87. 彼女のヨロイ
「――もう、いいじゃん。やめようよ、この話は。意味がないよ」
「何言ってんだ。これが真実なんだろ。俺はわかってる。わかったんだ! これからは手をとって協力して、事に当たることができる。協力すれば、魔物だってきっと」
「リュカン・デュランダルも同じことを言っていたよ」
アイビーの目に影が落ちた。
リュカン・デュランダル。すでに死人になってしまっている、一人目にあたる存在。
「協力するよ、手を取り合おう、絶対に上手くいく――そんな耳触りの良い言葉、耳が腐る」
唾棄するように、言葉を吐いた。
「なんだそれ。……なんで、リュカンは死んだんだ」
スカビオサも知らない事実。
一人目がどうして、このトキノオリから消え去ったのか。
「聞きたいの?」
「聞かなきゃ進めない」
「リンクはさ、例えば、親を殺されたら、その殺人犯をどうする?」
「親の顔なんか知らないからわからないな」
「……じゃあ、マリーでも、シレネでもいいや。大切な人。彼女たちが誰かに殺されたら、どうする?」
「そりゃあ、復讐するさ」
「殺人犯が誰かもわからない。どこにいるかもわからない。それでも?」
「それでもだ。地の果てでも探して殺してやる」
「はは。満点の回答だね。とっても、人間らしい」
アイビーは薄く笑った。
「じゃあ、”誰も殺されなかったら”?」
「はあ?」
「誰も殺されなかったら、リンクはその殺人犯を探す?」
「探すわけないだろ。誰も殺されてないんだから」
「地の果てにはいかないの?」
「行くわけないだろ」
アイビーは何を言ってるんだ。
至極当たり前のことに対し、何を言う。
「動機は大切だよね。目的は思いが強いほど近づいていくよね。私が知る以上、最大の感情は、殺意。殺意ほど、目的に近い感情はないんだよ」
「……なにを、いって」
「殺意はそのまま、成し遂げようとする熱意に置き換わる。血眼になる人と、そうではない人。何度繰り返したって挑んでくる人と、そうではない人。違いは単純に、熱意、意欲。そしてそれは過去によって育まれる」
成し遂げるべきことがあるのは、俺も、スカビオサも、マーガレットも同じ。いずれも魔王を殺そうと目を真っ赤にして叫んでいる。為すべきことがあるから、このトキノオリの中、もがいている。
じゃあ、リュカン・デュランダルは?
「リュカンと俺たちの違いを言っているのか?」
「私は彼の前では魔王ではなかった。ただの友達だった」
「リュカンは、おまえという魔王を知らないのか」
「リュカン・デュランダルには正式に協力を依頼した。一緒に戦ってくださいって。二つ返事で頷いてくれたよ。強かったし、人望も厚かったし、容姿も良かったし、世界を救うためだからって、頑張ってくれたんだ」
アイビーは懐かしむ様に微笑んで、
「そして、死んだんだ。ただただ人に言われた、人に依頼されただけのどうでもいい目的のために、来る日も来る日も忙殺されて。使命感だけで前に進んでいただけの男は、心の焔が消えた時、自分の背中にのしかかった重さを知った時、それが義務感になった時、歩みを止めた。彼の過去は、自分を支えるだけの強い感情を得ることができていなかった。人類を救うだなんてちっさい目的だけで、何度も何度も人生を繰り返すなんて、できるわけがない」
「ちっさくは、ないだろ」
「小さいよ。小さく、見えるんだよ。だから、何を捨てても――なんて、簡単に口に出せる。口では言うけど、本当に何を捨ててでも行動できる人間は存在しない。そんな自分を支えられる経験をしている人はいない」
その述懐は、恐ろしいものだった。
例えば、俺が同じ立場だった場合。
魔物を一緒に殺そう。そのために、一生終わらない時の中で過ごそう、と言われたとき。
最初はいいだろう。何度繰り返しても、人類のためという正義が胸には存在している。
だが、どこかで躓く。いくら頑張っても、目的を達成することができない。これ以上、やれることがないとなる。そうなったときに、何が支えてくれるだろう。人類のため、という大義名分は、どこまで俺を支えてくれるだろうか。
