前へ次へ
96/183

96.













 リンクとプリムラが決闘するってよ。


 そんな噂は瞬く間に広がって、当日、気が付けばほとんど全生徒が訓練場に集まっていた。俺たちの同級生だけでなく下級生も見に来ているようで、訓練場の外周部は人で埋まってしまっている。

 演劇でも見るようにキラキラとした目で待機している彼らを見て、嘆息してしまうのも仕方がない。


「……皆、暇なのか」

「娯楽を求めているという意味ではそうなんでしょうね。ご存じの通り、この学園生活は意外と時間を持て余す時がありますから」


 俺は俺で訓練場の隅に座り、プリムラの登場を待っていた。

 隣ではシレネが微笑んでいる。


「ここでプリムラを倒せば、貴方は四聖剣全員に土をつけたことにもなりますし。伝説誕生の瞬間ですわ」


 披露会で俺はシレネ、ザクロ、スカビオサを破っている。プリムラを倒せば、コンプリートだ。

 つまりは何のとりえもない男が、最強の四聖剣を破る下剋上が巻き起こっているわけだ。時と状況によっては後世に語り継がれるかもしれない珍事。そりゃ注目もされるか。でもあんまり集まると教師も見に来て、戦闘を止められそうなんだけど。


 という心配は必要なかったみたいで、あろうことかギャラリーの中には教師の姿もあった。「危なくなったら止めるから」なんて言って、飲み物片手に観戦に徹している。まあ、それでいいならいいんだけど。



 観客の中にはスカビオサの姿もあった。こういう催しには一切参加しなかった印象があるが、俺が絡んでるということで確認に来たんだろう。

 俺と目が合うと、ゆっくりと近づいてくる。


「なにこれ。必要なの?」


 戦闘の意義を問いかけているらしい。魔物の討伐に関係するの? ということだ。


「ああ。しっかり未来のことを考えているから安心しろ。魔物の討伐には戦力の増強が必須項目だ。四聖剣には全員同じ方向を向いてほしい。これに勝てば、プリムラも魔物討伐に協力してくれる。四聖剣全員で魔物の討伐に向かうことができる」

「ふうん」


 スカビオサは気のない相槌を打って、


「私たちの役目を忘れていないのならいい」


 用件は終えたはずなのに、その場から去らずにきょろきょろと辺りを見渡している。誰を探しているかはよくわかった。


「アイビーなら飲み物を取りに行ってるぞ」

「……は? 貴方、ちゃんと監視してないの?」


 怒っている。それはそうだ。


「俺の手持ちに王の霊装があることは知ってるだろ? それを使って命令した以上、あいつはもう逃げられない。安心していい」


 本当のことを言うと、王冠ティアクラウンは直後の行動しか指示できない。今ここでできること以外は命令しても意味がないのだ。人の心も変えられないし、未来の行動も指定できないし、これからずっと俺から離れるなという命令もできない。


 が、アイビーが俺から逃げること、それは必要のない心配だ。アイビーが今から離反することはあり得ない。他にも仮面を有していて俺が見抜けなかったというのなら、どちらにせよもう俺の手に負えることでもない。

 できることとできないことを理解して線引きすることが大切だ。


「……そうならいいけど」


 少しの不満を抱えながらも、スカビオサは頷いた。


「じゃあ、王の霊装を使ってこの試合は終わり?」

「いや、今回は真剣に戦う。こんなに大勢が見ている中でティアクラウンは使いたくない」

「どうして?」

「マリーの価値が下がる」


 この霊装を有しているから、マリーは王女なのだ。マリーが優位性を保っているのは、この霊装の威光が大きい。そんなものをほいほい披露できるか。使う場所は選ばせてもらう。


「それに、あいつから条件として提示されたのもあるしな。ここは本気でぶつかっておいた方が良い。それがあいつのためにもなりそうだ」

「なんでそう思うの? 人間――特にプリムラはそう簡単に変わらない」

「他でもない俺に完膚なきまでに負けたら、悔しいだろ。自分の在り方を見つめ直すいい機会になる」

「そういうもの? 私にはわからない」


 スカビオサは目を細めて、「まあ、頑張って」と去っていった。


 良かった。今のスカビオサに変なところはなかったし、精神は安定していそうだ。


「仲がよろしいようで。意外ですね」


 俺とスカビオサの会話を黙って聞いていたシレネは、不思議そうな顔でスカビオサの背中を見送っていた。


「話を聞いていた限り、もっと険悪な感じになってるかと思いましたわ」

「アイビーだけを敵にしたんだよ。アイビーを憎むという意味で俺たちは手を取り合い、仲間になった。もう険悪になんかなりようもない。人と友好関係を築くのには敵を作った方が早いからな」

