79.
轟音。
スカビオサのエクスカリバーが地を穿った音だった。そんな大振りしてどうするんだとも思うが、彼女は地面に突き刺さったエクスカリバーを足蹴にして、俺にとびかかってきた。
近距離は危険だ。手数は相手に分配が上がる。手元で最善の霊装を突きつけられれば、俺になすすべはない。かといって、遠距離もこれといった霊装がない以上、俺が不得意とする分野だ。相手の手を見て対応できる中距離を保つしか、俺が優位に運べる状況は生まれない。
スカビオサもそれを悟ったのだろう、がむしゃらに距離を詰めてくるようになった。彼女は近距離に勝負所を絞って突っ込んでくる。
近距離だと彼女のカラドボルグが厄介だ。武器を自身ごと大きく弾く性質があるようで、受け手に回る武器が弾かれ、体勢が崩されてしまう。そんな折、セクエンスが放り投げられる。それはそれで、投げる場所に関わらず、相手目掛けて飛んでいく能力があるようで、対処に一手をとらされる。
それらの剣を捌いている隙をついてエクスカリバーが振り上げられるのだから、たまらない。反撃の隙など存在せず、ジリ貧一直線だ。
フォールアウトを放って、距離をとる。しかし、フォールアウトの設置場所にはグングニルが投擲される。移動するタイミングを間違えれば、一瞬で串刺しだ。
フレアボルトを掴もうとするが、絶え間ない剣戟の隙をついて箒に霊装を変更して移動するのは至難の業。
一手、一手、俺の対抗手段が削られていく。
そう、俺と違って、スカビオサは深く考える必要はないのだ。彼女は王者。手にした札をただただ並べていくだけで相手の手札を削っていける。
「――」
俺はアイビーのフォールアウトを投げつける。
これだけが唯一、スカビオサの行動を制限する。ただ置いておくだけで、彼女の行動に淀みが出る。俺の手札は減ることはないが、彼女の手数を減らすことができる。
だが、過信はし過ぎだ。タイミングを間違えると、どうして俺がそこを起点に移動してこないのか、疑問に思うだろう。しないのではなくできない、ただのはりぼてだとバレれば、すべてが一気に瓦解する。アイビーの生存すら察せられてしまう。
一瞬の判断が生死を分かつ中で、エクスカリバーが俺の喉元に突き付けられた。
躱せない――
俺は手にする霊装をデュランダルに切り替えた。首にエクスカリバーの剣先が当たるが、金属音が鳴り響くだけで、頭蓋が落ちることはなかった。
デュランダルの能力、”長久”。所有者の身体を強化する。
薄皮が金属になったような状態。が、感覚がなくなったわけでもないし、俺の肌が本当に金属になったわけでもなく、当然痛いものは痛い。突かれた勢いそのままに地面を転がる。追撃が来ることは目に見えていたので、俺は霊装をフレアボルトに変更して、宙に飛んだ。
背後から槍だの剣だの飛んでくるのをなんとか躱して、一定の距離をとる。流石に飛翔する能力の霊装は持っていなかったようで、スカビオサは地表から俺を睨みつけるだけだった。
「……どうやって勝つんだよ」
全ての手札を切ったぞ。
フォールアウト、バルディリス、アロンダイト、フレアボルト、デュランダル。使える霊装はすべて切った。他に俺が使える霊装はあっただろうか。ハクガンの霊装は使えるか。いや、あれは名前も能力も知ることができていない。レフだってセリンだって、俺に抱かれても問題ないくらいの好感度は稼げていない。
こんなことなら、もっと好感度上げに尽力するべきだったか。いや、四聖剣を二つ所持できている時点でそれは欲張りな気もする。
王冠ティアクラウンを使うか。いや、あれは能力が特殊過ぎる。スカビオサが納得できるか? 勝ったとして納得してもらえなければ意味がない。
一個一個、選択肢を作っては消していく。
他、使える行動はなんだ。何を使えば俺はスカビオサに刃を届かせられる?