スカビオサは、魔王への憎しみで己を支えた。
マーガレットも魔王への敵対心と、生への執着心があった。
俺だって、魔王を殺すという、明確な目標と共に前に進んでいた。
強い感情に、支えられてきた。
「友愛は十回。憎悪は百回」
アイビーは同じ言葉を繰り返した。
さっきと同じ言葉なのに、同じには聞こえなかった。
「そういうことだよ。人はね、憎しみにかかれば自分をどうにでもできる。全てを失ってしまえば、あとは前に進むだけなんだから、鬼にも化け物にもなれる。憎悪こそが人から無駄な思考を奪い去って、ただただ目的を達成するだけの化け物にすることができる。
友愛だけじゃ、前に進むことはできないんだよ。ただのお願いでは、自分を奮い立たせることなんかできない。どんなにぼろぼろでも、骨一本で立てる人間だけが、この世界では生きていけるんだ」
「……おまえが、魔王を名乗ったのは」
「ねえ、リンク。お願いだから、もうやめようよ。ここで私を殺して。さっきまでの話は忘れて、私のことを恨んでよ。貴方をこんなところに閉じ込めたのは、私。貴方と貴方の大切な仲間を殺したのは、私なんだよ。何度だって、言ってるじゃん。貴方は私に憎悪を、殺意を向けないといけないの」
「馬鹿か。もう俺は、知ってしまったんだ。知らなかった頃には戻れない。おまえは、魔王じゃない」
「おねがいだから!」
アイビーは、泣いていた。
目から大粒の涙を流しながら、
「もう、これ以上、聞かないで。私を憎んでください。許可もなく勝手にこのトキノオリに閉じ込めた私を、一生許さないでいてください。殺すほどに憎んでください。来世も殺しに来てください。おねがいだから……、私を、憎んでください……」
俺は今まで、一直線に進んできた。自分だけが魔王という存在を知っていて、自分で魔王を殺さないといけないと思っていたから。人類を蹂躙した魔王に対しての憎しみが胸には存在していて、何が何でもがむしゃらに、目的を達成してやろうと息巻いていた。
それが、二周目の俺。
一周目の俺は、どんなもんだった? 特に理由もなく生きて、特に意味もなく存在していて。言われるがままに学園に通って、頼まれるがままにザクロと一緒に魔物に対応して。
無駄だったとは言わない。けれど、今と比べると意欲がなかったのは真実だ。
なんでか。
俺の中に、強い意志が無かったから。本気の目的がなかったから。
二周目の俺に根本的目的を与えたのは、眼前にいる少女だった。この子が俺を殺したから、仲間を殺したから、人類のことを馬鹿にしたから、反骨精神でのし上がってきた。この子がいなかったら、今の俺もどうなっていたかわからない。一周目と同じく、無意味な人生を歩いていたかもしれない。
――魔王は殺さないといけない。
こいつに向けた殺意こそが、俺をここまで連れてきたんだ。
「おれは……」
泣いているアイビーに、声をかけられなかった。
俺はリュカンとは違う。だから、協力しよう。
なんて、そんなことは口が裂けても言えなかった。アイビーだって、わかってる。言葉に意味がないことを。言葉は嘘に塗れているってことを。ただの同情では、リュカンと同じなのだ。助けてあげる、なんて、上からの言葉、自分が安全な場所に立っていないと口にすることはできない。自分の足元が崩れてもなお、そんな言葉を吐けるか? 吐けるとしたら、自分に足場なんかないと思っている、破れかぶれの人間だけ。
そう、俺みたいに。スカビオサみたいに。マーガレットみたいに。
異質な存在にさせられて。
自身の異質さを理解して。
異質なまま、前に進む。
それがアイビーの作りたかった人間。”壊れても進む”人間だ。
魔王を殺そうとトキノオリの中を生き残る、化け物だ。
だから俺たちは、このまま進むべきだ。
壊れたまま、魔王を憎んで、魔物を殺して、世界を救う。
俺たちは糸の切れた人形。壊された状態で、すべてを壊していく。