「全部思い通りということですか。悪い人ですわすわ」

「ああ、俺は悪い奴なんだ」


 一言で言えば、俺はアイビーを蹴り落としたのだ。

 スカビオサとマーガレットと和解する道もあったのかもしれない。アイビーを交えて四人で魔物に向かう道もあったのかもしれない。けれど俺の考えでは、それはあまりに遅い判断だった。アイビーと二人の溝は埋められないほどに深まっていた。だとすれば、それが溝だと思えないくらいに離してやっても変わらない。


 俺は容易に成し遂げられる道を選んだ。

 アイビーに罪がある以上に、俺にこそ罪がある。

 罪には、贖いを。

 覚悟は決まった。

 俺が人類を救って見せる。


「スカビオサに関してはそれでも意外な反応と思いますわ」

「あいつも意外と優しいからな」

「ふうん。手は出さないでくださいね。アイビーさんとも私のあずかり知らぬところで何かあったみたいですし」


 にこにこ、にこにこ。

 なんかこの感じ、久々でいいね。日常に戻ってきた感じがする。


「俺がそんな軽薄に見えるか?」

「少し薄味なボケですわ。二十点」

「まあ、真面目な話、スカビオサとどうこうなることはないな」


 あいつもあいつで気難しいからな。俺に好意を向けることはないだろう。

 そして、俺に彼女への好意はない。あるとしたら同情くらいなものか。


「俺たちの関係は、良くて戦友って言ったところか」

「信じてもよろしいので?」

「任せる」

「これ以上言ってもしょうがありませんわね。何を言っても、貴方は誰にでも勝手にちょっかいをかけるんですもの」


 シレネに呆れられた。


 アイビーが飲み物を持ってきてくれたので、礼を言って頭を撫でてあげた。ごろごろと喉を鳴らすさまはまるで小動物のようだった。


 とかそんなことをやっていると、プリムラが顔を見せた。


「なんだこの人だかりは。煩わしいな。貴様が集めたのか?」

「まさか。俺だって予想外だよ。どこからか噂を聞きつけられたらしい」


 嘘つきここにあり。

 噂を流したのは俺だ。正確に言えば、俺たちだ。


 同級生たちにそれとなく話を伝え、下級生にはハナズオウ経由で伝えてもらった。シレネには教官たちに事前相談をしてもらったが、言い方が上手かったのだろう、むしろ教官が観戦に来るくらいであった。


 なんでか。


 理由はいくつかあるが、大きいものでいえば、ここで俺とプリムラの印象を決定的にしておきたい。俺とプリムラの勝負の結果を見て、俺たちの側についた方が良いという意識を植え付けておきたい。

 ここにいるのはいずれも霊装使い。誰もが戦力になりえる存在だ。

 卒業も近い。この機会に彼らを味方につけなくてどうする。


「観客がいるとやりづらいか?」

「私のやることは変わらない」


 プリムラは仏頂面を崩さずに背を向けた。

 俺もプリムラに背を向けて、所定の場所につく。


 俺たちが向かい合ったのを見て、観客のざわめきが収まっていった。

 大人数が詰まった訓練場に、痛いくらいの沈黙が降りてくる。


「貴様こそ、約束を違えるなよ」

「ああ、おまえもな。何ならここにいる全員に証人になってもらおうか?」

「……」


 無言になるなよ。少し哀しくなるだろ。俺に勝つと大声で宣言しろよ。


 自信もなく、慢心もない。事実として、この勝負は俺が勝つだろう。

 問題は、どう勝つか。プリムラという存在を、どう育てていくことができるか。


「――ったく、楽じゃねえな」


 ため息をつくと、少し勘違いしたプリムラがその太い眉を寄せた。


「調子に乗るなよ。他の四聖剣を倒そうとも、私は違う。貴様のような野良犬に正義の鉄槌を下してやる」

「正義ってのには賞味期限がある。あんまり何度も口にするなよ」


 ここぞという時に袋から出して使いましょう。


「俺が正義だ。マリーこそが王にふさわしい」


 だから俺はここで使う。

 皆に聞こえるように使う。


「ふざけろ!」


 プリムラが激昂し、霊装を手にする。

 俺も自身の霊装を手にした。


 さあ、最後の代理戦争を始めよう。


前へ次へ目次