80.
俺の祝勝会は中々に豪勢なものだった。王都随一の料理店を貸し切ってのてんやわんや。どこにそんな金があったのかと思いきや、アイビーが札束を放り投げていた。俺が優勝することに賭けていた彼女に舞い込んできたのは、莫大な配当金。「この束が使い切れないくらいあるんだよ」とどこか呆れたような顔で語っていた。
だとしたって、こんな無駄遣いはどうなんだろうか。
まあ、いいか。せっかくの機会だ。踊らにゃソンソン。
いつもの面子の七人は当然として、学生枠には希望者を全員呼んでおいた。プリムラと王子の一派以外はほとんどが参加を表明してくれて、教官も今日ばかりは外出を大目に見てくれるとのこと。
総勢三十名ほどの大所帯が騒ぎ散らかしていた。
その中にはクロクサもいる。普段からシニカルな雰囲気の彼も、今宵ばかりは頬を上げていた。
「これでこちら陣営の謳い文句は揃った。シレネにザクロに、それらの力を扱う事の出来るリンク。四聖剣の過半数がこちら側で、討伐隊もこっちの味方なんだとすれば、戦局は大きく傾くだろう。いくつかの家に再度声をかけてみるよ」
酒を片手に、いつになく上機嫌。
そこまでのモチベーションがあれば、裏切る心配もなさそうだ。裏切りを続けた者の行きつく先なんか決まってるしな。
それなりに食事が終わったので小休止を挟んでいると、
「私は一生君についていくぞお」
酔っ払いに絡まれた。キーリだった。学生だけじゃなく、来たい人は来ればのスタンスをとっていたら、いつの間にか参加していた。
彼女は彼女で相当酔っているようで、真っ赤だった。しかし、満面の笑みが抜けることはなかった。アイビー程ではないにせよ、キーリも俺に大金を賭けていた。渡った配当金は相当なものになったはず。
「現金な人ですね」
「ああ、現金だ。これを見てくれ」
広げられる紙幣の数々。それを見てにやつく当人。そういう意味じゃなかったんだけど。
セリンが近づいてきて、キーリを引っ張っていってくれた。「おめでとうねえ」と笑顔もくれる。立ち振る舞いが大人な女性という感じがした。味方になってくれて助かる。
「おめでとうございます、リンク君」
アステラもこの飲み会に参加していた。傍らにはハクガンの姿もあった。
「なんとかなって良かったよ」
「額の傷は大丈夫ですか?」
「表面を切っただけだ。じきに治る」
額には物々しく包帯を巻いているが、大したことはない。うちの女性陣が心配性だっただけだ。
「それにしても、あんたに依頼をしていたのはスカビオサだったんだな」
「ええ。ご名答です。彼女がアイビー・ヘデラの殺害を依頼してきました」
「目的は? やっぱり、霊装か?」
「こうなっては、私とリンク君との知識量は同じですよ。私も彼女の目的は聞かされておりません。しかし、十中八九霊装目当てでしょう。どこまで本気で欲しがっているのかはわかりませんが、もしかしたら次はリンク君が狙われるかもしれませんよ」
「そうなったら、実行犯ではなく護衛を頼むよ」
「よく言いますよ。スカビオサ様を止められるのは、今や貴方だけでしょうに」
化け物、スカビオサ。
そんな彼女を負かしたということは、俺も化け物扱いになっていくのだろうか。面倒だけど、仕方がない。ある程度は応えることにしよう。
「真面目な話をすると、スカビオサは俺に協力することになった。その約束の下での戦いだったんだから、俺とあいつが今後剣をまじえることはないだろうさ」
「そうですか。それは朗報ですね。流石に軽々しく約束を破る方ではないでしょうし、貴方の目的にまた一歩近づいたということでしょうか」
アステラは肩を竦めて、
「また貴方は人を救ったというわけですね。これでもう、アイビーさんが命を狙われることはない。死んでることが確定されたわけですから」
「ああ。一個、肩の荷が降りた」
アイビーのことを見つめていると、目が合った。近寄ってくる。
「なになに、何の話?」
「今日ばかりはアイ先生の奢りで飲み明かそうって話だ」
「お、いいねえ! そう、今日は私の奢りだあ! なんでもかんでも頼め頼めえ!」
沸く会場。
楽しそうで何よりだ。
三十人近い人たちがなんやかんや。ちょうど大人組が全員騎士団員ということもあり、真面目に将来の事について質問をしている生徒もいた。気が付いたら俺たちのクラスの担当教官も混ざっていて、値段の張る酒を煽っている。
下級生では唯一、ハナズオウも参加していた。基本的にレドにくっついていっているが、あいつがトイレに立った時、俺と目が合うと気まずそうな顔になった。
「……ユウショウ、オメデトウゴザイマス」
「不服そうだな」
「ええ。当然です。これで学園内で貴方が一番強いことが確定したわけです。私はどんな人に命を狙われたんだと、冷や冷やします」
「悪かったな。もう命を狙ったりはしないよ」
多分。
こいつがただの女の子である以上は。少なくとも、マーガレットのように魔王の姿をしているからといって、見つけたら殺すということはしない。
「貴方は嘘つきですからね」
「よくわかってるな。じゃあ、噓つきついでに一言だけ伝えておく。レドはあんたのこと、嫌いじゃないと思うぞ。どちらかというと、好きの方に感情は寄っていそうだ。長年の付き合いの俺が言うんだからな」
「え!?」
派手に振り返ってくる。
これが演技か?