これが、魔王の本懐。
俺たちが生きるためには、これしか生き方がない。
俺たちはアイビーを、魔王を、恨まなければ、生きる意味すら見失う脆弱な存在なのだ。
「私を、何度だって殺してもいいから。むしろ、殺しに来て。何度でも、何度でも、憎しみをぶつけにきて。また、私に会いにきて。その顔を、見せにきてよ……」
アイビーもまた、壊れている。
自分が憎まれれば、このトキノオリの中、生きていける人がいることを知っている。
自分が殺されれば、このトキノオリの中、溜飲が下がる人がいることを知っている。
誰かに言えば、破綻する。
アイビーはたった一人で魔王でなければならない。
そうでなければ、俺たちは目先の生きる理由を失う。自分を支えてきた、魔王への殺意を失う。これまでのことに意味を失い、殺意に塗れた化け物は悩むだけの人間に戻ってしまう。
アイビーは人類のために、身を捧げている。
殺されることが役目だと、その目は死んでいる。
「……」
沈黙が降りる。
ああ、いやだ。
何度も何度も、同じことを繰り返している。
話を聞けばわかるだとか、話をすれば進めるだとか、そんなことばかり口走っている。この、口だけの人間は、何度だって同じ後悔を繰り返している。
俺は、なんなんだよ。
いつだってただ茫然と立っている案山子なのか。
それは道化ですらない。
――
―――
いや、違う。それも、違う。少し、違う。
反省している場合じゃない。後悔している暇はない。これは俺の話じゃないんだ。俺がどうこうという話じゃないんだ。
まだ、話は終わってない。
アイビーは、こんな中、一人で戦ってきた。一人で、悪役を演じきった。本当に、それが彼女の本懐か。孤独のまま、憎悪を向けられるだけの人生を求めるのが、彼女の本当に求めるものなのか。
「さっき言いそびれたことだ。おまえは俺がスカビオサに会いに行くときに、一度止めたよな。不安そうな顔をして、俺を見ていたよな。おそらく、俺がスカビオサと話すことで魔王の話題になり、自分が魔王だと気づかれてしまうのを、嫌がったんだ」
いずれバレることなのに。
俺とスカビオサが戦えば、フォールアウトの存在はバレる。そのナイフは魔王が使っていたもの。そして、マーガレットはその霊装を使った少女の存在を知っている。点の事実が繋がり合えば、真実が浮かび上がってしまう。
それは最初からわかっていたはずなのに。
なんで、止めたんだ。名残惜しそうに、不安な顔を見せたんだ。
「……一人が、怖かったんじゃないか」
このトキノオリの中で一人、人類のために戦う少女。
そんな彼女は、魔王になった。一人、人類の敵として振舞う事で、殺意を煽ることで、人類を救おうとした。
「けれど、俺たちと一緒にいて、考えが少し、ずれてしまった」
スカビオサが俺の前でアイビーの名前を出さなければ、きっとまだ、アイビーはアイビーだった。いつもように笑って、いつものように一緒にいた。ずっと、隣にいたかもしれない。
それはきっと、楽しかったから。
俺が魔物の討伐のための道を真っすぐに進んでいたから。
アイビーがアイビーのままでいて、問題がなかったから。
俺が魔王を倒すと言ったときに見せた、最初の笑顔。あれがアイビーのすべてなんじゃないか。
でも、まだ、アイビーは首を横に振る。
「……それには頷かない。頷けないよ。私の意志なんかは、関係ないんだよ。私は人類を救わないといけない。絶対に、成し遂げないといけない。そういう使命があるの。私がどうこうじゃないんだよ」
「なんでそこまで、献身的なんだ。おまえは、なんで、そこまで、」
リュカンは何も支えがなく、倒れてしまった。
スカビオサとマーガレットと俺は、魔王への憎しみで自らを支えた。
では、アイビーは。
最初の最初、アイビーという存在は、どうしてここまで頑張っているんだ。先の見えない世界で、彼女のことを何が支えているっていうんだ。
アイビーから吐き出される言葉の節々にある使命感。
自分がやらなければならないという義務感。
