81. 会合するトキ
披露会が終わってしばらくしたその日、俺はスカビオサを呼びつけた。互いに怪我もそれなりに回復したタイミングで、マーガレットのいる教会に集合をかけた。
「なんで教会でやるんですか……」
ぶつぶつ文句を言うマーガレット。相も変わらずだ。
「なんで他人事なんだよ。おまえだって関係する話だろうが」
「貴方とスカビオサで何とかしてください」
「駄目だ。おまえは俺に協力すると言っただろう」
「言いましたっけ? ……まあ、できる限りなら、手伝ってもいいですけれど」
あくまで他人事。こいつが本気だった時を見てみたい。
なんだかんだ言いながらも、マーガレットは俺とスカビオサの分の席と茶を用意してくれた。護衛の人間も取っ払ったところを見るに、それなりに信頼してくれているのだろうか。
二人して待っていると、スカビオサが顔を見せた。
三つのティーカップから立ち上る、三つの湯気。三人の椅子が並べられた応接室を見て、スカビオサの顔が歪む。
「……何、お茶会でもやるつもり?」
「別に、他意はありません。この教会で話すというのなら、貴方たちは私にとって、少なくとも客人となります。客人を満足させられないのは、望ましいことではありません」
「どうでもいい」
スカビオサは入り口から一番近い椅子をひっつかむと、腰を下ろした。
「相変わらず、辛気臭い場所」
「そりゃ、教会ですからね」
「そういえばそうか」
特に興味もなさそうに、ティーカップに口をつけた。
スカビオサが座ったのを確認して、俺も腰かける。マーガレットはスカビオサが紅茶を飲んだのを確認して、頷きながら着席した。
ついに三人が揃った。
同じテーブルにつくことができた。
「さて、こうして皆さんが集まったわけですが――」
「待て。なんでおまえが話をしきるんだよ」
「……冗談ですよ」
このマーガレットとかいう女、浮足立ってるんじゃないだろうな。心無しか嬉しそうなのは、どういうことだ。
もしかしたら、彼女も彼女でこの場が実現したのが嬉しいのかもしれない。スカビオサから拒絶されたことも少なからずショックを受けていたみたいだし、話し相手が欲しくてたまらないという感じもあったしな。
まあ、そんなことはいいか。まずは全員前向きなところを喜ぼう。今日のこの会合は、間違いなく未来を決める礎となる、大切なものだ。
「まずは集まってくれたことに礼を言うよ。ありがとう、マーガレット、スカビオサ」
「御礼を言われるようなことではありません。どのみち、いずれかのタイミングで話し合いは必要だと思っていましたから」
「……私は貴方に敗北した。それに対して言いたいことは沢山あるけれど、約束は約束。少なくとも今回は全面的に協力することを誓う」
二人とも、百パーセントの快諾というわけではなさそうだが、頷いてくれた。
俺よりも前からこの世界にいて、多くのことを知っている二人。聞きたい事は沢山あった。
「早速だが、情報を整理したい。俺は知らないことが多すぎる。まずは、魔王の言っていた、何人目という番号。スカビオサが二人目で、マーガレットが三人目、俺が四人目。ここまでは合ってるという認識でいいな?」
首肯が二つ返ってくる。
「状況がわかってるのは、スカビオサ、マーガレットの順番でいいな。ここに二から四人目が集まっているとすると、一人目は誰だって話になる。知ってるやつはいるか?」
マーガレットは首を傾げていた。
「私も知りたかったことです。私は一人目とは話したことも、それが誰かもわかっていません。私がこの世界に来た時には、影も形も見えませんでした」
「魔王の言う事だ、鵜呑みにするのも危険だが、どうなんだろうな。おまえたちと同じで潜伏しているのか? スカビオサは何か知ってるか?」
この数字。
魔王のミスリードなのかとも思ったが、スカビオサは肯定するように頷いた。
「知っている。一人目は、リュカン・デュランダルという男」
デュランダル家。ザクロの生家だ。
「そうか。ちゃんと一人目は存在していたんだな。で、彼は今、何をしてるんだ? ザクロが今、デュランダルを所有しているということは、分家の人間なのか? もしくは、継承問題で聖剣を受け取れなかったのか?」
「いえ、彼は正当な聖剣後継者だった。そして、もうこの世にはいない」
「死んだのか? なんで?」
「彼は、絶望しきって死んだ。もうこの世界に帰ってくることはない」
スカビオサが淡々と話すものだから、最初はその言葉を飲み込めなかった。
この世に帰ってくることはない。
その言葉の意味するところを理解すると、場が凍り付いた。