そんなわけないな。
「……それは嘘ですか?」
「さあてね。俺は噓つきだからな」
笑い返してやると、腰のあたりを叩かれた。なかなかに強かな女の子だ。レドによく似合うと思うぞ。
「……まあ、私も貴方のことは、以前ほど嫌いではありません」
「それは嘘か?」
「私はあなたほど嘘つきではありませんよ」
にっこりと微笑まれた。
この顔で邪気のない微笑みをされると、複雑な感情になる。
魔王。
そんなもの、最初からいなかったのように思える。
俺は一周目をしたと勘違いしているだけなのか?
何かを勘違いしてしまっているのだろうか。
意味のない思考を追い払って、ハナズオウと別れる。
「リンクく~ん。よくやったねえ」
今度はザクロが絡んできた。すでにべろべろになっている。こいつがここまで酔いつぶれるなんて、そんなに嬉しかったのか。
「飲み過ぎだろ」
「だってうれしいんだもん。やっとみんながリンクくんのすごさにきづいたとおもうと、テンションがあがってしょうがないよ」
「ほら、ザクロ様。水を飲んでください」
横からレフがザクロの口に水の入ったコップを押し付けている。「へへっへ。ザクロ様の介護を私がしています。こうやって周囲に、私とザクロ様が懇意であること、公認であることを見せつけるのです」邪心たっぷりのお水だった。腹を壊さないことを祈る。
ザクロが目を閉じてしまったので、後の介護はレフに任せた。
「おつかれさま」
ライが近づいてきて、俺に飲み物を渡してくれた。
「ありがとう」
「皆、思い思いに飲んでるわね。主役様を放っておいて」
みんな、楽しそうに飲んでいる。下手したらなんでこの飲み会が催されているのか、忘れているやつも何人かいそうだ。まあ、楽しいんなら、それが一番だろう。
「これからどうするの?」
「いよいよ王子たちとの直接対決になるかな。マリーにどれほどの人間がついているか、披露は十分に行えた。あとはこちらの方にどれだけ引き込めるか、内政の話になってくるな」
「貴方の得意分野ってこと?」
「まさか。俺の苦手科目だよ。だからおまえたちにも手伝ってもらわないと」
「任せて。それと、あのね、勝負の時、私の霊装を使ってくれたでしょう? あれ、結構嬉しかった」
顔を赤らめて。可愛らしかった。
「あれがなかったら俺はもう死んでたよ。むしろ、助けてくれてありがとうな」
俺はライの髪を撫でて、「応援、ありがとう」と席を立った。
宴もたけなわだし、我らが王にも挨拶しておかないとな。
シレネと談笑していたマリーに近づいていくと、「あら、挨拶巡りは終わり?」
「挨拶巡りなんて大層なもんじゃないよ」
「とりあえず、おめでとう。貴方は私の騎士として、百点満点の活躍をしたわ」
引き寄せられて、頬にキスされた。背伸びをするマリーの顔はほとんど目の前にあった。
「これからも、活躍を期待しているわ」
「むしろこれからが本番だからな。おまえも気張れよ」
「わかってるわよ」
マリーは微笑んで、手にしたカクテルを一気飲み。
また吐くんじゃないぞ。
「今宵の酒は、祝い酒。何があったとしても、それはすべて幸せになりますわ」
シレネにグラスを傾けられたので、乾杯した。心地の良い音が鳴る。
「良い戦いでした」
「おまえにそう言ってもらえると嬉しいよ」
「まさしく、人類の最強決定戦にふさわしい戦いだったでしょう。これで貴方は人類最強となったわけです」
「大げさだな。偶然だよ。たまたま、今回は俺が勝つことができた」
「謙遜はするものではありません。実力はほとんど拮抗していましたわ。そういった意味では、どちらもが人類最強といって過言ではありません。その高みから、貴方は何を望むのですか?」
「別に、何も」
「なれましたか?」
俺がシレネにだけ言った、俺の目標。
それは、漠然としていて目標と言い切れるものではない。
「どうだろうな」
「そうですか。では、これからも精進しないといけませんね」
薄っすらとした笑みを横目に、俺も今宵ばかりは楽しもうと心に決めた。