人類を救わなくていけないのは、誰なんだ。
それが権利ではなく義務になってしまうのは、勇者ではなくてむしろ――
おとぎ話に出てくる聖女のよう。人類のために、四聖剣を引き連れて戦った、過去のお話。
さっき言った通りだ。点と点は繋がって、新しい真実を浮かび上がらせる。
「――おまえが、聖女か」
「……」
「死んだら次の継承者に渡っていく。それは、霊装の特徴だ。――つまり、この檻こそが霊装の力なんじゃないか。何度も繰り返す世界の中で、正解にたどり着くための能力。人類を存続させるために、”間違った過去”を修正する能力」
偽物の聖女であるマーガレットとは違って、このアイビーこそが、聖女の役割を担う存在。
これで、すべての状況に説明がつく。
これは聖女の役目を担った少女の、人類を救うための物語だ。
最後の鎧が砕けたような音がした。
アイビーは涙を流しながら、諦めたように笑った。
「……もう、ダメかぁ……」
俺はこの時、殺意を失った。
魔王への憎悪は消え失せた。
だけど、何かが変わるわけでもないと思った。
俺は別に、”本当に魔王を殺したいわけじゃなかった”のだから。ただ、”普通の人間の真似事”がしたかっただけ。
徹頭徹尾、ただの道化師だ。
最初から、人間という定義に収まるかもわからない。
最初から壊れている人間もどき。
だからこそ、壊れることなくアイビーに全力で協力することができる。
「悪いな。俺はおまえを憎むことはしない。ここまで来たからには、すべてを知ったうえで、おまえに協力することにする。リュカンの件で怯えているのはわかる。だが、俺はリュカンとは違う。最初から、何も持ってないんでね。失うものなんかないから、前に進むしかないんだ」
「リンクはさあ、すごいよね」
アイビーがぽつりと呟く。
涙声。顔は憔悴に塗れていて。
こんな時なのに、どこか嬉しそうだった。
「すごいよ、リンクは。シレネを救って、ザクロを手懐けて、スカビオサも引き入れて。私ができなかったことを簡単にやってのけるんだ。リンクはとってもすごいんだ。だからね、少し夢を見ちゃった……」
寂しそうに、嬉しそうに、笑った。
「リンクなら、何とかしてくれるんじゃないか。できるんじゃないかって。そして私は――隣でそれを見れるんじゃないか、って」
それはきっと、アイビーの本心だった。
嘘ばかりついてきた少女の、仮面が剥がれたときだった。
「うん。認めるよ。ほとんど、正解」
「もう嘘はいいのか?」
「うん。意味がないもん。もういいや、決めた。リンクには、全部話す。全部話して、協力してもらう。そして――死ぬときには絶望して、死んでもらう。リュカンのように、なってもらうことにするよ」
アイビーは笑った。
言葉の中身に反して、快活なものだった。
まったく、殺伐としてるな。肩を竦めたくもなる。
「さっき言ったろ。俺はリュカンとは違う。弱いし、人望もないし、容姿も悪い。プレッシャーに押しつぶされたりすることもない」
「はは。そうだね。でも、私からすれば、誰よりも素敵な、大好きな、男の子だよ。だから、忘れないで。この世界は貴方だけのものじゃない。私もずっと、ここにいるから。一人で抱え込まないで」
真剣な目は、かつてのアイビーにはなかったものだった。
俺は目線を逸らす。
どこか斜に構えていた少女の真っすぐな目は直視するのは難しく、逃げるように話を戻した。
「おまえの霊装は、人類を救うためのものなのか?」
「うん。私が持っている霊装は”輪廻聖女”。記憶の霊装だよ。過去、聖女として生きてきた人たちの、すべての記憶を有している、記憶庫の力」
「……そうかい」
自分で口に出してとんでもないなと思っていたが、肯定されるとそれはそれで恐ろしい。
「”輪廻聖女”は、人類滅亡を鍵に起動する。人類が存続不可能まで数を減らした時に、継承者に聖女としての記憶を呼び起こさせるんだ。人類滅亡を回避するために、”過去修正”の力も持っている。人類が滅亡する十年前まで遡り、過去改変を可能にする。これにより、人類は何度も滅亡を逃れてきた」