「……結局、賭けかよ」
確実に勝てる方法は全く思いつかない。
最初からわかってたけどな。これは勝てるかどうかわからない、れっきとした勝負だって。俺は今更何を言ってるんだ。
俺はフレアボルトから降りて、地面に立つ。
「俺のこと、すでに認めてくれたりしてないか?」
「何を言ってるの? そんな力じゃ、魔王どころか、魔王の足元にも辿り着けない」
「ですよね」
じゃあまだ戦う理由があるってことだ。
はいはい、よくわかりましたよ。
長距離戦では勝負がつかない。中距離戦は拒まれ、近距離戦に持ち込まれる。
だったら、相手の土俵で”勝負”してやるよ。
俺の方から、近距離戦を仕掛ける。全手札をぶつけてやる。
一直線に駆け寄って、勝負をかけた。
まずはバルディリスでスカビオサのカラドボルグを弾き飛ばす。俺の手からも武器が離れていくが、どうでもいい。霊装はすぐに手元に戻ってくる。次はアロンダイト。スカビオサがエクスカリバーとセクエンスの両手持ちになったところで、アロンダイトの能力、離天を使用。スカビオサの手に移ったアロンダイトは、彼女のセクエンスを手から落とさせる。同時に、「破て――」が、能力起動前に、スカビオサがエクスカリバーを俺の頭蓋に差し向けている。俺の頭では聖剣は受けれない。即座にデュランダルに持ち替えて、剣を額で受ける。刺し違えでスカビオサの腹部を刺し貫こうとするが、盾が機敏に反応してくる。
「あああああああああああああああああああああああ」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
そこからは不格好なインファイトだった。俺がデュランダルで斬り付けるも、盾とカラドボルグで弾かれる。スカビオサの剣戟にはアロンダイトで対応。破天をちらつかせると、スカビオサが慌てて止めに来るからうまく利用していく。
スカビオサは多くの手札を有している。実際、超至近距離の戦いの中でも、その選択肢の多さを如何なく見せつけてくる。まぎれもなく人類の最高到達点だ。ただ、使用者は所詮一人の人間だ。手が四つあるわけでも、心臓が三つあるわけでも、脳が二つあるわけでもない。
視線、挙措、その一挙手一投足で、スカビオサの次の行動は予測できる。剣と剣とがぶつかって火花を散らすたびに、段々と一手一手の重きが上がってくる。思考が脳を飛び越え、脊髄で行われるようになってくる。
そうなれば、相手の考えていることは読みやすくなる。まあ、俺も同じ状況ではあるのだが、こと思考においては、俺の方に分があるようだった。
段々と、俺の方に戦局が傾いてくる。最初はこちらが捌くだけだった攻防に、俺の攻撃の一手が入るようになる。俺の霊装の刃が、スカビオサの肌に届くようになってくる。
コンマ一秒の差異。
対応が少しずつずれていく。
盾の隙間を縫って、黒剣アロンダイトがスカビオサの脇を掠めていく。「――っ」スカビオサの顔が真っ赤になった。破天を撃たれたらまずいと、反射で俺に逆王手をかけようと剣を伸ばす。
今まで俺はそんな彼女の伸ばした剣の対応として、デュランダルで自分を強化してきた。攻撃よりも防御をとっていた。それは、スカビオサの剣の方が俺の攻撃よりも早かったから。だけど、今回はアロンダイトを残したまま。攻撃に振ったまま。
――今は、ほんのコンマ。
俺の額にエクスカリバーの剣先が当たる。
――俺の方が、早い。
「破天!」
ゴリ、と変な音がどこから鳴ったのかわからない。ただ、次の瞬間にはスカビオサの身体は宙を舞っていて、エクスカリバーの剣先が突き刺さった俺の額からはだくだくと血が溢れだしてきた。
痛み分けという形。
だらだらと流れ落ちてくる血。
やばい、目測を少し見誤った。致命傷ではないが、流血は危険だ。
このまま倒れてくれと思ったが、スカビオサは案外しつこい。息を切らしながらもすぐに立ち上がった。
「……ついてこないでよ」
「少し、寂しそうに見えたんでな」
額の血を拭う。
開けた視界の先にいたのは、ぽかんとした顔をした少女だった。
「何を言ってるの?」
「こんな世界に閉じ込められて、誰にも助けをあげずに頑張ってきた女の子がいるらしくてな。その姿があまりに寂しそうだったから、つい頑張ってしまった」