俺がマーガレットに目線をやると、彼女もこちらを見ていた。青い顔をしていたし、俺も同じ顔をしていると思う。
「俺たちは死んでも人生をやり直すんだろ? だったら、例え事故で死んだとしても、次には生き返ってるだろ。この世界に帰ってくることはないってどういうことだ」
「この世界で死ぬということは、永遠の死の輪廻の中に入るという事。彼は生き返るたびに、即座に死ぬ行動を繰り返している。目を覚ますたびに、自決を繰り返す道を選んだ。止めようと思っても、彼が生きている間に彼の下にたどり着くことは不可能。誰ももう、間に合わない」
「……なんで」
「一度だけ、話したことがある。――いや、その時にはもう、人の言葉を話していなかったけれど。疲れただの、死にたいだの、そんなことを言っていた。私を見て、任せたと言って、死んだ」
口が開けなかった。
押し黙る他二人を置いて、スカビオサは滔々と続ける。
「これは、”時の檻”。魔王を殺すチャンスを何度も得る場ではなく、何度も魔王に殺される、処刑場。檻のカギは誰も持っていなくて、どこにも出口は存在しない。リュカンはそれに気が付いて絶望して死んだの。檻の中で無様に殺されて、観客に嘲笑われる前に自分で死ぬことを選んだの」
トキノオリ。
時の檻。
俺も何度か、檻という表現をした。鍵も隙間もない、人道に反する永遠に続く道。
リュカンは何度やり直したのだろう。どれほどまで努力と研鑽を重ねたのだろう。そして、どこで乗り越える手段がないと悟ったのだろう。
ザクロにデュランダルが回ってきたのは、そういう過去があったのか。正統後継者が死んで、すったもんだの末にザクロにお鉢が回ってきたという事情。まさか魔王の策略が噛んでいるとは。
四聖剣だったリュカン。
そんな男にできなかったことを、俺なんかが成すことができるだろうか。
「あーあ。お通夜になっちゃった」
へらへらとスカビオサは笑う。
スカビオサが嘘を言っている可能性はあるか――いや、嘘をつく理由がない。
そもそも彼女は今はもう味方なんだ。信じられなかったら終わりだ。
「いや、悪かった。少し衝撃的な話だったんでな。すでにこの世界に犠牲者が出ているなんて。というか、犠牲者が出ることがあるだなんて」
永遠の世界。
永遠の生き死に。
終わりがあるとは思わなかった。その気になれば、永遠の死に身を投じることもできるのか。
死は決して受け入れたいものではない。何度も自決を選ぶなんて、想像もできない。
マーガレットがいい例だ。彼女は死にたくないから、手を尽くして自分を守る護衛を作り上げた。リュカンの、生き返るたびに死を選ぶという考え方は真逆。
いや、最終的な道は同じなのだろうか。足搔いて足掻いて、その先が地獄だった場合、死すら幸せに変わるのだろうか。
「……じ、じゃあ、どうすればいいんですか。色々と手段を講じた結果、死が最も楽だって、私たちの先輩であるリュカンさんは結論付けたんですよね。私たちもどうしようもなくなったら、そのうち、そうなるってことですか? 死ぬことしか選べなくなるんですか?」
「そんなの知らない。どうなるも自分次第」
「む、無責任ですよ、そんなの」
「だから私に任せておけばいい。魔王は必ず殺す」
「もうすでに何回やり直したんですか! 何度間違えれば気が済むんですか。貴方が何度も失敗してるから、終わってないんでしょう?」
「は?」
スカビオサが睨みつけると、マーガレットは青ざめて身を引いた。
「マーガレット。今のはおまえが悪い。スカビオサの方がまだ、檻を壊そうと考えている。何もしてないやつが口だけ出すんじゃない」
「うう……」
だが、マーガレットの気持ちもわからなくもない。
少しだけ、焦燥感が鎌首をもたげてくる。
「スカビオサ。あんたが持っている情報は多そうだ。わかってることを教えてくれ」
「何が知りたい?」
「魔王ってのはそもそも何なんだ」
「魔王とは、私たち人類の滅亡を願っている存在。直接そう聞いた。そして、私が知る以上、魔王という存在は、一人ではない。殺しても殺しても湧いて出てくるのが魔王という存在」
「マーガレットも同じようなことを言っていたな。理屈はわかってるのか?」
首を横に振られる。
「何もわからない。あれの恐ろしいところは、殺しても殺しても切りがないということ。殺したら次の魔王が生まれるということ。”人間の中に”新しく生まれる」
「どういうことだ」
「魔王Aを殺したら、別の人間が魔王Bになる。私が一番最初に出会った魔王を殺したら、それが魔王になった」
それ、として差した指の先には、骸骨。マーガレットが焼殺したという、ネメシアという少女の遺骨。