「過去のおとぎ話も、満更おとぎ話ってわけでもないんだな」
「伝承だったんだよ。今みたいな時のために、過去の話を伝えているんだ。まあ、おとぎ話として形骸化しちゃったから、すでに意味はないけど」
数百年も経てば、風化もするか。
聖女以外、誰も当時のことなんかわからないんだから。
「もう一つの能力が、この過去修正の中で、”他者を介入させる”こと。この十年間の過去改変に、他人の手を加えることができる。今のリンクも、その能力でここに呼んだんだよ」
「そうなると、聞かなくちゃいけないことが二つある」
「どうぞ。もう、全部答えるよ」
疲労感を顕に、アイビーは笑った。
どこか清々しい顔だった。
「まず、魔物の大量発生っていうのが、人類滅亡の原因なんだな?」
「うん。魔の森から大量の魔物が溢れ出る。平和ボケした今の人類がどうにかできる物量じゃない。魔物が降りてきたら、あっという間に人類は滅びるよ」
「わかった。二つ目。おまえの協力を要請する力で、もっと多くの人をこのトキノオリに呼んだらいいんじゃないのか? 人類が危機感を持っていないのが問題なんだ。破滅の未来を知ってる人間は多い方がいいだろ」
「過去、同じような形で魔物を退けようとした時、百人規模の人間がこのトキノオリで戦ったんだ。その時、トキノオリの中で、殺し合いが発生した。仲間同士で、殺し合ったんだ。同じ立場の人間同士がやり方や方針で争いあって、にっちもさっちもいかなくなったんだ」
スカビオサと殺し合ったこと、マーガレットと殺し合ったこと。
最近起こったことが頭を過る。
「……ああ、確かに、俺とスカビオサとマーガレットの三人だけでも、争いになりかけたしな。考える頭が多くなればいいってわけでもないか」
「理想は人類すべてを上手く動かせる人間がいればいいんだけど、そんな人間はいないよ。人類すべてを味方につけることはできない」
すでに俺も敵を作っているしな。王子様たちは俺をどうにかしたいだろうし、そもそも俺はこんな性格だし。
「だからおまえは、強大な力を持つ数人をトキノオリに招いた。一騎当千の力があれば、魔物だって倒してくれると期待して」
「……でも、ダメだよ。このトキノオリの中では、誰もが狂っていく。人生は百年もない方がちょうどいいんだ、きっと。最初は二人とも、魔物を殺そうと頑張ってくれていたんだけど」
「やるせないな」
「……謝る権利も、私にはないけどね」
アイビーは顔を覆った。
すぐに顔を上げて、笑顔を作る。
「で、他に聞きたいことはある?」
「最後に一つ。おまえはこれから、俺に協力してくれるってことだよな」
「全面的に。リンクが望むのなら、なんでもする」
アイビーは俺の手をとった。
「私のすべては見せたよ。後は、どうしてもいい。私は一人では人類を救えなかった、使いようのない聖女。マーガレットにも立場を奪われちゃってるしね」
「誰が本当の聖女だろうが、どうでもいい。俺がほしいのは、アイビー、おまえだ」
「……はは。ストレートだね」
「おまえがいれば、できないことはない。魔物だって、殺して見せる」
できるかもわからないことに、何を豪語しているんだ。
嘘つきってのは、成長しないな。
だけど、アイビーが俺の思っているアイビーであったこと。根元は結局、いつもの彼女だったこと。それがとても嬉しくて、安心して。
友愛は十回、憎悪は百回。
じゃあ、
「愛情は、一回だ。一回で、ケリをつける」
「――はははっ! リンクらしい言葉だね。愛情は、一回かあ」
アイビーは大笑いして、身体をベッドの上に投げた。
「何があっても、今日、この日を忘れないよ。きっと、未来永劫、私が死んでも、この記憶は残り続ける。リンクという英雄がいたことが、この記憶には刻まれる」
「それは恥ずかしいな」
「私は、嬉しいんだよ」
魔王は、今、死んだ。
俺が言葉で殺したのだ。
それが正しい道なのか、今はまだ、わからない。