できないやつはいないだろう。
この場全員、俺たちという存在を意識した。
そっち側についた方がうまいかも、と思える状況を作った。
満点だ。俺からすれば文句はない。
卒業後も、未来は明るい。
「……何も持っていないやつはいいな」
壁を支えに、ゆっくりとプリムラが立ち上がる。重厚な鎧から溢れんばかりの殺気を感じる。
「貴様のその浅慮で多くが迷惑しているのに、それがわからない矮小な頭が羨ましい」
「羨ましいんなら分けてやろうか?」
「路傍の石にも劣る贈り物だ」
プリムラは唾棄して、大剣を構えた。
「王女に対する下らない同情だけでここまで来たことは褒めてやる。だが、貴様はそれだけだ。薄っぺらい野良犬め。大海に沈め」
「じゃあ早く大海ってのを教えてくれよ」
どこかで誰かが言ったような薄っぺらい説教はいらない。
「流石のアスカロンの鎧だ。おまえにも大きなダメージは入っていないのかもしれない。けれど、勝負は決しただろ。これ以上やろうが、おまえは俺には勝てないよ。互いに役目は果たしたし、もうやめようぜ」
「馬鹿が。貴様こそ、私には勝てない。貴様は私に傷一つつけられていないだろう」
「嘘つけ。さっきアロンダイトで真上にかちあげた一撃は、それなりに響いてるはずだ。おまえのその重い鎧は、重力の影響をもろに受ける。霊装と同じ理論で扱うのは軽くとも、地面に叩きつけられればそれなりの反動が来るだろ」
「効いていないと言っているだろう」
「じゃあ何度も繰り返すぞ。いつまでだっておまえが満足するまで付き合ってやる。恨むなら王子様たちを恨むんだな」
「これはもう、そういう問題じゃない!」
絶叫。
プリムラの大声に、訓練場は一瞬で静まり返った。
「王子たちは関係ない。ただ、これは俺の意地だ。俺はここで貴様を殺す。――その覚悟をもってここに立っている」
クールな男の、熱い一言。
肩が大きく上下していて、無理をしているのはよくわかった。それでも彼は退かずにその場に立っている。
とある女子生徒同士が、顔を見合わせていた。とある男子生徒が拳を握っていた。「プリムラ様! 負けないでください!」プリムラの取り巻き、王子派の男子生徒が叫んだ。その声に同調するように、プリムラへの応援メッセージが飛んでくるようになってしまった。
がんばれ、がんばれ、なんて、判官贔屓。
飄々とした俺と、ぼろぼろのプリムラ。傍目から見て応援しやすいのは、後者であった。ちぇ。人間ってのは勝手だよな。
「……」
プリムラは動きを止めた。応援されるような立場にいたことなんかないだろう、甲冑の中からでも、彼の当惑は伝わってきた。本人が一番困っているようだった。
「人気者じゃないか。羨ましいね」
「……こんなやつらの応援など、何の意味もない。どの口が応援などと」
「勿体ないな。せっかく人気者になるチャンスなのに」
貰えるもんなら貰いたいわ。
とか思ってると、「リンクさま~! がんばってー!」と声が聞こえてきた。「負けんじゃないわよ!」「頑張れリンク君!」「頑張ってください~」「頑張って!」「さっさとやっつけろよ」「リンク~。あと少しだよ!」
いつもの面子が声を張り上げてくれていた。
それに同調して、ハナズオウやクロクサのやつも声をかけてくれた。伝播し、話したこともないやつらも応援をくれる。
俺の応援とプリムラの応援。色んな声が交じり合って、訓練場の中に木霊していた。
思わず、笑いがこみあげてくる。
「はは」
「何を笑っている」
「俺たち二人とも、捨てたもんじゃないなってな」
俺たちは真剣だ。間違えれば腕の一本、命の一つ失う綱渡りの中を戦っている。しかし当然、観客は別。これは周りの観客からすればお祭りの延長なのだ。騒ぐ機会があったから参加しただけ。声を張り上げられる場所があったから張り上げているだけ。思いも思想もない、ただのイベントだ。
でも、それでも、力になる。
皆の思いが力になる、なんていうのは少しくさいか。
俺らしく打算的に言うのなら、ここまで盛り上がってくれれば熱はしばらく尾を引きそうということ。熱に浮かされるまま、俺たちの側についてくれると公言する人も現れるかもしれない。
全員、後悔するなよ。
俺はこの熱をそのまま、王城まで持っていくからな。
「貴様はいつもそうだな。わかった風に、悟ったように、物事を語る。本当にすべてが癇に障る」
「誉め言葉だよ。それで? 退く気はないのか?」
「何度も言っているだろう。私は貴様を倒す。その首を王城に晒してくれる」
「物騒だな。もっと穏便に行こうぜ」
俺はフォールアウトを手にした。
それを高く放り投げる。プリムラの真上に落ちるように計算して。
「そんな大道芸に構っている必要はない。一振りで終わらせてやる」
プリムラは駆け出した。ナイフのことなど見ていない。
正解だ。振り回されるからダメなんだ。自分本来の味を出すことが大切。
――俺が相手でなければ。
俺は地面に突き刺さったフォールアウトを掴む位置に移動する。そこから霊装を箒にチェンジ。背中ががら空きになっているプリムラ向けて一直線に進んでいった。
「――死ね」プリムラは振り返って、大剣を横なぎに振るった。行動を読まれていたようで、タイミングはばっちり。この等速直線運動の中で、俺の首が落ちるちょうどの位置、時間に剣が置かれている。慣性の中、箒を離しただけでは俺はそれを避けることはできない。
その刃が俺の首に撥ねる直前。そこで俺は箒を手放し、逆方向に展開した。移動方向と反対方向にかかった力が、慣性の法則を打ち破って俺の動きを止めた。
ぴたりとその場に留まった俺の首を撥ねることなく、大剣はそのまま通り過ぎていく。
がら空きになったプリムラの懐。
俺はアロンダイトを手にすると、再びプリムラの懐に入り、「破天」上方向への力をかけた。
宙に浮くプリムラの身体。
彼の甲冑には攻撃が通らない。が、それはあくまで俺の攻撃の話。俺の拙い腕力による攻撃では、という条件付き。
だけど、重く硬い甲冑は諸刃でもある。
その重さに食われろ。
宙に浮いているのに、土壇場でプリムラの剣が俺の腕を捉えた。そのまま切り落とされる予定だった腕は、服を切り裂いただけだった。俺の手に握られたデュランダルがそれを許さない。
「く」
プリムラの口から憎しみの声が漏れる。
そしてその首に俺が床に突き立てたデュランダルの柄頭が直撃した。「ぐぇ」重い身体と頭蓋の狭間。両者に引っ張られるように重量に引かれていた首だったが、落ちるはずのそこには俺の剣が鎮座している。
結果、全身が受けるはずの衝撃が喉に集約され、一瞬、彼の身体は弓なり状態になる。俺が霊装をかき消すと、全身が、最後に首が、床に倒れこんでいった。
これでも鎧は傷一つつかなかった。流石は四聖剣。
けれど中身のプリムラはぴくぴくと痙攣を繰り返している。甲冑で直接の打撃は受けたとはいえ、首にかかった力は大きいだろう。起き上がる気配もない。
「俺の勝ちだな」
わああああ、なんて、歓声が聞こえる。
俺はこの日、伝説となった。