「そしてネメシアを殺したら、別の者が魔王になった。貴方が学園の中で騒いでいたでしょう? こいつが魔王だどうのこうのって。彼女も、”魔王になる可能性を秘めた”人間だった」
「……じゃあ、ハナズオウは魔王ではなくて」
「今はまだ魔王ではない、という言い方が正しい。けれど将来、魔王になるってことでしょう。貴方の目が間違っていなければ」
ぞっとした。
俺は間違っていなかった。でも、当たってもいなかった。
「じゃあなんだ。まだ他の魔王が死んでないから、ハナズオウは魔王ではないのか? ハナズオウよりも前の魔王が生きているのか?」
「さあ。でも少なくとも、私もマーガレットも、自分の知っている魔王は殺している。ハナズオウってのが演技している可能性もある」
「いや、その可能性はない」
演技だったのなら、王冠の力で真実を吐いていたはずだ。
駄目だ。ここからじゃ糸口は掴めない。
「それなら、魔王だと名乗った人間を片っ端から殺してみたらどうだ? どこかで終わりに行きつくんじゃないのか?」
非人道的な考えだとはわかっている。
ただ、今の俺が思いつくのが、それだけだった。
「意味がない。そもそも、人間の中の魔王を見抜くことは不可能。普段はやつは潜伏している」
「……じゃあなんで、ネメシアとハナズオウは、見つかったんだ」
「ネメシアはマーガレットを、ハナズオウは貴方を、それぞれ檻に閉じ込めた。多分、直接相対しないとこの世界に閉じ込められないんでしょう。逆に言えば、それ以外で魔王の痕跡は掴めない。次の魔王は、魔王が五人目を作ろうとして姿を見せるまで知りえない。それとも、魔王と疑わしい人間を全員殺してみる? 私はそれでも構わないけれど」
「……」
ぐうの音も出ない。
そもそも魔王と疑わしい人物って誰だよ。人類全員に当たりをつけるのか? それをやってこの檻を破壊できたとして、何が残る?
荒野の中、俺たちだけが生き残るだけ。そんな未来に意味があるか。
「一応、私もできるだけやってみたことがある。目に入った全員を殺してみた。でも、何も変わらなかった」
「やったのかよ」
「王都の人間を殺せるだけ殺した。半分以上を殺せたと思う。けれど、何も変わらなかった。最終的には他の四聖剣に囲まれて逆に殺された。逆賊扱い。あまりお勧めはしない」
「しねえし、できねえよ」
息をつく。
いちいち発言が危なっかしい。普通の感性では留まりそうなところも、スカビオサは進んでいく。年月が経つことで、そういった良識も削れていっているのを感じる。
スカビオサはスカビオサで限界な感じもある。この子がリュカンと同じ状態になってしまえば、道はまた閉ざされる。こいつのメンタルも管理しないといけないのか。マーガレットも真っ青な顔で黙ってしまったし、前途多難すぎるぞ。
この中の一人でも欠けたら、ゴールはまた遠ざかる。
「次の質問をどうぞ」
「マーガレットが言っていた、”時”についてだ。自分が死ぬか、一定期間で戻されると聞いた」
「確証はないけれど、恐らく、その時というのは、生き残った人間の総数に依ると思う。王都に魔物がなだれ込んだところで大抵タイムアップになって、過去に戻される」
「いたぶれる人間が減ると意味がなくなるってことか。魔王ってのは随分と性悪なんだな」
ここはあまり考えなくていいか。どのみち王都に魔物が蔓延れば、人類の敗北なんだから。
「了解した。じゃあこれからの話をしよう。俺はリュカンのように自決の未来を選ぶのも、マーガレットのようにただ時が来るのをこまねいているのも、スカビオサのように自分一人でなんとかしようとするのも、嫌だ。協力して魔王、ひいては魔物の侵攻を止めるようにしたい。俺たちが力を合わせれば、今までとは違った未来が見えるはずだろう」
「勝手にどうぞ。今回は従う」
「……私も、協力します。リュカンさんのようにはなりたくありません」
スカビオサとマーガレット、二人から了承をいただいた。
大きな前進だ。
戦いで得ることのできた、大切な縁となる。
「今回の方針を伝える。俺は魔王、魔物の両方を止めたい。魔物が襲来する前から体勢を整える。そして時が来た時、迎え撃つ。そのためにマリーを王女にして、指揮系統を万全にし、討伐隊に全力を注ぐ。
スカビオサには討伐隊に参加して、最前線で剣を振るってほしい。余裕があれば、部隊の統率や強化もしてほしい」
「……面倒」
「頼む」
「まあ、いいでしょう」
「マーガレットには、予言を定期的に出してもらう。国民をできる限り煽ってくれ。そして、スカビオサと同じく、現地で指揮をとってくれ。魔物がどういう挙動をするのかは知ってるだろう?」
「……」
「マーガレット」