「もしかして、私のこと? そうだとしたら、見込み違いも甚だしい。私は貴方なんかに助けは請わない。私は誰かに慰められるような弱い存在じゃない。誰よりも――私は強いんだ。これは私の物語だから」
スカビオサはエクスカリバーを強く握りしめる。
「私だけの、物語」
「……別に、おまえが多くの人を殺したからって、おまえがすべてを背負う必要もないと思うぞ」
「……人の気持ちを推測するのが好きみたいね。いや、これは邪推か」
「人間を人間として見ないのは、見た瞬間に、罪悪感に押しつぶされるからか? 何人もの命を奪ってきた自分を赦せなくなるからか?」
「邪推。あんまり五月蠅いと、その首を切り落とす」
なんとなく、彼女が未来しか見ていないのは、それが理由な気がした。今回で魔王を殺すと言いながら、次回はと呟くその理由、矛盾。
スカビオサは、彼女の中では”まだ人を殺していないのだ”。繰り返される世界の人間は、ただのコマ。彼女が人を殺したと確信するのは、この世界が終焉を迎えた時。人類が前に向かって歩き出すことができるようになって初めて、彼女は人殺しになる。
人殺しになりたくはなくて。
でも、何もしないわけにはいかなくて。
そんな二律背反の中生かされてるとすれば、そこはまさしく、檻がふさわしい。逃げることも、壊すことも許されない、囚われとなる。
少し、切ない。
まあ、彼女が言う通り、これはただの邪推に過ぎないわけだが。スカビオサ自身に自覚もなさそうだし、誰も判断できはしない。
懐柔は失敗か。
いつものようにいかないとなると、なかなかに手厳しい。
やはり最後には総力戦か。
――なんて。
俺の戦い方は、どんなもんだったけ。
さっきみたいに根性丸出しにぶつかってなんぼだったっけ?
違うだろう? 何を使ったって、望む答えを取りに行く。泥臭く、意地汚く、ただただ結果だけを求める。それが俺の戦い方で、信条で、生き方だ。
「スカビオサ」
「……なに?」
「足元を見てみろよ」
足元。フォールアウトが転がっている。
「いつの間に――」
それは先ほどのいざこざの時に放り投げたもの。
”アイビーの”フォールアウト。
俺は使えるものはなんでも使うぞ。これだって俺の立派な戦力だ。
自分が取りこぼした相手のナイフで、敗北を喫しろ。それがおまえの罪であり、罰だ。
スカビオサは真っ青になって、フォールアウトを蹴り飛ばした。宙に飛んでいくフォールアウト。スカビオサの目はそこから離れない。俺が転移してくると思って、そのナイフに向かってグングニルを投擲した。あざ笑うかのように掻き消えるフォールアウト。
ナイスタイミングだ、アイビー。
「あ」
スカビオサの咄嗟の判断は、間違いだった。
今までと同じようにそのナイフに”転移するかもしれない”という推測で動いていれば、ここまでの隙は作らなかっただろう。しかし今、スカビオサは俺が移動してくるという確信を持っていたはずだ。それくらい、千載一遇の好機だった。
それを俺は捨てる。まあ、拾えなかっただけなんだけど。
代わりに、俺に背中を向けているこの好機は拾わせてもらう。
その一瞬は絶対で、致命傷だった。
俺はフォールアウトを放り投げて、スカビオサの背後に転移する。不意を突かれたスカビオサは、慌てて霊装を構えるが、
「遅い」
俺のアロンダイトが切り裂く方が早かった。盾が到着するよりも早く、彼女の腹部を斬り付ける。
「ぐ……」
スカビオサの恐ろしいところは、まだその瞳の中の光が消えていないという事。暗く濁った光は、純白の十字架を強く握りしめる。
「極光――!」
「――破天!」
果たして早かったのは、俺の方だった。
ばし、と叩く様な音がして、三度スカビオサの体が地面を転がっていった。エクスカリバーが彼女の手から離れて、遠くに転がっていく。
うつ伏せになったまま動かないスカビオサ。アロンダイトの衝撃波を三回もぶつけたのだ、流石にこれ以上彼女が起き上がってくることはなかった。
結果は眼前に明確に存在している。
俺が勝って、スカビオサが負けた。
途端、会場内は大声援に包まれた。
色んな感情の声が沸き起こっている。オッズ一位のスカビオサを撃破した俺は、とんでもなく恨まれる人間となったわけだ。どんな怨嗟の声が聞こえるのかな、と構えていると、
「やったああああああああああああ! 億万長者だあああああああああああああああああ」
というキーリの絶叫が一番よく聞こえて、力が抜けた。