「聞こえてますよ。……わかりました。聖女として、現地に赴きます。私が直接行くと言えば、それなりに信ぴょう性を高めることができるでしょう」
頭を抱えながらも、マーガレットは頷いている。
リュカンの話がよほどショックだったらしい。後は俺と同じで、スカビオサの精神状態を案じているような目を向けている。スカビオサがいなくなれば、この檻が永遠と続く可能性が上がることを理解してくれているようだ。
永遠と続く時の檻。
時間は無限にあるようで、有限だ。心が壊れた人間は元に戻れない。ここでやらないといけないとわかってくれれば、それでいい。
「助かる。ちなみに、魔物の大量発生の時期はいつも同じなのか?」
「同じ。今からおよそ六年後。今まででズレたことは一度もない」
僥倖だ。魔王がこちらに合わせて対策を打ってくることはないのか。
思い返せば、生まれ返してからもう四年弱の時間が経過しているのか。もう少しで半分を切るじゃないか。
焦りはある。けれど、それ以上にやる気もある。
シレネとザクロ、二人の四聖剣は仲間だし、スカビオサの協力も取り付けた。プリムラだけはまだ険悪だが、これから上手く懐柔していけばいい。そうすれば、四聖剣を集めることができる。彼らが同じ方向を向くことができれば、なんとかなるだろう。
世間からのマリーの評価も上げることができている。後一押しで、王子たちから政権を奪い取ることも夢じゃない。全力で魔物討伐に舵を切ることができる。
すべてが、順調だ。
理想的な動きができて、最善の結果を手にすることができている。
リュカンは諦めてしまったようだが、俺は諦めない。
魔王を殺して、この世界を、救ってみせる。
マーガレットが「そういえば」と口を開いた。
「一つだけ、魔王関連で気になることがありました。今回だけ、ネメシアが私は魔王じゃないって叫んでたんですよね。ハナズオウって人も魔王だと認めなかったんですよね。じゃあ、その前の魔王――スカビオサを檻に閉じ込めた魔王が殺せていないってことじゃないですか?」
「魔王が自分で魔王だって名乗るもの?」
「少なくとも、いつものネメシアだったら諦めた様な顔で黙って殺されるのを受け入れますよ。口を開かないのが、何よりの証拠でした」
「そ。じゃあ私が魔王を殺せてないんじゃないか、って言いたいんだ」
「まあ、そうですね。殺してもしょうがないにせよ、殺しておかないと何が起こるかわからないと思います。しっかり殺したんですか?」
「私は今回もいつも通りのやり方で、しっかり魔王を殺してる。魔王アイビー・ヘデラは、もうこの世にいない」
「でも、だとしたら魔王の流れが止まっていることになるんです。ハナズオウという人が魔王を名乗っていないとおかしいです」「魔王の気が変わっただけじゃない? わざわざ名乗るのもあっちに得があるとは思えないし。それに、魔王の力が宿る理屈もよくわかってない。もしも最後に会った人物になるとかだったら、従来の流れにはならない」「……まあ、確かに、……でも、ネメシアは毎回……」「気になるのなら、別の角度から答えてあげる。私が魔王を殺した証拠はリンクも持ってる。投げた先に移動するナイフ。あれは魔王が使っていた霊装。それをリンクが持ってる以上、過去の所有者はもう死んでいる」「――え?」「それのせいで私は負けた。コピーも合わせて、二本のナイフ。移動先が絞れなくて大変だった。私だけじゃなく、披露会の場で全員が見てた」「投げた先に移動する、ナイフ?」「ねえ、リンク。見せてあげれば」
「あれ。ど、どうしたんですか、リンクさん。真っ青な顔になってますよ」
「黙り込んでどうしたの?」
「あ? ああ……。別に。少し、怪我の具合が良くないみたいでな」
「何を言ってるの? 私の方が重傷」
「まあ確かに、色んな情報が一気に入ってきましたからね。混乱するのも無理はないです。少し個人で整理しましょうか。またこうして集まって、進捗を伝えあいましょう」
「なあ、スカビオサ。一個だけ聞いていいか? おまえがその、アイビー・ヘデラってやつ? を殺そうとしたのは、その霊装を手に入れるためだよな?」
「いいえ。私と彼女とは血縁関係がない。彼女を殺したところで霊装は得られない。殺したのは、偏にあれが魔王だったから。私をここに閉じ込めた、憎き魔王。殺すのは当然」
「そう、だよな……」
「本当に大丈夫? 死にそうな顔してる。それこそ、リュカン・デュランダルと同じような顔」
「え、そ、それは大変です。ほら、リンクさん、早く帰ってください。しっかり療養してくださいよ。リンクさんが倒れたら、先導する人間がいなくなって、ディストピアが生まれてしまいます」
「ああ、わかった」